16 神託の巫女
誤字脱字等修正。
朔の命名から3日目の朝。
偽装の指輪ができたというので、高度鑑定室で調整と検証をした。
目立ちたくなければ控え目な偽装にすればいいのだけれど、巫女さんに売り込む必要性を考えると、低すぎるのも都合が悪い。
実際の戦闘能力と年齢のバランスを取って――俺の能力ではバランスもへったくれもないと、早々に整合性や説得力は諦められた。
結局、レベルを50に設定して、パラメータもそれに合わせて偽装した。
ちなみに、レベル50というのは、勇者や英雄のような特殊な存在を除けば人類の最高到達点ともいえるレベルらしい。
もっとも、クリスさんが「私たちはレベル七十台なのだがね」と、自慢なのか何なのか分からない例外を示された後では、どう受け止めればいいのか分からないけれど。
ただ、冒険者の間では、ひととおりの技術を習得できるレベル13に到達すると熟練者の仲間入り(※個人差があります)となるらしく、それと比較すると達人レベルであるのは間違いない。
私見では「ひととおりの技術を習得した」程度の人は、「熟練者」というより「一人前」と評価するべきではないかと思うのだけれど、冒険者がレベル13に到達できる確率は、およそ50%だそうだ。
確かに、半数しか一人前に届かないと思うと、熟練者とよんでもいいのかなという気にはなる。
それに、残りの半数は、死ぬか、怪我でリタイア――他に生きる術がないから冒険者になった人が、冒険者を続けられなくなることが何を意味するかは想像に難くない。
とにかく、そのくらい命を懸けなければレベルは上がらないということらしい。
ついでに、冒険とは無縁の一般人だと、レベル1のまま生涯を終えることも珍しくないそうだ。
レベル――システムという、よく分からないものに命を預けるような真似には思うところもあるけれど、せっかくの人生なのだし、少しくらい冒険してもいいのではないかとも思う。
さておき、後は俺のスキル欄に《体術》と《回避》、そして特殊能力で《完全魔法防御》と違和感の少ないものが入れられていた。
これも私見なのだけれど、《回避》とは《体術》に含まれるものではないのだろうか?
別のカテゴリーだとするなら、《体術》とは一体何を指すのか。
攻撃動作は、剣術とか槍術などのそれぞれの武器カテゴリーに含まれているそうだし、《回避》以外の防御法についても、防御術や盾術というカテゴリーが存在する。
もう《体術》でやることが残っていないのでは?
攻撃も防御もせずにステップでも踏んでいればいいの?
それではただのダンスだと思うし、それはそれで《舞踏》というスキルがあるらしい。
クリスさんとセイラさんは肉体派のスキルには疎いらしくて詳細は分からないというし、この世界は謎だらけである。
◇◇◇
4日目。
念願の魔法を覚えた。
その名も、「料理魔法:主食《
美味しいお米を望み続けた末の奇跡だった。
ここのパンや小麦を使った料理は全てとても美味しかったのだけれど、お米だけは雑味が強くて香りも微妙に青臭く、口当たりもぼそぼそしていて、お米の国の人である俺にはとても食べられたものではなかった。
まあ、礼儀なので出されたら食べるけれど。
ご飯が恋しい――そう想い続けていたからだろうか。
食事中、突然湯気を上げるご飯が中空に現れて、テーブルの上にボトリと落ちた。
幻覚かと思ったけれど、現実だった。
誘惑に負けて、恐る恐る口に運ぶ。
はしたないとは思ったけれど、超良い匂いがしていたし、お米もツヤッツヤに輝いていて、しかも立っていたのだ。
我慢などできるはずがない。
――美味しい!
俺の語彙力ではどう美味しいかを説明できそうにないけど、何かが漲る感じ。
とにかく、今まで食べたことのないくらいの美味さだった。
その様子を見ていたクリスさんとセイラさん、それに朔までもが興味を示したので、一杯分のご飯を4人で分けて食べた。
美味しさのあまりみんなで感動した。
クリスさんとセイラさんは号泣していて、塩気もプラスしていた。
美談になるだろうか。
セイラさんが言うには、魔法とは出鱈目なように見えて、その実きちんとした法則が存在するのだそうだ。
そして、セイラさんの知る限り、料理魔法というカテゴリーは存在しない。
というか、料理はスキル――いや、技術――百歩譲って愛情だそうだ。
ごもっともである。
とはいえ、そんなことを言われても出せるのだから仕方がない。
それに、この魔法には、他にも大きな問題が存在する。
その一。
このご飯を食べた人は、パラメータが上昇する。
もっとも、特別な素材を使ったり、非常に出来の良い料理を食べることによって、バフ――パラメータが上昇するなどの、対象にとって有利な状態変化のことらしい――が掛かることは珍しいことではない。
しかし、このご飯は通常の料理バフと比べて上昇量が非常に高くて、効果時間も長い。
それこそ、一日三食、毎回食べていれば効果は永続するのではというレベルだ。
そして、美味しすぎることも問題である。
下手をすると、中毒や依存症になる可能性があるのだ。
その二。
名前のとおり、飽くまで
要するに、おかずと判定されないものに対してご飯は出せない。
誰が判定しているのかは知らないけれど。
とにかく、ハムがおかず判定なのは、もうひと捻り欲しいところだけれど、まあいい。
目玉焼きがおかず判定なのも、論議を呼びそうだけれどよしとしよう。
しかし、パンがおかず判定なのは納得がいかない。パンでご飯を食べるって上級者すぎないかな。
何より、クリスさんとかセイラさんでもご飯が出るのはどういうことか。
念のために試してみたら、ホムンクルスでも出た。
それは食べちゃ駄目でしょう。
もちろん、このことは誰にも話していない。
ターゲットに指定したからといって、食べなければいけないということではないのだから。
ないよね?
その三。
私のご飯を彼らの勇者様の墓前に供えると、小鳥とかリスとかの小動物がやたら寄ってきた。
それだけなら可愛いからいいのだけれど、ご飯を巡って血を血で洗う――というのは少し大袈裟だけれど、争いが始まった。
全く可愛くない。
さらに、匂いに釣られたのか、結界の外にも動物や魔物が寄ってきて、我を忘れて荒ぶっていた。
出した後は速やかにお召し上がりください。
◇◇◇
翌日の昼過ぎに、ホムンクルスから巫女さんの一行と接触したとの連絡が入った。
巫女さんたちの目的は、予想どおりクリスさんとの会談だった。
そこで、事前に準備していた最寄の【
ちなみに、転移装置とは、装置に登録された異なる位置にある装置間を、一瞬で移動できる魔法装置のことだそうだ。
それらは森の各地に配置してあるそうで、もちろん館と森の入口付近を結ぶものもある。
ただし、魔石の消費が激しいので気軽に使えるものではないとも言っていた。
何にせよ、空間転移ができるとかとか、魔法文明も侮れない。
ただ、転送事故で虫と合体とかは無しにしてほしい。
巫女さん一行の到着を前にして、ホムンクルスたちは全員、正統派――というか、クラシカルなメイド服に着替えていた。
さすがにいつもの格好では、聖職者を迎え入れるのには不適切だったのだろう。
クリスさんの書斎で、水晶玉に映し出された巫女さん一行の姿を一緒に見る。
効果自体は現代の防犯カメラと似たようなものだけれど、水晶玉という一点のみでファンタジー感が倍増する。
それと、ちょっと見づらい。
現在の巫女さん一行は既に転移を完了していて、ポータルから屋敷の近くまで伸びる地下通路を通って、こちらに向かっている最中だ。
巫女さんの他には、そのお供の人たち――白を基調とした西洋風の鎧を着た人が、男女ふたりずつで計4人。彼らは神殿騎士という存在らしい。
彼らの中で一番高いレベルの人で22、平均で16となかなかの手練れ集団で、巫女さんの重要度が窺える。
なお、彼らは揃って武装解除をしていない。
俺からすると、危機感が足りないのではないかと思うのだけれど、クリスさんに言わせれば、
「《固有空間》がある以上、目に見える武器を取り上げたところで大した意味は無いのだよ。無論、《固有空間》を無力化する方法も無いではないが――まあ、何かがあったとしても、君が守ってくれるのだろう?」
と、冗談を交える余裕すらあった。
さておき、他には15、6歳くらいの修道服の少女がひとりと、同じか少し上くらいの巫女服の少女がひとり。
後者が本命の巫女さんだろう。
というか、酷い和洋折衷である。
個性も大事だけれど、集団行動には統一感とかも必要だと思うよ?
ちなみに、巫女さんの方は驚くことにレベルが20もあるらしい。
こんなふうに、戦わずして相手の力が分かるというのは便利――反則に近いような気がする。
とはいえ、いくら異世界でも数字をぶつけ合うのが戦いというわけでもないだろうし、相性や運用次第では大番狂わせだってあるだろう。
そんなことより、巫女服少女の髪の色がピンクだった。
とても綺麗な――桜の花ような色だけれど、地毛なのだろうか?
しかし、その髪の色よりさらに目を惹くのが、整いすぎているその顔立ちだ。
現代のアイドルでもここまでのレベルはいないのではないだろうか――いや、芸能関係には疎いので適当に言ってみただけだけれど。
とにかく、あまりの造詣のレベルの高さで、周りの人が霞んでしまっている。
女騎士さんのひとりが二メートル近い巨漢で、横にも前後にもぶ厚いにもかかわらずだ。
というか、この人もすごいな。
「そういえば、ホムンクルスの中に巫女さんとか尼さんっていませんでしたよね?」
ふと思いついたことを口に出してしまった。
気づいて「しまった」と思うも後の祭りだ。
「なるほど。ユーリ君はそういうのがお好みだったのか。だが残念なことに、神を冒涜したり、神のものを奪おうとするのは、天罰が下るリスクが高いのだよ。ユーリ君も気をつけたまえ」
そう言ってニヤリと笑うクリスさん。
そういう意図ではなかったのだけれど、今否定しても
さておき、この世界には狂信者が多いのか、それとも神が直々に来るのか――というか、目的のためには手なんて出したらまずいでしょうに。
◇◇◇
巫女さん一行が館に到着すると、軽く顔合わせだけ済ませて一旦解散となった。
本人たちはすぐにでも本題に入りたかったようだけれど、傍目にも疲労の色が濃かったというのが理由だ。
まあ、クリスさんの予想の最速に近いタイミングで到着したのだから、結構無理をしてきたのだろう。
よって、会談は2時間後に設定されて、その間に巫女さんは身を清めるとか、お供の人たちも身体を休めることになった。
改めて近くで見ると、驚くほど可愛らしい女の子だった。
整いすぎた人形みたいと評される俺とは違う、血の通った、生きた女の子――将来美人になるのは間違いないだろう。
もちろん、今でも充分に可愛いけれど。
俺より少し低い身長に、淡いピンクの髪は俺より少し長いくらいで、スタイルの分かりにくいはずの巫女装束なのに、激しく自己主張している大きなお胸。
何より、強い意志を感じさせる大きな瞳に釘付けになった。
なぜだか分からないけれど、俺は昔から、こうした強い意志を持って前へ進もうとする人にはとても好感を覚えるのだ。
残念ながら、巫女さんの方は俺の存在がお気に召さなかったのか、何か物申したげな目で見られてしまったけれど。
個人的には巫女とか元王女とか、面倒な肩書がなければ仲良くなりたかったところなので、少し残念だ。
ただ、目的だけは忘れないようにしなければならない。
俺の出番はまだ先だ。
会談はクリスさんに任せておけば上手く話を進めてくれるだろう。
それと、念のために会談が始まったら朔に盗聴してもらうつもりでいる。
俺は聴力も人並み外れているものの、魔法で防音されてしまえばさすがに聞こえないかもしれない。
その点朔なら気づかれることもないだろうし、聞き漏らすようなこともない。
気配さえ発しなければ、魔法を壊したり人が死んだりすることもないし。
朔の能力は、完全犯罪を可能にする能力なのだ。
◇◇◇
「では、賢者様。改めましてご挨拶をさせていただきます。私は【ホーリー教会】で神託の巫女を勤めせていただいております、【アイリス】と申します。このたびは――」
予定どおりの時間に会談が始まった。
話をするのはクリスさんと巫女さんのふたりだけで、巫女さんの護衛もいない。
その辺りはひと悶着あったものの、クリスさんが要求したというより、クリスさんが巫女さんを援護したような形で話がまとまった。
巫女さんにも、お供の人に聞かれたくない話があったのだろう。
そして、残った人たちの相手はセイラさんがしている。
セイラさんのような頭脳派に、脳筋騎士たちの相手はつらそうだけれど、俺に手伝えることは何も無いので大人しくしておく。
さておき、初っ端からホーリー教会というネーミングが少しツボに入って、朔に不思議そうにされたけれど、気にせず中継を続けてもらう。
ホーリー教会とかゴクドー帝国とか、この世界のネーミングセンスには癒されるものがある。
それとはまた別に、朔が無駄に声真似が上手すぎる。
ただ会話を中継してくれるだけでいいのだけれど、無駄に声音まで似せてくれている。
おかげで非常に分かりやすいのだけれど、変なところで多芸だと思う。
巫女さんの話を要約すると、神託を受けたのは約一年前のこと。
内容は先日行われた勇者召喚時に起こるであろうトラブルと、件のゴクドー帝国が世界の危機を招いているというもの。
神託を受けたものの、全てが後手に回ってしまっているので、今更ながらではあるものの彼女自身が動くしかないと思ったらしい。
世界の危機に、巫女さんと数人のお供でどうするつもりなのかは気になったけれど、必要があればクリスさんが指摘するだろうし、ひとまずは考えないことにする。
とにかく、ここまではクリスさんの言っていたとおりだ。
「さて、他に人もいないことですし、単刀直入にいきましょう。巫女殿、貴女の本当の目的はもっと個人的なことなのでは?」
世間話と名目上の目的の話を終えると、すぐにクリスさんが踏み込んだ。
巫女さんもその辺りは織り込み済みなようで、「ふふっ」と軽く笑い、悪びれた様子もなく応える。
「やはり賢者様には隠しごとなどできませんね。今回、賢者様のお力をお借りしに参ったのには、確かに私的な事情も含まれています。ですが、国を憂えているのもまた事実です」
この巫女さん、すごい。
賢者と呼ばれる人に対して堂々と駆け引きというか、頭脳戦を仕掛ける度胸がすごい。
しかも、その歳で。
俺なんて、妹たちにも勝てないのに。
「私の目的は神託の先にあります。ですが、まずは神託の内容をこの目で確かめたいと思っています。とはいえ、国や教会の力を使って、いたずらに帝国を刺激してしまっては意味がありませんし、私たちだけでは力不足です。ですので、どうか、賢者様のお力をお貸しいただけないでしょうか」
話の流れ的に、自分の目で確かめるというのは帝国の何か?
確かめてどうする? どうなる?
そもそも、この巫女さんの本当の目的は何なのだろう?
まあ、それも俺が考えることではないのだけれど。
「ふむ、情報だけでよければ提供しよう。無論、無料で――だが、他言無用で。これが私にできる、精一杯だと思っていただきたい」
無論と無料と無用でかけているのか?
さすが賢者だ。俺も見習いたい。
「――ご配慮いただき感謝いたします」
巫女さんはほんの少しの沈黙の後、謝辞を口にする。
巫女さんが、クリスさんの回答に満足しているのかどうかまでは分からない。
少なくとも、表情や声には表れていない。
見事なポーカーフェイスだ。
こっちも見習いたい。
「だが、世界の危機と知って見過ごすというのも寝覚めが悪い。巫女殿が望むのであれば協力者を紹介しよう。能力は保証するので、その者と直接交渉するといいのだよ」
「――重ね重ね、感謝申し上げます」
おお、何だかとても良い感じでバトンが託された。
すごいよ賢者様!
最近、ちょっとあれな面を隠さなくなってきたのが不安だったのだけれど、やるときはやるイケメンは良いものだ。
とにかく、次は俺が頑張る番だ。