24 ノーサイド
誤字脱字等修正。
辺りを見回すと、緑豊かだった森が、見渡す限り耕されていた。
耕したというより、「荒らされた」とか「爆撃された」といった方が正確かもしれない。
百歩譲って「掘り返した」だろうか。
深すぎて、農地に使うには難しいかもしれないけれど、ため池にするなら良い感じかもしれない?
なお、大半が竜の魔法によるもので、俺の着弾痕など微々たるものだ。
アイリスさんたちや、亜人さんの村には大した被害が出ていないのが、奇跡のように思える。
俺だけでなく、竜もそのつもりで戦っていたのだろうか。
人の話を聞かない厄介な竜だったけれど、悪い竜ではなかったのかもしれない。
とりあえず、意識を失った竜の様子を確認するついでに、黒い塊は回収しておいた。
それでも竜は気絶したままで、今のところは目を覚ましそうな様子はない。
一応、竜の外傷を確認しておくと、鼻先に怪我……大怪我……モザイクが必要なのをしているくらい。
ヤバい、グロい。
鼻先がゴッソリと吹き飛んでいて、肉も、何というか、ぐちゃぐちゃな上に焼け焦げている。
誰がこんな酷いことを……。
というか、俺が本気で殴って倒せない存在がいるとは、異世界がヤバすぎる。
どうやら、まだまだ修業が必要らしい。
さておき、確かにこれでは降参なんて受け容れられないだろう。
ひとまず、薬くらい塗っておいてあげるか――いや、飲ませるのか?
考えても分からないので、とりあえず患部に火炎瓶のように投げつけた。
グロ耐性の無い俺には、塗るのは無理だった。
傷口からはジュウジュウと水蒸気のような煙が上がっているけれど、これで正解なのかどうかは分からない。
正解なら俺の左手にも使おうと思ったのだけれど、もう少し経過を観察してからにするべきだろう。
それにしても、この匂いはどこかで――?
「儂は負けたのか…」
ふと何かが少し気になった気がしたのだけれど、竜の意識が戻ったことで意識の彼方へ消えてしまった。
「くっ、殺せ――」
そして、目が合うと、俺が何かを言う前に死を願ってきた。
いきなり何を言っているのだろう。
せっかく生かしたまま終わらせたというのに、俺の苦労を台無しにする気なのか。
「殺さないよ」
「なぜじゃ?」
「俺以外には手を出さなかったから――と、今は気分が良いから」
もう少し上手く話せればと思うものの、思うように言葉が出てこない。
「そんな無粋なことはせんよ。あやつらが邪魔してくるのなら別じゃったがな。それでも、儂は多くの人間を殺しておるのじゃぞ?」
「それは俺も同じ」
人殺しの俺が、人を殺したことで竜を責めるのは、どう考えてもおかしい。
「じゃが――」
それでは納得しないらしい。
どれだけ死にたいのだろう?
気分が良いので怒りはしないけれど、面倒臭いのでもう一度黒い塊を放り込もうか?
『遅くなったけど、できたかも! 試してみて!』
突然響く朔の声と共に、頭の中に浮かんだのは、「料理魔法:酒造《竜殺し》」――殺しちゃ駄目だって言ったのに!
というか、酒造ってお酒?
料理って、お酒を造ることも含まれていたのか?
とにかく、朔との同化率を上げたからか、朔からイメージのようなものが伝わってくる。
イメージは漠然としているものの、直ちに健康に害のあるような魔法ではないように思う。
むしろ、適量の摂取は健康に良さそう。
Jカーブ万歳!
とにかく、竜との不毛なやり取りも面倒なので、使ってみることにする。
脅すにせよ、追い払うにせよ、何かに使えればいいだろう。
俺に満ちていた魔力を、領域を操作する感じで、目の前の空間に凝縮する。
それと置換するイメージで、《竜殺し》を発動する。
眼前に液体の塊が発生すると、そのまま地面に落ちて染みになった。
そして立ち上る甘い香りと、強めのアルコール臭。
間違いなくお酒である。
しかも、匂いだけでも分かる。美味いやつだ。
竜がとても反応している。
というか、ご飯が出るとかお酒が出るとか、俺の魔法はどうなっているの?
魔法の食卓?
愛は食卓にあるらしいし、つまりは愛かな?
とりあえず、再度《竜殺し》を発動して、同時に朔から取り出した樽に貯めていく。
お酒は発動している間出続けるようで、すぐに樽いっぱいに貯まった。
次にグラスを取り出して、樽から掬ってひと口飲んでみる。
アルコール度数はそこそこ高いようだけれど、後味はさっぱりしているし、香りも良い。
とにかく美味しくて、身体にも良い気がする。
酒は百薬の長というし。
さておき、種類は果実酒のようだけれど、何の果実かは分からない。
そもそも、ソムリエでもない俺に利き酒のようなことなどできない。
俺は飲めれば何でもいいタイプなのだ。
美味しければ何でもいい、楽しければさらにいい、それだけだ。
とにかく、俺の魔法で出るものに理由や理屈を求めてはいけない。
何より、お酒好きにとって、ただでお酒が飲める魔法なんて、それだけで最高ではないか。
ふと視線を感じて竜の方を見ると、とても物欲しそうな目でお酒を凝視していた。
八岐大蛇しかり、物語では竜は酒好き設定が鉄板だったか?
「飲む? ――いや、一緒に飲んで、全部水に流そうか」
俺がそう言うが早いか、竜は美女の姿になって、とてもいい笑顔で樽を抱え込んだ。
鼻の頭に大きな傷ができている――俺が殴ったのは鼻っ柱だったのか。
というか、少し治り始めているように見えるし、薬の使い方はあれで正解だったのだろうか。
「お主がそこまで言うのなら、水に流そうではないか! そうじゃ、儂の名は【ミーティア】じゃ。それで、お主の名は何という?」
チョロい――いや、これが竜殺しの力なのか?
メロメロじゃないか。
「ユーリ。よろしく、ミーティア」
「うむ、よろしく頼むのじゃ」
樽ごとお酒を煽るミーティアを見て、ようやく同化を解く。
疲れた――といっても、気分的な問題だ。
体力的にはいつもどおり元気いっぱい。
それでも、今日はもう動きたくない。
なのに、まだ何かを忘れているような気がする。
◇◇◇
戦場が静かになったのを見て、恐る恐るといった感じでアイリスさんたちが戻ってきた。
夜も遅い時間だというのに、リリーの姿も見えた――いや、あれだけ大騒ぎしていれば目も覚めるか。
アイリスさんは俺の左手の怪我に気づくと慌てて駆け寄ってきて、俺の左手を胸に抱いて、回復魔法を掛けてくれる。
痛気持ちいいとはこういうことだろうか?
さておき、「血で汚れてしまいますよ」と言っても、彼女は黙って首を左右に振るだけ。
離れてくれそうな気配が無い。
振り払うのも何だか悪いし、どうしたものか。
普段ならそれを諫めるはずの騎士さんたちは、ミーティア――いや、俺もか?
とにかく、何かを恐れているのか、諫めるどころか一定以上近づいてもこない。
微妙に距離はあるものの、彼らにもミーティアを紹介して、「和解しました」と一方的に告げて、一方的にこの騒動を終息させた。
ミーティアにも異存はないようだし――というより、ミーティアの興味は、お酒と俺にしか向いていないようで、他の人はどうでもいい感じだ。
リリーも俺の隣に腰を下ろすと、今度は俺自身の血で汚れていた俺を綺麗に拭いてくれた。
ありがとう、とお礼を言って、空いた右手で頭を撫でる。
左手はアイリスさんの胸に挟まれているので、ある意味両手に花――いや、彼女たちの名前的にも両手に花か。
「ユーリ様、私のために戻ってきていただいて、本当にありがとうございました。おかげで命を救われました」
アイリスさんが、お礼の言葉を述べた。
左腕はまだ柔らかいモノに抱かれたままだ。
というか、なぜ“様”付けなのだろう?
「その敬称は勘弁してください。アイリス様の危機なら戻るのは当然です――って、あー」
やはり《翻訳》スキルに任せた方が話しやすい。
もっとも、いつまでも頼りっぱなしというわけにもいかないので、いつかは覚えないといけないけれど。
それよりも、救出した亜人さんたちのことをすっかり忘れていた。
忘れていたのはこれだったか。
危うく死蔵するところだった。
少し場所を空けてもらって、砦で取り込んだ亜人さんたちを、拘束具などは解除した状態で取り出す。
すると、最初に解放した5人の兎の亜人さんが俺を見つけて駆け寄ってきて、またしても平伏された。
「先ほどの戦い、お見事でございました」
先ほどの戦いというのは砦でのことではなく、ミーティアとの戦闘のことらしい。
どうやら朔の計らいで、説明代わりにもなるだろうと朔の中から観戦していたのだそうな。
同時に、彼らを助けた経緯や現況なども、朔から説明を受けたそうだ。
そして、何かを勘違いしたらしい。
手間が省けたのは助かるけれど、ゴツゴツした硬い地面の上で土下座などされても、俺の世間体が悪いだけだ。
お願いだから止めてほしい。
とにかく、5人の兎さん――というのも変な表現だけれど、砦から奪ってきた衣服と、食料――は、すぐに食べられる物が限られていたので、ひとまず俺の魔法のご飯をお粥にして、他の亜人さんたちに分配するようにと伝えた。
他にも強奪した物資は山ほどあるけれど、ここで全部出しても邪魔になるだけだろうし、彼らの身の振り方が決まってから賠償金代わりに渡せばいいだろう。
それから、物資を受け取った亜人さんたちが、ひとりひとりその物資を手に、俺に頭を下げにやってくる。
礼儀正しいのは良いことだ。
平伏はやりすぎだと思うけれど。
しかし、感謝や見返りが欲しくて助けたわけではない。
全て、俺の都合とか成り行き上のことでしかない。
感謝は要らないので、砦攻略の証言など、実益で返してもらえれば充分なのだけれど、ちょっと言い出せる雰囲気ではない。
とはいえ、二百人以上もの相手をするのは面倒すぎるので、気持ちだけでいいから自分たちのことを優先してほしいとお願いした。
そもそも、彼らに証言させる前に、事後報告をしなければならないのだ。
「砦を潰して彼らを救出してきました。これで多少は時間稼ぎになったのではないでしょうか?」
事情が呑み込めていないアイリスさんに、ざっくりと説明する。
「えっ、でも、あんな短時間にですか?」
「本当なのか……? 今更君の強さを疑うわけではないのだが、砦とは強大な魔物を迎え撃つためのもの――竜でも簡単には落とせないものなのだが」
すぐ側にいたアイリスさんはともかく、結構距離のあるカインさんは、もう少し大きい声で話すか近くに寄ってくれないと、独り言なのか会話なのか分からない。
さておき、両者と実際にやり合った身としては、砦では竜を止められないように思う。
兵器の一発二発当たったところで、俺のパンチを耐えたミーティアにはそれ以下のダメージだろうし、俺と比べると砦の耐久力が低すぎるし。
「あんな物で儂を止められると思われるのは癪じゃが、まあ、そうじゃの。やり合えば儂が勝つじゃろうが、それで得られるものなどないしの。よほどの事情でもなければ、わざわざ手を出そうとは思わんのう」
話を聞いていたのか、ミーティアが俺に背後から覆い被さるように抱きついてきて、カインさんの言葉を一部肯定する。
「それにしてもお主、砦も落としたのか――本当に面白い奴じゃのう!」
ミーティアはそう言いながら、俺の目の前で空になったジョッキをユラユラと振る。
お代わりが欲しいのか――というか、もう樽一本空けたのか?
それほど酔った感じもないし、底無しなのかな?
それ以前に、飲んだ量はどこに――いや、質量保存の法則が通用しない人に言っても意味が無いか。
仕方がないのでもう一本樽で出してあげると、「話が分かる奴は大好きじゃ!」と言いながら樽に抱きついた。
そして、懸命に魔法を掛け続けているアイリスさんを見て言う。
「――巫女よ、残念じゃが、その腕は治らんぞ。むしろ、儂のブレスを受け止めて、その程度で済んどる方が驚きじゃ」
マジか。
確かに全然治癒が始まらないと思った――というか、なぜかアイリスさんが俺以上にショックを受けている。
「大丈夫ですよ。一晩ぐっすり眠れば良くなってますよ。それより明日、砦跡の確認にでも行きませんか?」
亜人さんたちに証言してもらうのは、現場を確認した後がいいだろうか。
考えすぎかもしれないけれど、現場だけだと砦の跡地を知っていただけ、第三者の証言だけだと共謀していると受け取られかねないし。
「え、あ……、はい! あ、いえ、ユーリ様を信用していないわけではなくて――」
俺の考えが読まれたのか、アイリスさんが慌てて否定する――いや、負い目があるのか?
少なくとも俺の怪我のことで彼女が責任を感じる必要は無いので、適当に話題を変える。
しかし、何が本当の原因なのかは分からないけれど、いつも落ち着いているように見えたこの人でも慌てることがあるのだと、少し安心してしまう。
こうしていると、年相応の少女にしか見えない。
◇◇◇
既に良い子は寝る時間だったのだけれど、少しだけリリーと話をした。
これからの身の振り方を考えて欲しいと、ただそれだけだけれど。
父親を喪ったばかりの子供には酷だと思うものの、この村にはもう彼女を庇護してくれる人がいない。
それに、俺もいつまでもここにはいられないので、選択肢の多いうちに決断した方がいい。
つらくてもこの村で生きていくのか、他の道を模索するのか。
他の道を選択するなら、できる限り協力してあげようと思う。
もちろん、俺の目的を果たすのが最優先だけれど。
最悪、家に連れて帰ってもいいかもしれない。
妹たちには怒られるかもしれないけれど、さすがに元の場所へ戻してこいとまでは言わないだろうし、リリーひとり養うくらいの稼ぎは充分にある。
とりあえず、明日の砦の確認に、リリーも誘えば息抜きになるだろうか。
ミーティアは良い感じに出来上がっていたので、飲み過ぎないようにと、酔いを冷ましてから帰るように言っておいた。
飲んだら乗るな。泳ぐな。もちろん、飛ぶなど言語道断。
不注意やミスならともかく、自分の勝手で他人様に迷惑を掛ける飲酒運転は、何があろうと許されないのだ。
自力飛行も同様である。
だから、俺も飲んだら走らないようにしているのだ。
ということで、今日の仕事ももう終わり。
いろいろとあった一日だったけれど、おおむね良い結果を出せたのではないだろうか。