14 お前…だったのか 再
誤字脱字等修正。
その日の夜、クリスさんが各地に放っていた密偵タイプのホムンクルスの一体から報告があった。
その場にいるのは、クリスさんと、彼と雑談をしていた俺だけ。
影の人改め邪神君(仮)は、いつもどおりセイラさんのお屋敷にお邪魔していた。
またよからぬ知識を身につけているのだと思うけれど、既に口では勝てないので、止めることもできない。
触らぬ神に祟りなしともいうし、実害が出ないよう祈るしかない。
さておき、以前に同化した時の感覚から判断するに、彼はこちらのことも同時に認識しているはずである。
よからぬ知識はつけているし、悪戯も覚えたけれど、重要な話のときはその記憶力で一言一句まで覚えてくれるし、論理的な思考で解決策を出してくれたりもする。
さらに、秘密の話だったとしても領域を使っての盗聴でと役に立ってくれるので、プラスマイナスゼロ――いや、どうだろう?
家に帰るためには、彼の能力が非常に役に立つのは事実だけれど。
<王国の勇者召喚ですが、一応は成功した模様です。同時に何らかのトラブルもあったようですが、緘口令が敷かれており詳細は不明です。そちらについては引き続き調査を続けます>
テーブルの上に置かれている、通信用の黒い珠から声が流れている。
この【通信珠】は、遠隔通信を可能にする魔法道具なのだけれど、現代でいう携帯電話のようなものではなく、どちらかというとトランシーバーのような物らしい。
もちろん、俺には携帯電話とトランシーバーの違いは分からない。
まあ、どっちがどっちでも俺には関係無いことなので聞き流す。
なお、館の結界内程度の範囲なら、ホムンクルスに組み込まれた《通話》スキル――無線のようなもので届くらしい。
ちなみに、上位スキルに《念話》というものがあるそうだけれど、面倒なので聞き流した。
とにかく、それがバニーさんの乳が喋った原因だったのだ。
さておき、《通話》にしても《念話》にしても、一定以上の距離でとなると、希少素材を使った魔法道具や高品質な魔石などを使う必要があるそうだ。
比較的魔力効率の良いスキルではあるものの、それでも通話可能な距離は、使用者や道具の能力次第なのだ。
それを解決するには、王都や主要都市に設置されているような大型の装置を用意するか、中継点を増やすしかない。
クリスさんの採っている手段は後者だけれど、リソースや政治的な問題から、あまり大規模には展開できないそうだ。
それから、複数のホムンクルスから、召喚以外の情報――国内と国際情勢などについてもいろいろと報告を受けていたようだけれど、俺には状況が良いのか悪いのかも判断できない。
早く帰りたいという想いは変わっていないので、できることなら今すぐにでも王都へ向かいたい。
もちろん、俺が王都に行っても何の役にも立たないことは分かっている。
むしろ、足を引っ張るだけだろう。
とはいえ、そうやって我慢することにも飽きてきたので、何かの展望がほしいところだけれど。
この報告でそれがなければ、クリスさんたちに相談してみようか。
<その件とは別に、勇者召喚の直後に、【アルス】の神託の巫女が、少数の供を連れて神殿を発ちました。北に向かいましたので、目的は恐らくご主人様かと思われます>
ホムンクルスの報告にあったアルスというのは、王都から東、この森から南の位置にある大都市だったと聞いている。
都市間の距離は、ロケーション次第ではあるけれど、馬車で五日から十五日くらいであることが多く、「ちょっと隣町まで」と気軽に行き来できるものではない。
アルスからこの森までは、馬車で七日くらい――馬に回復魔法を掛け続けて頑張ってもらうとその半分、途中にある集落で補給することも含めると四日か五日くらいらしい。
なかなかハードな――というか、馬が可哀そう。
そんな所から、わざわざクリスさんに用事とは何事なのだろうか。
それよりも、神だとか宗教家――日本の緩い感じのものならいいのだけれど、原理主義者だとか狂信者のようなものだと対処に困る。
「分かった。お前は継続して調査に当たれ。巫女殿には別の者を向かわせる」
クリスさんがそう言うと、館の中が慌しい雰囲気に包まれる。
声に出さずとも、いろいろと指示を出しているのだろう。
◇◇◇
しばらくして、ホムンクルスたちへの指示に区切りがついたクリスさんが俺へ向き直る。
「ユーリ君、喜びたまえ。朗報なのだよ」
「朗報、ですか?」
さっきの話のどこに朗報があったのだろう?
「近いうちに、ユーリ君の足掛かりとなる者が、自ら接触しにきてくれるのだよ」
状況の呑み込めていない俺に、クリスさんが補足してくれた。
話の流れからすると、巫女さんが関係しているのだろうか。
しかし、神とか聖職者に良いイメージのない俺には面倒事にしか思えない。
もしかして、家に――日本に帰るために、神のご機嫌伺いでもしろと――まさか、神の走狗になれとでもいうつもりだろうか?
確かに家に帰るためには何でもするつもりでいたけれど、神やその代理を自称するようなのを前にして、平静さを保っていられるかは分からない。
なぜか分からないけれど、神って嫌いなんだよね。
どれくらい嫌いかっていうと、虫と同じくらい――いや、やっぱり虫の方が気持ち悪い? とにかく、できることなら関わり合いたくない。
「うむ。――そうだな、説明しておこうか」
俺の不穏な様子を察したのか、クリスさんが詳細について語ってくれることになった。
「すみません、お願いします」
こんなことで気配を漏らすほど未熟ではないはずだけれど、結果的に脅したような形になってしまったことは素直に反省しなければならない。
彼らは貴重な協力者なのだから。
「まず、神託の巫女について話しておこうか」
そう言って切り出したクリスさんが、件の巫女さんについて大雑把に教えてくれた。
神託の巫女とは、その名のとおり、祭神からの神託を受け取って、民衆に伝える役目を持った巫女のことである。
ちなみに、神託とは、神から人への一方的に、助言や要望、他にも警告なんかを出すもののことだそうだ。
教会や国家は、神託に対して適切に対処することによって、災厄を未然に防いだり、神の怒りを買うことを避けるよう努めるのだという。
「巫女殿が動くのは、何らかの神託を受けたからだろう。しかし、少数しか供を連れていないのは、公にできない理由があるからだ。そして、通常の神託であれば、巫女殿自身が動く必要は無い。動く必要があったとしても、国軍や神殿騎士の大規模な護衛がつくはずなのだよ」
本当に神が存在する世界での神託の価値は、俺には想像もできないほど高いのだろう。
だとすると、神が唯一の存在ではないにしても、そんな重要な神託を受けられる巫女がホイホイ出歩けるはずがないことくらいは理解できる。
「王国や教会が巫女殿の動向に気づいていないはずがない。知っている上での現状と考えると――」
そんな溜めを作って俺を見られても困る。
そういう期待には応えられない。
「災害や魔物に関する神託であれば王国や教会が動くだろうし、大っぴらにできないような反乱や内乱でも、王国には英雄殿がおられるので、そちらへ向かうだろう」
そういう回りくどいのは要らないので、早く本題を。
「恐らく、国際問題。ゴクドー帝国の動向が不穏なのはいつものことなのだが、最近特に動きが活発でね。王国や教会が過剰に反応すれば、それこそ帝国の思う壺――なのかもしれないのだよ」
『それで王国――権力や勢力から距離を置いているクリスに?』
やはり聞いていたか。
そして理解していたか。
後でどういうことか教えてもらおう。
ということで、分からないことはどんどん流していこう。
「うむ。こう見えても私とセイラは名の知れた実力者だからね。もっとも、それは表向きの理由だろう」
なるほど、それで?
「だから、そういう遠回りな話は止めてほしい」
しまった、本音と建前が逆になった。
余計なことを考えていたせいか。
「ははは、すまないね。――そうだね、神託の内容はそれに類するものだと思うのだが、巫女殿の個人的な事情が大きいのではないかと思うのだよ」
「いえ、こちらこそすみません……」
クリスさんが気にしていないようなので助かったものの、ここから先はもう口を開かないようにしよう。
「王国や教会が動いていないのは事実なのだから、神託の内容はそういうものなのだろう。ただ、かの巫女殿はとても頭の良い方だと聞いている。そんな案件を私に持ってきても、どうにもならないことは理解しているだろう」
腹の探り合い、頭脳戦――俺には到底できそうにない。
俺が頭を使ってできるのは、頭突きくらいのものだ。
もちろん、どうにもならないときは力尽くで引っ繰り返せばいいのかもしれないけれど、それも恐らく一度きりのことだろう。
何度もやると、世界の敵になること間違いなしだ。
「巫女殿にはいろいろと事情があってね。個人的な事情に神託を利用した。そして、今度は私を利用しよう――というところだと思うのだよ」
なるほど?
それと俺の朗報とどう繋がるのか。
「ユーリ君、巫女殿に協力してあげたまえ」
なぜだ?
協力してほしいのは俺の方だよ?
「巫女殿の目的が何なのかまでは分からないが、王国や教会に恩を売る機会になる」
巫女さんの企みはさておいて、王国や教会の危惧していることを解決しろと?
さすがに俺に国際問題は荷が重いのでは?
解決したらしたで柵ができそうだし。
「日本に帰れる確約があるなら、帝国だろうが何だろうが敵に回しますよ」
ああ、しまった。
またもや本音と建前が!
「ははは、豪気なことだ。まあ、君の力は未知数だし、不可能ではないのかもしれないね」
「それくらい追い詰められているって意味で」
我ながらナイス言い訳。
言い訳をするまでもなく、本気とは受け取っていないようだけれど。
「そうだね。君のやろうとしていることは一筋縄ではいかないことだ。危険を避けて通ることなどできないだろう」
そのくらいの覚悟はとっくにできている。
「君はこれから、巫女殿の表向きの問題に対して協力する。そして可能ならば、巫女殿の本当の目的にも協力してあげるといい」
しかし、あまりややこしいのは勘弁してほしい。
国家間の駆け引きなど、俺には分からないのだ。
そして、分を超えた行いは、きっとろくなことにならないのだ。
「判断に困るようなことがあればいつでも相談してくれたまえ。幸い、君でもその通信珠は使えるのだろう?」
それを聞いて安心した。
確かに、魔力を流さなくても作動する通信珠は、俺でも使える数少ない道具のひとつだ。
運用コスト的にはオンオフできるタイプの方がいいのだけれど、電池代わりの魔石の入手くらいは大した手間でもない。
交換には他人の手が必要になるけれど――まあ、そんなことを失念する人たちではないだろうし、改良してくれだろう。
「そのときはお願いします」
「うむ、任せてくれたまえ。それとだね、その巫女殿なのだが、元は王国の王女なのだよ」
それが巫女に協力しろと言った理由だろうか。
王国と教会に恩を売ることを目的とすると、元王女としての立場――に意味があるのかどうかは分からないけれど、多少の影響力はあってもいいはずだし、現在は神託の巫女としての地位もある。
確かに、どう転ぶにせよ恩を売っておいて損はない。のか?
なるほど。理解できた。
そういうことにしておこう。
「それじゃあ、できるだけ高く売り込んでみますよ」
ようやく持て余していた気持ちの行き先が見つかったのだ。
精一杯頑張ろう。
◇◇◇
『ユーリ』
ひとまず、ホムンクルスからの報告やその対応、それから俺への説明も終わって、応接間でクリスさんとお茶を飲んでいると、セイラさんのところへお邪魔していた邪神君(仮)が帰ってきた。
『何だか、今日、調子が良い――』
――調子が良い?
いつも以上にウネウネ動いている影を見るに、むしろ様子がおかしいように見える。
「邪神ちゃん、大丈夫かしら? 何だか様子がおかしくなって急に消えてしまったのだけれど」
それを追うようにセイラさんが窓から飛び込んできて、俺の影に目を向ける。
『力が――溢れ――』
そうこうしている間に、影が沸騰したかのように泡立って、どんどん激しさを増していく。
見るからにヤバい。
弾ける泡と、漏れ出す懐かしい気配。
相変わらず悍ましいなとは思うけれど、あの時ほどの恐怖や忌避感は感じない。
矛盾しているようだけれど、事実としてそうなのだから、他に表現のしようがない。
恐怖で動けなくなっているふたりを尻目に、「ミシリ」と世界が軋むような音が聞こえたような気がした。
直後、激しく波立っていた影から、勢いよく腕が生えた。
騒々しさから一転して、今度は寒気を覚えるような静寂の中、頭、胴と、影から徐々に這い出てくる様は正にホラー。
出てくるのは恐らく影の中の人だろう。
しかし、こんなホラー映画みたいな演出は要らない。
客観的に見れば、滅茶苦茶怖いのだろう。
現に、クリスさんたちが泡を吹いて倒れている。
「気配は抑えられないの?」
「んー、難、しい、よー」
影の人は更に這い出しながら、肉体としての口から声を紡ぐ。
気配の制御どころか、声を出すのも難しい様子。
仕方がないので、俺の方で漏れている気配を引き取って中和させる。
「要、練習、だね」
ほどなくして全身を現した影の人は、ペタンと座り込むと、たどたどしく発声練習を始めた。
理由や仕組みは全く分からないけれど、見事に実体化している。
俺の影は――ある。
ただし、実体化した彼の影と繋がっている。
実体化した彼は、黒く長い髪に白い肌、金色の瞳で、更に幼くなっているけれど、確かに俺と同じ顔っぽい。
配色以外は十歳くらいの俺? いや――無い。
「女だったのか……」
彼――いや、彼女の股間には、俺にはあるモノが付いていなかった。