<< 前へ次へ >>  更新
28/55

01 料理

 ある日、俺が町を歩いていると、チンピラに銃撃された。

 よくある――というほどではないけれど、似たようなことは珍しくないので、いちいち慌てたりはしない。


 とりあえず、疎らとはいえ人目もあったので、逃げようと橋から飛び降りてみたところ、なぜか不思議な異世界へ辿り着いていた。


 しかも、たったひとりで深い森の真っ只中に放り出されたとという、ルイス・キャロルも真っ青な展開で始まった大冒険。

 さらに、そこはゲームやアニメに出てくるような、ファンタジー要素満載の世界。

 見たこともない怪物に襲われることも珍しくないとか、アリスの落ちた世界がここだと、物語がそこで終わってしまうレベルだった。


 不幸中の幸いとでもいうべきか、危険な森の奥に居を構える変人――いや、賢人に拾われたことで、物語は転換点を迎えた。

 そこでこの世界のことを教えてもらって、何だかんだあって、元いた世界に変えるための指針が決まった。


 その上、必要なところへのパイプを持った人が、わざわざ向こうからやって来てくれた。

 これが「鴨が葱を背負って来る」ということなのか。


 そして、成り行き上、やむを得ず売られた喧嘩を買ったら友達ができた。

 河原で本気で殴り合ったらマブダチ理論なのかもしれない。


 さらに、これまた成り行き上、幼女が養女になった。

 特殊な環境で育ってきたようなので心のケアが必要だけれど、こう見えても子育て経験は豊富なので、何とかなると思いたい。


 おまけに婚約者までできた。

 何かがおかしい。

 いや、可愛くて、頭も良くて、俺にはもったいないくらいの素敵な娘さんなのだけれど。


◇◇◇


「――というわけなんです」

 クリスさん宅にリリーを連れて帰ったところ、少し怒られた。

 事前に相談もなく、勝手なことをしないでほしいと。

 ぐうの音も出ないほど正論なので、素直に謝るしかない。


 それと、事情や心情は理解できるものの、迷子の俺にそんな余裕があるのかとも怒られた。

 食べさせるだけなら俺の魔法で――と言おうかとも思ったけれど、考え直して素直に謝った。

 白米だけだと栄養バランスが悪いし、それ以前に、毎食白米だけとか、いくら美味しくてもちょっとした拷問である。

 もっとバリエーションを増やしたい。



 ミーティアがついてきたことで絶句された。

 またもや結界が壊れたことは仕方がない。

 古竜の侵入を防ぐような強力な結界を、常時展開できるような施設など、世界のどこにも存在しないらしいし。

 というか、結界を常時展開している場所の方が珍しい。

 精々が王城などの、それも重要な部分だけとかそんな感じ。


 とはいえ、結界が無くても、弱い魔物は古竜の気配を恐れて近寄ってこないので、修理に要するコスト以外の問題は無い。

 というか、かつて俺も通った道なので、これに関しては何も言えない。

 しかし、こんな物騒な気配を放つ存在を連れて人里に出たりすれば、即軍隊が出動するレベルの事件なのだとか。

 ミーティア的には充分に抑えているつもりらしいのだけれど、結界が壊れたり、騎士さんたちがいまだに怯えていることからも、「充分」の尺度が違うことは明白だった。


 なお、ミーティアの言い分では、完璧に気配を抑えている――というか、目の前にいるのに見失ってしまいそうなくらいの俺が何も言わないので、平気だと思っていたらしい。

 何を勘違いしているのか分からないけれど、俺に気配を察知する能力など無い。

 それ以外もいろいろと疎いので、当てにしてはいけないのだ。



 そして、何より怒られたのはアイリスさんとの婚約の件だ。

「ユーリ君。確かに恩を売れとは言ったけれど、これはやりすぎでしょう……」

 何かもう、いろいろと通り越してしまったのか、これ見よがしにため息を吐かれて呆れられた。


「でも、クリスさんが半分以上は演技だって」

 アイリスさんの言動からの推測だけれど、律儀に「竜を倒した者に〜」という話を守っている様子ではなかったように思う。

 それに、アイリスさんは16歳とは思えないほど理性的かつ知性的で、ただ強いだけの男に惹かれるような軽い人には思えない。

 恐らく、彼女の本当の目的のための策のひとつ――国家や教会などの権力から距離を置きたいとか、自由が欲しいとか、その辺りの理由に利用されているのではないだろうか。


「はあ、これだから男ってやつは……」

 更にいろいろ通り越して一周してきたのか、非難の目を向けられた。

 え? まさか本気なの?

 そんな、こんな女みたいな見た目の男に? 今のところ戦闘結果くらいしか評価できないのに?

 自分で言っておいて心が痛みそうになるけれど、割と正当な評価だと思う。


「ま、まあ、これからの話をした方が建設的なのだよ」

 なぜかクリスさんまでもが及び腰になっていた。

 怒れるセイラさんを刺激しないようにしているのか。


 賢者といわれるクリスさんでも、まだまだ女心は解明できないらしい。

 なので、俺が気配だけでなく女心にも疎くても仕方のないことなのだ。


「まあ、ユーリ君には巫女様の相手は荷が重すぎたわね。それで、これからどうするのかしら?」

「まずはアイリスさんをアルスの町に送り届けることになっています」

 アイリスさんとは、帰りの道中で、お互いの呼び方を「さん」付けで呼ぶことで一応の妥協点を見つけた。


 ただ、表向きの俺の扱いはアルスの町に着くまでの護衛でしかないので、公の場では「アイリス様」と呼ばなければいけない。

 また、竜を倒したことと、竜と行動を共にしていることは秘密で、婚約の件は騎士さんたちにも秘密にすることになっている。


「いえ、そちらではなくて。そちらもだけれど、本当に結婚するの?」

「本気なのかどうかも含めて、アイリスさんが何を考えているのかが分からなくて。でも、嫌ってことはないので、真剣に考えようかと」

 アイリスさんのことは嫌いではないので、笑い話で済む間は利用されても構わない。

 むしろ、本気だった方が対応に困る。

 俺の目的は元いた世界に帰ることなのだから。

 何度も繰り返すけれど、彼女のことは嫌いではない――むしろ、人間的にはとても好感が持てるのだけれど、男女の関係的な意味ではよく分からない。

 というか、こういったことはもっと時間をかけてじっくりと進めることではないのだろうか。


「そうか。大いに頑張りたまえ」

「私の目には本気にしか見えないのよね。まあ、気づいたときには逃げられないってことのないように注意しなさいね」

「そうですね、気をつけます。それとは別に、少し相談したいことがありまして――」

 俺の努力でどうにかなることはさておき、俺だけで自己完結しない方がいい。

 できないことについては相談――というか、頼らなければならない。



 まずはミーティアの服。

 もちろん、素性や気配も何とかしなければいけない。

 ミーティア的には、「力とは隠すものではなく誇るものじゃろう」という考え方らしいけれど、人里に竜を連れていくと大混乱になるのは、クリスさんたちに言われるまでもなく分かることである。

 彼女の主張を否定するのは気が引けるけれど、それを貫きたいなら別行動してもらうか、無理矢理ついてくるつもりならもう一度――二度と寝言が言えなくなるよう実力で排除する旨を伝えたところ、不承不承ではあるものの承諾してくれた。


 また、竜の外見や能力だけではなく、面倒な人たちに目をつけられないためにも、疑念を抱かせないような偽装は必要だと思う。


 まずは見た目だ。人を外見では判断してはいけないのだけれど、美人であっても公序良俗に反するような外見は論外なのだ。

 ただの書類審査とか、通り一遍の問答では見落としもあるかもしれないけれど、竜の姿は論外としても、不信感を抱かせる外見では、入国や入町審査が厳しくなることも考えられる。


 現在、ミーティアが身に着けているのは、下着ですらないただの布である。

 健康的な褐色の肌に、アイリスさんより更に大きなはち切れんばかりの胸。いつポロリしてもおかしくないとても魅惑的な姿だけれど、今は剣呑な――俺には分からない気配のせいで、誰にも直視されることはない。


 もちろん、人里に出るには気配を抑えなければならないし、そうすると、彼女の容姿が衆目を集めるのは間違いない。

 つまり、今の彼女は危険な痴女で、気配を消すとただの痴女になる。


 ミーティアも、気配を抑えるのは努力次第でどうにかなるかもしれないけれど、他人の視線をコントロールすることはできないだろう。

 せっかく気配を抑えたりステータスを偽装したとしても、見られることでポロ――いや、ボロが出るようでは意味が無いのだ。

 なので、服とか、それ以外にも人間の町で暮らすのに必要な物を見繕ってもらえればと思う。



 もうひとつはリリーについての相談だ。

 リリー自身はにまだやりたいことや目標がない。

 もちろん、10歳の子供に確たる将来設計を求めるのは早すぎる。

 というか、彼女のおかれていた環境では、他愛ない子供の夢すら見られる状況ではなかったのだろうし、今では天涯孤独の身となったばかりである。

 多くを求められる状況ではない。


 そこで、クリスさんたちに、リリーの今後のために参考にできそうなことを教えてもらえればと相談したのだ。


 クリスさんやセイラさんのところで預かってもらう――などという無責任なことは考えていない。

 そもそも、彼らが弟子を取ったり、孤児を預かったりしようものなら、万一それが漏れた場合、彼らと誼を結びたいと思っている連中が、我も我もと押しかけ押し付けてくるのは目に見えている。


 なお、彼らによると、目標が定まっていない現状、最も汎用性が高い――というか、潰しが効く教育は、レベルを上げることらしい。


 教育とは一体?


 個人的には、システムなどという、よく分からないものに頼り切るのは危険だと思う。

 それでも、それがなければ生きていくことも難しい世界では、道具だと割り切って利用するしかないのかもしれない。

 それに、俺の主義主張を強要して、ハンデを背負わせるのも違う気がする。

 その辺りはバランスを取りながらやっていくしかないのだろう。


 リリーにとって現実的な選択肢は、冒険者になることらしい。

 リリーの年齢では単独で冒険者になることはできないようだけれど、保護者というか、後見人のような存在がいれば活動自体は可能だそうだ。


 俺も町に着いたら冒険者の登録をするつもりだし、その辺りは問題にならないだろう。


 冒険者になるメリットとしては、レベルを上げつつ、様々なものに触れる機会も得られるとのこと。

 村の外のことをほとんど知らないリリーには良い刺激になるだろうし、レベルを上げることで純粋な生存能力を向上させることにもなるはずだ。


 問題は、俺やミーティアではお手本として不適当なことだ。


 俺たちのやっていることは、良い子が真似してはいけないことなのだ。

 むしろ、俺やミーティアを参考にできるのであれば、レベルを上げる必要がないように思う。

 などという冗談はさておき、現実的に考えれば、いきなり高望みはせず、身の丈に合った訓練を地道に積んでいくべきだろう。


 そういう意味では、学校などで教育を受けることも選択肢に入ってくる。

 同年代の仲間たちとの交流の中で、社会生活の基礎を学ぶこともできる。

 懸念の狐人族への差別とか、金毛がどうとかは、クリスさんやアイリスさんに訊いてみたところ、そんな事実は無いそうだ。

 一部では人間至上主義などもあるものの、人間を含む多くの種族から魔王は生まれているので、それを理由に特定の種族を差別されるようなことはないと断言された。


 もちろん、当時はとばっちりを受けていたであろうことは想像できるものの、誤解を解くとか改善する努力もせずに、引き籠った挙句に拗らせてしまったというところか。


 彼らのことはどうでもいいのでさておき、残念ながらこの世界には義務教育などは無いらしく、望んだからといって誰もが学校に入れるわけではないらしい。


 学校の多くは王侯貴族や豪商など、良家の子女が多く通っていることもあって、入学するには確たる後ろ盾とかコネとか金が必要になるそうだ。


 もちろん、リリーにはそんなコネもお金も無い。

 俺もだけれど。

 お金は冒険者になって、依頼でもやって稼げば済む。

 相応の時間はかかるけれど。


 しかし、コネに関しては運次第だ。

 一応、俺がアイリスさんと結婚すれば、コネどころか強権が手に入りそうだけれど、それ目的で結婚するのはアイリスさんにも失礼だし、リリーも喜ばないだろう。


 ちなみに、冒険者になるための養成学校も存在するそうだけれど、こちらの学生は荒っぽい人も多いそうで、そんなところにリリーを放り込むのは時期尚早だ。

 つまり、当分の間は学校という選択肢は選べない。

 それでも、リリーが望むなら準備だけはしておきたい。


◇◇◇


「学校って何ですか?」

 本人の意思を確認しようとしたところ、まずはそこから説明しなければならなかった。


「うーん、こっちの学校はよく分からないけれど――。俺の世界では、同年代の子たちと一緒に勉強したり遊んだりする場所だったよ」

 俺はあまり学校生活には馴染めなかったので自信はないのだけれど、世間一般的にはそういう場所ではないかと思う。


「冒険者を、やってみたいです」

 やってみたいというよりは、俺と離れることが不安なのだろうか。

 表情から察するに、そんな感じ。

 この先リリーも成長するにつれて変わっていくはずだけれど、改めて学校に興味を持ったときには選択できるようにしておいてあげたい。


◇◇◇


 アルスの町への出発は、7日後に決まった。


 出発の準備が必要なのは当然のこと。

 最低限、ミーティアとリリーには一般常識などの教育を施す時間も必要だ。

「君もなのだよ。さあ、今日からみっちり常識を学ぼうか」

「むしろ、ユーリちゃんが一番危なっかしいわ」

 どういうことだ?



 7日という短期間では大したことはできないと思っていたのだけれど、ミーティアの知識量はここにいる誰よりも豊富で、人間社会のことも俺よりは理解しているらしい。


 もちろん、ミーティアのそれは、この世界での常識や習慣のことだと思うけれど、人間が人間である以上、どこも似たような社会になるのではないかと思う。

 勇者の影響力も大きいようだし――まあ、治安の良し悪し程度か?


 リリーは知識こそないものの、勤勉で物覚えも良い。

 それに、言い方は悪いけれど、他人の顔色を窺うことに長けたこの子が問題を起こすとは考えにくいし、能力的に起こせる問題などたかが知れている。


 まあ、リリーも広い世界に出れば、いつか彼女が世界に嫌われてなどいなかったと気づくだろう。

 ついでに、本当に世界に嫌われているというのがどういうことかも。

 俺も世界と仲良くしたいなあ……。



 さておき、当面の問題は、ミーティアのステータス偽装と服装だ。


 今更だけれど、《鑑定》スキルとは、物品であればその名称や効果、人物であれば能力などが、スキルレベルが上がるのに比例して詳細な情報が手に入るという、反則級のスキルだ。

 高位の《鑑定》スキル持ちは、戦う前から相手の能力を把握できるのだ。

 実に羨ましい能力である。


 どうにか俺にも使えないかと必死に念じていると、唐突に新しい魔法を覚えた。

 その名も、「料理魔法:主食《パン定》」。

 パンとコーヒー、それに目玉焼きやサラダなどのセットが中空に出現して、そのまま地面に落ちてゴミ――いや、肥料か? になった。


 分かりやすくいうと、関西圏における喫茶店のモーニングセットのような組み合わせで、パン定食とでもいいたいのかもしれない。

 パン定と鑑定。

 駄洒落か?


 いろいろと思うところはあるけれど、改めて出したコーヒーやパンは美味しかったし、頑張れば大好きな紅茶などに変更できるかもしれない。

 これもご飯同様、取り出し方に工夫が必要になるものの、それも併せて習熟していきたい。



 それはともかく、《鑑定》は便利とかいうレベルを超えた反則スキルだけれど、決して万能ではない。


 その理由のひとつが対抗スキルの多さである。

 《妨害》《偽装》《隠蔽》《暗号化》などのスキルで対抗できるほかにも、「見る」という行為が必須であるため、低レベルの《鑑定》は、全身を布で覆うだけでも防げてしまう。

 また、それらを突破して知り得た情報でも、理解できなければ何の役にも立たない。


 例えば、俺のステータスから“邪神”という情報を拾ったとしても、それが何か分からなければ対処のしようがないのだ。

 というか、対処方法が分かれば教えてほしい。



 高度鑑定室の《鑑定》レベルは8。

 ミーティアくらいの能力値であれば、対抗スキルを持っていなくても、素の抵抗力だけでレジストができる。

 それを強引に突破しようとするなら、ミーティアと同格の能力を身につけるか、鑑定レベルを上げるしかない。


 もっとも、ミーティアにとっては、能力は隠すものではなく誇るものだそうで、むしろ積極的に見せに行くスタイルらしく、最後まで話を聞かずに《鑑定》を受けようとした。


 一応、彼女自身も《鑑定》スキルは持っているそうだけれど、レベルが低くて大した情報は調べられないらしい。

 そもそも、自身のステータスやパラメータは、《鑑定》が無くても調べられる――ステータスがオープンするのだけれど、《鑑定》だとより詳細なことが分かるのだとか。


 ただ、装置の能力より、竜型の彼女が収まらない鑑定室のサイズの方が問題だった。

 そして、装置を屋外に運ぼうとして、鑑定室の入り口を破壊したり通路を破壊したりと大暴れされた。

 連れてこない方がよかっただろうか。


「古竜のデータが得られる貴重な機会と比べれば、これくらいは安いものなのだよ」

 館の主がこう言うのだから俺が口を出すことではないのだけれど。


 そんな代償もあったものの、おかげでシステムによってロックされている項目以外は、問題無く明らかになった。


 ちなみに、ロックがかかっていた項目というのは禁呪に関係するものだ。

 まあ、わざわざ「禁呪」などと大袈裟に指定されているものが、こんな単純なことで情報が得られてしまうようでは大問題だ。

 なので、これはシステムの仕様なのだろう。


 とにかく、明らかになったミーティアのステータスは、確かに誇るべきものだった。

 というか、言葉どおりの桁違いで、遭遇時にクリスさんたちが焦っていた理由がようやく理解できた。


 しかし、いくら数値が高くても、要はその運用である。


「確かにすごい能力だけれど、使いこなせていないようじゃ宝の持ち腐れだと思うよ」

「むう……」

「俺にはシステムのことはよく分からないけれど、システムがフォローしてくれるからって、雑に動くのは違うんじゃない?」

「ざ……つ……じゃと……」

「自信満々だった割には虚実すら見抜けないとか、《鑑定》とか以前に本質を観る目を養った方がいい。良い機会だし、基礎からやり直した方がいいんじゃない?」

「…………」

 天狗の鼻が折れた音が聞こえた気がした。竜だけれど。

 確か、MNDって精神力とか抵抗力のことだったと思うのだけれど、二千弱もあるのに打たれ弱すぎないだろうか。

 やはり、システムに頼りすぎるのは危険な気がする。



 続けて、俺のステータスの再《鑑定》を行った。

 まあ、予想どおりのゼロ回答。

 ただ、種族が少し減って50%になっていた。

 まあ、あれだけ無茶して16%なら安いものにも思えるけれど、言葉で表現すると何が何やらさっぱり分からない。

 俺は一体どこに向かっているのだろう?


 俺にもひと言文句を言ってやろうとしていたミーティアも、言葉が出てこないらしい。


 なお、俺はミーティアとの戦いの後、それまで見えていなかったものが見えているというか、魂とか精神的なものがいろいろと認識できているのだけれど、

こんなことを他人に話すと正気を疑われそうなので黙っている。



 リリーのレベルは、当然のように1だった。

 パラメータも、最も高いMAGでも5しかなかったけれど、これはこの年頃の子供ではそこそこ高い数値らしい。

 さらに、《洗浄》や《乾燥》などの生活系の魔法や、《忍耐》などのスキルも所持していて、素質的にはかなり恵まれているそうだ。

 というか、この歳で《忍耐》のレベルが5もあることに、クリスさんたちも涙を滲ませていた。



 上手く嘘を吐くためには多少の真実味が必要――ということで《鑑定》を受けたのだけれど、俺とミーティアは、真実の方が嘘っぽいということが分かった。

 とりあえず、ミーティアが気配さえ抑えていれば、相手が勝手に偽装だと思ってくれるだろうということで、ミーティアの努力に期待しよう。


 出発までの間、みんなそれぞれ忙しい中、まとめる荷物は全く無く、特にするべきこともない俺はひとりでいることが多かった。

 強いていうなら、リリーの面倒を見ることが俺のするべきことだったのだろう。

 しかし、リリーには人間の町で生活するための注意点や簡単な読み書きなどの勉強があったため、その間は邪魔をしないように静かにしていなければならなかった。


 まあ、そういう状況なので、空いている時間は俺も俺の訓練をするしかない。

 少なくとも、駄目な大人の姿を見せるわけにはいかないしね。



 奪った知識を自分のものにするために、リリーと一緒にお勉強。

 普通の魔法が使えるように、リリーと一緒にお勉強。

 最低限の家事くらいはできるように、リリーと一緒に――俺は10歳の子供レベルなのか!?


 というか、知識を奪ったといっても、それは他人の一生という映画を見たようなものなので、即知識になるかといえばそうでもない。

 というか、全く興味の無い人の物語など、全く記憶に残らない。

 それに、その人の知識が正しいかどうかは別問題なのだ。


 普通の魔法は、いつまで経っても使えそうになる気配がない。

 リリーは着実に素質を見せているけれど。

 見たかい? これが本当に呪われているってことなんだよ。


 とはいえ、家事は細心の注意を払えばできなくもない。

 ミーティアがいろいろと壊した後始末もあるし、連れてきた――というか、ついてくるのを止めなかった手前、手伝うべきだったし、まあみんなでやればすぐに終わるよね――と、気合を入れて臨んだ。


 しかし、どうにもみんなの邪魔をしているだけのレベル。

 道具を使えないというハンデが大きすぎる。

 朔の収納能力を活かした瓦礫の撤去も、別に朔でなければ不可能というほどの量でもなかった。


「お主、戦闘以外は無能か? くっくっくっ、あれだけ偉そうなことを抜かしておきながら、掃除のひとつもできんとはのう。どれ、儂が手本を見せてやろう」


 ミーティアの掃除技術は、ホムンクルスが賞賛するレベルだった。


 このだらしなさそうな女に負けただと……!


 私を慰めようとしてくれているのか、リリーが膝から崩れ落ちた私に駆け寄ってきて、どうしていいのか分からずにおろおろしている。

 優しい娘だ。

 しかし、敗者に慰めの言葉など必要無い。

 勝者はただ誇ればよく、敗者は黙って去るのみなのだ。

 その点については、ミーティアはよく分かっている。


 悔しいけれど、道具が使えるようになったからといって、掃除では勝てる気がしない。

 いや、領域をもっと上手く使えれば――後でこっそり練習しよう。

 というか、戦闘技術は大雑把なのに、掃除技術は繊細とか、竜として何か間違っているのではないだろうか。


 しかし、まだ侮ってもらっては困る。

 俺には誰にも真似のできないとっておきがある。

 勝敗に拘るつもりはないけれど、競い合うこと自体は悪いことではないはずだ。

 俺は俺の武器を磨いて、いつしか三ツ星を取ってやるのだ!


◇◇◇


 血の滲む(※他人・物理的)努力と、度重なる実験の結果、俺の料理魔法は飛躍的に進歩した。


 まず初めに、俺が料理魔法で創ったものには、良質で高濃度の魔素が含まれていることが判明した。

 もちろん、魔素は観測できないものなのだけれど、摂取することで体力や魔力が回復したとか、怪我が治ったとか、そういった事実を基に判断された。

 なお、被験者はミーティアで、彼女の膨大なHPとMPと尊い自己犠牲の上で判明したものだ。


 とにかく、言葉では言い表せないような美味しさの理由はそこにあるらしく、本当に該当する表現がないのだそうだ。

 もちろん、俺には理屈とか難しいことは分からない。

 俺に分かるのは、料理魔法は想像力に強く影響されるということだけだ。



 《ご飯付与》では、白米以外も出せるようになった。

 例を挙げると、炊き込みご飯とか、卵かけご飯、他にもいろいろ。

 もう少し頑張れば丼物でも出せるかもしれないけれど、そこまでいくと「付与」というレベルではないように思う。

 想像力に影響される以上、「できない」と思ってしまうとできなくなるのが道理だろう。


 それでも念のため、超気合を入れてご飯を出してみると、お米の一粒一粒が立っているだけでなく、元気よく走り回っていた。

 走るライス――カールいや何でもない。

 とにかく、何だかヤバいことになっている気がしたので、それは朔に食べてもらって事なきを得た。

 味の方は今までで一番美味しかったらしい。



 その後も試行錯誤を繰り返して、お米が歩きだしたり暴動を起こさないレベルの気合加減も分かってきた。

 それで出したご飯は、気合の分だけ青天井で美味しくなっているのだけれど、その代償としてか、何ご飯が出てくるかは俺にも分からないという問題も発生した。

 まあ、献立に困らないという意味では楽かもしれないのだけれど、ごく低確率で、ミーティアが昏倒した黒いご飯が出てくるのが怖い。

 また、これも気合の影響なのか、出現時に白銀色とか黄金色などのカラフルな光を発するようになった。黒いご飯のときは黒い光で、超禍々しい。


 なお、白銀色の光を放っていたご飯――銀シャリを食べたセイラさんが、何の脈絡もなく《麻痺》のスキルを獲得していた。

 銀シャリの魔素が、セイラさんの何かに影響を与えたらしい。


「ふむ。勇者様が仰っておられた、ソシャゲなるもののガチャのようなものだと推測するのだよ」

「不器用な女の子が料理を作ると、真っ黒な塊ができるって聖典にあったわ。黒いのはきっとそれじゃないかしら」

 勇者さんとは同郷か価値観が近い世界のはずなのだけれど、何のことか分からないことも多くて不安になる。


 さておき、ゲーム内ガチャとは、プレイヤーの射幸心を煽ってじゃぶじゃぶ課金させるためのものだそうで、更に射幸心を煽るために、派手な演出が用意されている。

 そして、漫画などでは、料理下手な女の子が料理をすると、ダークマター的なものができあがるのがセオリーなのだと、賢者様に教えてもらった。


 よく分からないけれど、ご飯にギャンブル要素なんて求めてない。

 欲しいのはどんぶり。2文字しか合っていない――いや、50%も合っていれば上出来なのか? 

 俺も50%だし。


 ちなみに、クリスさんは好奇心に負けて黒いご飯を食べた――口に含んだ瞬間、ミーティア同様昏倒した。

 症状としては、魔力枯渇による昏倒と似ているらしい。

 違うのは、スキルをひとつ失ったらしいこと――駆け出し時代に習得した、今では大して役に立たないものらしいけれど、それにしてもヤバすぎる。

 ミーティアはスキルを失ったりはしていないそうなので、抵抗力の差があるのかもしれない。

 とにかく、黒いご飯は封印しておいた方がよさそうだ。


 余談だけれど、クリスさんはその後、黄金色に輝くカニ雑炊を食べて、調合スキルが二階級特進して上限突破したらしい。



 《パン定》や《竜殺し》も、イメージ次第でバリエーションが増やせるようになった。

 《パン定》では、トーストをに塗られているジャムの種類とか、セットのドリンクがコーヒーだけではなくて、紅茶とかココアなどにも変更できるように。

 《竜殺し》も果実の違いによる様々な香りや味覚を楽しめるようになって、果実だけではなく、お米などの穀物やお芋など、これまた様々な原料からできたであろうお酒が出せるようになった。


 ただし、《竜殺し》という名前のとおり、竜を殺してしまう――骨抜きにできるほどの魔素が込められているであろうお酒は、人間には毒となる可能性もあるらしいので、扱いには注意しなければならない。

 できればクリスさんたちにも飲めるお酒を出してあげたいのだけれど、新種の魔法を覚えるには何かの切っ掛けか、朔の協力が必要になるようだった。


 しかし、切っ掛けとは探すとなかなか見つからないものだ。

 ひとまず朔にお願いだけしておいて、気長に探すしかなさそうだ。

<< 前へ次へ >>目次  更新