06 お金を稼ごう
誤字脱字等修正。
「昨日一日――いえ、半日で随分と頑張られたのですね」
受付嬢さんが、にこやかな顔で、銀貨25枚と銅貨30枚をカウンターの上に並べる。
「ほう、新人にしちゃ大したもんだ」
「俺はユーリちゃんならやるって信じてたぜ?」
「だけどよ、ユーリちゃんならここでウェイトレスでもしてた方が儲かるんじゃねえの? 俺、チップ弾んじゃうぜ!?」
今日も今日とてお酒を飲むのがお仕事なエリート冒険者さんたちは、口々に好きなことを話していた。
なお、昨日の稼ぎは――食料向きの動物の一部だけだけれど、日本円に換算して25,300円。
しかも、初冒険祝いと色を付けてもらってである。
これでは宿代にも遠く及ばない。
俺もお酒を飲むだけでお金が貰える仕事をしたいものだと思いながら、ウェイトレスという言葉にツッコみたいのをグッと我慢して、愛想笑いを浮かべておいた。
こんなことで争いを起こすほど子供ではないのだ。
◇◇◇
昨日の深夜、リリーが眠ったことを確認してから、ひとりで島に向かってみた。
島に向かうには許可が必要――というのは、ポータルや船を利用する場合であって、自力で渡る手段があればその限りではない。
ミーティアがお酒を飲んでいなければ乗せていってもらうつもりだったのだけれど、よくよく考えればミーティアが晩酌をしないことなどあり得ない。
酔いが醒めていれば――とも考えたものの、誰だって深夜に叩き起こされて「仕事だ」と言われれば気を悪くするだろう。
その対価を考えれば、泳いで渡った方が幾分マシな気がした。
そんなこんなで、泳いで島に渡って、目についた魔物を片っ端から朔に取り込んでいく。
というか、これに関しては朔と俺の区別はもうないような気がするけれど、取り込んだものを管理してくれているのは朔なので、表現としてはおかしくないと思う。
俺だけだと、何を入れたか忘れると思うし。
ところで、魔物の素材は、傷みが少なければ少ないほど高値で売れる。
当然のことだろう。
むしろ、生け捕りだと買取り金額は更にさらに跳ね上がる。
もう、魔物がお金にしか見えなかった。
とはいえ、長時間宿から離れるわけにもいかないので、中型から大型の魔物だけを狙って、朔に取り込みまくった。
ミーティア級の戦闘が必要になる敵が存在しないので、鬼ごっこよろしくタッチしていくだけで大金持ち。
恐らく、既に借金を完済できるくらいには稼いでいるはず。
それどころか、年末までの宿代を支払ってもお釣りがくるほどには稼いでいるはずだ。
笑いが止まらない。
そして、喜び勇んでギルドの始業時間とともに駆け込んで、鼻歌交じりに買取り相場に目を通していた時に、ふと気がついてしまった。
魔物の名前などほとんど分からないし、似たような外見だと見分けもつかない。
買取り価格がそこそこ高くて、俺たちが狩っても不思議ではない程度の魔物を売りたかったのだけれど、その区別がつかないのは想定外だった。
それでも、特徴的で間違いようのないものも存在する。
大きな牙が特徴的なトラが、最低でも金貨10枚、出来損ないの巨大なニワトリで金貨40枚。
これはちょっと新人が買取りに出せるようなものではない。
さておき、なぜそんなに高値が付いているかだけれど、トラの牙や爪は武器や防具の材料になるし、肝は薬の原料となるのだけれど、鮮度が良いほど質の良い薬ができる。
しかし、トラの強靭な膂力で振るわれる鋭い爪は、鉄など容易く引き裂くそうで、また、ネコ科の動物らしく敏捷性も高いので、生け捕りは難しいのだとか。
ニワトリの方は、石化ブレスなどという厄介な能力を持っているらしく、その石化を解くにはニワトリの素材が必要になるジレンマを抱えているのだそうだ。
つまり、俺の見た相場は最低額なのだけれど、実際にはそれ以上の値が付くのは珍しいことだと推測できる。
というか、実際に納品に来ていた冒険者さんを観察したところ、大体は奇麗な部位が少しでも残っていれば御の字で、生け捕りしてきた人は皆無だった。
俺にしてみれば、トラなどよちよち歩きの子猫と変わらず、鳥目のニワトリなど俺の接近に全く気づかなかったというのに、資料に書いてあることは大袈裟にすぎる――わけではなく、これが俺と他の人との感覚のずれなのだろう。
結局、リリーの訓練で狩った動物を換金しただけで済ませるしかなかった。
必要の無いところで目立って、アイリスさんの足を引っ張るわけにはいかないし。
◇◇◇
「朔、お金を稼ぐ良い方法ってない?」
朔に訊くことではない気はするけれど、もしかすると良い案を出してくれるかもしれない。
そんな期待から、深く考えずに訊いてみた。
『領域広げて、範囲内の人から奪っちゃえばいいんじゃないの?』
予想の斜め上の回答だった。
これには怪盗も真っ青だ。なんちゃって。
「あ、いや。真っ当な方法で」
できないことはないし、バレることもないかもしれないけれど、邪神の力を使って小銭を盗むなど、想像しただけで情けなくて死にたくなる。
『強いものが弱いものから搾取するのは普通のことじゃない? ユーリが嫌なら止めとくけど』
確かにそのとおりではあると思う。
ただ、倫理観とか恥などの概念が欠けているようだ。
『この世界のルールに合わせた方法なら、ボクよりクリスやアイリスに相談した方がいいと思うよ』
今度はぐうの音も出ないほどの正論だ。
直前の台詞の後でなければ素直に受け取れたのだけれど、微妙に納得がいかない。
◇◇◇
それでも、すぐにクリスさんに連絡を取る。
そして、売却しても問題のない魔物の範囲や、非正規の販売ルートが存在しないかを尋ねてみた。
まず回答をもらったのは後者の方で、非正規のルートは確かに存在するけれど、情報漏洩のリスクも高く、ギルドや憲兵が網を張っていることもあって、急激に取引が増加すれば、まず足がつくらしい。
そして前者だけれど、リリーに斃せる魔物であればまず問題になることはない。
また、多少レベルが上の魔物であっても、相性や運が良ければ倒せることもあるので、ギルド職員の様子を見ながら交ぜていけばいいそうだ。
ただし、【コカトリス】とよばれるニワトリの魔物のような大型のものは論外で、運でどうこうできる相手ではないため、売却はそれ相応の地位を手にしてからにするべきだそうだ。
目安としては、冒険者ランクでB以上――完全に無傷での生け捕りだと伝えたところ、S以上に引き上げられた。
Sはギルドだけでは昇格できないので当分は望めないけれど、どこまで上げていいのかはアイリスさんに相談する必要がある。
また、少額でよければ支援してくれるそうだ。
それでも、聡い人であれば、お金の流れから違和感に辿り着かれることも否定できず、怪しまれない程度には自力で稼ぐことが重要だそうだ。
◇◇◇
駄目元で、ミーティアにも訊いてみた。
「儂も朔と同じ考え方じゃのう。力のある者が力の弱い者から奪う。善悪ではなく、道理の話じゃ。人間社会でも搾取などという形で存在するじゃろう? 程度の差でしかなかろう」
そう言われてしまえばそうなのか――と思えなくもない。
いや、そっちの話を正当化してほしかったわけではない。
「変装するのはどうでしょう?」
そう、リリーの言ったような、前向きな意見が聞きたいのだ。
とはいえ、子供らしい無邪気な発想でしかなく、さすがに変装したくらいで解決する問題ではないと思う。
「おお、それは良い案やもしれんのう」
ミーティアまで何を言っているのか。
もしかすると、面白がっているだけかもしれない。
ただ、それとは別に、変装の必要性を感じていたことを思い出した。
帝国の砦を襲撃した時は、灯りなどほとんどない状況だったとはいえ、顔を全く隠していなかった。
しかも、後始末を考える前にミーティアの騒動が起きて、多数の目撃者をそのまま残してきてしまった。
最初から皆殺しにまでとは考えていなかったけれど、確実に顔を見られたであろう騎士や兵士はどうにかしておきたかった。
今となってはどうしようもないけれど、次の機会があるまでには用意しておきたい。
もちろん、そんな機会は永遠にないのが一番ではあるのだけれど。
◇◇◇
稼ぎが少ないからといってサボるわけにもいかず、昨日と同じような感じで訓練を終えて、宿でリリーに簡単な計算を教えていたところ、クリスさんからの連絡があった。
謹慎中のアイリスさんと、連絡を取る手筈を整えたくれたらしい。
有り難いことだけれど、手段は内緒だし、クリスさんの方にも相当なリスクがあるため、アイリスさんとの仲介ができるのは今回が最後だと言われてしまった。
たとえ一度きりでも、協力してくれるだけで有り難い。
<待たせたね、ユーリ君。では始めようか。巫女殿のほうもいいかな?>
<はい。賢者様。ユーリさん、お久しぶりです>
「こんばんは、クリスさん、アイリスさん。では早速――」
通信手段は、何のことはない通信珠での会話――かと思ったのだけれど、クリスさんがリスクがあると言っていたので、余計なことは言わないようにして、いろいろと相談させてもらった。
当然のことだけれど、お金は自力で稼いだ方がいい。
少なくとも、そう見えるだけのポーズは必要だという点で、クリスさんとアイリスさんの意見が一致した。
どちらかというと、計画の障害にならないよう大人しくしているのが最善らしいけれど。
アイリスさんによると、俺の情報は、まだ教会上層部のごく一部――それも、ほとんど情報を伏せた状態でしか伝えられていない。
その内容は、アイリスさんが確認した、帝国が行っている亜人狩りの件と、それを基によからぬ儀式が行われていること、古竜と遭遇したこと。
協力者の力を借りて古竜を打倒したこと。
その古竜が協力者を気に入って、行動を共にしていること。
信頼性を担保するのは、アイリスさんの信用の高さと、俺との戦闘時に欠けたミーティアの鱗の破片。
そこから先を確認するのに、「自分の目で確かめる」という選択肢は、高い地位にあって安定した暮らしをしている人たちには存在しない。
万一怒りを買うようなことがあればと考えると、内偵を行う勇気すらないらしい。
アイリスさんが、「彼らは教会や王国の敵ではありませんが、まだ味方というわけでもありません」と脅したのが効いているのかもしれない。
というか、町中に人に化けた古竜がいるというのが事実だとすると、多くの人は調査より先に脱出を考えているらしい。
アイリスさんの予想では、教会はとりあえず事実と仮定して行動すると同時に、嘘であった場合の方策を練りつつ、対処は王国に丸投げにするというもの。
つまり、絶対とまではいえないけれど、教会からの余計な干渉はないと思っていいのだろう。
ただし、俺やミーティアが大きな問題を起こしたり、悪い噂を流すようなことになってしまえば話は変わってくる。
それだけでなく、突如として現れた高ランク冒険者だとか、異例の早さで昇格するルーキーなどの噂も、アイリスさんの工作の前に王国や貴族に伝わるとまずいことになる可能性がある。
権力を背景にした、青田買いとか囲い込みというやつだ。
しかし、ランクが低すぎても、今度はいろいろな意味で冒険者に狙われる。
いろいろな意味とはどういう意味か気になったけれど、リリーに聞かせるべきでないことが混じっていると判断して自重した。
つまり、過剰に目立つことなく、かつ自衛もできることを考慮して、EかCくらいのランクが望ましいそうだ。
とりあえず、Cランクになれば収支も若干改善されるはずなので、Cまでは上げてもいいけれど、その後のことは様子を見ながらということになった。
一応の目安として、クリスさんやセイラさんの冒険者ランクがS相当、アイリスさんは回復、支援のみで判断すればA相当だそうだ。
そこにある差が全く分からないけれど、とりあえず神妙な顔で頷いておいた。
見えていないと思うけれど。
とにかく、金銭面の問題は完全には解決していないけれど、既に充分な支援もしてもらっているし、妥当な判断であるように思う。
というか、みんな短時間であれやこれやとよく考えられるものだと感心してしまう。
欲をいえば、最初から伝えてくれていればこんな面倒はなくてよかったのだけれど、
「すみません、言ったつもりになっていたみたいです。浮かれていたのかもしれません」
と、素直に非を認められては、それ以上の追及はできない。
うっかりは誰にでもあることだし、むしろ年齢以上に強かな彼女でもあるのだと思うと、ホッとしてしまう。
せっかくの機会なので、変装についても相談してみたところ、「その手があったか」「単純ですが、盲点でした」と、思わぬ反応があった。
曰く、姿形を偽るのではなく、他人に成りすましてしまえば、多少の問題があっても元の俺には影響が少なくなる。
最悪の場合、成りすました人格に全て押しつけて処分するという使い方もできる。
どうやってそれを成すかについては、クリスさんの手にかかれば造作もないことらしく、更に学術的見地がどうとかで、必要以上にやる気に満ち溢れているので問題にはならないと思う。
むしろ、問題は俺の演技力の方で、何度も同じ手は使えないということだろう。
同様の理由から、一度変装を始めると、オンオフも禁止となる。
そして、ボロが出る可能性を極小にまで下げるために、最低でも王都入りするまで継続しなければならない。
予想以上に反応が良い――むしろ、本人を置いてけぼりで話は進んでいく。
とはいえ、デメリットは特に思い浮かばないし、悪い話ではないように思う。
二か月ほど他人の振りをするだけ。
多少矛盾があったとしても、死んだことにしてしまえばそれ以上追及されることもないだろう。
何より、町を歩くだけでもジロジロ見られるだとか、いちいち男だと弁明しなくていい生活というものを体験してみたい。
そんな想いもあって、変装作戦にゴーサインを出した。