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05 楽しい訓練

誤字脱字等修正。

 登録が終わると、ギルド内の掲示板に向かう。


 目的は情報収集。

 それと、少しの好奇心。



 場末の酒場のようなカウンター周辺の雰囲気とは打って変わって、依頼掲示板の辺りはかなり綺麗に整っている。

 討伐や採集、推定ランクごとに仕分け色分けされていて、初見でも分かりやすく、勘違いや誤魔化しなどが起きないような工夫がされている。


 また、薬草採取や食肉確保のための狩りのような常設依頼は、紙を使わず木札にするなど、エコにも気を遣っているらしい。



 例えるなら、飲食店のメニュー表に近いだろうか。


 ランクごとにメニュー表があって、その中に討伐や採集の依頼内容や単価が載っている感じ。

 常設依頼なら、受付で受注処理するだけ。

 期日指定などの条件がある依頼は、受付で条件を再確認してから受注する。


 単純に、狩った魔物を直接持ち込んでも討伐扱いにはなるけれど、討伐の単価や素材の買取価格などは時価になってしまうため、依頼として掲示されている条件よりも安くなることも多いようだ。



 なお、Fランクの依頼は常設のみ。

 薬草や木材や鉱石などの採取とか、食料になるような獣や鳥の狩猟とか、畑仕事の手伝いとか、皿洗いとか。

 冒険者って何だろう?



 一般的に、魔物とよばれる存在を狩る依頼はEランクから。


 一応、ランクがひとつ上の依頼までなら受注はできる。


 それに、弱い魔物なら素人でも斃せなくはないけれど、弱い魔物ほど群れやすいし、いざ実戦になると、緊張したり舞い上がったりして実力が発揮できないこともある。

 なので、ある程度慣れるまでは獣でも狩っていろということらしい。



 数も種類も豊富にある、Cランク以上の依頼に目を通していくと、そのほとんどが戦闘行為を含む内容だった。

 冒険者の存在意義を考えれば当然なのかもしれないけれど、最低ランクの俺たちが受けられる仕事の報酬額とは天と地ほどの差があった。


 冒険者になった理由のひとつが金策だったのだけれど、これでは素直に依頼を受けて丸儲けとはいかないだろう。

 いや、まあ、Fランクなんて雑用というかアルバイトみたいなものだけれど。

 依頼で生計を立てるつもりなら、よほど頑張らないとひとり分の宿代すら稼げない。



 逆に、中高ランク向けの魔物の討伐報酬や素材――特に魔石の買い取り金額は、思っていたよりも高い。

 先ほどの講習の中で、熟練の冒険者であれば年収で、金貨50枚――日本円に換算して5,000万円も夢ではないと言っていた気がする。


 アイリスさんの護衛をしていた騎士さんたちも熟練者で、カインさんに至っては達人の域に片足を突っ込んでいたらしいので、お金を稼ぐだけなら存外簡単なのかもしれない。

 その前にランクを上げないといけないみたいだけれど。



 しかし、様々な依頼を受けて経験を積むことは、報酬だけではなく、リリーの教育に役に立つと思う。

 そう思って依頼に目を通し続けていると、家庭教師募集なども見つけたのだけれど、もちろん、今の俺たちのランクでは受けられない。

 能力はともかく、信用が足りないのだろう。


 他にも、人捜しや浮気調査などもあったものの、背景にあるものを考えると、どちらも子供にさせるものではない。


 一応、目ぼしいものをリリーに読んで聞かせてみたけれど、どれも反応はいまいちだった。



 だからといって、「仕事をしない」というのも、リリーの教育上どうかと思う。

 なので、当面はレベル上げとやらをしてみるべきだろう。



 問題は、俺にはレベルの上げ方が分からないことだ。


 漫然と魔物――敵だけを斃せばいいものなのか?


 セイラさんたちの話ではそういうふうに聞こえたのだけれど、イヌとかクマとかシカとか、いろいろたくさん斃したのに、俺のレベルは上がらなかったので確証はない。


 そもそも、レベルアップって何なの?

 レベルが上がると身体能力が上がるだけ?


 しかし、クリスさんはレベルが上がればシステムの補正も上がると言っていたし、戦闘技術なんかも一緒に上達するの?

 考えても分からないし、餅は餅屋とでもいうか、分かりそうな人に訊いてみればいい。



「ミーティアは、どうやってレベルを上げた――いや、待てよ? やっぱり、レベルと戦術レベルは別々に考えた方がいいのか? ミーティアには戦術のせの字もなかったしな……」


 しかし、よくよく考えてみると、ミーティアの身体能力は高かったし、個々の攻撃は悪くはなかったけれど、運用が駄目すぎた。


 とにかくブンブン振り回して、バンバン撃って――飽和攻撃も立派な戦術だけれど、相手のミスや幸運に期待してのものは飽和攻撃ではないと思う。

 というか、空に上がって俺が降参した時にそれを受け容れていれば、戦略的勝利は得られたのだ。

 それを、戦術的勝利に拘って、全てを棒に振るとか、莫迦なのではないだろうか。


「ユーリよ、お主、儂に喧嘩を売っておるのか? お主だって大概力尽くじゃろうが」


 リリーが慌てて「ケンカ、ダメです」としがみついてくるので、頭を撫でておく。

 可愛い。


「否定はしない。でも、『できるけれどしなくても勝てる』と、『できないけれど勝てていた』は違う。この前の前哨戦はその結果だと思うよ」


 人型のミーティアと俺との能力の差は、勝負を決定づけられるほどのものではなかった。

 むしろ、システムという要素がある分、ミーティアの方が有利だったはずだ。


 それなのに、あれだけ一方的な展開になったのは、(ひとえ)にミーティアの力の運用が雑すぎただけにほかならない。


 俺も同格以上の存在と手合わせした経験なんてほとんどないのだけれど、幼い頃に両親からいろいろと教えを受けていたし、弱すぎる相手を、生かさず殺さずに制圧するための戦術なんかもいろいろと試してきた。


 つまり、俺はやればできる子であり、やろうと思えばできる子でもあるのだ。


 それでも、ミーティア戦での最後のあれは例外だ。

 何かもう、それまでの努力とか流れとか諸々全部まとめて台無しにしてしまうのは、やった張本人が言うのもどうかと思うけれど、さすがにやりすぎだったと思う。

 安易にこういう力に頼ると後で手痛いしっぺ返しがきそうだし、あまり使わないようにしようと思う。



「ミーティアにその気があるなら、俺の世――いや、俺の戦術を覚えてみる? 上手く(はま)れば、今より数段強くなると思うけれど」


「ふむ、よいのか? それでは儂の方が強くなってしまうのじゃが」


「そのときは負けないための戦術に切り替えるから。というか、これが戦略」


 ミーティアに対しては、あの力を使わなくても《竜殺し》という切り札があるし、これを上手く使えばある程度はコントロールできると思う。

 バレたところで痛くも痒くもない点もグッドだ。


「よかろう。じゃが、後で吠え面かいても知らぬぞ?」


 ミーティアがとても愉快そうにニヤリと笑った。

 ついでに気配でも漏れたのか、俺たちの様子を窺っていた冒険者さんたちの顔が引き攣っていた。


「代わりに、俺とリリーにも、こっちの世――ミーティアの戦術を教えてほしい」


 ミーティアの戦術がこの世界のスタンダードなのかどうかは分からないけれど、自称世界でも屈指の強者らしいし、知っておいて損はないだろう。


 もちろん、教えてくれればの話ではあるのだけれど、恐らく断られる心配は無い。


「クックックッ、よかろう! 儂の真の力、とくと教えてやろう!」


 ほらね。

 ミーティアは自己顕示欲が強いから、断ることはないと思っていた。


 ただ、その機会が降って湧いたことがそんなに嬉しかったのか、盛大に気配が漏れたらしくて、冒険者さんたちが怯えている。


 よし、逃げよう。


◇◇◇


 町を出る前に、冒険の必需品や日用品を買い揃えるために、宿の女将さんに教えてもらった商店に向かう。


 最低限の必需品はギルドカードの特典で付いてきたし、このまま出発できないこともないのだけれど、俺にとってはどうしても必要な物があったのだ。



「虫除けを下さい」


「えっ、あっはい。どのような虫除けが必要でしょうか?」


「一番効果の強い物を。できれば、全世界の虫を根絶できるくらいのを」


「さすがにそんなとんでもないものはありませんが……。当店で一番効果が強いということであれば、こちらの【虫除けの腕輪】か【虫除けオイル】になります。虫除けの腕輪は――」


「全部下さい」


「えっ、全部? えっ?」


「そう、全部。在庫にあるだけ」


「あっはい。畏まりました……。あの、いえ……。殺虫剤の方はこちらの【虫コロシアー――」


「それも全部下さい」


「えっ、あの、こちらの商品は虫特効ですが、人も死ぬので注意が――」


「下さい」


「あっはい。いえ、こちらの商品は、冒険者ランクA以上の方か、その紹介がないとお売りできません。カードの提示をお願いいたします」


「じゃあ、Fランクでも買える中で、一番強いのを全部下さい」


 買い占めるのは少々行儀が悪い気もするけれど、俺にとっては死活問題。

 それに、買い占めたのはこの店の商品だけで、町全体でみればまだ余裕はあるはずだ。

 ミーティアからの借金がかなり増えたけれど、必要経費と割り切ろう。



「あの、虫の王(ムシキング)でも倒しに行かれるのですか?」


 お会計の際、店員さんが何とも恐ろしいワードを口にしていた。

 そんなのいるの?

 異世界、怖い。



 必要な物は手に入れたので、後は適当に店内を見て回りつつ、必要そうな物をカートに放り込んでいく。


 カセットコンロ的な何か。

 携帯用のトイレ的な何か。

 エマージェンシーブランケット的な何か。

 どこからどう見てもカラビナな何か。

 他にもいろいろ見知ったものが売られていたけれど、そのほとんどは過去の勇者が発明した物らしい。


 有り体にいうと、彼らは権利の概念が薄い異世界で、特許や著作権など知ったことかと荒稼ぎしていたのだ。

 何にしても、俺としてはある物は有効に利用するだけなのだけれど。



 ところで、排泄物の処理というのは、冒険者にとって非常に重要なことらしい。

 排泄中はどうしても無防備になってしまうことや、排泄物の臭いで敵を引き寄せたり――ミーティアのような強大な魔物の場合は、弱い魔物が寄って来なくなるらしいのだけれど、とにかく、それに関する様々な物が商品化されていて、一大コーナーを作っていた。


 生まれてこの方排泄をしたことがない俺には想像もできない。

 というか、便秘にもほどがある。


 さておき、中でも人気商品なのが、先ほど購入した携帯用トイレである。

 一般家庭や旅館などのトイレと同じく、生活魔法の《浄化》や《消臭》、《消音》などの魔法が込められていて、どんな所でも比較的安全に用を足すことができる。

 というか、両者の差はサイズだけのものであるといえる。


 しかし、便意とは時と場所を選ばずにやってくることもあるそうで、これまでにも多くの悲劇を生んできたらしい。


 そこで開発されたのが、超小型装着式トイレ――通称【オムツ】で、今でも小型化や軽量化、装着感の向上の極限を求めて、開発競争が続いている。

 効果は普通のトイレのものは完備した上で、快適な装着感を確保するために《洗浄》や《乾燥》などの魔法も付与されていて、出した物は《転移》で秘密裏に放棄される。

 もちろん、その分お値段が跳ね上がって、最も安い物でも金貨20枚――日本円換算で2,000万円もする。


 ミーティアの集めてきた財宝が、彼女に敗れた冒険者たちの生きた証が、最高級オムツに変わっていく様には、何ともいえない感慨を覚えた。


◇◇◇


 いろいろと装備と準備を調えて向かったのは、町から東に四キロメートルほど離れたところに広がる森林地帯である。


 ギルドの情報によると、森の奥――森の端から三キロメートルくらいのことろを南北に流れる川の手前辺りまでが、Eクラス以下の新米冒険者が修行の場として利用する場所らしい。

 さらに、川の先にはCクラス相当の狩場がある、町から比較的近いこともあって人気の狩場なのだそうだ。


 もっとも、比較的近いといっても、日帰り予定だとそんなに奥地まで行けないけれど、人目がなくなればリリーを抱っこして走ればいい。



 現場に着くと、早速朔のみで可能な範囲のみを探査して、他の冒険者たちと被らない獲物を探して、狙っていく。


 たとえ冒険者同士であっても、無闇に接触しない方がいいとギルドで聞かされたばかりだし、他の冒険者と交流を持ちに来たわけでもない。


 それに、街道があるところには、商人や新人冒険者、任務帰りで疲弊している熟練冒険者をも狙う山賊などもいるらしいので、人間に会わない方が平和なのだ。

 何とも殺伐とした世界である。



 なお、トラブルを回避するための一助になるかと、道具屋で「魔物のいる方向を指し示すコンパス」という物を購入していた。

 宣伝では、探索する魔物のレベルを設定できて、更にその魔物が交戦中か否かまで判別可能で、周囲に脅威があれば警告を発する物だ。


 朔の探査範囲は100メートルしかなく、俺の領域だと見たくもないものまで見なければいけない――というか、それらは人前で無闇に使うべきではない。


 つまり、無闇に歩き回る必要が無く、安全に狩りができるという非常に優れた道具であるように見えたのだ。

 その時は。


 しかし、実際に現地で使ってみると、ミーティアの方を指してビービーとけたたましい警告音が鳴り続けるだけのガラクタだった。


 よくよく注意書きを見ると、魔物の持つ魔石の大きさや質に反応する仕様で、魔石が近くにある状況や、体内に魔石のある方にはご利用できませんとの注意書きがあった。


 金貨12枚もしたのに……。


 返品とかできるのだろうか?

 とはいえ、返品理由を聞かれても答えられないし、泣き寝入りするしかないのだろうか……。



 なお、虫除けの腕輪も蚊とか蠅に集られない程度の物でしかなく、そもそも、俺のスベスベのお肌には蚊ごときが止まることなどできないので、意味が無かった。

 そして、虫除けのオイルも、俺のスベスベの肌では一瞬で流れ落ちてしまうだけで、何の意味も無かった。

 開幕から絶体絶命だった。




 ミーティアによると、適当に戦っていればレベルは上がるとのことなので、最初は適当に獲物を拘束して、急所にリリーの魔法を当てさせるだけ――という方法を試してみることにする。


 ミーティアには「過保護じゃろ」と呆れられたけれど、何の訓練もしていない10歳の女の子に、いきなり狩りをさせても成功するはずがない。


 リリーは既に火属性魔法の《火矢》という、言葉どおり、手元から火の矢を射出する魔法が使えるようになっていて、魔力が満タンの状態からなら3発まで撃てた。


 3発というのが多いのか少ないのかは分からない。


 恐らく、年齢やレベルからすると優秀なのだけれど、3発で斃せる魔物を斃しただけでレベルアップできるほど甘くはないといったところだろうか。


 したがって、3発撃つと魔力の回復を待たなければいけないのだけれど、自然回復では時間がかかりすぎる。

 魔力を回復する薬もあるけれど、幼い頃から薬に頼りすぎるのもどうかと思う。

 魔力が切れるたびに俺のご飯を食べるのも、お相撲さんにでもなるのかと心配になるし、もちろんお酒は論外だ。



「ユーリさんにくっついていると、回復が早いような気がします」


「魔力の回復速度は、本人の能力以上に、その地の魔素濃度に依存するからのう」


 などと言って、二度目の休憩の折にリリーが俺に抱きついてきて、三度目以降はミーティアも便乗していた。


 試しに朔と同化して、気配を出さない程度にふたりを領域で包み込むと、「ふおぉぉぉ!?」「こっ、これは――! 夢見心地とはこのことじゃあ〜」と、リリーは尻尾を膨らませて、ミーティアも尻尾を出してビタンビタンと地面を叩いていた。

 なるほど、俺は癒し系の何からしい。


 ふたりともよほど気持ちが良かったのか、うっとりした顔で俺にしがみついて、段々とその力が強くなる――これは一体何の修行なのだろう?



 ミーティアの言ったとおり、リリーの魔力は、俺の領域の良質で濃密な魔素で瞬く間に回復したらしく、それからは撃っては抱きつき、撃っては抱きつき、いつしか抱きついたまま撃つ――を繰り返して訓練を続けた。



 精密照準に慣れてくると、徐々に変化や連携を交えて、当てるための工夫を覚えさせていく。


 魔法の技術的なことはミーティアが教えてくれている。

 この辺りの基本を覚えれば、次は動く的に対しての訓練だろうか。



 リリーは元々そういう暮らしをしていたからなのか、動物や魔物の命を奪うことに躊躇いは感じられない。

 その辺りのことを教えるのはできそうになかったので、正直助かった。


 俺が教えることができるのは、身体の使い方と、頭を使うことくらい。


 攻撃を当てる。

 当てるためにどうするのか。

 守備も同様。

 それらの積み重ねで勝つ、又は逃げるための道筋を作る。


 最初から居着きがどうとか説明しても混乱させるだけだと思う。

 まずは基本的な身体の動かし方と、頭を使うことを教え込んで、それらを無意識に近いところでやれるようにが当面の目標だ。


 それに慣れてくれば、継戦能力を確保する戦い方にシフトしよう。

 訓練を重ねれば何でもできるようになるとは思わないけれど、訓練しておけばよかったという後悔だけはさせたくない。



 そうやって二時間ほど訓練してから、休憩を取る。

 斃したのはイノシシやオオカミといった――何匹かは体内に魔石があったので、動物が32匹と、一応は魔物が10匹。

 残念ながらレベルは上がらなかったようだけれど――ミーティアには過保護すぎると経験が得られんと非難されたけれど、技量は随分上がったのではないかと思う。



 休憩後は少し違うことをやってみようと、出発前に買っていた、小さめの綿入りのクッションをいくつか取り出して、リリーと枕投げのようなものをして遊んだ。


 リリーは、最初は遠慮してクッションを投げようとしなかったものの、気長にキャッチボール程度から始めて、そのうち何をしようとまともに当てられないと分かると、今では楽しそうにクッションを投げつけてくるようになった。


 そもそも、クッションなど当たっても痛くも痒くもないし、リリーも身をもって経験している。

 そういう遊びなのだから、遠慮など無用なのだ。


 座ったままでもひょいひょいと避ける俺に、リリーはどうにかしてクッションをぶつけようと、頭を使っていろいろと試していた。


 最終的には、枕や自身の幻影を出して攪乱、なんてことまでやりだした。

 子供の成長は早いものである。


 というか、この遊びで本当にレベルが上がったらしい。

 魔物の命とは一体……。


 とにかく、ひと頻り楽しく遊んだ後、全力でリリーを褒めてあげた。

 楽しく修行、褒めて伸ばす。

 しばらくはこの方針でやっていこうと思う。


◇◇◇


 リリーと遊んでいた間、退屈そうにしていたミーティアが、遊びが終わると同時に「儂とも遊べ」と言うので、人目がなく、少し広い場所に移動する。

 お互い多少のことでは怪我などしないはずだけれど、周囲に与える影響が大きすぎるので、軽い手合わせ程度しかできないのは仕方ない。

 ミーティアもそれは了承済みだ。


 数値的なことは分からないけれど、ミーティアが人間形態なら、俺も気合での強化無しでも余裕がある。

 翼や尻尾を出されると――半竜型というらしいけれど、ミーティアの能力値が体感で1.5倍になる。


 強化無しではつらいものの、ミーティアが身体能力任せで振り回すだけであれば対処できなくもない。

 俺にも翼や尻尾があると、もう少し対応にも余裕が出るのだろうか。

 いや、俺ならもっと上手く使えるはずだ。


 さておき、ミーティアは決して弱いわけではないし、単発での攻撃は悪くはない。

 しかし、繋ぎは隙だらけで、全体的な流れはでたらめである。


 爪でも牙でも魔法でも、深く考えずに振るったそれらで、大方の人は蹴散らされていたのだろう。

 生まれついての強者であるがゆえの弊害か。


 それでも、連撃系のスキルが発動すればまだ見られるものになるのだけれど、スキルを発動する際の起こりがとても分かりやすく、それ以前に、視線で狙いもバレバレでは残念としかいいようがない。


 それを見越して効果範囲から離脱しても、一度発動したスキルの動作はすぐには止まらず、発動前に潰してしまえば、今度は【ファンブル】といわれる状態に陥って、どちらも致命的な隙を晒してしまうのもいただけない。


 使うなとまでは言わないけれど、もう少し使い方を工夫しなければ、ただの的でしかない。



 魔法はそれ以前の問題。


 遠距離からの牽制や、一方的に攻撃できる状況であれば使えなくはないけれど、俺に通用したのは俺の事情によるだけで、本来なら同格以上との戦いでは無駄撃ちにしかならないか、成立しないものだと思う。


 現状では《無詠唱》の魔法であっても、発動や照準に意識を割いていては隙を晒すだけの行為でしかなく、そこを狙える相手には悪手でしかない。


 それでも、運用次第というか、居着かず使用できるようになれば、有効な手段に化ける可能性もある。

 とはいえ、それが簡単にできることなら誰も苦労はしないのだろう。



「お主、《未来視》でも使っておるのか?」


 手合わせが終わって、良い汗かいたとばかりに行水をしながら、ミーティアが問いかけてきた。

 というか、なぜか俺が彼女の背中を流していたりする。

 竜だから汗はかかないと言っていたはずなのだけれど――もしかすると、行水で体温を下げているのだろうか?


「ないよ」


 さておき、ミーティアの問いに簡潔に答える。


 《未来視》――語感から想像するに、恐らく未来を見る力のことだと思うけれど、そんな便利なものを持っているなら、異世界で途方に暮れるような人生は歩んでいない。


「じゃが、そうとしか思えんくらいに儂の攻撃は当たらんではないか。全体的に見れば、お主の良いように遊ばれておるようにしか感じぬがの」


「ミーティアの攻撃は、身体全体や目で、今からどこをどう攻撃しますよって予告があるようなものだから、誰にでも避けられる――わけではないのか? うーん?」


 どう説明すればいいのだろうか。


 分かっていても避けられない攻撃は、ある種の極致である。

 反応できない速さや、見えていても認識させない体捌きみたいな。


 ちなみに、俺は後者が得意である。

 弱い人を相手に、殺さない程度に痛みを与えるためには、速度や運には頼れない。

 それをクリアするために磨き上げた、「見えているはずなのに認識ができない動きや、対応できない状況」は、ひとつの到達点だと思う。


 もちろん、それだけが手札というわけではなく、お気に入りだというだけだ。


 さておき、ミーティアの攻撃も、速さという点において、相手が俺でなければ充分にその要件を満たしている。

 中途半端に技術を教えるよりも、ひたすら身体能力の向上を目指した方がいいのだろうか?



『ミーティアはユーリに勝ちたいの? それとも良い勝負ができるようになりたいの?』


「勝てるならそれに越したことはないがのう。正直に告白するとじゃな、儂はお主に惚れておる」


「へ?」


 間抜けな声が漏れた。

 突然の告白――というか、アイリスさんと婚約した場にミーティアもいたし、何ら異論はなかったはずなのだけれど。


「ああ、人間の恋愛感情のような価値観は持ち合わせておらんし、小娘との関係に口を出すつもりはないぞ」


 ミーティアが何を言っているのか、どう答えていいのかさっぱり分からず、ただ首を傾げるしかない。


「お主、戦闘能力と頭の出来が乖離しすぎておるのう。じゃが、その戦闘能力には――ただ強いだけでなく、儂にも表現できぬ美しさがある。いや、ただそこに在るだけで美しい。立っておっても、座っておっても、飯を食っておってもじゃ。儂はそこに憧れ、惚れたのじゃ」


 そういう話か。

 突然何の話になっているのかと混乱してしまったけれど、努力していたことが認められたというのは素直に嬉しい。


 特に、普段から所作には気を配っているのだ。

 そこを褒めてくれる人がなかなかいないので、ミーティアの株が急上昇だ。

 俺、チョロいな。


 とにかく、俺のように戦いたいという認識でいいのだろうか。


「もっとも、お主が望むのであれば卵を産んでやらんでもないが」


「ふぁ!?」


 ミーティアが自分の胸を持ち上げながら妙な(しな)を作るので、またしても間抜けな声が漏れる。


 慌てて目を逸らした先では、リリーが自分の胸を悲しげな様子でペタペタ触っていた。


「戦闘中もそうじゃが、そう眼中にないやら、目を逸らされたりやらは儂も傷つくのう」


「戦闘中は――戦闘以外もだけれど、見てはいても囚われないようにしているだけ」


 俺も達人に師事したわけではない――あるいは両親が達人だった可能性はあるけれど、個人的には物事に囚われすぎては駄目だと思っている。

 それもある種の居着きなのだ。


 見ることを意識しすぎればそれ以外が疎かになるし、戦いに集中しすぎて守るものを見失っても意味が無い。


 簡単なことではないけれど、領域展開時の神の視点とは比べるのも烏滸がましい程度のもの。

 集中しすぎないのも、俺は戦闘狂ではないので、戦闘行為に溺れないようにしているのだ。

 そう思いたい。


 俺だって理性で抑え込んでいるだけで、たまには発散したいと思うこともあるのだ。

 それでも、戦いは飽くまで手段のひとつでしかなく、一時的な勝利に大きな意味は無くて、完全な勝利など存在しない――という俺の考えでは、発散しても何も解決しないのだ。

 むしろ、下手な勝利は更なる問題を生むだけで、どこかで上手く負けた方がいいのかもしれない。


 つまり、何が言いたいかというと、ミーティアの胸に意識が奪われるのも致し方ない。

 何だか分からないけれど、油断するとそこに意識が行ってしまうのだ。

 まあ、胸だけじゃなくて尻尾とかにも目が行くのだけれど、胸を凝視するのは失礼かと思うと、その分意識が殺がれる。


 性欲かどうかは分からないけれど、僅かなことだけれど確かに居着いているのだ。


「何じゃそれは?」


「後で教えるから、見せつけるのは止めて」


 なぜ胸を強調したまま近寄ってくるのか。


「なぜじゃ? 見られて減るもんでもなし、何なら触ってもよいのじゃぞ?」


 リリーが見ているんだよ? 真似したらどうするの?


「あまり調子に乗るなよ?」


 本音と建前が逆になってしまった。

 動揺しすぎだった。

 俺もまだまだ修行が足りないらしい。


◇◇◇


 その後は、リリーと一緒に魔法の練習をした。


 話を逸らす目的も多分にあったのだけれど、教師役のミーティアも思いのほかノリノリである。


 将来的に使い物になるかは別として、若いうちは引き出しを増やせるだけ増やして、取捨選択はある程度地盤ができてからでもいい。


 もちろん、それ以上に基本はしっかりとやるつもりだけれど、新しい物事に対しては、子供の方が覚えが良いと聞いたことがある。


 それは、大人になってから勉強を始めた俺が、身をもって経験していることでもある。

 勉強はできなくても、人生の先輩として、その辺りの経験は教えてあげられるのだ。



 しかし、「スキルポイントはどう振ったらいいですか?」というリリーの質問には答えられなかった。


 スキルポイント?

 何それ?


 ごめんよリリー、役立たずな保護者で。



 ミーティアの解説によると、スキルポイントとは、レベルアップなどで獲得できるもので、それを消費すればスキルや魔法などを獲得できるそうだ。

 何が獲得できるかは本人の素質次第ではあるけれど、獲得できるスキルは訓練によっても得られるものが多く、今すぐ必要なものでもなければ使わなくても特に問題は無いらしい。


 要約すると、リリーやミーティア――この世界の人は、訓練せずとも技能を身につけることができるのだ。

 そして、今日ミーティアが手合わせ中に見せた技の数々も、余りに余っていたポイントを、俺と張り合うために注ぎ込んだ結果なのだ。


「何かずるい」


 思わずそう口から漏れてしまうのも仕方ないだろう。

 俺が技術を身につけるためにどれだけ苦労したか――それを、この世界の人はお買い物感覚で身につけられるのだ。


「あ、あの、ごめんなさい」


 とはいえ、リリーが謝ることではない。

 俺は相談に乗ることはできないけれど、あるものは有効に使うべきだ。


「お主には頑張れとしか言えんが、まあ、儂が手取り足取り教えてやろう」


 ミーティアの慰めには下心を感じなくもない。

 とはいえ、魔法の師としてはミーティア以上の適役はいない。


 ボディタッチも、いきすぎなければコミュニケーションの範囲――いや、普通に考えれば、立場が逆ではないのだろうか?



 俺に遠慮してか、リリーも努力で技術を身につけるべく、ミーティアの指導の下で訓練に励んでいる。


 その成果なのかは分からないけれど、リリーはあっさりと毒魔法《寄生虫付与》などという恐ろしい魔法を覚えた。

 幸か不幸か、成功率はかなり低く、成功しても魔法や薬による対処が容易という微妙な魔法らしいけれど、名前の時点で恐ろしすぎる。

 あまり怒らせないようにしなければいけない。


 それを抜きにしても、努力して成果も上がっているのだからご褒美をあげたいところだ。


 リリーの好きな物って何だろう?



 そんなことを考えていたからだろうか、突然目の前に茶色い物が出現した。


 お稲荷さんだった。


 狐だから?

 それはお話の中だけでは?


 恐る恐る口にしてみると、普通に美味しい――いや、極上のご飯に慣れている舌で普通と感じるのだから、これは良いものに違いない。


 興味深そうに見ているふたりにも出してあげる。


「ご飯の外側の皮が、甘くて、美味しいです!」


「悪くはないが酒には合わんし、儂には酒の方が良いのう」


 ミーティアには不評のようだけれど、リリーが喜んでいるなら良しとしよう。



 なお、新しく覚えた魔法は、料理魔法:主食《ご飯付与―改三―》だった。

 改二はどこに行った?


「儂に言わせれば、お主の魔法の方がよほどずるい――いや、インチキ臭いがのう。オリジナルの魔法は多々あるが、例外なく法則に縛られておる。じゃが、お主の魔法は自由すぎる」


 ミーティアには俺の魔法がそう見えるらしい。


 確かに、何がどうなって炊き立てのご飯やお酒が出てくるのかは謎のままだけれど、美味しいという事実は変えられないし、出てきたものは有効活用するほかない。

 これが価値観の相違というものだろうか。



 それでも、考えようによっては、炎や雷が出せるより、美味しい料理やお酒が出る方が平和だし、みんな幸せだと思う。

 どっちが良い魔法かと訊かれれば、間違いなく後者であろう。


 ミーティアもその点には異存はないようで、「じゃあ、飲むの止める?」と訊くと、「いやじゃ! いやじゃ! もう不味い酒は飲みとうないのじゃ!」と竜のプライドなど失ったかのように縋りついてきた。


 結論。

 美味しいご飯やお酒の前では細かいことを気にしてはいけない。

 食事や酒宴は楽しい場であるべきだ。

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