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10 将来設計

誤字脱字等修正。

 私が混乱している間も、アイリスさんの話は続く。


「転生者というだけなら、珍しくはありますが認知されています。ですが、元日本人というのは珍しいので、これだけは内緒にしておいてくださいね。バレるといろいろと面倒ですので」


 他言するつもりは毛頭ないけれど、理解が追いつかない。

 前世?

 オカルトの話――いや、ファンタジーな世界だと、そういうのも普通なのか?



『ここで嘘を吐く理由が思い当たらない。でも――』


「本当ですよ。あ、日本語で話すこともできます――『これで少しは信じてもらえますか?』」


 アイリスさんの口から、久しぶりに耳にする懐かしい言葉が飛び出した。


「こちらの世界の言葉に慣れてしまいましたので、何だか変な感じですけど――どうでしたか?」


『違和感無いね。まあ、そこを疑っても仕方ないんだけど、何でそれを話したのかな?』


「ユーリさん――いえ、ユノさんに信用してもらうためと、勇者以外でもそういう人がいるということを証明するためですね」


 なぜ名前を言い直した?



『アイリスの他にもいるってこと?』


「はい。身近なところでいえば、アルスから湖を挟んで南西に領地を持つ【グレイ辺境伯】も、恐らくは転生者です」


『身近というには遠いような気もするけど、ボクらにも関係してくるってこと?』


「私の話の真偽の調査に、王国が派遣するのが彼になると思います」


『それだけの能力があるってことだよね?』


「はい。勇者に匹敵する力を持つ救国の英雄です。それに、ただ強いだけでなく、頭も切れます」


『調査はどんな形に?』


「分かりません。辺境伯も、私には想像もできないくらいの力を持っていますので、上手く乗り切ってくださいとしか。申し訳ありません」


『会ってみてからじゃないとどうにもならない、か。ところで、王国とはどんな交渉をしてるの? さっきの話を聞く分には、ユノが不利になるような交渉はしていないと思うけど、念のために教えてもらえるかな?』


「報告の内容は、『銀竜討伐に成功した人がいますので、その人に嫁ぐために還俗します』と、『その銀竜も、その方を気に入って行動を共にしているので、調査の際はくれぐれも慎重にお願いします』と」


『それだけ?』


「ユノさんがはぐれ日本人であることと、日本に帰りたいので協力してほしい旨の要望は出していますが、回答はまだありません。それは調査の後になると思いますが……」


『簡単に協力してくれるか――いや、ボクらを利用しようとすると考えて対策を立てた方がいいかな』


「さすがに竜を倒すような人を野放しにはできませんからね」


『首輪くらいなら仕方がないとして、鎖を付けられるのは勘弁してほしいところだね』


「そうならないように手は尽くしますが、ユノさんの方でも、『敵対的ではなくても利用は困難』といった印象を与えていただけると助かります」


『善処するしかないか。そっちも多少の交換条件なら構わない。「多少」の中身はアイリスに任せるとして、他にも何かある?』


「この世界では一夫多妻であることが多いですが、元日本人としては私だけを選んでほしいです」


『ユノが能動的に不義理をすることはないと思うけど、アイリスの不意打ちが成功したように、隙が多いからね。独占できるかは君次第かな。もしかして、そのために女装させた?』


「変装は悪い虫除けになるかとは思っていましたが――女の子になって帰ってくるとは予想外でした。でも、お顔は変わっていないんですよね? ええ、これなら悪い虫は寄ってこない――高嶺の花すぎて一般人は寄ってこれないでしょう。一部の貴族などが問題ですが……。ああ、件のグレイ辺境伯は稀代の女誑しですので、気をつけてくださいね。でも、この素敵な人を私の好きにしていいのかと思うと、自制心が――。ああ、いえ、そうですね、将来は海の見える家で、たくさんの子供たちに囲まれて、犬とか猫も飼って――」

『落ち着いて! 落ち着くんだ!』


 ふたりの会話に全くついていけなかったので、大人しく見守っていると、私がひと言も発することなく、私の人生が決まっていくような錯覚が。

 特に異論のある内容ではない――いや、最後の方は何だか分からないけれど、私はひとまずグレイ辺境伯とやらに気をつければいいのだろうか?


 何にしても、小難しい交渉などはできる人に任せるのがいい。

 適材適所ともいうし、いざとなれば朔任せの逆腹話術がある。




 理解できない話はさておき、アイリスさんが落ち着きを取り戻すと、時間ギリギリまで、いろいろと気になっていたことを教えてもらった。


 アイリスさんの言っていた協力者は、カインさん、クレアさん、ケイトさん、ミントさんの4人。

 他にも何人もの協力者がいるものの、現段階で俺が知っているのはこの四人だけ。



 キースさんはどこかの組織の息がかかった刺客か間諜らしいけれど、アイリスさんが自由を手に入れるための計画に使うために泳がせていた。


 その計画を大雑把に説明すると、遠征先でキースさんの裏切りに遭って、カインさんを除く全員が生死不明になるというシナリオで、全てをキースさんの責任にして逃げるという単純なもの。

 もちろん、ずっと逃げ続けるわけではなく、何年かしてほとぼりが冷めるか、若しくはアイリスさんの望む既成事実でもできた頃に戻る予定だった。


 キースさんの方は、どこかの組織の何らかの指示で動いていたのは間違いないようで、国内で何度か不審な動きを察知していたものの、実行には移さなかった。

 アイリスさん周辺のガードが堅かったこともあるのだと思うけれど、辺境へ向かう話が現実的になるほどキースさんの焦りが強くなっていたことを考えると、彼への指示が町においてのものが主軸であって、旅の間はできることが限られていたと推測できる。


 つまり、旅に出てからであれば、キースさんを処分しても足がつきにくく、出発してしまえば後は計画をどこで実行するかだけだった。


 とはいえ、アイリスさんの影響力を考えると、簡単に調査に来られるような場所では都合が悪く、カインさんが道中の危険との兼ね合いで、決行の場所とタイミングを決める手筈だった。


 そういう意味では、私が砦を攻略している時は絶好のタイミングではあったのだけれど、そもそも私の存在そのものがイレギュラーだったので、最後までどう判断するか迷っていたそうだ。



 そもそも、アイリスさんの計画では、クリスさんに会える会えないは重要ではなく、会えたとしても、協力を得られることはないと踏んでいたのだ。

 しかし、予想に反して私を紹介され、助力を受けに来たという(てい)では断るわけにもいかない。



 それでも、アイリスさんはすぐに私が日本人だと見抜いて、まずは仲良くなって、どこかで協力者にしてしまおうと考えたらしい。


 結局、あれこれと考えていた計画はミーティアの出現で行き詰まり、更に私が引っ掻き回して、努力も仕掛けもいろいろと台無しにしてしまった。


 ただ、アイリスさんの目的も全く予想していなかった形で達成されたので、今度は円満寿退社に向けて策を巡らせているのだ。



 なお、現在キースさんにはガチガチに監視がつけられていて、俺の情報が拡散しないように目を光らせているそうだ。


 

 話は変わるけれど、今回王国で召喚された勇者は10歳の男の子だそうだ。

 朔と同年代なのは単なる偶然だろう。


 本来の召喚の条件は、この国での成人年齢である15歳以上で、この世界への適性が高い人。

 後者はどうか分からないけれど、前者には明らかに反している。

 なお、何らかの失敗があったわけではなく、そういう細工がされていたのだそうだ。


 ちなみに、召喚時に強制従属などの条件を付け加えると、勇者が得る恩恵――スキルが極端に弱くなって、勇者のこの世界に対しての適性が低いと、反逆されるおそれがあるらしい。

 それらの問題を回避するための召喚条件であって、勇者の自由意志は尊重されるのが通例だった。


 今回の召喚は、未成熟な勇者なら隷属させることができる――と考えた、没落貴族の画策したものとして処理されている。

 もちろん、ただの没落貴族が勇者召喚に関与できるはずがないので、何らかの裏があるのだと思う。


 しかし、余計なことに首を突っ込むつもりはないので、それ以上の情報は必要無い。



 勇者召喚と、勇者自身と、私との関係は分からない。

 召喚術は改竄されていたものの、改竄されたとおりに動作して、失敗はしていないのだ。

 これ以上のことは専門家にでも聞かなければ分からない。



 最後に、お互いの気持ちを確かめ合ったと一方的に告げられて、これからはお互いの名前を呼び捨てで呼ぶことになった。


 アイリスは、意志も強いけれど、押しも強かった。


 そもそも、「お互いの気持ちも何も、キスをしたのはアイリスからの一方的なもので」と、口にしてしまったところ、私の方からもしてくれないと不公平だと迫られ、させられる羽目になってしまった。


 させられてから、「不公平」の意味が分からないことに気づいた。

 口では勝てないらしい。



 もちろん、別に減るものではないし、嫌ではないのだけれど、自分からする時は積極的だったのに、私からする時はものすごく照れたりして、とにかくやりづらかったです。



 何はともあれ、人生初の恋人ができました。

 私の異常性を知っても、女装した姿を見られても引かない、とても良い人です。

 時折、積極性が暴走するようだけれど良い人です。


 恋人ができるとお金がかかると聞いたことはあるのだけれど、1回60分で2,000万円からというのは、少しかかりすぎな気がします。


 とはいえ、お金自体はすぐに稼げる世界ですので、愛想を尽かされないように頑張って稼ごうと思います。

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