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20 呪いなんてないさ

誤字脱字等修正。

 村人たちの憎悪を一身に受けて、今にも八つ当たりを受けそうな少女に近づいていく。

 味方になってくれる人がいないのか、いたとしても今のこの状況では動けないのか。

 母親くらいは――と、母親も既に(うしな)っているのか?

 村人の話にそんな内容が含まれていたように思う。



 とにかく、少女を放っておけなかったので、父の亡骸の傍で呆然としている彼女の前まで足を運んで、その場でしゃがんで目線を合わせる。


 目を逸らされた。


 怯えられている?


 まあ、覚えていなければよかったのだけれど、目の前で人間を殺すところ――爆発させるところを見せてしまったのでは仕方がないか。


 とにかく、できるだけ優しく聞こえるよう話しかけてみよう。

 ――あ、話しかける内容を考えていなかった。


「大丈夫?」


 少しの間、何と声をかけていいのか悩んだ末、出た言葉は気の利かないものだった。


 考えるまでもなく分かる。家族を喪ったばかりで大丈夫なわけがない。

 一瞬呆けたような表情をした少女は、目に涙と怒りの色を湛えて俺を睨む。


「お父さんが……! 貴女が、もっと、早く、来てくれたら、お父さんは――」

 やり場のない感情が溢れたのは一瞬のことで、少女はすぐに我に返って俯いてしまった。


 この子の父親を助けられなかったことについては、特に後悔などは無い。


 むしろ、彼が生きていれば、なぜあんな無謀な真似をしたのか問い詰めたいくらいだ。

 子供が大事なのは理解できるけれど、自己犠牲など最悪の選択である。

 遺される子供の気持ちを考えていない。


 せめて子供だけでも生き延びてほしいと願う気持ちも分かるけれど、それは親の自己満足であって、子供の幸福に繋がるとは限らないのだ。


 特に、この子の場合は、これから生き地獄になるかもしれない。

 それを知っていて自己犠牲という愚行に出たのであれば、最早親心などではなく裏切りだろう。

 悪意が無ければ許されることではないのだ。

 そんな大の大人が判断を誤ったことまでは、俺の責任ではない。


「ご、ごめんなさい、その……」


 もちろん、そんなことをこの子に話して聞かせるつもりはないし、弁解するつもりもない。

 この子が私を(なじ)って気が晴れるのならそうすればいい。

 というか、そうしてくれた方がよかったのだけれど、これまでよほど抑圧されて生きてきたのか、すぐに冷静さを取り戻してしまった。


 いや、冷静さとは少し違うか?

 諦め?

 よく分からないけれど、自制心がすごい。


「いいよ」

 もちろん、俺にはそんな子供に追い打ちをかけるようなことはできない。


 とりあえず、怒りでも悲しみでも吐き出させた方がいいかと思って、優しく頭に手を乗せて撫でてあげると泣き出してしまったので、彼女が落ち着くまでずっと頭を胸に抱いて撫で続けた。

 彼女に子供らしいところが残っていて、少しだけ安心した。


 こんなに小さな子供が、父親以外のみんなに嫌われていて、その父親もいなくなったというのに、泣くことすら我慢しなければならないというのはどんな地獄か。


 俺にも似たようなところはあるけれど、妹たちがいたおかげで救われた。

 しかし、この子には何もなくなってしまった。


 大人であれば自力で乗り越えるべきことなのだけれど――さて、どうしたものか。


◇◇◇


「落ち着いた?」

 泣くだけ泣いて、ようやく泣き止んだ少女の顔を、清潔な布で拭きながら尋ねる。


 ここまでそれなりに時間はあったものの、これといったアイデアは湧いてこなかった。

 気合とアドリブで乗り切るしかない。


「ご、ごめんなさい……。あ、あの、血が」


 少しばかり落ち着きを取り戻した少女が、俺が返り血を浴びていることに気づいたようだ。


 俺が怪我をしていると思ったのだろうかか、見ているこっちが気の毒に思えるくらいに慌てている。


 もちろん、俺は怪我などしていない。

 そもそも、返り血だってほとんど流れ落ちているので、彼女が少々大袈裟に慌てているだけだ。

 ……いくら俺のお肌がスベスベで水を弾くとはいっても、粘度の高すぎる物までは弾けなかったようだ。

 というか、やたらと血液がドロドロだった人が多かったのだけれど、この世界の生活習慣によるものなのか、個人的なものなのか、はたまた執念でも籠っているのか。

 とにかく、もう少し健康に気を配った方がいいと思う。

 まあ、もう死んでいるけれど。


 さておき、帝国兵さんのレベルに合わせた力加減のコツを掴むまでは、手刀部分だけなく、服の中にまで浴びてしまった。

 ほとんどは俺のすべすべのお肌に弾かれて流れ落ちているものの、浴びたという事実が少し気持ち悪い。


 ついでに、少女を抱きしめた時に、彼女の鼻水とか父親の血とかも付けられたけれど、こちらは気持ち悪くても顔や態度に出してはいけないものだ。


「怪我はしていないから大丈夫だよ。でも、心配してくれてありがとう。優しいんだね」


 少女は少しキョトンとしてから、猛烈に照れた。

 褒められ慣れていないのかもしれない。


 ちなみに、俺も褒められ慣れていない。

 呆れられるのには慣れているけれど。


「あの、汚れを、落としますか?」


「うん? じゃあ、お願いしようかな?」


 照れ隠しなのだろうか。何のことかよく分からなかったけれど、せっかくなので好きにさせる――と、彼女は何やら詠唱して、魔法を発動させた。


 すると、俺の身体が光に包まれ――ることなく、レジストしてしまった。

 空気読めよ。


「ごめんね、お兄さんは魔法が効きにくい体質なんだ。でも、その歳で魔法が使えるなんてすごいね」


「え、あの、え? ――お兄さん!?」


 照れ過ぎて真っ赤になっている。

 やはり他人に褒められ慣れていないのか。

 というか、疑問に思うのはそこなのか。


「お兄さんの名前はユーリっていうんだ。えーと、貴女の名前を教えてくれるかな?」


「あの、【リリー】、です」


「リリーか、良い名前だね」


 今更だけれど、ずっとリリーを立たせたままなのが気になったので、朔から椅子代わりの輪切りの丸太を取り出して、そこに俺が腰掛けて、リリーを膝の上に乗せる。

 そこまで幼いわけでもないので嫌がられるかと思ったけれど、頭から湯気が出そうなほど照れているだけだった。


 セクハラとかパワハラとか事案発生じゃないよね?



「あの、リリーが嫌じゃないんですか?」

 オーバーヒートから回復したリリーが、恐る恐るといった感じで尋ねてきた。


「なぜ? ――ああ、そういえば、リリーは呪われているんだって?」

 照れて赤くなっていた顔が、一瞬で青くなった。

 それだけ触れられたくなかった話題なのだろう。


「はは、奇遇だね。お兄さんも呪われているんだ。お揃いだね」

 軽い感じで笑いながら、他の人にも聞こえるように言ってやる。


「リリーの呪いはどんなのかな? お兄さんのは、システムに無視されていて、レベルが上げられなかったり、道具が使えなかったりするのだけれど」


「わ、私といると、みんな不幸になる……」


「そうなの?」


「お父さんも、お母さんも、それに村の人たちも――」


「他にも襲われた村があるけれど、そこは誰も助からなかったみたいだよ?」

 この手の話は理屈ではないので、こんなことで納得させられるとは思わない。

 現に、遠巻きに聞き耳を立てている村人さんたちの悪感情は消えていないように思える。


「リリーが本当に呪われているなら、お兄さんももうひと頑張りしないといけないのかな?」

 そんな彼らに向けて、含みを持たせて言ってやる。

 こちらの様子を窺っていた村人さんたちが、クモの子を散らすように離れていった。


「お兄さんが呪われいてるのは事実なのだけれど、他人の言うことを鵜呑みにしていたら、お兄さんは人殺しの化け物だよ?」

 今日やったことを考えれば、半分くらい当たっている。


 しかし、それはそれ、これはこれだ。

 自分が何者かは、自分が決めるのだ。


「リリーにはお兄さんが化け物に見える?」

 俺がそう尋ねると、リリーは勢いよく首を横に振って否定してくれた。

 肯定されたらどうしようかと思っていたのでホッとした。


「お兄さんの目にも、リリーはただの可愛い女の子にしか見えないから大丈夫だよ。お兄さんのことが信じられないなら、あそこにいる綺麗なお姉さんに見てもらえば、きっと呪われていないって分かるよ」

 俺の言葉だけでは説得力に欠けるので、無断でアイリスさんを巻き込む。


 聖職者である彼女なら、もっと上手く慰めてくれるのではないだろうか。

 《鑑定》スキルもあるしね。


 とはいえ、今は忙しそうに走り回っている彼女の手を煩わすようなことはできない。


「少なくともお兄さんは、リリーが良い子だって知っているよ」

 できるだけ優しく、慰めるつもりで言ったのだけれど、リリーはまたもや泣き出してしまった。

 何か間違えたか――よく分からないけれど、とにかく黙って頭を撫で続けるしかなかった。


◇◇◇


 日が少し傾き始めた頃、全ての遺体が並べ終えられた。


 もちろん、そこには帝国兵さんの遺体も交じっている。

 命を奪ったことに対する罪悪感は全く無いけれど、ほぼ無抵抗な相手を蹂躙した後味の悪さはある。


 それは、無抵抗の村人さんを殺した帝国兵さんにも、俺が無力化した帝国兵さんを嬲り殺しにした村人さんにもいえることなのだけれど、一方的な加害者は俺だけだ。


 村人さんが復讐に走らなかったり、リリーのことを聞かなければ多少はマシだったかもしれないものの、仮定の話をしても意味が無い。


 目的のために最善を尽くしたつもりだけれど、どうにもモヤモヤした気持ちの悪さが残る。

 まあ、俺は過去を引き摺らない男なので、一晩寝ればスッキリすると思うけれど。



 犠牲者の縁者たちが、犠牲者との別れを済ませると、アイリスさんが弔いの句を唱え始めた。


 これで迷える魂や瘴気を浄化して、ゾンビの発生を防ぐ――というより、迷える魂に安らぎを与えて、あるべきところに帰すのだという。

 宗教観とか細かいことは分からないけれど、まるで謡うようなアイリスさんの声を聴いていると、俺も癒されているような気がする。



 しばらくしてアイリスさんの歌が終わると、リリーと一緒に彼女の父親の埋葬をして、ひとまずの区切りがついた。


 リリーはその後、泣き疲れたのかすぐに眠ってしまったけれど、それでも俺にしがみつくようにして離れようとしない。

 彼女の今後のことを考えると、むしろ大変なのはこれからだろう。


◇◇◇


 今後の方針を、狐人族の代表者さんやクリスさんも交えて話し合う。


 まず、今回の救援はあくまで偶然のもので、村の人たちが今後どうするのかは彼ら自身に任せることになった。


 もちろん、これに異論を唱えられる人はいない。


 アイリスさんが管理や統治するわけでもないし、狐人族の人たちもそんなことは受け容れられないだろうし、元凶を排除することもできない。


 とはいえ、村の代表者さんはそれを当然のことだと思っていたようで、早速村人たちと相談をしに行った。

 代表者さん、参加する意味あったのかな?



 こちらの今日の成果は、帝国が亜人さんの村を襲っていた事実を確認しただけ。

 肝心のその目的などは不明のままだ。


 生き残った帝国兵さんは末端のいち兵士でしかなく、当然、問題の核心に迫るような情報を持っていなかった。

 ただ、彼はそれでは殺されると思ったのか、知っている限りのことを必死に話してくれた。


 それによると、帝国による亜人狩りは常時行っているわけではなく、半年に一度くらいのペースで訪れる大輸送部隊の到着に合わせて行われるらしい。


 砦は基本的に魔物との戦いの最前線であって、決して亜人を集めるための施設ではないのだとか。

 むしろ、彼らの主な仕事は砦周辺の治安維持と、新しい砦を構築するための準備や作業であって、その活動のついでに亜人の村の位置や人口を調査していて、ある程度の規模になっていれば亜人狩りを行っていたそうだ。


 今回はちょうど収穫のタイミングだっただけで、そもそも、帝国が関与しなくても魔物被害や疫病などで滅ぶ村があることを考えれば、その程度は問題にはならない――というのが彼らの弁だ。


 彼らにはとりあえず彼らの持ってきた首輪を付けて、村の奴隷扱いにしたものの、亜人さんを見下している節のある彼らは、そのうち殺されてしまう気がする。




 さておき、今回の遠征は、終了条件がはっきりしていない。


 クリスさんによると、帝国が亜人狩りをしているのはこの森だけではないし、この森でどこまでやっても根本的解決にはならないのだ。


 最早、個人の力でどうこうできるレベルの案件ではない。


 そもそも、アイリスさんの本当の目的を知らないので、こちらからは何の提案のしようもない。


 それでも、アイリスさんの希望で、もう少し何かできないかを考えることになった。



 ひとつ目の案は、村人さんの力も借りて、他の村とも協力して防衛する、若しくは帝国の手の及ばない遠くに逃げるように勧めるというもの。

 ケイトさんの案だったのだけれど、思いつきで口に出したのか、俺でも分かるくらいに問題が多かった。


 パッと思いつくだけでも、協力できるだけの拠点の構築や、食糧事情をどうするのか。


 そもそも、村が分散しているのは、それぞれが充分な食料を確保できるように距離を置いているという縄張り的な意味合いが強いので、食糧事情などを改善しない限りは合併などできないらしい。


 ケイトさんは、合併すれば縄張りの広さは変わらないとなおも主張したものの、ひとつの拠点で広大な縄張りを管理するとか、探索するのは負担が大きすぎると論破された。


 なお、論破したのはキースさんだ。

 文句を言うことしか能が無いのかと思っていたけれど、こういう時に役に立つのかと感心した。


 キースさんの反論は更に続いた。


「逃げるにしてもどこに? どこまで? いつまで? 当然、王国や賢者様の所で堂々と受け容れるわけにはいかないのは分かるな? 定住せずに充分な食料を得られるのか? それに、移動したところで他の集落の縄張りにもかかわってくる。はあ……、少し考えれば分かるだろう?」

 言い方。


 仲間なのだから、もう少し仲良くやればいいのに。

 とはいえ、どう考えても、亜人さんたちだけでやれることには限度があるという意味では同感だ。


 

「戻りましょう。これ以上は我々がすべきことではありません。国と教会に報告して判断を仰ぎましょう」

 勢いの止まらないキースさんが発言する。

 彼のことは正直嫌いだけれど、言っていることは正論だと思う。


「ですが、せめてもう少しだけでも何かできることはないでしょうか?」


「でしたら、帝国に奪われる前に、亜人共を皆殺しにでもしますか?」

 アイリスさんの提案に、少し苛ついた感じで答えるキースさん。


「キース、貴様!」

 ハゲ――カインさんが大きな声でキースさんを諫める。


「それは私が許しません」

 更にアイリスさんが断じる。


<それも短期的には解のひとつではあるね。しかし、長期的に見ると遺恨を残す悪手なのだよ。根絶までやるのなら別だが、それでは君たちは魔物と変わらないのだよ>

 クリスさんも、理由までつけて非難していた。


「世界の危機であるなら、多少の犠牲はやむを得ないのでは?」


「その皆殺しっていうのは誰がやるんでしょう? 俺にやらせるつもりですか? やれと言うならやってもいいけれど、その前に、貴方の言う「世界のためにやむを得ない犠牲」という覚悟は見せてもらいますよ」

 なおも食い下がるキースさんに、淡々と覚悟のほどを問うてみる。


 果たして彼は、世界のために自分を犠牲にできるのだろうか。

 まあ、俺に勝つという可能性も――いや、それができるなら自分でやるか。


「―――っ!?」

 キースさんの表情が凍りついて、額から滝のような汗を流しながら言葉に詰まった。

 やはり駄目っぽい。

 他人を犠牲にするのに、自分もそうならないと思っていたのかな?

 それにしてもビビりすぎだろう。


<世界など人があってこそではないのかね>

 正論と言えば正論なのだけれど、クリスさんらしくない言い草だ。

 話がどこに向かっているのかがさっぱり分からない。



「世界を救うなんて烏滸がましいけれど――ちょっと砦でも襲ってみましょうか。これも根本的な解決には程遠いとはいえ、適当に破壊しておけば、そこそこいい時間稼ぎになるんじゃないでしょうか?」

 正論だけでは世界は回らない。

 それなら適当に落としどころを作ってしまえばいい。

 砦を破壊してしまえば、しばらくはこの近辺での活動は難しくなるだろうし、他の砦の運用にも影響が出るかもしれない。


 あれ? 思いつきで言った割には良くない?



「「「……」」」

 おかしい。

 ナイスアイデアだと思ったのに、場が凍ってしまった。


<ははは。ユーリ君は愉快だね。まあ、気をつけて行ってきたまえ>

 クリスさんは楽しそうに笑っている。


 さっきの中途半端な展開は、俺にポイントを稼がせるための布石だったのだろうか?

 それは俺を買い被りすぎだと思う。


「その、ユーリさんが強いのは理解していますが、さすがにその……」

 アイリスさんが言い淀む。

 まあ、確かに確実性を保障する担保なんて何も無いけれど。


「無理そうなら素直に逃げます。そうですね、夜明けまでに私が戻らなければ、撤退ということでどうでしょう? あ、この子の面倒、お願いしてもいいですか?」

 返事を待たず、リリーをミントさんに押しつける。


 今、この子をひとりにするのは忍びない。

 ここで言い争っていても埒が明かないし、制止される前に行動に移そう。


◇◇◇


――第三者視点――

「行ってしまいましたね……」


 残された者たちは、ユーリが飛び出してからしばらくの間無言だったが、アイリスの漏らした言葉でようやく我に返った。

 あまりに荒唐無稽な提案をする非常識な存在に、今でも状況が理解できない。


「彼が強いのは理解しました。――いえ、レベル50では済まないような異常な強さでした。ですが、砦をひとりで落とすなど、普通は勇者様や英雄殿でも不可能ですよ!?」


 クレアの言うとおり、この世界の砦とは、強大な魔物を食い止めるための施設でもあり、現代風に表現すると要塞といった方が近いものだ。

 魔法とは比べ物にならない長射程の兵器や、大型の魔物――竜などに対抗するための高威力兵器も備えており、それらがハリネズミの針のように砦の周囲に向けられているのが普通なのだ。

 普通なら、個人で攻略することなど不可能である。


「普通に考えればそうなのですが……。ユーリさんほど普通という言葉が似合わない人はいませんよね。もしかすると、私たちの知らない奥の手を持っている可能性も……」


「確かに。砲弾のように飛び出す人ならいますが、実際に砲弾のように着弾した人は初めて見ましたね……」


「あれだけの耐久力があるのなら、砦の砲撃にも耐えられる――わけがないか」

 常識的に考えれば、個人がいくら強くても、正攻法で砦をどうこうできるはずなどないのだが、アイリスたちは、それでもユーリならあるいはと思ってしまう。


 帝国兵との戦闘――蹂躙は、遠く離れていた彼らですら、血飛沫を上げて倒れていく帝国兵を目で追うだけで精一杯だった。


 瞬きひとつする間に、ひとつ、ふたつと血の花が咲く。


 アイリス以外の者たちも、ここまでくると、ユーリのステータスが偽装であることには薄々気づいている。

 レベル50程度――それでも彼らからすれば雲の上の存在だが、近いレベルの騎士団長にもそんな動きはできない。


「彼も莫迦ではない。無理そうなら逃げると言っていたし、夜明けまで待つしかなかろう」


「案外、その辺りで時間を潰しているだけかも――いや、そう考えた方が納得がいく」


 常識的に考えれば、キースの意見が一番納得できるものだろう。

 砦とは、たとえレベルが100あっても、力尽くでは攻略できないというのが常識なのだ。

 例外として、王国の誇る英雄が単身で砦を攻略したが、それは地理的な要因や敵国の油断など、様々な幸運に恵まれて無力化に成功しただけで、正面から叩き潰したわけでも、近所に買い物にでも行くような感じで日帰りで達成したわけでもない。


「それはないだろうな。彼は策を弄するタイプではない。他人の話を素直に聞く謙虚さも持っているし、自分のすべきことを考える思慮深さもある」

 カインはそこで話を切って考え込む。

 表立って反論がないのは、多くの者が彼の見解と一致していたからだろう。


 その例外のひとりがアイリスで、ユーリは他人の話を聞いていないことが少なくないと察している。


「ありがちな英雄願望では? 王国の英雄殿が少人数で砦を攻略したのも有名な話ですし、それに対抗しているのでは?」

 キースはどうにもユーリの存在が気に食わず、とにかく否定的な見方になっている。

 むしろ、彼のユーリに対する態度はまずは否定ありきで、理由などは全て後付けだった。


「いや、そんな感じには見えない――私たちの挑発にも全く乗ってこなかったし、道中でも魔物との戦闘には参加しなかった」


「しかし、帝国兵相手には――」


「それこそ役割どおりだろう。それともまさか、アイリス様の警護を彼に任せて、我々が戦うべきだったと?」


「そうなっていれば、みんなで仲良くあの世にいるか、帝国の奴らに捕まって拷問の順番待ちでしょうか。命拾いしましたね」


 それに対してクレア、ケイトの両名は、ユーリを完全には信用していないものの、事実は正しく認識するように努めていた。


「彼も基本的に脳筋だ。ただし、頭の回転は恐ろしく速い――が、我々とは判断基準が違う――いや、価値観から違うのだろうか。とにかく、前提となる考え方が違うのと、恐らく常識などがごっそり欠けているので、我々には理解できないところが多分にあるのだろう」


 ユーリを表現する言葉がまとまったのか、カインが再び口を開く。

 そして、その評価は全員にとって非常に納得できるものだった。


「打算は見え隠れしてますが、悪意は無いのでしょう。結果を考えると、諸手を挙げて『それでよし』とはなりませんが、無理を通そうとした私の責任ですね」


 アイリスがユーリの行動を総括し、自身の責任であると明言したことで――当然反論は出たが、アイリスが地位でゴリ押しして、この話題は終わりになった。



「だが、今後どうなるかの予測ができん。各自、装備はそのままで有事に備えろ。夜明けまで待って戻らなければ撤退する。――アイリス様、よろしいですね?」


「はい。それが妥当なところでしょうね」


「「「――はっ!」」」

 常識的に考えればカインの指示は妥当なものだ。


 ユーリがいなければこれ以上の調査は難しいが、頼り切ってしまうのもまずい。

 本当に砦の攻略を試み、失敗された場合――死んでしまった場合はまだマシだが、捕まって情報が漏れたりすれば大問題なのだ。


 もっとも、成功すれば成功したで問題なのだが、失敗に備えての準備――まずは自分たちの死体を偽装して時間を稼ぎ、ほとぼりが冷めるまでどこかに身を隠さなければならない。


 ようやく今日が終わると思っていた騎士たちは、ここにはいないユーリに「お前の体力と一緒にするな」と愚痴を零しつつ、重い身体に鞭打って動き出す。

 状況が動き出してしまった以上、それ以外の選択肢が無かったのだ。


 そうして彼らの長い夜が始まった。

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