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「リリー!」


 私の移動の反動で巻き上げた土砂が、オークさんたちに大量に降りかかっているのも構わず、慌ててリリーに駆け寄る。


 何があった?


 ヘビから攻撃を受けていたようには見えなかったし、伏兵の存在も無い。


 原因は全く分からないけれど、現にリリーの呼吸は乱れ、大量の汗をかいて苦しそうに丸まっている。

 どう見ても正常な状態ではない。


 まさか毒か!?


 ヘビの外見から、牙や血に触れなければ大丈夫だと思い込んでいたけれど、気化した毒の成分を吸い込んだりしたのだろうか?



 これ以上の被害を防ぐために、すぐさまヘビの死体を収納して、手で空を扇いで強風を起こし、換気をする。

 後は、クリスさんから貰った解毒薬――いや、今こそ神の秘石に頼るべきかと考えていると、後頭部に衝撃を感じた。


「何とまあ情けない顔しとるんじゃ。少し落ち着かんか」


 いつの間にかすぐ側に来ていたミーティアが、リズミカルに私の頭にチョップを繰り返す。


「でも」


 落ち着けと言われて落ち着けるなら苦労はしない。

 というか、私は充分に落ち着いている。

 なのに、チョップは止まらない。


「落ち着けと言うとるじゃろ。これは進化の最中じゃ」


 ミーティアのチョップで、金槌で打たれる釘よろしく、私の身体が地面に埋まっていく。

 というか、ミーティアは何と言った?


 進化?

 進化って何だ?

 サルからヒトへ的な?

 いや、サルはヒトへの進化の途上にある生物ではないはずだ。サルはサルで、進化の最先端にいるのでは?


 それより、進化はある日突然起きるものなのか?

 リリーから何になる?

 意味が分からない。


◇◇◇


「お嬢さん方のおかげで犠牲者を出さずに済んだ。礼を言う」


 オークの族長さんが、私たちに礼を述べていた。


 族長さんは、体長二メートルを優に超える、力士のような体格の壮年のオークで、ガラハッドさんの父だそうだ。


 あの後、オークさんたちにヘビを倒したことに礼を述べられて、リリーを休ませる場所を提供すると申出てくれたので、その厚意に甘えることになったらしいのだけれど、正直よく覚えていない。


 私もリリーもミーティアに運ばれて、気がついたらオークの村にいた――という感じだ。




 リリーは丁重に扱われている。


 進化中には余計なことをするべきではないとのことで、俺にできることは何も無い。


 それなりに清潔なベッドの上で、鎮静効果のある香を焚いているというだけでも随分マシなのだそうだ。

 それでもまだリリーはつらそうにしていたけれど、すぐにミーティアの魔法で眠らされた。

 余計なことをするなと言っていたのは一体……?



「それは、お主自身と料理や酒のことじゃ。これほど若くして進化するなど儂も聞いたことがないが、間違いなくお主が原因じゃ。これ以上おかしなことにならんよう、じっとしておれと言うておるのじゃ」


 私が原因?


 そんな莫迦な――とは思うけれど、ヤバそうな感じになるまでは大人しく見守ることにした。



 眠っているリリーの表情から察するに、今はそれほどつらそうな感じには見えない。


 しかし、眠りの魔法の効果時間は長くて二時間ほど。

 魔法の効果が切れると、すぐに目を覚ますというわけではないそうだけれど、進化にかかる時間は個人差が大きくて、すぐに終わることもあれば数日かかることもあるらしい。


 それ以上に、どう進化するのかにも個人差があって、状況は予断を許さない。


 そもそも、進化に至る条件も人それぞれで、リリーのように若い個体が進化するなど、ミーティアでも想像していなかったそうだ。



 なのに、なぜミーティアが進化だと断定したかについては、理由はふたつあるらしい。



 まずひとつ。


 リリーとミーティアは「パーティー」を組んでいること。

 私が含まれていないことから分かるように、システム上でそう認識されているということだ。


 仲間外れ、よくない。


 さておき、パーティーを組むことで、ささやかではあるけれどメンバー同士に様々な恩恵がある。

 ちなみに、私に教えなかったのは、またひとりだけ仲間外れだと拗ねないようにという有り難い心遣いだそうだ。

 その判断は正しい。

 拗ねはしないけれど、知らなければ良かったと思っている。



 ふたつめは、ミーティアの持つ、「システム:ログ《閲覧》」というスキルの効果である。


 そのスキルは、自分自身とその周囲に対して、システムがどう作用したかを知ることができるスキルである。

 スキルレベルが上がれば、開示される項目が増えて、情報の精度も上がり、範囲も広がる。


 ユニークスキルでこそないものの、かなり珍しいスキルで、ミーティアのようにスキルを持っている存在は極めて珍しいそうだ。


 もっとも、知ることができるだけで、各種能力には何ら寄与しない。

 自力獲得は難しく、スキルポイントを大量に使えば取得できないこともないけれど、貴重なポイントをそれに注ぎ込む人は少ない。

 情報を得られても、それが役に立たなければ意味が無いからだ。


 ミーティアがこのスキルを持っているのは、《未来視》を持った相手の攻略目的で取得したそうだ。

 もっとも、攻略の手掛かりが得られればと取得したものの、判明したのは《未来視》スキルを使っていることだけ。

 攻略法については特に参考になることはなかったらしく、スキルポイントを無駄にしただけだったようだ。


 しかし、そのおかげでリリーの異常の原因が特定できたのだ。

 無駄だったなんてことはない。

 ミーティアがいなければ、原因が分からないまま、教会や民間の医療施設に飛び込んで、騒ぎを起こしていたかもしれないのだ。


 今晩はとびきり美味しいお酒でも出してあげよう。




「お互い様」


 またも盛大に逸れていた思考を戻して、族長さんの感謝の言葉に簡潔に返す。


 オークさんたちは、村がヘビの脅威から救われたということで、私たちに感謝の意を示したいと宴会の準備を始めている。

 まだ昼前だというのに。


 私たちからすればそれほど大したことをしたつもりはなく、むしろ、私からすると、リリーの緊急事態に快く村に招き入れてくれたことにこそ驚きを感じる。



 彼らは分類上は魔物であって、基本的に人間とは友好関係にない。

 村の位置を知られることは、何より避けるべきことのはずなのだ。


 もちろん、そんなことを報告したり漏らしたりするつもりはないけれど、恩があるからとホイホイ連れてくるのは不用心だと思う。

 しかし、彼らからしてみれば、自分たちの姿を嫌悪しない、私の方が不思議な存在らしい。



「我々が恐ろしくないのか?」


 などと訊かれても、怖がる理由がどこにも無い。


 私が怖いのはグロテスクなものと虫とかヌメヌメブヨブヨしたものだけだ。

 あれ? 結構あるな。


 明確な自我と意思を持っていて、対話が可能であれば、容姿など大した問題ではない。

 そうでなければ、決定的に姿形の違うミーティアと仲良くすることなどできないだろう。

 彼女は人間の美女の姿を取っていても、本質は竜なのだ。


 いやしかし、ヌメヌメブヨブヨが対話を求めてくればどうすればいいのだろうか?



 そんな私の憂慮を余所に、村人たちが次々とリリーの許を訪れ、感謝や賞賛を口にしていく。

 彼らにとって、あのヘビは強敵だったらしく、何人かの犠牲は仕方がないと覚悟していた相手で、ガラハッドさんたちも倒すことより村から遠ざけることを目的とした作戦行動中だったそうだ。


 村人さんたちが列をなし、ひとりひとりがリリーに何かを述べ、時折花などが添えられる。

 客観的に見るとお葬式に見えなくもない。


 縁起でもない。


 ただ、気持ちは嬉しい。

 リリーがこんな状態でなければ――いや、起きている時のリリーに見せてあげたい。

 リリーはもっと自信をもっていいのだと理解してほしい。


◇◇◇


 リリーが目を覚ましたのは、眠らされてから一時間ほど経ってからだった。


 何の前触れもなく目を開けたかと思うと、辺りをキョロキョロと見回して、私の姿を見つけるとホッとしたように大きな息を吐いた。

 安心させてあげようとにっこり微笑んで、冷水を取り出してゆっくりと飲ませる。


 同時にリリーの様子を観察する。


 呼吸は落ち着いているし、痛みが残っているようにも見えない。


「大丈夫?」


「大丈夫、です。心配掛けてごめんなさい」


 念のために尋ねてみたけれど、声の様子からは異常は感じられない。

 リリーもベッドから上体を起こして、自身の身体の具合を確認している。


「気分が悪いじゃとか、調子がおかしいところはないか?」


 ミーティアも興味が無いふうを装いながらも、リリーを気にかけていたようで、少し離れた所から声をかけてきた。


「はい、大丈夫です。ミーティアさんにも心配掛けてごめんなさい」


「お主が無事ならそれでよい」


 リリーの邪気の無い返事に、照れたようにそっぽを向くミーティアがいた。

 これがツンデレというものだろうか?


 とにかく、受け答えもしっかりしているし、本当に大丈夫そうだ。

 ほんの少し、魂が活性化しているような、そんな感じがあったのだけれど、何も影響は無いようなので、気のせいだったのかもしれない。



「よかった」


 何にしても、このひと言に尽きる。

 鱗や翼が生えたり、首が増えたりなど、リリーの望まない進化にならなくてよかった。

 リリーをギュッと抱きしめて、心の底からそう思った。


 というか、進化って結局何なのか――と思って、抱きしめたリリーに目をやると、とても分かりやすく倍になっていた。

 目の錯覚などではなく、リリーの頭越しに見える尻尾が二本に増えていた。

 二尾の狐――いや、狐又とでもいうのだろうか?


◇◇◇


「長い年月を経て、力をつけた者が進化に至ると聞いたことはあるが、まさかこんなに幼い子が進化するとは」


 ガラハッドさんと呼ばれていたオークが、リリーを賞賛する。

 しかし、リリーはガラハッドさんを――というより、オークという種全体を警戒しているように見える。


「進化で得る力の一部を、若返りに使う程度には歳を食っておるのが普通じゃの」


 力があれば若返れるのか?

 この世界は本当に一体何なのだ――と、緊張から解放されたせいか、ファンタジー世界の理不尽に不満が込み上げてくる。


「身体の痛みなんかで前兆があるらしいのじゃが、大方、やせ我慢しとったのじゃろう」


「ごめんなさい。成長痛かなと思って、少しすれば治るかなって」


 ミーティアも決して怒っているわけではないと思うのだけれど、当のリリーは怒られていると感じているのか、せっかく立派になった尻尾が項垂れてしまっている。


『リリー、何かあったらちゃんと口に出して言わないと、ユノは鈍いから気づかないよ?』


 それはそうかもしれないけれど、もう少し言い方というものがあるのではないだろうか?


「はい。ごめんなさい……」


「遠慮、駄目」


 しゅんとしてしまったリリーを膝に乗せて、頭を撫でる。

 人前では、誰が相手でも片言しか話せないのがつらい。

 もう少しいろいろと言葉をかけてあげたいのだけれど、せめてこの想いだけでも届きますようにと、いつもより入念に頭を撫で続けた。


◇◇◇


「オークは女の子の敵だって聞いてたから…」


 宴会の席で、リリーの意識が戻ったことで改めて礼を述べに来るオークさんたち。

 それに、どう対応していいのか分からなかったリリーは、私にしがみついてそう漏らした。


 何でも、オークは雌の出生率がかなり低く、それなのに非常に性欲旺盛な種族だそうで、他種族の女性を攫って死ぬまでオークの子を産ませ続けるのだとか。


 そして、オークと他種族の混血ではハーフは生まれず、必ずオークが生まれる。

 それがリリーが父親から聞かされていて、オークさんたちをを警戒していた理由だった。


 ちなみに、後者は事実だそうで、遺伝子までもがファンタジーなのか、絶対にハーフは生まれないそうだ。


 また、前者のようなオークの集団もいないわけではないのだけれど、それらはオークという種の全体からみればごく一部だそうだ。


「大昔はそんな獣みたいな感じだったらしいけどな。――今でも邪悪な魔王の配下にいるようなのはそんな感じか?」


「それとアレだな。絶望的にモテないから、自分より弱い女を襲うしかない奴」


「そんなんだからモテねえんだとか、村を追い出されるんだって分からねえのかな?」


 なお、当事者に言わせればこういうことらしい。



「だが、人族や亜人たちには、そう信じているのが多いせいか、今でも勝手に戦いを挑んできて負けた挙句、陵辱されるくらいなら死を選ぶってのがいるんだよな」


「くっ、殺せ! とか言ったリしてな」


 同席していた人間の女性たちが、心当たりでもあるのか真っ赤になって俯いていた。


 そう。

 この村には少数だけれど、人族の女性もいるのだ。


 しかし、リリーの話にあったような凌辱はおろか、冷遇されている様子もない。

 そもそも、私たちだって無事なのだから、それこそが彼らの話を裏付けるものなのだろう。


 というか、ミーティアも私に凌辱されるとでも思ったのだろうか?

 失礼な話だけれど、当のミーティアは、私が飲酒を許可しなかったので拗ねていた。



「そのおかげで、誤解が解けた人間が真実を広めてくれたり、俺たちの子を産んでくれたりして、助かっているのも事実だけどな」


「勘違いで来ちまったけど、(なり)は違っても人間の男よりよっぽど良い男だったんだよ」


 人間の女性――アマゾネスという単語が頭に浮かんでくるような筋骨隆々とした女性が、照れながらそんなことを言った。

 (たで)食う虫も好き好きというものか。

 いろんな意味で。


 ただ、彼女が言うように、ここのオークさんたちは非常に紳士的で、アルスの町中を歩いている時に感じるねっとりとした視線はほとんど感じない。

 美醜の意識が人間とは違うのかもしれないけれど、どちらかというと、エリート冒険者さんたちと同様に、自制しているように感じる。



「我らが本当に欲望のままに行動している危険な種族なら、とうに滅ぼされておるだろう。どう足掻いても数では人間に勝てず、力では勇者をはじめとした強き者には勝てんのだからな」


 恐らく、少数での戦闘ならともかく、総力戦となると彼らに勝ち目は無いのだろう。

 それに、専守防衛に徹するとしても、勇者がどれくらいの力を持っているのかは分からないけれど、少数精鋭でも彼らを殲滅することはそう難しいことではないように思う。


 そうしないのは、やはり彼らがそこまで大きな脅威ではないということなのだろう。



「俺らの守備範囲が広いのは確かだけどよ、男なんて多かれ少なかれそういうところあるだろ?」


 良い感じで酔ってきたのか、オークの男性のひとりがぶっちゃけ始めた。


「そうだな、男なら強くなって、良い女をたくさん侍らせて。――夢だよな」


「夢見る分には勝手だけどよ、現実は身の程ってもんがあるからな」


「むしろ、嬢ちゃんや姐さんを前にして、これだけ自制してるのは褒められてもいいと思うんだ」


 ガラハッドさんや族長さんまで暴走を始めた。

 暴走といっても可愛いものだし、まだ日は高いものの酒の席でのことだ。

 少々長いチラ見くらいなら構わないだろう。

 バレて同族や人間の女性から制裁を食らっているし。

 対価として割に合っていない。


 それに、女性の敵とか、他種族の女性まで食い物にするオークには心当たりがあったし。

 特に生殖目的でもなく、自身の欲望や快楽のために、他者に凌辱や暴力の限りを尽くす。

 私が知識を奪った下種のことだけれど、あれは人の姿をしていても中身は獣以下だった。

 おかげで、奪った知識のどこまでが一般的なものなのかの判断がつかず、ほとんど役に立たない。


 ともあれ、人間みたいなオークもいれば、オークのような人間もいる。

 オークだけが殊更悪く言われているのは、両者の力関係とかそういうことなのだろう。



「男はみんなオーク」


 リリーに向けて、真理を口にする。


「お嬢ちゃん上手いこと言うねえ。そうそう、男は種族なんか関係無く、節操の無い生き物なんだよ!」


 村にいた人間、オーク問わず、多くの女性がうんうんと頷く。


 自分で言い出しておいて何だけれど、私のような例外もいるんだよと言ってあげたいところ。

 しかし、ここで女装をバラすと、いろいろと台無しになる気がする。

 それに、悪い男に引っかからないためには、そう思っているくらいでちょうどいいのだ。



「狐のお譲ちゃんも大きくなったら分かるようになるよ! それまで変な男に捕まるんじゃないよ?」


 リリーが私の服の裾をぎゅっと掴んでコクコクと頷いている。

 心配しなくても、リリーに近づく不埒な輩は私が全力をもって排除するつもりだ。

 リリーもしっかりしているようで、少し優しくされただけでコロッと落ちそうなほど優しさに飢えているので、油断はできない。


 あれ? コロッと落としたのは私か?

 いや、私は保護者扱いなのでセーフのはず。


 とにかく、尻尾が増えてモフモフ度が増したリリーの可愛さは、止まるところを知らない。

 これまで以上に周囲に気を配る必要が――いっそ、私に注目を集めてしまうのも良いのかもしれない。

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