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19 亜人狩り

誤字脱字等修正。

――ユーリ視点――

 少しばかり遅かったようだ。


 村を一望できる高台の上に到着した時には、既に帝国兵さんが村に侵入している様子が見て取れた。


 村までは残り一キロメートルほど。

 単純な視力も良い俺には、この位置からでも状況がよく見える。


 揃って黒塗りの全身鎧に身を包んだ帝国兵らしき人たちは、兵士というより、ひと昔前の反社会的勢力の構成員といった表現の方がしっくりくる。

 何といってもゴクドー帝国だし。


 一方、村人さんの方は、頭の上に大きな三角形の耳と、これまた大きな尻尾が特徴的な、犬っぽい亜人さんである。

 緊急時でなければ、尻尾をモフってみたかった。



 帝国兵さんは、村にある2箇所の出入り口を、それぞれ6人ずつで占拠――というか、今は封鎖していて、脱出を試みた村人さんたちを片っ端から殺している。


 どうやら、報告にあったように、誰ひとりとして逃がさないつもりらしい。


 現在村の外に出ている村人さんはどうするのか――という疑問はあるけれど、それは俺が考えることではない。


 とにかく、運悪く居合わせた村人さんたちにとっては、魔物の侵入を防ぐための高い塀が仇になっている。


 何とか壁を登って逃げようとする村人さんもいたけれど、その人たちは、高見櫓を占拠している狙撃兵さんによって撃ち落とされていた。



 クリスさんから聞かされていた以上に、村人さんが兵士さんに抵抗できていない。


 能力的に、村人さんの方は俺の知っている一般人と大差ないように見える。


 対する帝国兵さんの方は、軍人と一般人の差というだけでは説明がつかない身体能力や魔法のようなもので、村人さんたちを追い詰めていく。


 帝国兵さんたちの武器や鎧の重さを感じさせない機動力は、身軽なはずの村人さんより遥かに高い。

 慢心している感じの帝国兵さんが、かなり舐めたやり方をしていても、まるで相手になっていない。


 一部では、団結して数の力を頼りに向かっていった村人さんの集団もいたけれど、少数の帝国兵さんにまるで子供をあしらうように蹴散らされて、甚振られていた。

 村人さんの中にも腕に覚えのある人もいたのかもしれないけれど、少々強い程度では、彼らを喜ばせる玩具にしかならないようだ。


 これがレベル――システムのサポートか。

 そして、「レベルを上げて物理で殴る」とはこういうことか。


 弱者が強者と戦うためのシステムが、強者が弱者を蹂躙するのを助長するものにもなっている。

 恐らく、製作者の意図とは違うと思うのだけれど、だからといって笑えるものではない。


 他人が生きようが死のうが興味無いと思っていたけれど、こういう現場を実際に目にすると、あまり面白いものではない。



 門を占拠している部隊以外の帝国兵さんは、村の中央にある広場に、恐らく隊長格を含む3人。

 村の各所にある高見櫓にそれぞれ単独で陣取っている狙撃兵さんが3人。

 残りは、三人一組(スリーマンセル)の隊が4つで、逃げ回っていたり隠れている村人さんを捜して巡回しているようだ。


 抵抗する村人さんは半殺しに、村から逃げ出そうとすると殺されて、捕まった人は首輪のようなものを付けられて、中央の広場に集められている。



 考えるのは後にして、アイリスさんと騎士さんたちを地面に降ろすと、彼らから預かっていた荷物を朔から取り出して返却する。


 帝国兵さんがいくら遊んでいるからといっても、悠長に構えていては村の制圧を終えられてしまう。


 俺ならそこからでも奪還はできると思うけれど、アイリスさんが無理だと感じてしまうと、その機会も無くなってしまう。

 そうでなくても、下手をすると、救えるはずの命を救わなかったなどと難癖をつけられる可能性もある。

 主にキースさん辺りから。


 俺から降りた騎士さんたちは、悲壮な決意を固めて、素早くアイリスさんの周りを固めていた。

 こんな間合いの遥か外から緊張してどうするというのか。

 安全地帯だと判断したから降ろしたんだよ?


 まあ、俺には騎士さんたちと帝国兵さんの実力差が分からない――というか、相対すると村人さんと帝国兵さんの差も分からないと思うので、一概に非難もできないけれど。


 今は俯瞰で村人さんと帝国兵さんを比較しているから差が認識できているだけで、俺を基準にすると、「どっちも手加減が難しそうだ」としか思わないだろう。


 とにかく、騎士さんたちと帝国兵さんの能力が同程度だとすると、数的不利も甚だしく、彼らでは村人さんの救助は不可能なのだろう。


 そもそも、彼らの役目はアイリスさんの護衛だ。

 アイリスさんを危険と分かっていることに突っ込ませるのは本末転倒で、彼らが村人さんの救出に向かう意味が無い。


 まあ、ここで守りを固める意味もあまりないような気がするけれど――ああ、立場的にそういうポーズが必要なのかもしれないと、好意的に解釈しておこう。



「どうしますか?」

 一応、この隊の責任者であるアイリスさんに指示を仰ぐ。


 個人的には面白い光景ではないけれど、どのみち助けた後の面倒までは見られないので、今ここで介入することは、問題の根本的な解決にはならない。


 もちろん、それはそれで一定の成果だと思うのだけれど、はてさて、アイリスさんはどう判断するか。



「どうにか――できるのですか?」


「はい」


 恐らく問題は無いとは思うのだけれど、帝国兵さんの実力があれで全てなのかまでは分からない。

 《鑑定》スキルや、見ただけで相手の力量を見抜く観察眼でもあれば分かるのかもしれないけれど、あいにくとそんな便利なものは持っていない。

 精々、パワーやスピードと比較して、身体の使い方が雑だなーと思うくらい。


 というか、漫画やアニメを実写化したかのような――しかも出来の悪いものを見て、何をどう判断しろというのか。


 頼みのアイリスさんの《鑑定》スキルも、ここからでは遠すぎて不可能だそうだし。

 というか、アイリスさんたちのスキルとか魔法の射程は、精々百メートル程度なのだとか。

 魔法とは、思っていたよりもスケールが小さいものなのかもしれない。


 まあ、教えてくれたのが自称大魔法使いのセイラさんだし、いい格好をしようとちょっと盛ってしまったのかもしれない。


 とにかく、そう答えなければ話が進まないし、最悪でも本気を出せばどうにかなりそうな気がする。

 それで駄目だったときは全滅するだけなので、それはそれで問題無い。


「――では、お願いします。彼ら――村の人たちを救ってください」

 アイリスさんは一瞬の逡巡の後、強い意志を込めてそう言った。


「はい。では、カインさんたちは、ここでアイリス様の警護をお願いします」

 アイリスさんの決意を聞いて、悲愴な顔になって覚悟を決めていた騎士さんたちにそう言い残して、何かを言われる前に駆け出す。


 彼らが来ても大して役に立たない――むしろ、足手まといになるだろうし。


◇◇◇


 ここから手近なのは村の裏門。


 なぜ裏門だと分かったか?

 もうひとつの門の方が大きいからだよ。


 そんなどうでもいい洞察はさておき、俺にとっては十メートル程度の壁なんて在って無いようなものなので、別に門から入る必要はない。

 それでも、ここにいる全帝国兵さんを制圧することを考えれば、門から門へ、端から端へ進んだ方が効率的なように思う。


 それに、そこではひとりの村人さんが、今正に帝国兵に斬り殺されているところだった。

 いや、俺は死亡確認ができる立場にないので、今のところは生死不明か。


 そこにもうひとり、その崩れ落ちる生死不明の村人さんに縋りつこうとする亜人の子供が――親子だろうか?

 彼は子供だけでも逃がそうと、数的にも質的にも不利な所を突破しようとしたのか?

 そんな無茶な。


 などと考えていると、帝国兵さんのひとりが剣を構えて、子供の方へ歩いて――まさか、子供まで斬ろうとしているのか?


 それはさせない。

 既に斬られた人たちは不幸だと思うけれど、大人には自己責任の面もある。

 彼らにとっては降って湧いたような不幸化もしれないけれど、そんなことにも対策を用意しておくのが大人の責任というものだろう。

 まあ、コストやら何やらと、(しがらみ)もあるとは思うけれど。


 しかし、子供に罪は無いはず――いや、罪とか理由があればいいということではないけれど、俺が目の前で殺されようとしている子供を見過ごすような大人にはなりたくないので救出する。



 とはいえ、残り五百メートルほどを、気づかれないように走っていてはさすがにギリギリ間に合わない。


 両足に力を籠めて、一気に地面を蹴って、大きく飛び出す。


 地面が爆発したように弾けて――実際に大爆発を起こして、俺の身体も弾丸のように加速する。

 身体が音速を超えたためか、盛大に衝撃波が発生して、通過線上にあるあれこれを吹き飛ばして、空気抵抗のせいで微妙に進行方向がブレる。


 効率的にはかなり微妙にはなるけれど、障害物の多い下り坂であることや、残りの距離を考えればこれが一番早いように思う。


 できれば奇襲から、そのまま最後のひとりまで暗殺で済ませたかったところだけれど、子供の命に代えられるものでもないので諦めよう。



 遠方で起きた突然の爆発に驚いた帝国兵さんは、振り下ろそうとしていた剣を止めて、反射的に爆発のした方向へ向けて防御姿勢を取った。


 しかし、音より速く飛んできた俺は、既に彼らから少し離れたところに着地――というか、着弾している。


 俺はというと、さすがに受け身だけでは着弾の勢いを殺しきれなかったので、大きくバウンドして宙を舞っていたのだけれど、彼らの動体視力では俺の飛来を視認できていない。

 それどころか、まだ着弾にも反応できていないほど、反応速度も遅い。


 やはり、能力は大したことはなさそうだ――と、落下しながら、着弾の際に地面を砕いたことで巻き上げられていた石を、両手にひとつずつ掴む。

 それを、片方を剣を振り上げていた帝国兵さんに向けて、もう片方を反作用を打ち消すべく逆方向に投擲する。


 石は見事に帝国兵さんの剣を持つ手に当たって、腕ごと剣を吹き飛ばした。

 もうひとつはどこに行ったか分からない。

 無関係の人などに当たっていないことを祈ろう。


 というか、空中からの投擲なので、大した威力は出ないと思っていたのだけれど、思った以上に威力が出たのでちょっとびっくりした。



 今度はバウンドすることなく着地して、ようやく近い方の爆発にも反応した帝国兵さんたちと向かい合う。


「な、何事――」

「う、うわあーーー!?」


 帝国兵さんのひとりが誰何しようとした声が、腕を失った仲間の悲鳴に掻き消されて、反射的にそちらへ注意が集まる。


 俺は、彼らの意識が逸れた一瞬の隙に超高速摺り足で接近すると、一番近くにいた帝国兵さんの胴体に中段突きを入れる。


 特段の抵抗もなく鎧がひしゃげる。

 そのまま胴体も潰れる。

 結果として、人体が割れた水風船のように破裂して、鎧の隙間や体中の穴からいろいろ吹き出して血煙を上げると、一拍遅れて吹き飛んでいった。


 やだ、キモい。

 また力加減を間違ったか?


 というか、レベルが上がれば硬くなるんじゃなかったのか?

 彼のレベルがいくつなのか知らないけれど。まさか、硬くなってこれ?

 正直なところ、差が分からない。


 グロテスクなものが苦手な俺にはかなりきつい惨状だけれど、いろいろと考えるのは後にするべきだろう。


 とはいえ、この方法はまずい。俺の精神衛生的に。


 いまだに仲間の死も理解できていない、俺の動きを目で追うこともできない帝国兵さんの首を、手刀で刎ねる。

 やはり断面がキモいけれど、潰れて飛び散るよりはかなりマシだ。


 方向性が決まれば、後は戦闘というよりは作業という感じで、ひとりずつ首を斬り落としていく。

 死角から死角へ陣取り続けていることもあるけれど、この程度だと本当に一般人との差が分からない。


 なお、最後のひとりだけ、ふとした思いつきで、時代劇でやるような首を折って息の根を止めるのを試してみたのだけれど、掴む力加減を誤って、見事に頭が爆発した。

 泣きたい。


 気合――魔力を入れれば力加減が難しく、入れなければ貫通力や切断力が失われるので、物理法則の壁が立ち塞がる。

 それを乗り越えようとすると、力を余分に籠めることになって、本末転倒になる。


 俺にどうしろと?

 石でも投げるか?

 でも、破片で近くの村人さんも死にそうだしなあ。


 頑張って克服するしかないのだろうか。

 慣れるのも何だか嫌だなあ。



 さておき、やはり命を奪ったことに罪悪感は無い。

 死はただの結果でしかない――とはいえ、ここまで弱いのをわざわざ殺すことも愉快なものではない。


 などと考えながら、裏門の異変に気づいた狙撃兵さんに、裏門にいた帝国兵さんから奪った武器を投擲して沈黙させる。

 櫓ごと盛大に破壊しているので、沈黙というか、かなりの騒音を出しているけれど。

 当然、他の帝国兵さんにも気づかれたはずだ。


 とにかく、亜人の子供は無事なようでひと安心だけれど、保護するのは後にしよう。

 その判断の際にその子と目が合ったけれど、そこには何の感情も感じられなかった。

 というか、俺のことを認識していないような感じだった。


 父親と思わしき人の死だとか、帝国兵さんが破裂したりだとか、その辺りに転がっている生首とか、子供でなくてもショックだろうし、これ以上ショッキングな光景を見せる必要も無い。



「朔、お願い」

『オッケー』

 同化はしない範囲で朔に探知能力を使ってもらって、状況を把握する。

 100メートル程度では全体を把握することはできないけれど、無いよりは遥かにマシだし、俺の視覚や聴覚などと組み合わせれば、カバーできる範囲は格段に広がる。


 とにかく、アイリスさんたちに見られていることも考慮して、必要以上に手の内は見せない方向で頑張ろう。


『いっそ、ボクがやる?』


「いや、俺がやる」

 少し考えたけれど、人任せにすることではないだろう。

 きっと朔にやってもらった方が楽だし早いと思うけれど、アイリスさんたちに、俺の影が人食いだと思われても困るし。



 朔のガイドを頼りに、手近なところから順に攻略していく。

 村人さんを相手に狩りを楽しんでいた帝国兵さんも、俺を相手には狩りどころか逃げることさえできない。


 もしかすると、死んだことにさえ気づいていないかもしれない。

 むしろ、その方が幸せなのかもしれない。



 なお、後で尋問しようと、わざわざ手足を砕いて無力化して放置していた帝国兵さんは、ちょっと目を離した隙に、復讐に燃える村人さんの手によって嬲り殺しにされていた。


 レベル差が仇になったのか、楽に死ねなかったようだけれど、それはもう皮肉としかいえない。


 とはいえ、最初は無力化できれば生死はどちらでもいいと思っていたし、彼らの自業自得でもあるのだけれど、こんなものを見てしまうと、自分が何をやっているのか分からなくなる。


 いっそ村人さんも無力化しておくべきかと本気で考えたものの、アイリスさんたちの手前、問題行動は控えるべきだろう。



 狙撃兵さん全員と、巡回していた3組9人を無力化した時点で、残りは入り口を封鎖している6人と、中央に集結している6人のみ。


 もう危険はないだろう――むしろ、分断されている状況の方が怖いので、アイリスさんたちにこちらへ向かうように合図を出してから、村の中央へ向かう。



 そこでは、正体不明の敵の襲撃を警戒したのか、村人さんを人質に、若しくは人間の盾としている帝国兵さんたちの姿があった。


 そこへ姿を晒して堂々と近づいていく。

 もちろん、「撃て! 撃てー!」とのかけ声と共に、魔法やら矢やら罵詈雑言やらいろいろと飛んでくるけれど、そんなもので俺は止まらない。


 なお、一番効いたのは、「メスガキ」呼ばわりされたことだ。

 何も分かっていない貴方に、何を分からせられるというのか。



「化け物が――止まれ! 貴様、何者だ? 我々の仲間をどうした? ――おい、止まれ! 止まれと言っている! こいつらがどうなってもいいのか!?」


 彼は何を言っているのだろう?

 俺とは何の縁も所縁(ゆかり)もない村人さんのために、俺が足を止めなければならない理由など無いのだけれど?


 そもそも、足を止めればそれが有効な手段だと勘違いして、更に調子に乗られるのは目に見えている。

 泣きそうな顔になっている――というか、滅茶苦茶泣いている村人さんには残念なことだけれど、せめて貴方たちの死は無駄にしないように頑張るよ。


 それでもまあ、助けられるなら助けた方が問題が少なくなるのも事実だろう。

 射線が取れていれば帝国兵さんから奪った武器でも投げつけてやろうと思ったものの、さすがにそこまでは甘くないようなので、淡々と歩を進める。


「と、止まれ! 武器を捨てろ! 貴様、誰を敵に回しているのか――」

 必要以上に焦っている帝国兵さんの希望どおり、何の役にも立たない武器をこれ見よがしに上空に投げ捨てて、彼らがそれに気を取られた一瞬に、高速摺り足で接近する。


 全然反応できていないし、一気に飛び込んでもよかったかなとは思うものの、どこで誰が見ているかもわからないし、可能な限り基本を疎かにするべきではない。


 もう少し実力が伯仲している相手なら、もっと駆け引きが必要になると思う。

 ただ、幸か不幸か、そういう相手には出会ったことがないので、いざというときに困らないように、努力は欠かしてはいけないのだ。


 とにかく、反応も判断もできない帝国兵さんたちを、流れ作業的に無力化していく。

 そして、隊長格の男の人だけは、殺さないように細心の注意を払って両足を潰した。


「あ? あ、ああっ、あーーーーーー!!」

 立っていることができなくなった彼は、当然地面に崩れ落ちる。


 それからしばらくして、自身の足首から先が潰されていることに気づいて、絶叫を始めた。

 いろいろと鈍すぎる。

 

 しかし、反応は鈍い割には、痛みには弱いらしい。


 うるさいなあ――と思いながら、彼の腰から剣を奪って、応援に来ようとしていたところを一転して、逃走を始めていた入口封鎖組に向けて投げつけた。


 糸を引くように、そして衝撃波を発生させながら飛んでいった長剣は、狙いどおりに帝国兵さんたちを追い越して、その少し先の地面に着弾して、そこそこの規模の爆発を起こした。

 爆発の余波で吹き飛ぶ門。

 ついでに帝国兵さんたちも吹き飛んだ。


 ……なぜ爆発した?

 ただの威嚇のつもりだったのだけれど、何かの魔法の効果が込められた剣だったりしたのだろうか?


 何だか思いどおりにいかないなあ。

 異世界だからなのかな?


「ころ、殺さないで! お願い、お願いします! 助けてくれるなら、何でも――」


 懸命に命乞いする帝国兵さんは、さっきまでの自分をどう思っているのだろうか。

 というか、本当にうるさい。

 黙らせたくなる。


 なお、投擲で仕留めた帝国兵さんはふたり。生き残りは残り4人――正確には、即死レベルがふたり分で、生死不明が4人。

 恐らく、後者はみんな生きていると思われる。


 もっとも、みんな爆発の衝撃で動けないようだけれど、この世界では回復魔法とかいうものも存在するらしいし、油断して逃がしてしまうのはまずい。

 確実にやるべきだろう。



 帝国の隊長さんらしき人を指差して、村人さんたちに「殺すな」とだけ告げて駆けだす。


 面倒だけれど、こういうときに手を抜くと大体二度手間になる。

 戦意を失って逃げる人を殺すのは気が進まないけれど、逃がしてしまっては全てが無駄になるとか、面倒になることも考えられるので仕方ない。



 入口封鎖組の帝国兵さんをさらにふたり殺害――助かりそうになかったので止めを刺して、武器を捨てて命乞いを始めたふたりを引き摺って広場に戻った時には、隊長さんは殺されていた。

 ついでに、村人さんも十数人が苦悶の表情を浮かべてが死んでいた。

 なかなかに凄惨な光景だった。


 どういうことだ――と考えるまでもなく、村長を名乗る初老の男性が説明してくれた。


 家族や恋人を殺された人たちが、村長さんたちの制止を振り切って隊長さんを攻撃して、呪いの首輪――捕虜や奴隷の反抗を防ぐための魔法道具の効果によって共倒れした、ということらしい。


 興奮しているのか、混乱しているのか、とにかく分かりにくい説明だったけれど、恐らくそんな感じだと思う。


 責めるべき人は既に死んでいるわけで、ひたすら頭を下げる村長さんを責めても得られるものは何もない。


 ただ、俺が人間の憎悪という感情を甘く見ていただけだろう。

 というか、そんな状況を経験したことがないので、無理もないと思う。


 まあ、情報源がひとつなくなっただけなので、それほど問題視する必要も無い。


 一応、念のために死体から情報を奪えるかを朔に試してもらったけれど、意味のある情報は得られなかったそうだ。

 やはり死体では駄目っぽい。


 やり方次第ではどうにかなりそうな気もするけれど、衆人環視の中で実験するわけにもいかないだろうし、今回は諦めよう。


◇◇◇


 ほどなくしてアイリスさんたちと合流した。


 アイリスさんは、俺に怪我がないことを確認すると労いの言葉をかけて、それからすぐに村長さんから事情聴取を行って、そのまま今後のことについての交渉を始めた。



 その結果、彼女たちは負傷者の手当てや死者の埋葬を手伝うことと引き換えに、この村での滞在許可を得た。

 労力と対価が釣り合っていないように思うけれど、アイリスさんの決定なので、俺が口を出すことではない。



 アイリスさんは負傷者に回復魔法を掛けて回り、騎士さんたちやミントさんもそれぞれのできることをしている。


 少し急いているような感じに見えるのは、死体を長く放置していると、それだけ【ゾンビ】や【ゴースト】などのアンデッドになる可能性が高いからだそうだ。


 特に戦場など、負の思念が強いところでは、アンデッド化するスピードが早いらしい。


 なぜか頭部を失っている死体は無害らしいけれど、それでも放置していると血の匂いで魔物を呼び寄せたり、害虫や疫病の温床になるので、遺体の処理は速やかに行うのがこの世界の常識なのだそうだ。



 既に自分の仕事を終えている俺は休んでいてもいいと言われたものの、手持無沙汰なので墓穴を掘ることにした。

 言葉にするとあれな感じ――というか、あれな漢字。なんちゃって。


 さておき、朔にお願いしてサクッと穴を掘り終えると、あっという間に手持無沙汰になった。



 今度はどうしようかと考えていると、ぽつりぽつりと亡骸が運ばれてきた。

 さすがに、雰囲気的にここから先は手を出しにくい。

 少なくとも、「遺体が一体」とか言える雰囲気ではない。 


 妹たちには、「人の心が無い」と言われることもある俺だけれど、空気を読むことくらいはできるのだ。



 その中で、騎士さんが運んでいる、一体の亡骸に付き添う少女が目についた。


 確か、裏門で殺されそうになっていた少女で――近くにいた村人さんを捕まえて訊いてみると、やはりその亡骸は彼女の父親だったらしい。


 その少女は返り血で汚れてはいるけれど、綺麗な金色の髪と大きな尻尾で、可愛らしい顔つきしている。

 年齢は十歳くらいだろうか。


 しかし、俺が気になったのは、その容姿が目についたからではない。

 俺はロリコンではないのだ。


 どうにも、その少女が他の村人さんたちから憎悪の籠った視線を向けられているように感じたのが気になったのだ。



 父親を喪って憔悴しきっている少女に向けられる憎悪とは――どんな理由があるのかが気になって、またまた手近な村人さんを捕まえて訊いてみた。


 村人さんは、俺を見て少し怯えながら、「あいつが悪い、あいつのせいだ、あいつは呪われているんだ、村一番の美人だった母親、もあの子を産んだせいで――」などと口にするばかりで、さっぱり要領を得ない。


 どうにか落ち着かせて、詳しく訊きだしてみると――大昔に、彼ら狐人族の中から金毛九尾の魔王が生まれて、世界と敵対した末に討伐されたことがある――などと、昔話を語り始めた。


 彼らは犬ではなく狐だったようだ――というのはさておき、話の続きに集中して最後まで聞いた。



 要約すると、その魔王が勇者とやらに討伐されて以降、狐人族は人間や他の亜人から迫害を受けていて、更に金毛は不吉の象徴とされている――だから、その少女が不幸を運んできた――という話になっているらしい。


 どこの世界にも似たような話があるようだ。

 もっとも、こちらは史実のようだけれど。



 魔王が世界を敵に回した理由は分からないけれど、彼らは都合の悪いことから目を背けるために、当時の全ての責任を魔王に被せ、今は金毛の少女に被せているだけなのではないだろうか。


 少なくとも、今日のことは彼女に責任はないだろうし――あったとしても、それは万一に備えていなかった大人が負うべきものではないだろうか。

 胸糞悪い話である。

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