17 土下座から始まる交渉
誤字脱字等修正。
やらかしちゃった。
「ユーリ君、何をしているのかね?」
土下座です。
「ちょっとした不幸な事故がありまして」
「ちょっとした?」
巫女さんの顔は、笑っているように見えるかもしれないけれど、目が笑っていない。怖い。
お供の人たちも、不機嫌を隠そうともしていない。
「本当に、何をやったの……?」
セイラさんが呆れたように、事情を話せと促す。
情けないけれど、素直に話して仲裁してもらった方がいいかもしれない。
「実は――」
◇◇◇
クリスさんが巫女さんに渡した情報は、森の北――館より北に約一千キロメートルほど離れた帝国領との境界周辺で、大規模な亜人狩りが行われているというものだった。
他にも情報は持っていたようだけれど、ここから確認できそうなのはそこだけだということで、クリスさんはそれ以上話さず、巫女さんも求めなかった。
なお、なぜそんな情報を知っているのかについては、ずっと観測していたからにほかならない。
帝国が覇道を掲げて国力増強と領土拡大に執心しているのは、昨日今日始まったことではないのだ。
全ては不可能にしても、手近なところを調べるくらいは当然だろう。
この件に関係している帝国軍の部隊の規模は約八百人。
彼らは、森から十キロメートルほど離れた位置にある砦を拠点として、森の中にいる亜人の村を襲撃しては、そこに暮らす亜人たちを捕獲、若しくは殺害している。
こういった事件は以前からあったそうだけれど、この近辺で派手に行われるようになったのはごく最近のこと。
もしかすると、クリスさんが気づく以前からだったのかもしれないけれど、それを確かめる術はないし、気づいたからといって介入することもできない。
いくら彼らが実力者だといっても、一国を相手に戦えるわけではないらしい。
現在、砦の中には二百人ほどの亜人が捕まっていると思われる。
補給や、交代要員部隊の周期や設備等の状況からみて、移送されるのは4、5日以内。
また、百人程度の部隊が、竜の棲む山がある方角にに向かっていることも確認されている。
帝国は、この森以外でもいろいろと動いてはいるようだけれど、クリスさんもリソースの都合上、直近のもの以外の詳細は掴めていない。
それに、巫女さんもそれ以上の情報を渡されても対処のしようがない。
そもそも、彼ら6人でできることなどたかが知れているのだ。
神託の巫女も神殿騎士も、彼らの信仰する神の威光の届かないところでは無力に等しい。
この世界では、神は多数存在していて、宗教間では連携よりも争いの方が多いのだとか。
おかげで俺の出番があるのかもしれないけれど、巫女さんとしては、とにかく一度自分の目で確認に行きたいらしい。
「私が協力できるのはここまでなのだよ。この後どうするのかは、供の者とよく相談してほしい」
そこでふたりだけの会談は終わった。
後は、夕食後に改めて巫女さんの答えを聞くことになっていた。
巫女さんが諦めるとか、怖気づいて帰ると判断すれば俺の出番は無い。
それでは困るのだけれど、今の俺にできることなど特に無い。
次に顔を合わせるのは夕食の席。
夕食までには一時間ほどあるし、今のうちにお風呂に行っておこう。
いつもと変わらず、汗もかいていないし、匂いも問題無いけれど、少しでも良い印象を与えられるかもしれない。
朔に裸にしてもらって、湯船に入る前に身体を清める。
先に湯船に入るなど決して許されない。
もちろん、ネクタイを湯船に浸けることもだ。
酔っ払いスタイルのように頭に巻けば髪を上げる道具にもなるし、道具は使いようなのだ。
身体を洗い終えて、湯船に浸かる前に髪を上げていると、脱衣場から物音が聞こえた。
今日はお願いしていないのだけれど、ホムンクルスが背中を流しにきてくれたのだろうか?
朔に頼めば確認できることだけれど、さすがに場所が場所だけに覗きのような真似をさせるのは心苦しい。
しかし、予想に反して浴場に入ってきたのは、巫女さんと3人のお供の女性だった。
目が合ったので、お互いにペコリと会釈する。
やはり結構大きい。
腰も細い。
あ、あんなところにほくろが――いや、いつまでも見ているわけにはいかない。
というか、なぜ?
彼女たちは、クリスさんとの会談前に身を清めていたはずでは?
いろいろと疑問はあるものの、ゆっくりと考えている時間は無い。
慌てて目を逸らしつつ、弁解する。
「あ、あの、ごめんなさい! ちょっと待って! 俺は男なんですが!」
◇◇◇
とまあ、大体こんな感じだ。
先に入っていたのは俺の方で、巫女さんたちは、俺が入浴中であることをホムンクルスに聞いて知っていた。
しかし、当然のように俺を女の子だと思っていたので、お風呂場で一緒になっても問題無いと思ったそうだ。
また、脱衣場に俺の脱いだ服が無かったことも原因のひとつかもしれない。
そして、身を清めるというのは、行水などの行為も含んでいて、必ずしもお風呂に入ったとは限らないらしい。
その勘違いで、油断していた俺にも問題があるというのが彼女たちの言い分である。
後は、自分たちは見られたのに、俺の大事なところはネクタイでガードされていたのが不満らしい。
見せれば許されるのならいくらでも見せてあげるのだけれど、そんなことを口にすれば立派なセクハラである。
セクハラに立派というのもおかしいけれど。
何にしても、こういうときは大体男が悪いことになる。
理由など必要無い。
ある種の公理である。
とにかく、こういった時は無駄な抵抗はせずに、謝るしかないのだ。
その後、何とか解放されたものの、気まずい食事を経て、今に至る。
「――というわけなんです」
「これがラッキースケベ――! まさか、実在していたなんて」
俺からすればラッキーでも何でもないただの災難である。
奥の手を出せば、服なんて無いのと同じ。
透視なんて朝飯前。
骨や内臓だって覗き放題!
やったね、嬉しくない!
しかし、賢者や大魔法使いであっても、この状況はどうにもならないらしい。
というか、これは神のものに手を出した罰ということになるのだろうか?
「巫女殿、彼がその、私たちの友人で、紹介するつもりの協力者なのだが、どうするかね? もちろん、実力は確かなのだよ」
クリスさんは我関せずで通すらしい。
きっとそれが正解だけれど、いい度胸をしておられる。
「貴方のお名前を教えていただけますか?」
巫女さんは、唐突に俺を真っ直ぐに見て、名前を尋ねてきた。
そこには、先ほどまで大騒ぎしていた年相応の雰囲気は全く見えない。
まだ少女といえる年齢なのに大したものだ。
彼女もまた、自分の目的のために覚悟を決めているのだろう。
「ユーリ、と申します」
巫女さんが切り替えたのなら、俺もいつまでも引き摺っていては失礼だ。
「では、ユーリさん。顔を上げてください」
言われるままに顔を上げる。
最初に見た時と同じ、強い意志に満ちた瞳に惹き込まれそうになる。
それは俺にはとても魅力的なものに見えた。
「私はホーリー教会で巫女を勤めさせていただいております、アイリスと申します。実は――」
既に知っている話を、今初めて聞くような素振りで聞く。
「――というわけで、自分の目で確かめたいと思っています。そこでユーリさん、貴方にも協力していただけないでしょうか?」
「巫女様、私は反対です!」
俺が答える前に、無駄に体格の良い禿頭の騎士さんが大声で反対した。
なお、他の騎士さんたちも表情を見るに同じ意見のようだ。
「私も反対です! このような男とも女ともつかないような軟弱者に頼るなど! あまつさえ巫女様の肌を見るなど! 万死に値します!」
もうひとりの男性騎士さんも声を上げた。
あれは事故で、貴方たちは当事者でもないのに。
器の小さい男だ。
「控えなさい、【カイン】、【キース】。私たちだけでは不可能なことは分かっているのでしょう?」
巫女さんが、口を挟んだふたりを諌める。
「彼の戦闘能力は私たちが保証するのだよ。まあ、必要無いと言うのであれば、それでも構わないのだがね」
「ユーリ君は自身の問題を解決するために、たったひとりでここまで辿り着いたわ。少なくともそれだけの能力を持っているのだけれど。貴女たちが自力でここに辿り着くのは――まあ、無理でしょうね」
「まさか、こんな若者がひとりで魔の森を越えるなど……」
上手い言い方をするものだ。
俺もこれくらい頭と口が回るなら自分で話すのだけれど。
「巫女様なら彼のステータスの《鑑定》もできるのではないかしら?」
「よろしいのですか?」
「うむ。それでも納得できないようなら、この話は無かったことにするしかないね」
巫女さんは、俺の《鑑定》と聞いて、少し躊躇したように見えた。
クリスさんたちは巫女さんたちを無断で《鑑定》していたように思うのだけれど、実は《鑑定》というのは覗きのようなものなのだろうか?
「では失礼して――――レベルご、50!? パラメータも軒並み100を超えている――!? スキルの数は少ないですが、《完全魔法防御》なんて初めて見ました。なるほど、賢者様方がお認めになられるわけです」
巫女さんは、見事にクリスさんが偽装してくれたステータスを見ているようだ。
《完全魔法防御》――レジスト能力も完璧ではないのだけれど、並の魔法で貫通することはないらしいので、多少大袈裟な表現でも問題無い。この世界にはJAR〇もないしね。
「まさか、そんな……」
「そんな!? 何かの間違いでは!?」
俺のことを頭から否定している騎士さんには、それでも信じられないらしい。
どうでもいいのだけれど、彼らはきっとつまらないことで命を落とすタイプだと思う。
目に見えるものが世界の全てではないけれど、目の前の事実すらも認められないようでは駄目だよね。
まあ、その目に見えているものは偽装なのだけれど。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。ユーリさんに改めてお願いします。一緒に来ていただけますか?」
巫女さんは、何か言いたげな騎士さんたちを無視して決定を下す。
決定権者はこうでなくてはね。
「はい。皆様の足を引っ張ることがないよう努力します」
俺はというと、あらかじめ考えておいた台詞を口にするだけ。
大丈夫、それ以上は結果で語るから。
本音を言うと、荒事になるなら、ホムンクルスと大差ないらしい騎士さんたちは邪魔なので置いていきたいところなのだけれど、高評価を狙うなら邪険に扱うわけにもいかない。
とにかく俺も、俺の目的のために頑張ろう。
こうして俺の家へ帰るための旅は一歩前進することになる。
とはいえ、出発は巫女さんたちの疲労を取るため、3日後となったのだけれど。
◇◇◇
それから出発までの間に、巫女さん――アイリスさんと、彼女の侍女的な役割である、修道服の少女の【ミント】さんとは普通に仲良くなった。
クリスさんが言うには、あの時のアイリスさんは、怒っていたように見えた――怒っていたことは事実だと思うけれど、それを交渉を有利に進めるために利用していたそうだ。
おっかないね。
だからこそ、クリスさんも無理に売り込むのは止めて、俺が買い叩かれるのを防ごうとしたのだそうだ。
どっちもおっかないね。
「日本人の、簡単に頭を下げる習性はある種の美徳ではあるけれど、こちらの世界では付け込まれることが多いわよ」
セイラさんがそう教えてくれた。
残念ながら、俺の開き直りや逆ギレは冗談では済まなくなるので、多少付け込まれたくらいなら俺が折れた方が被害が少なく済むことが多い。
せっかくの忠告だけれど、活かせそうにない。
アイリスさんとミントさんとは仲良くなったものの、騎士さんたちとはいまだに良好な関係を築くには至っていない。
特に、キースさんという名の騎士さんが、しつこく因縁をつけてきたり、嫌味を言ってきたりするのが面倒臭い。
もうひとりの男性騎士さんのカインさんとは違って、髪はあるのに落ち着きがない。
人間、どこかでバランスを取っているものだと実感した。
まあ、こうまでしつこいのは、実力を測るために立ち会えと勝負を挑まれたのを、「手加減が難しいから嫌です」と、素直に答えたのが癪に障ったのかもしれない。
とはいえ、俺の言っていることは嘘でも何でもないし、そもそも休息を取るための期間に怪我をするのは間違っているのは誰にでも分かることだ。
騎士とはそんなことにも頭が回らない脳筋なのだろうか?
なお、アイリスさんはそこそこのレベルの《鑑定》スキル持ちで、俺のステータスをひと目た時から偽装だと看破していたらしい。
「ステータス、誤魔化してますよね?」
ふたりきりになったタイミングで、他の人に聞こえないようにこっそりと耳元で囁かれた。
どうやら、本当のステータスを見られたわけではなく、ステータスを偽装していることに気づかれただけのようだ。
しかし、特に責められたわけでもなく、むしろ隠す理由があることを察して、他の人には伝えていないらしい。
この世界では、俺の異常性は日本にいた時ほど目立たないものの、それでもどこまで見せていいのか分からない。
とはいえ、何も見せずに納得してもらうのは無理だろうし、アイリスさんを相手に口で誤魔化すことも不可能だろう。
そうなると、俺に見せられるのはあれくらいしかない。
アイリスさんの目の前で、何の変哲もないお椀を取り出す。
「ちゃららららら〜」
どこかで聞いたことのあるメロディーを口ずさみながら、またも何の変哲もない布をお椀に被せる。
突然の展開に目を白黒させるアイリスさんを余所に、「3、2、1」とカウントダウンを始めて、ゼロと同時に「はい!」と布を捲ると、そこには湯気を上げる美味しそうなご飯が!
それにお箸を添えてアイリスさんに手渡す。
「いけません、アイリス様! まずは私が毒見を――」
制止するミントさんを振り切り、アイリスさんがご飯を口に運ぶと、「美味しい…」とひと言漏らした。
俺が言うことではないかもしれないけれど、なかなか度胸の据わった娘だ。
何にせよ、それ以降は俺の能力について訊かれることはなくなった。
これも俺が言うことではないのだけれど、なぜあれで納得することができたのだろう?
ちなみに、《ご飯付与》は、慣れてくると複数人分を一度に出せるようになった。
ただ、一度、ご飯の代わりに正体不明の黒い塊が出たことがあった。
見るからにヤバいそれは、俺ですらもヤバいと感じる危険物だった。
語彙もヤバいね。
もちろん、食べるなどとんでもない。
念のため、クリスさんに《鑑定》してもらったけれど、鑑定不能だった。
クリスさんとセイラさんが引き続き調べてみると言ってくれはしたものの、彼らはそれが近くにあるだけで目に見えて具合が悪くなるので、無理をさせてまでお願いするわけにはいかなかった。
とにかく、それは存在するだけで危険な物らしいので、朔に引き取ってもらって死蔵することになった。
魔法に慣れてきて、調子に乗っていたことに対する戒めのようなものなのだろうか?
これからは、魔法を使うときにはもっと真剣にやるようにしよう。