22 対竜戦
誤字脱字等修正。
クリスさんからの連絡は、彼らしくない慌てようで、ちょっと何を言っているのか分からないところが多分にあった。
アイリスさんの所へ戻れと言ったかと思うと、最悪の場合は俺だけでも逃げろと言ってみたり。後は、竜がどうとかこうとか。
竜って何だろう?
妹たちがやっていたゲームに登場するようなものなのか、それとも放射能を浴びて突然変異した巨大生物なのか。
俺にイメージできるのはそのくらいで、その範囲なら対処できなくもないけれど、見てみなければ分からないというのが正直なところだ。
「状況が変わった」
亜人さんたちにひと言だけ告げて、彼女たちを取り込む。
彼女たちにも、俺とクリスさんとの会話は聞こえていただろうに――それに、彼女たちなら竜とやらがどんなものかも知っているだろうに、まるで抵抗することもなく、伏してただ従う姿には恐怖を覚えた。
ヤバい人たちとかかわってしまったかなあ?
とりあえず、出発前に、砦跡地に完全に武装解除した帝国兵さんたちを解放して、彼らに気づかれないうちにお暇する。
なぜ不幸は重なるのか――と、愚痴ってみても仕方ない。
来た時より美しく、せめてもう少し綺麗に片付けてから帰りたかったのだけれど、どうにも緊急事態らしいのでやむを得ない。
物事には優先順位というものが存在するのだ。
それと、多少の環境破壊が起きる程度は大目に見てもらいたい。
しばらく走って、村が目視できる距離まで戻ってきたけれど、想像していた竜らしき存在は見当たらない。
まさか手遅れなのか?
それとも、竜とはみんなの心の中に生きている魔物とかそういうこと?
だったら、みんなの心の中から竜を出してくれれば退治するよ。
出せないなら、みんなを心ごと破壊してみようか?
認識できる人がいなくなれば竜もいなくなるよ――などと、頓智をしている場合ではない。
そもそも、目的は竜を退治することではない。
それは手段のひとつであって、上手くやれば平和的解決もありえるのではないだろうか。
これはもう一休さんを超えたかも。
ひとまず、竜の捜索は諦めて、アイリスさんを探すために、村全体が見渡せる高さまで跳び上がる。
場合によっては何度か跳ばなければならないかと思っていたけれど、彼女たちはすぐに発見できた。
さすが俺。
ただし、状況はあまり良くない感じ。
村の片隅で、アイリスさんを庇うような位置で騎士さんたちが地に伏していて、そのすぐ前方には見覚えのない人物がいる。
アイリスさんの緊張は、この位置からでも見て取れる。
とてもではないけれど、友好的な人を相手にしている感じには見えない。
アイリスさんと相対している人物には、特徴的な耳や尻尾は見当たらないので、村人さんには見えない。
そうなると、不審者か――む、目が合った?
その人物は、確かに俺の方へ視線を向けた。
俺が言えたことではないけれど、人間の視力で見える距離と光量ではないと思うのだけれど。
状況は分からないけれど、アイリスさんの安全確保を最優先として、竜は後回しかな。
足場になった丘を吹き飛ばす勢いで跳びだして、衝撃波を発生させながら空を翔ける。
間合いもへったくれも無い行動なので、不審者に対空迎撃手段があると撃ち落とされそうだけれど、アイリスさんから注意を逸らせることができれば儲けもの。
上手くいけば、撃ち落としたと思わせることで油断を誘えるかもしれないし、それほど悪い行動ではないかも。
しかし、特に迎撃されることもなく着弾。
盛大に地面を砕いて、またもや少しバウンドする。
空気抵抗でかなりスピードは落ちていたのだけれど、この速度と射角だと受け身だけでは限界があるらしい。
受け身には自信があっただけに、少々残念だ。
とはいえ、受け身をしなければ今度は地面に刺さっていたかもしれない。
杭打機も真っ青なレベルで。
そう考えると致し方なしか。
そんなことより、その人物の目は、かなりの高速で跳んでいたはずの俺をしっかりと捕捉していた。
やはり只者ではないらしい。
その人物は、褐色の肌に銀色の長い髪が特徴的な美しい女性で、その金色の瞳で、空中で錐揉みする俺を興味深そうに見上げている。
彼女と同様に、俺が彼女を観察していることにも気づいているだろう。
そんな彼女は、なぜかボロボロの胸帯と腰布のみしか纏っていない。
家計が厳しいのか、元よりそういった民族衣装なのか、とにかく、プロポーションの良い身体を隠そうともしていない。
というか、何がとはいわないけれど、アイリスさんと比肩しているのではないだろうか。
むしろ、アイリスさんより身長が高い分、迫力がある気がする。
異世界、すごいな。
さておき、彼女は、暑くもなく寒くもない時期になるとよく出没するという、
全裸でないだけマシなのか?
彼女にすぐに動くような気配はなかったけれど、万一に備えて、二度目の着地の直後に、隙を晒すのを覚悟でアイリスさんと彼女の間に割り込んだ。
「随分派手なお出ましじゃのう。長いこと生きておるが、お主のような登場をした者は初めて見たわ」
「こんばんは。初めまして、ですよね? ところで、どういう状況でしょうか?」
好きで派手に跳んでいるわけではない――のはさておいて、状況がさっぱり分からない。
一応、礼儀として挨拶はしたものの、本来、不審者に声をかけるのは警察の仕事である。
そして、今の俺の仕事は、アイリスさんを守ることだ。
というか、騎士さんたちはなぜ倒れているのだろうか?
外傷があるようには見えないけれど。
「ユーリさん、なのですか?」
安堵と困惑、恐怖などの感情が入り混じった声と共に、背中にアイリスさんの手が触れる。
ああっ、実は俺も裸なことがバレてしまう!
違うの。
目の前の痴女さんとは違うんです!
「ええと、竜が出たと聞いたのですが」
とりあえず、話題を逸らそう。
「その竜とは儂のことじゃろうよ」
褐色の痴女さんが、会話に割り込んできた。
「はあ」
変態さんは相手にせず、アイリスさんの方に目を向けると、コクリと首を縦に振って肯定された。
マジか。
俺のイメージしていた竜と違う。
さすが、異世界。
俺の知識など全く通用しないらしい。
もしかすると、脱ぎの竜とか、夜の竜とか、隠語や通り名的なことなのか?
意味が分からないけれど。
「こんばんは、竜の人。それで、一体どんなご要件でしょうか?」
「竜の人――まあよい。たまたま通りかかったら面白いものを見つけてのう。せっかくなので景品をいただいていこうかと思ったのじゃ」
この人は何を言っているのだろう。
変な薬でもキメているのか?
「景品とはどういうことなんでしょうか?」
駄目元で質問を重ねると、思いの外ノリノリで答えてくれた。
変な人の話を要約する。
彼女が安眠していたところに、大勢の帝国兵さんたちが現れてちょっかいをかけてきた。
当然、その人たちは皆殺しにしたのだけれど、少々おいたの規模が大きかったので、帝国に報復に行くことにした。
そして、その道中でアイリスさんたちを発見した。
現在、アイリスさんはひとつの賭け――というかゲームの景品になっている。
そのゲームというのが、竜を斃した人に、アイリスさんと結婚できる権利が与えられるというもの。
ちなみに、そんな莫迦げたゲームが成立した経緯というのが、出家したはずの王女への結婚の申込みがいつまで経っても後を絶たず、それを見兼ねた王が、「竜でも退治してくれば考えてやる」などと言ってしまったことが発端らしい。
完全に王の失言なのだけれど、アイリスさんの地位か美貌に惑わされたのか、それを真に受けた莫迦な人たちが実行に移していたらしい。
もちろん、それはロメリア王国においての話であって、ゴクドー帝国の襲撃とは関係無い。
後者は、竜の人の力や財宝を手に入れるために彼女を襲撃しているのだそうだ。
それでも、竜の人にとってはどれも人族の所業であって、所属の違いに大した意味は無い。
さておき、王国はアイリスさんを景品にして、竜の人を巻き込んでゲームをしている。
ならば、ある意味ではゲームの勝者である彼女には、景品を受け取る権利がある――というのが彼女の主張である。
女同士で?
そういう趣味なのか?
個人の嗜好に関することはともかく、話が全て真実だとすれば、彼女の言い分もおかしなものではないように思う。
というか、景品が貰えないなら、彼女はただの被害者だ。
ついでに、少なくとも百人ほどの帝国兵さんを相手にしても、無傷で勝てる程度の力はあるのだと暗に示していて、ここの騎士さんたちを倒したのも彼女だと認めている。
まあ、帝国兵さんでは戦力評価基準として全く参考にならないけれど。
俺もさっき、非戦闘員を合わせてだけれど、二千人弱を無力化してきたところである。
虐殺ではなく、無力化。
ここ、大事。
多少の不幸な事故もあったけれど、「未来志向」って素敵な言葉だと思う。
「アイリス様も嫌がっているようですし、もっとこう、他の方法とか、穏便に解決できませんか?」
俺がそう提案すると、竜の人はニヤリと笑った。
未来志向は失敗したらしい。
話も通じない蛮族だったか。
「では、お主がその娘を賭けて儂と戦えばよい。当然、掛け金はお主の命じゃがな。ククク、お主、こやつらの切り札なのであろう? なればこそ、コソコソ動く人形どもも見逃したのじゃ」
竜の人――いや、変態さんの口が三日月のように歪む。
人形とはホムンクルスのことだろうか。
「はあ」
戦闘に自信があるのは何となく分かるような気がしないでもないのだけれど、興奮する変態が相手とか、モチベーションが上がらない。
というか、こういうのをバトルジャンキーとでもいうのか?
何でも暴力で決めようとするとか、文明人たる俺からするとドン引きなのだけれど。
「今までの者は手応えが無かったでのう。その分鬱憤も溜まっておる。精々、儂を楽しませてくれよ」
何だよ、ただのとばっちりなの?
というか、暴れたいだけなのか?
殺気――なんてものは元々分からないけれど、変態さんからは敵意のようなものは感じないし、意識が向いているのは俺にだけだ。
なら、先にアイリスさんを危険から遠ざけようか。
「はあ。まあ、そうですね。アイリス様たちは危ないので下がっていてください」
この手合いとは力を示してやらないと話もできないのだろうし、仮に負けても生きてさえいればどうにかなる。
面倒臭いけれど、まずは相手の流儀に付き合うしかない。
「ユーリさん!? いくら貴方が強くても竜を相手にするのは無謀です! ――お願いですから止めてください!」
「アイリス様、ここは彼に任せましょう!」
制止するアイリスさんを、何とか動けるまでに回復したクレアさんが抱えて引き放してくれた。
今日一番のグッジョブです。
「別れはもうよいのか?」
変態さんがそう言うと同時に、彼女の額から2本の立派な角が生えてきた。
いや、変化はそれだけでは収まらず、背中からは鈎爪のついた翼が、腰から刺々しい鱗に覆われた尻尾が生えて、更に爪が十センチほど伸びる。
他はともかく、爪が伸びるのは戦いにくくなりそうだと思うのだけれど、毒とか病気を持っているかもしれないと思い至って、意識を改める。
「おお、ちょっとビックリした」
変形――いや、違う意味での変態? 異世界は理解不能なことばかりだ。
『奪う?』
「要らない」
さすが異世界、何でもありだなと感心していると、朔がまたもや恐ろしいことを口にした。
『そっか。ユーリから翼が生やせるかと思ったんだけどなあ。前に鳥の真似事してたから欲しいのかと思ってたよ』
くっ、空飛ぶトカゲの時のことか。
見られていたのか――恥ずかしい。死にたい。
「何をゴチャゴチャ言っておる。――行くぞ!」
変態した変態さんが襲ってきた。
◇◇◇
必要以上に爪を振り上げて、高速で飛びかかってくる変態――竜の人を、ギリギリまで引きつけてから大きく横に躱す。
本当は反撃のためにもギリギリで躱したいところなのだけれど、翼や尻尾でも攻撃可能だろうし、更に変形できるかもしれないと思うと、間合いが測れないのでマージンを取っておくしかない。
しばらくは様子見した方が無難だろう。
彼女はそのままの勢いで、俺から十メートルほど通り過ぎたところで翼を広げて制動をかけると、尻尾を使った反動で上手く180度ターンして、再び俺と向き直る。
本気の俺ほどではないものの速さはある――いや、何だか物理法則を無視しているような気がするので、小回りは俺以上かもしれないし、見た目以上に腕力もありそうだ。
爪も下手な包丁よりよく切れそうな感じがする。
正直なところ、俺の理解を超えているので、間合いが全く読めない。
単純な身体能力や技術だけなら特に問題は無いのだけれど、人間には不可能な挙動や戦術だとか、何より、システムのサポートによる物理法則の無視は大きな問題だ。
それに、ホムンクルスや帝国兵さんたちの魔法程度であれば「鬱陶しい」と感じる程度で済んだけれど、俺の身体能力と匹敵する竜の人が魔法も使えるとすると、油断していると盤面を引っ繰り返されるおそれもある。
他にも、景品であるアイリスさんを狙うとは思えないけれど、流れ弾が飛ぶ可能性もあるし、念のため位置取りにも気をつけなければいけない――と、不利は大きい。
戦闘が継続できなくなるようなダメージだけは受けないように気をつけて、当初の予定どおり、間合いを測ることを優先しようか。
ゆっくりと考える間もなく、再び鈎爪で袈裟切りにしようと突っ込んでくる竜の人を、今度は潜り込むように間合いを潰して、当て身からの背負投を放つ。
場合によっては当て身の後に反撃を食らうかと警戒していたけれど、思いのほかスムーズに投げまでいってしまい、何か企んでいるのかと逆に心配になったので、追撃は諦めて仕切り直す。
竜の人は、投げられながらも尻尾と翼でバランスを取って、空中で上手く反転すると、何事もなかったかのように俺の目の前に着地した。
やはり、彼女の身体能力はかなり高い。
耐久力の方も、この程度の当て身では効果なし――村を襲っていたのとか、砦にいた帝国兵さんなら木端微塵になるレベルだったはずだけれど、竜の人には堪えた様子はない。
彼女のスピードから判断した力加減だったのだけれど、ちょっと過小評価していたか、スピード自体がまだまだ本気ではないということか。
マジか。
音速超えの近接戦闘とか勘弁してほしいのだけれど。
至近距離で向かい合う状況から、先に動いたのは竜の人だった。
不十分な態勢からでもとにかく攻撃してくる竜の人に対して、俺はいつもどおり居着かないことを優先する。
戦闘において居着くことは死ぬことと同義である。
それは身体だけでなく心についても同様で、攻めることに囚われた上に虚実すらない竜の人の攻撃では、いくら速くても俺には届かないし、当たらなければ腕力も関係無い。
竜の人が盛大に空振りして、その伸びきった腕を取ると、腰の回転を利用して引き倒してから、脇固を仕掛ける。
物理法則の通じない相手に、打撃戦は危険かと判断しての選択だ。
相手が複数なら居着くことになりかねない絞め技や関節技だけれど、相手がひとりだけならかなり効果的だ。
まあ、相手がひとりだと思い込むこともまた居着きなのだけれど、今の俺には朔のサポートがあるので、ありきたりの不意打ちは効かない。
さておき、竜の人の翼が邪魔で上手く入り込めなかったのと、彼女が今にも倒れそうな不安定な体勢からでも俺ごと空へ舞い上がろうとするので、やむを得ず脇固めを諦めて離脱することになった。
まあ、彼女の怪力なら、重力だとか俺の体重なんてあってないようなものか。
発想は悪くなかったと思うのだけれど、次は重力に頼らない技を仕掛けよう。
近接戦闘では分が悪いと悟ったのか、悠然と宙に浮かび、険しい目で俺を見下ろす竜の人。
もしかすると、離れ際に牽制目的で顔を蹴ったのがお気に召さなかったのかもしれない。
それにしても、本当に飛べるのか。
背中の翼は飾りではなかったらしい。
少し羨ましいけれど、コウモリみたいな翼は可愛くないので要らない。
モフモフだったりするとちょっと迷ったかもしれない。
竜の人は宙に浮いたまま、黒っぽい矢のようなものを連続で飛ばしてきた。
これは魔法――そして、予備動作などが見当たらないことを思うと《無詠唱》というものだろう。
魔法の矢は夜の闇に紛れて見えづらく、そしてかなり速い――とはいえ、雷撃に比べれば止まっているようなものだし、それ以前に目線などで狙いがバレバレだった。
レジストすることもできそうな気もするけれど、あえてせずにギリギリを装って避ける。
詠唱が無くても隙だらけ――居着いてしまっている。
しかも、完全に俺の手が届かない位置から攻撃するのはプライドが許さないのか、空中とはいっても高さは五メートルほど。
投擲なら普通に届くし、十メートルくらいにまで接近できれば、そこから強襲も仕掛けられるだろう。
間合いを理解しておらず、プライドと油断が能力の邪魔をしている。
だったら、誘ってみるのもいいかもしれない――と、折を見て一発当たったように見せかける。
遠くで上がるアイリスさんの悲鳴もいい誘いになる。
大きく前のめりに体勢を崩す振りをする俺に、チャンスとばかりに突っ込んでくる竜の人――をギリギリまで引きつけて下方へ躱し、カウンターで顔面にスコーピオンキックを叩き込む。
「かはっ!?」
これはさすがに少し効いたのか、竜の人の動きが一瞬止まった。
というか、少し効いた程度で済んでいるのがすごい。
反動から推測するに、装甲車でも一発でスクラップにするレベルなのに。
でもまあ、その一瞬があれば充分である。
投げも関節も効き目が薄いなら、泣くまで殴るのみ。
この間合いなら、彼女が奥の手を持っていたとしても封殺できる。
多分。
反作用で距離が開いてしまわないように注意して、攻撃を上下左右に散らして叩き込む。
焦って拳が音速を超えてしまうと俺の体勢まで崩れてしまう。
修正するのも不可能ではないけれど、修正作業自体がただの無駄なので、そこにも注意が必要だ。
一発一発のダメージは大したものではないだろう。
それでも、竜の人の行動を多少なりとも阻害する程度の威力はあるし、積み重ねればいずれは倒せる。
苦し紛れの反撃には、機先を制して潰すか手痛いカウンターを合わせて、強引に逃げようとすれば、隙だらけの急所に強打を叩き込む。
俺のスタミナが尽きるのが先か、竜の人の心身が折れるのが先か。
もっとも、呼吸を卒業している俺はスタミナにも自信があるので、何百日でも続けられるけれど。
なお、何度か朔に取り込めないか試してみたものの、抵抗が強すぎて上手くいきそうな気配がない。
ただ、そのたびに竜の人がビクリと身を竦ませるので、良い感じのフェイントにはなっている。
とにかく、竜の人にはこの状況を打破する技量はなく、こうなってしまえば哀れな操り人形でしかない。
十から先は数えていなかったけれど、かなりの数――3桁を超えるくらいを撃ち込んだところで、こめかみを狙った左フックが軌道を変えて打ち下ろしになった。
竜の人が地面に膝を付いたのだ。
◇◇◇
「お、お主、本当に人間か?」
地面に膝を付いて、息も絶え絶えに失礼なことを口にする竜の人。
人間以外の何に見えるというのか。
33%?
知らないなあ。
さておき、肉体的にはそれほどダメージを負っていなさそうなので、心の方が先に折れたか。
というか、さすがに頑丈すぎだろう。
何を食べて育てばこうなるというのか。
「降参して」
もう少し丁寧な話し方をしたかったのだけれど、今は気合――魔力でいろいろと強化しているので、《翻訳》スキルを無効化している。
なので、さっき奪ったばかりの言語知識での対応となっている。
とはいえ、指輪無しでもヒアリングができるだけでも大した進歩だと思う。
「ククク、ククククク」
突然竜の人が笑い出す。
気でも触れたのか、俺も一緒に笑うべきなのか。
「この儂をここまで虚仮にするとはのう! ――よかろう。儂の本来の姿を見せてやろう!」
どう聞いても負け惜しみ――だと思ったのだけれど、今日という日のクライマックスはこれからだった。
美女の姿が一瞬で失われて、代わりに巨大な竜が出現した。
ねえ、質量保存の法則って知っていますか?