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08 ギルド再び

誤字脱字等修正。

 変装については諦めるとして、せっかくなので、今後のアイリスさんとのコンタクトの方法も決めておいた。


 今回俺が引っ掛からなかっただけで、普通に魔法的なセキュリティだったり、警備兵さんの巡回はあるのだとか。

 警備兵さんはともかく、魔法的なものだと俺には判別できないし、壊して迷惑を掛けるのも本意ではないので、必要な配慮である。




 今後のアイリスさんとの接触の方法は、緊急事態でない限りは正攻法で行う。

 つまり、教会の受付で、解呪や回復コース選択してお布施を納めて、追加で指名料金を支払ってアイリスさんを指名することになる。


 教会とは一体何のお店なのか?



 なお、基本コースだけならリーズナブルな金額らしいのだけれど、アイリスさんの指名料は金貨20枚からだそうで、当然お触りなどは禁止だ。

 聞き間違えかと思ったけれど、本当に金貨20枚――2,000万円だそうだ。

 それだけの高額設定でも、毎月2、3度は指名があるのだとか。


 どれだけ高級店なのか。



 しかも、回復や解呪などが失敗したり、効果のほどが思わしくなくても、料金――お布施は一切返金されないらしい。


 聖職者って何だろうね?



 とはいえ、アイリスさんもそれだけ高額なお布施を、俺が何度も用意できるとは考えておらず、ミントさんが戻ってくれば、彼女をメッセンジャーにするつもりらしい。


◇◇◇


 変装開始の翌日。

 朝も早くから冒険者ギルドへ向かう。


 とはいえ、リリーとミーティアには俺よりも先にギルドへ行ってもらっているので、どちらかというと重役出勤である。


 なお、ふたりと別行動しているのは、アリバイ作り――「ユーリは実家の都合で里帰りしている」という情報を流して、代わりに彼の双子の姉であるユノと合流するという筋書きを作ったのだ。



 それより、リリーとミーティアにも変装をさせた方が良かったのではと思うのだけれど、秘密が多いほどバレやすいというのも事実である。


 演技力の問題もあるだろう。


 なので、その必要が出るまでは保留とした。


◇◇◇


 目立つこと自体はいつものこと。


 老若男女問わず視線を向けられる。それどころか、犬や猫にまでガン見される。

 まあ、それもいつものことだ。


 いつもと違うのは、一定数の視線が、胸元や剥き出しの太ももに集まっているのが分かることだ。

 短すぎるスカートから、もしかしたら――と思ってしまうのも無理はないのかもしれない。

 そういうものだと理解している。


 とりあえず、表面上だけでも紳士的に振舞ってくれればそれでいい。



 さすがに少々恥ずかしいものの、恥ずかしがったり隙を見せたりすると獲物と看做される。

 それは獣の習性だと思うかもしれないけれど、男はみんな狼だし、女も女豹とか泥棒猫といわれることもあるので、間違ってはいないはずだ。


 なので、いつもどおりにしっかりと前を見て、背筋を伸ばして、自信をもって堂々と歩く。

 当然、セイラさんに仕込まれた女性らしさも忘れない。

 とにかく、こちらが完璧に振舞っていれば、そうそう絡まれたりはしないものだ。




 予定より少し遅れてギルドに足を踏み入れると、そこはゴロツキにしか見えないエリート冒険者さんたちが、酒を煽りながら(むせ)び泣く異様な場になっていた。


 そして、俺の姿を目にした途端に、時間が止まったかのように動きも音も止まる。



 先に来ていたリリーとミーティアも状況についていけず困惑しているけれど、俺たちまで固まってしまっても仕方ない。

 受付まで歩いて、前回と同じように「登録」とだけ口にする。



 ポーカーフェイスだけは得意なので、内心の不安は悟られていないと思う。

 しかし、冒険者さんたちと同様に固まっている受付嬢さんの反応次第では、この作戦は失敗になる――というか、普通は誰がどう見ても気づくだろう。


 堂々としていれば勢いで押し切れるといっても限度がある。

 そうなると、もうこの町にはいられない。



「は、はい! で、では、こちらに記入を!」


 なぜだ。

 異世界の人って、みんな莫迦なのか?


「こ、ここは、お、お嬢ちゃんが来るようなところじゃない――が、歓迎するぜ!」


「こんなめでたい日に仕事なんかしてられるか! おう、今日は俺のおごりだ! じゃんじゃん酒持ってこい!」


「掃き溜めに現れた天使に――乾杯だ!」

「「「乾杯!」」」


 お通夜のような空気が一変して、お祭りが始まった。


 一体何だというのか。

 この世界の人は、情緒も不安定なのか。

 というか、神の実在するらしいこの世界で、天使などと滅多なことを言うものではない。



「こちらがギルドカードになります。間違いがないかご確認ください」

 うん?


 講習はどうした――というか、冒険者ランクがCになっている。

 なぜだ――いや、それより何より、またクラスの表示がおかしい。


 クラス【可愛い】って何だよ?


「どうかされましたか?」


「おかしい」


「本日の業務は終了しましたので、講習はありません。それと冒険者ランクについては、職務権限に基づいた措置です」


 何を言っているのか分からない。

 まだお昼にもなっていないのに業務終了?

 何もしていないのにランクC?



「違う」


 いや、そうじゃない――と、「可愛い」と書かれたところを指差して、莫迦にも分かるように丁寧に抗議する。


「合ってますよ?」


 しかし、受付嬢さんは、とてもいい笑顔をするだけで、己の非を認めようとしない。


 ギルドカードが名刺のようなものだとすると、役職やプロフィールに“美少女”だとか“可愛い”と書いてあることになる。

 それを見た人がどう思うか、そんなことにも頭が回らないのか。


 いや、やはり価値観の相違なのだろうか、この世界の人には恥の概念が無いのかもしれない。

 そうなると、これを修正させるのは骨が折れる。

 諦めるしかないのか……。


 せめて、できる限り他人に見せないようにしよう。


◇◇◇


――第三者視点――

「それで、結局何だったんだろうな?」


 ギルドからユノたちが去った後も、冒険者たちの酒宴は続いていた。

 その最中、誰ともなく口を開く。


「さあな……。ユーリちゃんが里帰りって聞いた時は、この世の終わりかと思ったが――。あれ、どう見てもユーリちゃんだったよな」


 当然、ユノが思うほど、この世界の人は莫迦ではない。


 むしろ、それで片付けるユノの方が莫迦まである。


 彼らは冒険者という職業柄、常に死と隣り合わせであり、それゆえに平時は素直に感情を表に出す傾向があるだけだ。

 彼らは皆、その瞬間瞬間を精一杯生きているのだ。



「理由なんて何でもいいじゃねえか。ユーリちゃん――いや、ユノちゃんが戻ってきてくれただけで、俺は満足だぜ」


 そして、数多くの修羅場を潜り抜けてきた彼らは、咄嗟の判断で騙された振りを決め込んでいた。


「ま、そうだな。でもよ、よかったのか? 重複登録なんて認めちまって」



 重複登録とは、少し悪知恵が働く者なら一度は思いつくであろう、詐欺や強盗などの悪事を働くために、複数のギルドカードを所持することである。

 表向きは禁止されているが、貴族が身分を隠して持つこともあったり、例外はいくらでも存在する。


 しかし、長い歴史を持つギルドが、そんなことに思い至らないはずがない。

 実は、カードには特殊な属性が付与されており、最後に有効化したカードしか使えないようになっているのだ。

 そして、失効したカードを再度有効化するためにはギルド窓口での申請が必要であり、そのたびに高額の手数料を取られるという罠っぷりなのだ。

 それ以外でも、重複登録者はギルドにマークされて、関係各所と情報を共有されることもあるので、実際にこれを悪事に利用するのはなかなかに難しい。



「莫迦かおめえ、ユノちゃんが悪さするとでも思ってんのか!?」


「そうだ! たとえユノちゃんが人を殺したとしても、それは殺された奴が悪いんだよ! むしろ、俺がもう一度そいつをぶっ殺してやるぜ!」


「重複も何も、カードと紐付けするためのユノちゃんの魔力が、前回と同様に上手く検知できなかったので、『近くにいる一番可愛い子』という項目で紐付けしてますからね。こんな項目で紐づけできるとは思いもしませんでしたが……。一般的な懸念については、悪用するつもりならあんなに目立つ格好はしません。ということで、問題は無いでしょう」


 受付嬢の言うように、悪用するつもりなら――悪いことだと知っていれば、あれだけ衆目を集めて堂々としていられるはずがない。


 囮としては有効かもしれないが、詐欺などしなくても、道端に座っていれば、お捻りで家が買えるくらいの可愛さである。

 むしろ、人を殺すにしても、「私のために死んで」とお願いすれば事足りるかもしれないレベルである。


 それにしても、髪を黒く染めて太ももを出しただけで別人のつもりなど、誰の目からも無理がありすぎる。

 彼らにしてみれば、その間抜けさすらも、完璧すぎる容姿とのギャップで愛すべき点でしかなかった、というのが本当のところなのだ。



「それもそうだな。そういや、カードのことで何かモメてたみたいだけど、何があったんだ?」


「いえ、クラスが気に入らなかったらしくて……」


「何て書いてあったんだ? ユノちゃんを困らせるとか、いくら日頃アンタに世話になってるからって、場合によっちゃタダじゃ済まされないぜ?」


 普段は温厚なエリート冒険者だと分かっていても、皆戦いに戦って身を立てた猛者たちである。


 そんな男たちに凄まれ、身を竦ませながらも、受付嬢はどうにか口を開く。



「い、いえ、その――可愛い、と」


 彼女とて海千山千の冒険者と渡り合ってきた自負があり、脅されてただ縮こまるような弱者ではない。


「はぁ!?」


「ですから、クラスが『可愛い』、です」


「合ってるじゃねーか」


「むしろ控え目なくらいだけどよ。それじゃあ、もしかして照れてたのか!?」


「クールに振舞っているつもりでしょうけど、微妙に雰囲気が変わりますからね」


 一般人には見抜けないような違和感でも、エリート冒険者たちには感じるところがあった。

 これはユノが未熟というだけではなく、彼らの人生の経験値がそれだけ高かったというだけである。

 酔っていても違和感は見逃さない。

 だからこそ今まで生き抜いてこれたのだ。



「「「可愛いなあ!」」」


 その時の光景を思い出して頬を染めている冒険者たちの様子は、傍目には違和感どころか恐怖しか湧かない。


「あんな可愛い子が冒険者か――でも、務まるのかねえ?」


「お、何だ、嫉妬か? お前さんだって悪くはないが、比べる相手が悪いぜ」


「そんなことは分かってるよ! 強さだってアタシらよりよっぽど上だろう! あの姐(ミーティア)さん見てれば嫌でも分かるよ。世の中ってのはつくづく不公平だよ」


 生き残ることに長けている彼らは、《鑑定》に頼らずとも、ユノたちが普通ではないことを見抜いていた。


 ユノは、外見や気配は全く強そうには見えないのだが、動きのひとつひとつの精度が恐ろしく高い。

 彼らでなければ見逃しているレベルだ。


 もっとも、それだけなら《礼儀作法》スキルの高い者でもあり得ることだが、感情や思考に身体が引き摺られないのは、無意識レベルでそれを成せるということである。


 無論、考えすぎという線もあるが、少しでも不安要素があれば最悪に備える彼らの用心深さこそが、過酷な世界で生き抜くための秘訣なのだ。



「ただ、悪い奴らに騙されたり、利用されたりしないか心配なんだよ」


 しかし、単純な能力が高さに胡坐(あぐら)をかいているだけの者は、搦手に弱いというのが定石である。

 ユノのここでの短いやり取りだけでも、彼らを心配させるには充分なものだった。



「確かになあ……。だからって、ずっとついて回るわけにもいかねえしなあ」


「いや、俺は許されるならずっとついて回りたい」


「あー、どこかにユノちゃん見てるとお金が貰える仕事ってないかな?」


「そんなん俺がしたいわ」


「俺はユノちゃんのブーツになって履き潰されたい」


「俺は転生したらユノちゃんの子供になりたい!」


 一廉(ひとかど)の冒険者の彼らの欲望は、止まるところを知らなかった。



「そこで私から皆様に提案なのですが、ユノちゃんが悪い男に引っかかったり騙されたりしないように、ユノちゃんを見守る会を設立したいと思います!」


 受付嬢の言葉に、その場にいた全ての冒険者が勢いよく立ち上がり、「「「うおおーー!」」」と、口々に雄叫びを上げた。

 冒険者たちは――受付嬢も含めて皆が酔っていたが、ことごとくが本気だった。


 彼らがユノのどこにそこまで惹かれているのかは不明だが、彼らにはユノがくだらない男に引っかかって傷付くことなど許せなかった。


 だからといって、独占したいわけではない――独占できるならそうしたいが、彼らは自分たちの分を知っているからこそ、エリートでいられるのだ。



「では、ご賛同いただけたということで――ユノちゃんを見守る会の発足を、ここに宣言します!」


 そして、再び湧き上がる歓声。



 この日を境に、冒険者組合アルス南支部では、裏業務として「ユノちゃんを見守る会」の入会受付が追加されることになった。


◇◇◇


――ユノ視点――

「くちゅんっ」


 リリーの訓練の最中、生まれて初めてのくしゃみが出た。



「どうした?」


 ミーティアが、奇妙なものを見たとでもいうような目で問いかけてくる。

 何となく不本意な気もするけれど、理由は俺にも分からない。

 それでも、風邪などひいたこともなく、花粉ごときに負ける粘膜ではないので、物理的な要因ではないと思う。



「どこかで褒められている」


 ならば、これしか理由がない。


 もちろん、冗談のつもりだったのだけれど、ミーティアの莫迦を見るような目と、本気で心配しているリリーの純粋な視線が痛い。


 一褒め、二誹り――など、日本の迷信なので伝わらないのも無理はない。

 言わなければよかった。



「何でもない」


 俺自身――いや、私自身、くしゃみひとつが何かを示唆するなど莫迦げていると思う。

 それでも、私がしたというところに何かを感じないでもない。


 もしかして、下半身の風通しが良くなった――実際には元々通気性抜群というか、影を纏っているだけで全裸の状態と変わらなかったのだけれど、視覚的な露出が増えたことによる気分的なものかもしれない。


 というか、風や重力の影響など受けないはずのスカートが、ひらひらはためくのはどういうことか?

 恐らく――いや、朔の仕業で間違いないのだけれど、追及したところで煙に巻かれるだけだろう。


 理不尽でも耐えるしかない――今は雌伏のときなのだ。

 女装だけに。

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