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23 対竜戦 2

誤字脱字等修正。

 ついさっきまで褐色美女だったものが、西洋風の竜の姿に変化した。


 その体長は二十メートル強、尻尾の先まで含めると四十メートルくらいはあるかもしれない。

 翼開長はそれよりも長く、全体像を更に大きく誤認させる。


 そして、その全身が銀色に輝く鱗に覆われていて、そこに夜の闇を映している。

 こんな状況だけれど、少し綺麗だと思ってしまった。


 しかし、真の姿とやらを見せて、世間話をするでもないだろう。

 戦闘が継続すると考えて――この鱗が仮に鉄と同じ硬度だとしても、厚みがすごい。

 その気になれば砕けなくはないと思うけれど、内部にまでダメージを与えることは難しいだろう。



 というか、さすがにこの状況はまずい。

 易々と奥の手を出させるなど、一生の不覚――いや、こんなもの予測のしようがないし、不可抗力といえなくもない。


 どこの世界に人が竜になると予想できる人がいるというのか。



『キツネやタヌキが人に化けるのは有名だし、何ならツルだって人に化けて恩返しに来るくらいだよ。彼女自身が最初に竜だって言ってたんだから、ユーリの想像力不足じゃない?』


「……」

 ぐうの音も出ないとはこういうことか。


 いや、今は反省する時間ではない。

 大事なことは、いつだって未来にあるのだ。




 目の前にいるのは、この世界に初めて来た日に見た空飛ぶトカゲとは決定的に違う、正真正銘の竜だった。

 恐ろしいとは感じない。


 逆に、男の子心を擽る素敵なデザインだと思う。


 むしろ、すぐに『奪う?』と訊いてくる朔の方が怖い。



「ほう。この姿を見ても眉ひとつ動かさんか」


「他人を見た目で判断しちゃ駄目だよって教わっているからね」

 どちらかというと、俺自身が見た目で判断されまくっていて苦労していたのだけれど、話が通じるなら、見た目に拘っても仕方がない。


「まあよい。せっかく真の姿を見せたのじゃ、簡単には死んでくれるなよ!」

 見たいと頼んだ覚えはないのだけれど、同じく頼んでもいない第2ラウンドが勝手に開始された。


◇◇◇


 危機感に従って、朔と同化する。

 さすがにこんなに巨大な生物との交戦経験は無いし、想定もしていなかった。


 魔力での身体強化だけでは勝てそうな気が全くしない。

 というか、この巨体に対して、ストッピングパワーを確保できるだけの攻撃がいかほどのものか。

 少なくとも、反作用を抑えられる程度の打撃だと無理な気がする。


 うーん、一撃必殺っていうのは俺のスタイルじゃないし、そもそもこの巨体に一撃必殺が可能なのか?

 困った。



 どう攻めたものかと考えていると、竜の尻尾が、大きな弧を描いて地面を砕きながら迫ってきた。


 俺の体重では受け止めることは不可能。

 当たれば場外まで飛んでいくホームランになる。

 しかし、跳んで避ければ叩き落す――と、竜のソワソワしている手がそう物語っている。


 恐らく、ここで直撃を受けるより、先に懐へ飛び込んでしまうのが正解なのだけれど、位置関係と尻尾の速度からすると、少しだけ間に合わない。


 それに、俺には飛び込んだ先での展望がないのに対して、飛び込んだ先に罠でもあれば超ピンチ。

 というか、こんな誰にでも思いつくようなことに対策していないとは思えないので、罠があるとみて間違いない。


 だからといって、ホームランされると仕切り直し――ダメージの受け損になる可能性が高いので、仕方がないので飛んでみる――と、案の定叩き落された。


 ガードはしていたのに結構痛い。

 それ以上に、受け身があまり役に立たずに、大きくバウンドして宙に浮いてしまったのがまずい。


 避けようのなくなった俺に、追撃の爪が横薙ぎに振るわれる。


 当たる寸前に、その手を狙って下方向へ跳ぶように蹴りを入れて、辛うじて直撃を避けるとともに地面へと向かう。


 危なかった。

 竜が両手で挟み込むような攻撃をしてきていれば、捕まっていたかもしれない。


 これはまずいと、着地後すぐに竜の足元へと走る。


 やはり、自分より大きな相手と距離を取って戦う――相手の間合いで戦うなど愚の骨頂だった。

 罠があるとしても、いつかは飛び込まなくてはいけないし、離れていてもチャンスは無いし。



 しかし、竜も小さい相手との戦いには慣れていたのだ。


 懐へ潜り込もうとしていた俺に、竜の足が迫る。


 単純な蹴りだけれど、俺の視点からでは壁が迫っているような感じなので、攻撃の範囲が広すぎてどう避ければいいのかは迷う。

 潜り込めば踏まれるだろうし、横に避けようとしても避けきれないか、無理をして避けたところを狙われるのがオチだ。 


 仕方ないので後方に逃げる。


 それを待っていたかのように、蹴り足の対角線上の爪で薙ぎ払いがくる。


 それもすんでのところで躱すものの、そこへ更に前のめり気味に、追撃の爪が振り下ろされる。


 相手が巨大な分、回避距離が延びるのが非常にやりづらい。



 ところどころに、反撃できる隙はある。


 ヒットアンドアウェイでよければ可能だけれど、きっと怒らせるだけ。

 最終的に痛い目を見るのはこちらの方だ。


 面倒なので、一度竜の攻撃圏内から出てしまおうかとも思った。

 それで仕切り直しできるならいいけれど、竜には魔法という遠距離攻撃手段がある。

 それに、必要以上に警戒されると、条件が悪化する可能性もある。


 警戒されるよりは怒らせた方がいいし、油断してくれるなら多少冒険してみてもいいかもしれない。


 そこで、クリーンヒットにならない程度に当たっておいて、その衝撃で後方へと弾き飛ばされてみた。

 痛いけれど、最終的にこちらの間合いになればいいので、とりあえずは問題無い。

 あえて攻撃を受けることで作れる間合いもあるのだ。



 死に体となったように見える俺へ、止めとばかりに、巨大な顎が俺を食い千切らんと迫ってくる。


 あら、こんなに早く引っ掛かてくれるとは思っていなかった。

 というか、あまりに単純すぎるのでフェイントかとも思ったけれど、このチュ〜〇に飛びつくネコのような感じはフェイントには見えない。



 素早く体勢を立て直して、噛み合わされる顎を軽くバックステップして、ギリギリの距離で躱す。


 そして、人間でいう人中の位置に、思いきり魔力を込めた拳を叩き込む。

 フォローは考えず、音の壁もその先の何もかもを無視して、「全てを貫いてやる」くらいの意気込みで、とにかく速く強く拳を捻じ込む。


 大爆発が起きた。


 その衝撃で、踏ん張っていた足元の地面が崩れて、爆風で俺の身体も宙を舞う。


 本気を出すと、パンチって爆発するのか。

 人間、やればできるものだ。

 特撮ヒーローも、案外ノンフィクションだったのかもしれない。



 自分の起こした爆発に吹き飛ばされながら、竜の被害状況を確認する。


 ……残念ながら、倒すには至っていないかった。


 竜は鼻面を押さえてのたうちまわっているものの、いまだ健在――ではないかもしれないけれど、これくらいなら戦闘続行は可能だろう。

 ちょっとしたミサイルくらいの爆発だったと思うのだけれど――いや、ミサイルの爆発なんて見たことないので分からないけれど、想像以上に竜の鱗が硬かったのか。


 システムのサポートがあれば追撃できたのかもしれないけれど、無いものをねだってみても仕方がない。

 そんなことは分かっていて始めた戦いだし。


 着地するまで、俺にできることはもうない。

 投擲くらいはできるかもしれないけれど、本気のパンチであの程度だし、遠距離からの投擲なんて大して効果はないだろう。



 案の定、俺が着地した頃には、竜は逆に上空に退避していた。


 今度は結構な高度である。

 プライドは捨てたらしい。


 もう手の届く位置には降りてこないだろう。


 普通に考えれば打つ手がない。

 悪足掻きしてみるのもいいかもしれないけれど、効果的な手段は思いつかない。


 戦いとは間合いを制した方が勝つという意味では、どちらの間合いともいえないこの状況は引き分けなのだけれど、間合いを理解していない竜にとっては「魔法は届く」とか思っていそうだし、諦めてくれるとは思えない。


 残念、負けちゃったか。

 莫迦には勝てないわ。



「丈夫すぎる……」

 それでも、ひと言愚痴を零すくらいは許されるだろう。


「それは儂の台詞じゃ! 貴様、本当に何者じゃ!? 素手で竜鱗を砕くなど、儂らに匹敵する能力ではないか! 騙しおったな!」

 鼻の頭から夥しい血を流しながら、涙目の竜が反論した。

 というか、「騙した」とか人聞きの悪いことを。


 飛ばれてしまったのは仕方がない。

 最初からその可能性はあると思っていたし、実際にこうなったのも、俺の能力が足りなかったせいだ。

 そうならないように、一発狙いの結果がこれなのだ。



 そのままトカゲの怪物のように逃げてくれればよかったのだけれど、この竜は相当頭にきたようで、今度は上空から一方的に魔法で攻撃されることになった。


 これも、その可能性は考えていたし、竜からしてみればそれが正解だ。

 少なくとも、気が済むまで撃ち放題だしね。


「この勝負は俺の負けでいいから、もう止めない?」


「それが敗者の態度か!? 貴様、儂にここまでやっておいて、やり逃げしようというのか! 舐めくさりおって、この外道が!」

 降参しても、聞く耳を持ってくれない。


 大きいのは身体だけで、器は小さいのかもしれない。


 まあ、俺が負けを認めたとしても、景品であるアイリスさんを受け取るために地面に降りようとすると俺の手が届くと考えているのか、叩きのめして勝ったわけでもないので警戒している――というのもあるかもしれない。



 そんなことを言い合っている間にも、上空から黒い槍やら氷でできた槍やら稲妻などなどが驟雨のように降り注いで、地面が隆起したり、凍りついたり、爆発していた。


 当然、天変地異などではなく、竜の魔法によるものである。

 多分。


 ものによっては回避も可能なのだけれど、広範囲に効果がある魔法は、それをよく知らないこともあって、ちょっと避けようがない。


 その上、想像していた以上に領域でレジストできない――それどころか、本体にまで届く魔法も多くて、一瞬たりとも気が抜けない。


 わけの分からない大きな球体に閉じ込められたかと思えば、その中で大爆発が起こる。


 痛い――で済むうちは、どんな傷でも気合で治せるみたいだけれど、これはきっと俺でなければ即死している。


 俺は殺さないように手刀で首を斬るとかは控えたというのに。

 まあ、動脈一本切ったくらいで斃せるような相手ではなさそうだけれど。



 何か嫌味でも言ってやろうかと思った瞬間、突然足元の地面が消えて、ぽっかり空いた闇に呑み込まれそうになる、


 しかし、闇の濃さや深さでは負けていない。

 こちとら邪神に憑かれているからね。


 気合で闇をよじ登って脱出したかと思えば、これまた突然上空に、吸引力の落ちない黒い球体が出現する。

 必死に地面にしがみつくも、地面ごと吸い上げられて、あまつさえレジストするために触れようとした寸前に大爆発を起こされた。


 それらのヤバすぎる魔法は、連発できないのようなのが唯一の救いだ。


 とにかく、連続で喰らうのだけは避けようと、合間合間に帝国の砦から奪った武器を投げつけているものの、本気で投げようとすると武器がもたずに塵になるし、壊れない程度の投擲では効果が無い。



 さすがにいつまでもこのままではいられない。


「朔、殺さない程度で何とかできない?」


『侵食しちゃえば?』

 即答かよ。


 というか、それは生物としては死んでいないかもしれないけれど、個としては死ぬのではないかと思う。

 むしろ、普通に死ぬより酷いのではないだろうか。


『翼でも奪う? それで飛べるかは分からないけど』

 今なら少し――ほんの少し心が揺れたけれど、日本に帰ったときに困るので却下だ。


「殺したりすると後が面倒そうだから――何か考えてみて」


『分かった。ちょっと待ってて』

 殺すだけなら、朔の言うとおり、侵食すれば不可能ではないだろう。

 しかし、これだけ力のある存在を殺すと、生態系とか勢力図などに影響が出るのは必至である。


 立つ鳥跡を濁さず、来た時よりも美しく。

 いずれは日本に帰るつもりなので、必要も無いのに散らかして帰るような真似はいけない。


 ただ、こういう微妙な配慮が必要なことには、朔は役に立たないかもしれない。



 もちろん、朔の解決策を待つ間に、大人しく殺されてやるつもりもないので、俺もできることからやってみようと思う。



「自分から喧嘩を売っておいて、勝てそうにないからって空から一方的に攻撃するってどうなの?」

 残された手段その一。

 言葉による説得。

 しかし、言葉の選択を誤った――まだ言葉に慣れていないので仕方ない。


「くっ、何とでも言うがよいわ! これも戦略じゃ! お主の方こそ、禁呪までレジストするとか耐え切るとか、頭おかしいじゃろ!」

 戦略とか、見え見えの罠にかかった竜の口から出る言葉とは思えない。


「禁呪って何? ――こんな魔法じゃ俺は死なない。だから、引き分けにしない?」


「神や悪魔でも防げぬからこその禁呪じゃというのに、こんな魔法じゃと!? ――化け物が!」

 停戦交渉――失敗。

 まあ、白旗すら無視されたのだから当然か。


 というか、竜にまで化け物扱いされるのはさすがに心外だ。



「残念」

 領域の範囲を狭め、その分の濃度を濃くする。

 手段その二。

 脅迫。


 アイリスさんたちがいるので気配は解放できないけれど、領域を展開した俺を見て何かを感じてくれればいいのだけれど。


 なお、最終案はトンズラなので、できればここで踏み止まりたい。


◇◇◇


――第三者視点――

 銀竜は焦っていた。


 最初は面白そうな玩具を見つけて、少し遊んでやろう――という、軽い気持ちだった。


 その少女の、神の手による人形かと見紛うほどの完璧な造形は、種族の壁を越えて心を揺さぶるものだった。


 アイリスも悪くはなかったが、それと比べると色褪せて見えてしまう。


 竜の、光るものを好む習性からか、あり得ない輝きを放つそれを手に入れたいという欲望と共に、

汚したい、壊したいと嗜虐心がふつふつと沸いてくる。


 理解し難い言動にも興味をそそられる。



 勇者程度の相手なら、ステータスが大幅に弱体化している人型で戦っても負けるはずがない。

 少々痛めつけて、王女同様に自分のものにしてしまおう――彼女はそう考えていた。



 当初の予想とは裏腹に、人型では銀竜が圧倒された。

 それも、スキルや魔法を一切使わず、素の身体能力と戦闘技術だけで。


 時折、今までに感じたことのない危険な気配を感じたが、それ以上に舞うように戦う少女の姿が、銀竜にはとても美しいものに見えた。


 まるで、《未来視》でもしているような動きで――実際に《未来視》を持った存在との交戦経験がある銀竜には、それ以上のものだと感じられた。



 しかし、少女の瞳には、銀竜は映っているが、見られてはいない。


 負けることは仕方がないが、銀竜にはそれが何より悔しかった。


 銀竜は少女に目を奪われたのに、少女の眼中に銀竜はいない。

 どうにかして振り向かせたい――と竜型まで披露したが、油断していたせいもあって、これまた手痛い反撃を受けた。


 驚いた――などという言葉では到底言い表せない。

 少女は生身で音の壁を、そして熱の壁をも超えた。

 あまつさえ、その拳は流星となって銀竜の鱗を穿ったのだ。


 そのあまりの衝撃に、銀竜はなぜか運命じみたものを感じてしまった。



 少女が飛べないと知っていた上で、卑怯にも空へと逃げた銀竜に、彼女は素直に降参を申出た。


 銀竜は、少女に自身を意識させるという目的は果たしたが、少女のその高潔さに負けた気がした。

 勝っても、誇れなければ意味が無い。


 結果、少女の降参を受け容れられず、さりとて自身の負けをも受け容れられず、泥沼の戦いへと身を投じてしまう。



 安全圏から魔法を放つ銀竜だが、本来の彼女は、このような戦い方を好まない。


 勝つにせよ負けるにせよ、己の全力で挑むだけで、後のことはただの結果でしかないという考え方が本来のものである。


 ただ、今回に限っては、打つ手がなくて困っている少女を見るのが楽しい――というより、嬉しかった。


 それは、好きな人にちょっかいをかける子供の幼稚性と変わらないものだったが、竜がやると洒落にならない。



 しばらくすると、銀竜も、少女はスキルや魔法を使わないのではなく、使えないのだと気がついた。

 それが禁呪までレジストできるような強力な能力がある代償かとも考えたが、すぐに間違いであると思い知らされる。



「残念」

 少女は、そう言うと同時に闇を纏う――いや、それは闇ではなく、もっと悍ましい()()かだと銀竜の直感が告げる。


 それを表現する言葉が――概念が存在しない。


 深淵、混沌などなど、思いつく言葉はいろいろとあったものの、それがそうだとすれば、今までそうだと思っていたものは何だったのかというくらいに次元が違う。


 殺される。

 引き際を間違えた。


 様々な想いが銀竜の頭を過る。



 しかし、銀竜にも奥の手があった。


 全てを滅ぼす、特殊な属性のブレスが、銀竜の切り札である。


 防御力や耐性など全く役に立たないブレスは、当たれば間違いなく銀竜の勝ちが決まる。

 その分、必要な魔力を溜めるのに時間はかかるが、戦闘開始から充分な時間が経過していることもあって、必要な魔力は既に充填済みである。


 もっとも、使うとしても、自身の力を見せつけるだけ――ただの示威行為のつもりだった。

 このブレスを食らった者は、蘇生はおろか、転生すらも不可能になるからだ。

 それは、銀竜の本意ではない。


 しかし、少女の真の切り札は、そのブレスにも匹敵するものだった。

 やらなければ自分がやられる。

 銀竜は覚悟を決めて、被害を最小限に抑えるため、そして確実に当てるために高度を下げる。


◇◇◇


――ユーリ視点――

 安全圏から魔法を放ち続けていた竜が、攻撃を止めたかと思うと高度を下げ始めた。


 停戦に応じてくれるのかと思ったのだけれど、口内に圧縮されている異様な魔力に、そうではないと悟る。


 脅迫が裏目に出た――更に奥の手を出してくるのか。

 猪口才な。



 それはともかく、あれはさすがにヤバイ気がする。

 しかし、下手に回避してアイリスさんやリリーを巻き込むわけにはいかない。


 受け止めるしか、選択肢が無い。


 覚悟を決めて、領域を最大強化する。


 その瞬間、竜の口から、眩く光る極太のビームのようなものが放たれた。



 俺は、左手を前に突き出してそれを受け止める。


 受け止めた衝撃で俺の後方の大地がめくれ上がる。

 直撃を受けた物は、全て蒸発するかのように消えていく。


 ビームは途切れることなく放たれ続けていて、強化した領域でも威力は完全には殺せず、徐々に領域を削られていく。


 それにしても、俺の領域を削るってすごいな。

 秘かにこの力は無敵なのだと思っていたけれど、もっと謙虚に生きた方が良さそうだ。


『ユーリ!?』

 朔が俺を心配して呼びかけてきたけれど、どうせなら激励の言葉がほしかった。

 このビームがこれで最大出力なのだとすれば、我慢比べ――気持ちの問題なのだ。

 竜の魔力が尽きるのが先か、俺の領域が破壊されるのが先か。



 ――ふと、気になった。


 俺の領域は俺の魔力的なものでできていて、朔は俺の領域――魔力のようなものを侵食する。

 朔の力を借りてではあるけれど、俺にも領域の展開ができることが示すように、程度の差はあれ、朔にできることは俺にもできるらしい。

 竜の吐くビームをレジストできないのは、恐らくそれが魔法ではない――より正確には、竜の魔力による領域のようなものなのだろう。

 もしそうなら、俺も竜の領域を侵食することもできるのでは?



 思い立ったが吉日で、受け止めることに使っていた領域の一部を侵食に回す。

 その瞬間、領域では殺しきれなかったビームが左手を直撃して、肘から先が弾けて噴水のように血が吹き出した。

 辛うじて手は残っているものの、とても人様にお見せできる状態ではなくなっている。


 ヤバい、痛い。

 初めての――同化とは違う種類の激痛に、何だか分からないけれど愉快な気分になってくる。

 もしかして、俺は被虐趣味だったのだろうか?


 それと、少しばかり思い違いをしていた。

 ビームは竜の領域というより、ただただ破壊に特化した、魔法以上領域未満の何からしい。


 領域には至っていないとはいえ、これを侵食するのはなかなか骨が折れそうだ。



 また、俺の所感では、竜は射出装置であると同時に燃料でもあって、射出している間はビームとも繋がっているけれど、ビームを侵食したからといって竜に影響があるとは限らない。

 多分。

 ビームを介して竜まで侵食することもできると思うけれど、意識的にやらなければきっと大丈夫。

 とりあえずは、ビームを無力化してしまえば勝負はつくか?


 それなら、遠慮は要らない。



 とはいえ、さきに感じたとおり、壊すことに特化した領域を侵食するのは簡単ではなさそうだ。

 侵食できないことはないのだけれど、侵食した端から崩壊してしまい、三歩進んで二歩戻るような感じで、侵食は遅々として進まない。


 そして、俺の領域を崩壊させられた反動で、俺の身体も、左手の上腕部まで崩壊が進んでいる。

 少し――いや、かなりまずいかもしれない。

 とはいえ、今更止められる状況ではないし、やりきるか死ぬかのどちらかしかない。

 ただ、客観的に見れば現状では分が悪いと――いや、気合で乗り切る!



 それに、手段が無いわけではない。

 大きな対価を支払うことになるかもしれないけれど、ここで死ぬよりはマシだろう。

 俺は家に帰らなければならないのだから、死ぬことは許されないのだ。



 グッバイ、俺の66%。

 意を決して、朔との同化率を上げるために、朔の侵食を受け容れ、こちらからも侵食を仕掛ける。


『ユーリ!?』

 朔が再び俺の名を呼ぶ。


 同化と崩壊で身も心もボロボロに、ついでに魂もズタズタに引き裂かれるような苦痛の中で、必死に竜のビームと、朔の侵食と、自身の再構築と、崩壊を食い止める作業をこなす。


 よくよく考えれば、受け流すだけでも手一杯だったのに、その場の勢いで同化率を上げるなど無理があったのでは?


 ヤバい。

 身体の崩壊は遂に肩にまで届いて、何かもうどうにもならない感じ。


 諦める気はさらさらないけれど、気持ちだけではもう――――――遂には、自分の中の何かが壊れる音が聞こえたような気がした。



 身体や魂に異常は感じない。

 むしろ、壊れた何かが、歪だった俺自身にピッタリと嵌り込んで、あるべき自分を取り戻したような充足感に満たされている。

 今まで見えなかった様々なものが見え、感じられる。


「あはっ」

 意図せず口から笑いが漏れる。


 状況は何も変わっていないけれど、焦りはもう無い。

 ただただ、気分が良い。


 制御を奪おうと、格好つけて上手くやろうとするから難しいのだ。


 何も考えず、いつもやっているように、何もかも台無しにしてしまえばいい。



 竜の放ったビームを根元から侵食していく。


 全てを台無しにする俺の領域は、崩壊という属性をも台無しにしながら、ゆっくりとではあるけれど俺の色へと染めていく。


『ちょっと、ちょっと! 何そのヤバい領域!? 何でユーリにそんなことができるの!? どうしちゃったの!?』

 なぜと言われても、できるのだから仕方がない。


 それに、領域とは元々良くも悪くもそういうものだ。

 まあ、何を言われたところで、今はとても気分が良いので笑って流せる。



 朔とのやり取りは後にするとして、そろそろ竜のビームにも慣れてきたので、一気にいこうと思う。


 もちろん、殺すつもりはないけれど、警告しようにも大地がめくれ上がるような轟音が響く中では声も届かないだろう。



 領域を、俺を中心にした花弁をイメージして大きく広げる。


 静止状態ならともかく、動かすとイソギンチャクっぽい――いや、俺が花だと思えば花なのだ。


 領域の制御も自分の手足を広げるような感覚でスムーズにに行えるし、既に頭痛などの負荷も気にならない。


 人間としてはとてもまずい状態な気がするけれど、気分が良いので気にしないことにする。



 領域の花弁を、ゆっくりと竜の方へ向けて伸ばして、閉じていく。

 竜の方もさすがに危機感を覚えたか、撃ち出されているビームの出力が僅かに上がったものの、もう遅い。


 強さとか早さとか重さとか量とか、全てを台無しにする領域の前では、あまり意味が無い。


 ついさっきまでの俺だったら危なかったかもしれないけれど、今では侵食速度を落とす程度の効果もない。


 そして、遂に竜の鼻先を舐めるようにビームを包み込んで、無力化に成功した。



「儂のブレスが喰われたのか……」

 竜の目にはそう見えたのか。


 俺としては、喰うのと侵食は別のものなのだけれど、説明する気はないし、説明しても分からないだろう。

 何より面倒臭いし。


「そんな莫迦な……。神をも殺すブレスじゃのに、腕一本じゃと?」

 なるほど、神も死ぬのか。

 それは良いことを聞いた。



 そんなことより、竜も戦意を失ったようだし、左腕の崩壊も止まった。

 治癒が始まる気配がないのは謎だけれど――まあ、こんな大怪我をしたのは初めてなので、勝手が違うのだと思うことにして、まずは竜に停戦を呼びかけることにする。



「気が済んだ?」


 しかし、竜は何やらブツブツ言っているだけで、俺の言葉を全く聞いていない。

 もちろん、今の俺はとても気分が良いので、そんなことで腹を立てたりはしない。


 ただ、いつまでも待つつもりはないので、今度は気づかれないように領域を展開して、呆然としている竜の口の中に、先日の料理魔法で出現した、正体不明の黒い塊を放り込んでみた。

 そこに特に理由は無い。


「ゴフゥッ!?」


 黒い塊を呑み込んだ竜は、空中でビクンと身体を震わせたかと思うと、そのまま地面に墜落してしまった。


 どうやら、気を失っているようだ。


 マジか。

 料理魔法すごいな。

 胃袋を物理的に掴んだのかな?


 何にしても、これは俺の勝ちでいいのだろうか?

 決まり手は「餌付け」といったところか。

 最初からこうしていればよかったかも。


 とにかく、さすがに少し疲れたような気がするけれど、後片付けもあるし、もう少しだけ頑張ろう。

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