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07 劇的

「やあ、ユーリ君待っていたよ。さあ、早速始めようか。さあ、さあ!」

 クリスさんの屋敷に着くと、玄関先で満面の笑みを浮かべたクリスさんとセイラさんが待っていた。


「こんにちは――」

「準備は万全。後は合わせるだけよ」

 挨拶も満足にできないまま、セイラさんに手をグイグイ引っ張られて、館の中に引き摺り込まれた。

 魔法使いとは思えぬすごい力だった。



 彼らから変装の準備が整ったと連絡を受けたのが、相談をした日の翌々日の朝。

 つまり、今朝なのだけれど、今までずっと不眠不休で作業をしていたらしい。

 そのせいでテンションがおかしなことになっているのだろうか。


 何が彼らをそこまで突き動かしたのかは分からないけれど、今更ながらに嫌な予感がしてきた。


 しかし、大恩あるふたりなので、多少おもちゃにされるくらいなら我慢しようと思う。



「やはりユーリ君のレジスト能力は別格なのだよ! 我々の技術力であっても、局所的な偽装だけで精一杯なのだよ!」

 いくつかの検査と調整の末、俺の偽装に使う道具はチョーカーに決まった。


 ちなみに、この世界での変装の手段は大きく三つ。


 ひとつは魔法。

 ひとつは魔法道具。

 最後にスキルなども含めた自力。


 俺の場合は、魔法道具一択である。

 俺は並大抵の魔法はレジストしてしまうし、レジストしなくても、術者の確保や、永続する魔法は存在しないという現実があるので、更新の問題もある。

 そして、自力でどうにかなるならクリスさんたちに相談していない。

 なので、必然的に魔法道具になるのだけれど、それにしても変装を台無しにしてしまうような大型の物や、無駄に目立つような物は不適切だ。


 そこで採用されたのが、身に付けていても不自然ではないチョーカーということらしい。

 ただ、限界まで小型化したせいでコストが非常に高くなったそうで、上質な魔石を使ってもなお有効期間も短く、最大で半年くらい。

 つまり、交換前には十分なお金や素材を貯めておかなければならない。

 まあ、新年会までなら充分にもつけれど。



 身につける部位で効果が変わるということはないけれど、常に身につける前提で考えると、装着者の負担となるようなも物はのは避けなければならないのは当然だ。

 何より、道具に物理的負荷をかけると壊してしまう体質の俺では、指などの部位だと戦闘時に困る。

 そんな感じの要望を伝えていたところ、首か乳首かお臍から選べと言われた。

 どう考えても首以外の選択肢がなかった。


◇◇◇


 実際にチョーカーを身に付けての調整が始まる。


「朔ちゃんの力を使う可能性を考えると、やはり髪の色は黒よね!」

 言っている意味は理解できないけれど、確かに髪の色が変わっただけでも雰囲気はガラリと変わる。

「黒髪ロングのストレートは至高なのだよ。――個人的にはもう少し髪が長い方が好みなのだが、この長さでもいろいろな髪型も楽しめると思えば悪くはないのだよ」

「うん、完璧ね。艶やかな黒と、透明感のある白い肌の調和が素晴らしわ。それに、お化粧しなくても、お化粧した以上のこのクオリティ、さすがね」

「後はやはり服装か」

「服の方には全く干渉できないわね」

「は?」

 変わったところといえば髪が黒くなっただけなのだけれど、既に終わったような口調に聞こえた。


「君に対して偽装をかけ続けることは、君が思っているよりも難しいのだよ。なので、君の特徴を最大限利用しつつ、最小限の偽装で最大限の効果を狙うのだよ」

「つまり、首から上はコレでお終いってことね。物足りないならお化粧でもすればイメージは大きく変わるわ。蛇足にしかならないと思うけれどね」

 俺の疑問を察したのか、ふたりが早口で説明を始めた。


 俺の「正統派イケメン」という希望はどこへいったの?

 というか、この感じはよく知っている。

 イベントがあるたびに、散々経験した()()だ。


「残念。やっぱり朔ちゃんの服には、幻術どころか物理でも全く干渉できないわね」

「男装が悪いわけではないが、バリエーションがないのはいただけないのだよ」

 ナイスだ、朔!

『クリスの人形の着ている服を貰えれば再現できるかも?』

 何を言っているの!?

「本当かね! そんなものでよければ、いくらでも進呈するのだよ!」

「朔ちゃん、私は信じていたわ! 遂にリアル魔法少女が見られるのね!」

「まだ少女ではなく、男の娘なのだよ。間違ってもらっては困るのだよ!」

 ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコめばいいのか分からないし、ツッコむ必要が無いようにみえても含みのあるワードも混じっている気がする。


「俺の希望はどこに?」

 そんなことを言っている間にも、次々と服が運ばれては朔に投げ込まれている。

 中にはストックが無いのか、目の前で脱いだ物を放り込んでいるホムンクルスまでいた。

 というか、そんな紐みたいな下着や水着は勘弁していただけないでしょうか?

 話の流れからすると、俺が着ることになるんですよね?


◇◇◇


「ええと、なぜに女装なんでしょうか? 俺はマッチョなイケメンがいいって言ったはずです」

 女装自体は初めてではないけれど、ここまで本格的なものは記憶に無い。

 それ以上に何が酷いって、服に関する裁量権が俺に無いことだ。


「ふむ。いくつか理由があるのだが」

 クリスさんが真面目な顔で俺に向き直る。

「性別を偽る。言葉にすれば単純だが難度は高く、それゆえ効果もまた高い。どんな魔法を使っても、異性にここまでなりきれる者はまずいないからね」

 確かに、俺には骨格や声、喉仏にまで男性的特徴が無くて、無駄毛どころか毛穴すら全く無い肌はスベスベ、筋肉が付かない身体はプニプニで、間違い探しをするなら性別が間違いだと何度言われたことか。

 それでもメンタルは男性寄りなのだ。多分。

 それか、人の心が無いか。


「もうひとつは、《鑑定》などの対策なのだよ。高ランク《鑑定》スキル持ちが、男性に多いというのは知っているかね?」

 知っているはずがないでしょうに。

「それが俺の女装と何の関係が?」

「研究者などに男性が多いのと似たような理由らしいのだが、君ほど綺麗な女性に《鑑定》を仕掛けて、嫌われたいと思う男は少ないだろう?」

 俺には全く感じられないのだけれど、《鑑定》を受けると、成否にかかわらず独特の悪寒がするらしい。

 それが他人の秘密を覗く行為と相まって、本人の許可を得ず《鑑定》を仕掛けることはマナー違反なのだそうだ。

 それは確かに、俺だって素敵な女性には目がいくのは仕方ないことだと思うし、ジロジロ見て嫌われたいとは思わないのも納得できる。

「それに、砦を襲った時の君は黒髪だったと聞いている。偽装終了時に死んだことにしてしまえば、それもひとつの偽装となるだろう」

 なる、ほど?

「何より、ただの私たちの趣味なのだよ。いや、悲願といってもよい。正直なところ、それが全てなのだよ」

 なん……だと?

「でも、ユーリ君の下手な演技じゃ、顔を変えたくらいならすぐにバレると思うのよ」

『ボクもそう思う』

「儂もじゃ」

 否定はできなくても、ショックは受けるんだよ?

 なお、リリーだけはノーコメントだったけれど、俺から目を逸らしていた。

 目が口ほどに物を言っていた。



 クリスさんとセイラさんが、切々と俺に女装のメリットを説いている。

 華麗に聞き流しているけれど、このふたりがここまで必死になることなら、期限付きなこともあって、まあいいかとも思ってしまう。

「ユーリ君がどうしても嫌なら仕方ないが。――そうだな、巫女殿にも見てもらって判断すればよいのではないだろうか?」

「その前に、調整だけ済ませてしまいましょうか」

 よくよく考えれば、婚約者の女装をアイリスさんが認めるとは思えない。


 もうどっちでもいいやという感もあるけれど、アイリスさんが却下するなら角も立たないだろう。

 

◇◇◇


 服装については、ボディラインがはっきり出ないメイド服、ゴスロリ服、着物っぽいもの辺りから選ぶことになった。俺じゃなくて朔が。

 もちろん、クリスさんの趣味なので、全てミニスカート――膝上30センチメートルくらいのヤバめのやつだ。


 なお、服に関する裁量権を持っている朔は、強硬に魔法少女スタイルを主張していた。

 幸運なことに、ホムンクルスの持ってきた服の中にはそんなものはなく、泣く泣くある物の中から近い組み合わせを選ぶしかなかったけれど。


 結果、黒を基調としたゴスロリ服に、ネコミミ付きのヘッドドレス。それに合わせたガーターベルト付きのオーバー二―ソックスというチョイスになった。

 そして、当然のようにパンツも女物になっていた。

 しかも、無駄に色っぽいやつ。

 居た堪れない。


 どうでもいいのだけれど、胸にはささやかな詰め物がしてあって、股間共々女の子に見えるような偽装が施してある。

 もちろん、触られたりすればバレるものの、彼らの技術の粋と執念と勇者様への畏敬の念を結集した偽装は、俺の禁呪レベルのレジスト能力を防御できる性能を持つに至ったらしい。

 目視で見破ることはもちろん、《解呪》すら寄せつけない完成度は、それだけに特化したとはいえ、すさまじい執念である。

 すごいね、人間の執念。

 もっとも、その副作用で隠蔽できない装具となったらしいのだけれど、チョーカーなのでゴスロリ服との違和感も小さい。

 他の服のことは知らない。


 なお、脱衣時に残るのもチョーカーなので、脱いだ服が見当たらないこと以外の違和感は排されている。

 もっとも、ベースとなった服は朔の中に取り込んだままなので、《固有空間》にあると言ってしまえば済む問題ではあるけれど。


 本当にどうでもいいことだけれど、女性に見える偽装は、クリスさんたちにとって断腸の思いの選択だったらしい。

 しかし、技術者としてのプライドや、一瞬でも「究極の男の娘」が見られるならやるべきだ、という欲望に従って実行されるに至ったのだとか。


 何を言っているのか分からなかった。


 朔にせよ彼らにせよ、本当に泣きたいのは俺だと思うのだけれど、これが俗にいう三方一両損なのだろうか。



 名前はユーリのままではさすがにまずいので、「ユノ」と名乗ることにする。


 ちなみに、この名前は――両親は、俺が生まれるまで女の子だと思っていたらしく、「ユノ」と名付けるつもりだったと以前に聞いたことがあった。

 俺のうっかりは両親からの遺伝なのかもしれない。

 とにかく、俺が女の子として生まれてきていれば、ユノという名前だったのだ。


 なので、何の思い入れもない名前よりは馴染みやすいだろう。

 というか、妙にしっくりくる気がするのは、両親が俺のために考えてくれたものだからだろうか。


 もちろん、偽装の指輪も新たに作ってもらっている。

 性別が女になっているのと、クラスが料理人になっていることを除いて、従前の物と同じ内容だ。

 また、喋ると口調などでバレる可能性が跳ね上がるので、極力「無口キャラ」というものでいくことになった。

 簡単な単語の組み合わせと、ジェスチャーでコミュニケーションを成立させるらしい。

 肉体言語なら得意なのだけれど、それとは少し違うらしい。



 その後はセイラさん監修の下、女性らしい姿勢や各種動作に、念のために話し方や、スカートの中を覗かれない方法などを徹底的に仕込まれた。

 しかし、常々綺麗な所作を心がけていたこともあって、覚えることはそう多くはなかった。


 あざとさを身につけるのには少々苦労したけれど、一時間もすれば免許皆伝を受けるまでになった。

 毒を食らわば皿までともいうし、やるなら徹底的にやったほうがいいのだ。


◇◇◇


「完成だ――! おお、おお! これが勇者様の仰っていたニジゲン美少女か! 勇者様、見ておられますか!? 今、またひとつ、貴方の夢を実現させましたぞ!」

「私たちはとんでもないものを造り出してしまったようね! これは間違いなく次元の壁を超えて、神の領域に至るものよ!」

 クリスさんが天井に向かって吠え、セイラさんは息を荒くして身悶えしていた。

 勇者よ、このふたりに何を教えた。


「ユー…ユノさん、すごく、綺麗です」

「違和感ないのう。美味そうじゃのう」

『やっぱり実物があると、再現しやすいね』

 リリーたちも嫌な顔ひとつせずに、こんな変態を受け容れてくれる。

 有り難くて涙が出そうだ。


 しかし、アイリスさんがこれを見てどう思うだろうか?


◇◇◇


 夜の闇に紛れて、アイリスさんが軟禁されている私室のバルコニーに降り立つ。

 彼女の部屋は、教会敷地内にある地上3階の宿舎の最上階。

 ちょっとジャンプすれば届く高さで、外壁側に監視はなかったので楽勝だった――いや、さすがにザルすぎると思うので、俺には分からないセキュリティがあったのだと思いたい。


 さておき、謹慎中のアイリスさんと連絡を取る手段が他になかったため、こうするしかなかったのだけれど、都合の良いことに、謹慎とは名目だけのことらしく、部屋の中は当然として、周辺にも監視がいなかった。

 とにかく、特に不自由はしていないようで安心した。



 窓を軽くノックして存在をアピールすると、俺の姿を見つけたアイリスさんは、時間も時間なので薄手の寝巻姿だったけれど、そんなことを気にした様子もなく、快く招き入れてくれた。

 変装とは一体?

 一瞬でバレているではないか――いや、そんなことよりも、暗くて油断しているのかもしれないけれど、そんな薄手の寝巻ではいろいろと見えてしまいそう。

 どうしたものか。


「まあ、まあ、まあ!」

 俺の葛藤を余所に、アイリスさんはペタペタと俺に触りながら全方向から眺め回していた。

 あまつさえ、鼻息を荒くしてスカートを持ち上げるなどという暴挙にでて、「むっはー」と乙女らしからぬ声をあげていた。

 これではどちらが変態なのか分からない。


 しばらく堪能したところで正気を取り戻したアイリスさんは、何事もなかったかのように取り繕って、口を開く。

 メンタル強いなあ。

「多少やりすぎたきらいはありますが、とても驚きました。これでしたら、誰が見ても女の子です。これでいきましょう。いえ、これでいくべきです!」

 一瞬で見破られるようなものは、当初の目的にそぐわないと思うのだけれど、誰もそれを気にする様子がない。

 もしかすると、また俺の感覚が異世界の人とずれているのだろうか?


「しばらくの間ご不便をおかけしますが、よろしくお願いしますね、ユノさん」

 どうしよう。ゴーサインが出てしまった。

 俺――いや、私には異世界の価値観は理解できそうにない。

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