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11 お前…だったのか

誤字脱字等修正。

 そういえば、警戒活動の原因を作ったのが俺かもしれない件を告白していなかった。

 今更言い出すのもかなり気まずいけれど、そのせいでいまだに哨戒している人がいると思うと、言わないわけにはいかない。


「すみません、ひとつ言い忘れていました。……ええと、結界に干渉したっていうか、壊したのは俺かもしれません」


 もちろん、他の何かとタイミングが重なっただけで、俺のせいではないということも考えられる。


 しかし、魔法とかファンタジー要素には詳しくない俺に起こった、異世界に漂着した以外のファンタジー要素――影の人のことも聞けるかもしれないという期待もある。


 手の内というには微妙だけれど、自身の秘密を明かすことに抵抗はある。

 それでも、彼という存在が、俺の敵ではなくても世界にとって悪いものだったりすると――という不安もあるし、知らないままでいることの方が問題だと判断した。


「ほう。どういうことかな? 今までにない反応だったので、後学のためにも是非教えてもらいたいのだよ」


「結界をあんなに簡単に破壊されて、しかも何の形跡も無いというのは初めてなの。ユーリ君の持っている能力が魔法無効化能力だとしても、ちょっとやそっとでは破れないはずの代物なのだけれど……」


 さすがに安全保障にかかわる問題だけあって軽く流せる事柄ではないらしく、ふたりとも真剣な表情で俺を見る。

 賽は投げられた以上、話すしかない。



「実は――……」


 どう説明したものかと考えた末、俺には説明できるだけの知識や語彙が無いことに気がついた。

 実際に見せるのが一番手っ取り早いのだけれど――。


 さて、どう呼びかければいいのだろう?


 今まで影の人とか彼としか考えていなかったし、ふたりきりだったので名前を呼ばなくても通じる状況だった。

 変に呼びかけて反応が無ければ、俺は自分の影に呼びかける頭がおかしい人だと思われたりする可能性もある。


 あの時に名前を付けていれば良かった――と、後悔しても後の祭りだ。



「――聞いていたよね?」

 予防線を張るつもりで、いろいろと端折って呼びかけてみる。


 案の定、俺の予防線にはその効果は無かったようで、クリスさんとセイラさんの表情は訝しげだ。


 ある意味では、彼の気配をそれだけ上手く隠せている証明でもあるけれど、今だけは俺の状況を――困っている気配を察してほしい!


『――うん』

 俺の真摯な願いが届いたのか――紳士だけに!


 ……とにかく、音もなく俺の影が動いて、誰の目にも分かりやすくソファーの上で静止した。

 彼の察しの良さに救われた。


 お返しに、何か良いものが思いついたら名前を付けてあげようと思う。

 いつかきっと。

 良いのが思いついたら。


◇◇◇


『――というわけなんだ』

 俺には不可能だと思われる、論理的な説明が終わった。


 説明したのは、彼に意思があること、結界を発見した時の詳細、いろいろと収納できることなどなど、その辺りの説明を、彼自身の口――口は無いけれど話してもらい、実演できるところは協力してもらった。


 なお、結界を発見した時の再現は彼のみでやってもらって、存在を貰うとか奪うとかの辺りは伏せていおいた。

 これらはバレるとまずい気がする。



「ふむ。見た目は影魔法に似ているようだが、超容量の《固有空間》と、範囲型魔法無効化能力を併せ持っている、と――初めて見る能力なのだよ」


「これだけ強力な魔法無効化能力を持っているのに、自身の影の魔法特性は保持したまま――それに、状態としてはパッシブ? ユーリ君のユニークなのかしら?」


「ユニークに限らず、スキルが自由意思を持つとか、付加させる方法など聞いたことがないのだよ」


「勇者様にはでたらめなスキルを持った人が多いけれど、これは別格ね」


「念のために、食事の後で《鑑定》を受けてみるのがよいのだよ」


 専門用語で話されても俺にはさっぱり分からない。

 ただ、思っていたよりも抵抗なく受け容れられたというか、「日本人だから仕方がない」というような雰囲気から、日本人は例外的なところが多いことがその理由かもしれない。


 とにかく、食事の準備ができたようだとクリスさんに促されて、連れ立って食堂へ向かうことになった。


◇◇◇


 食堂には十数人が一度に食事ができるような長方形の大きなテーブルがあって、そこに3人分の食事が用意されていた。


 テーブルの上の上に並べられていた食事は、厚めのトーストに温かいスープ、ハムや目玉焼きなどなど、見慣れた物が多かった。


 これがこの世界の一般的な食事なのかと訊いてみると、「勇者様の世界を、我らなりに再現しているのだよ」と返ってきた。

 このふたりは、その勇者様を随分とリスペクトしているらしい。



「今はご飯――米の再現に取り組んでいるのだが、難航しているのだよ。稲に似た植物――稲自体はあるのだが、品種の問題か環境の問題か、それから採れるお米はあまり美味しいものではなくてね……」

「勇者様がご存命の間に、魔法や錬金術なんかも使って品種改良を目指したのだけれどね……。とにかく、今は美味しいお米を作ることが私たちの悲願なの」


 それは農家の方々の仕事ではないだろうか?

 というか、錬金術師の仕事ってお米を作ることなのか?



 詳しく話を聞いてみる――正確には聞かされたところによると、厳密には魔法などを使って美味しいお米を作るのは不可能ではないらしい。


 ただ、魔法による改良には大きな欠点が存在する。

 全ての魔法に共通することなのだけれど、永続する魔法は存在しない――消費した魔力以上の効果を出すことはできないという原理原則が存在する。


 つまり、時間と共に魔法は劣化する――この場合は、「美味しくなる」という効力は低下していって、どう頑張っても次代に品質を引き継ぐことができないのだ。


 それに対して、小麦などの作物は魔法に頼らずとも品質が良く、米作りに比べてコストも低い。

 また、安定した収穫を望めることもあって、よほどのもの好きでなければ米作りに手を出す人がいないらしい。


 もちろん、一部の物好きの手で通常の品種改良も試されてはいると思うけれど、そんな一朝一夕で成果が上がるものではない。



「美味しいお米という判断基準が分からないのも問題なのだよ。現役の勇者殿に試食してもらうなどはさすがに無理がある。ユーリ君がよければ協力してくれると嬉しいのだよ」


 試食程度で役に立つなら是非もない。


「召喚された勇者の多くは、お米の現状を知ると、お米の栽培に手を出しては散っていくわ。それでも私たちは諦めない。だって、それが勇者様への最大の手向けになるのだもの!」


 勇者さんたちも何をやっているの?

 それとも、この世界のお米には人を惑わせる成分でも含まれているの?


 さっき聞いた話だと、魑魅魍魎が跋扈する修羅の世界のように聞こえたのだけれど、案外平和なのか?



 なお、今食べているお米は、日本人には馴染みの深い水田で作られたものだけれど、知ってのとおり、水田での稲作には大量の水が必要になる。というか、知らなくても少し考えれば分かることだけれど。


 とにかく、それだけの量の水を確保する必要があるのだけれど、河川や湖の近くには動物や魔物も多く生息していて、それが良質になればなるほど、強大な力を持った存在の縄張りになっているものだ。


 もちろん、それを排除できれば解決できる問題ではあるけれど、それができるなら農家なんてやっていないという結論に落ち着く。


 そして、お米に興味が無い人にとっては、麦などの代替作物も存在するため、ごく一部の人たちのために国家や有力者が軍や私兵を動かすほどのうま味も無い。


 一応、陸稲とかいう畑で栽培する稲もあるのだけれど、水稲と比べると収穫量と味は落ちる。

 地球では、水田が作れない地域で栽培されているらしいけれど、日本人勇者の知識や嗜好がもてはやされるこの世界では、ほとんど普及していないようだ。


 なお、クリスさんたちは水問題を魔法で強引に解決して、品質も錬金術で解決しようとしているのだとか。


 素直に専門家の力を借りればいいのに――と思うけれど、その専門家がいないというのが実情らしい。


 だからといって、俺に協力を求められても大して役に立たないと思うのだけれど、それだけ行き詰まっていると思うと、余計に「嫌」とはいえない。



『ユーリ』

 余計なことを考えていると、影から声がかかった。


「あ、――食べる?」

 そういえば、彼も食事をするんだった。


『うん!』


「すみません、厚かましいとは思うのですが――」

「構わないよ、持ってこさせよう。ユーリ君はお代わりするかい?」


 俺が彼の分の食事を頼もうとすると、クリスさんが被せるように気遣い無用だと示す。

 何このイケメン。

 彼だけでなく、俺にまで気を遣ってもらったけれど、元々俺は小食なので、催促のお礼とお代わりは必要ない旨を告げる。


 そうして雑談を交えつつ食事を終え、「美味しかったです」と伝えると、嬉しそうに笑っていた。



 ほどなくして、チャイナドレス姿の女性がワゴンを押してきた。

 ヒラヒラと揺れる裾と、大きく入ったスリットが非常に目につく。

 この視線誘導効果は一体何なのだろう?


 ふと目線を戻すと、クリスさんがニヤニヤしていた。


「良い出来だろう? 彼女たちは私が造り上げた【ホムンクルス】なのだよ。問題点もまだまだ多いがね。それでも傑作といっても構わないだろう」


 クリスさんは自慢げに女性たちを紹介する。


 ホムンクルスとは、ひと言でいうと人造人間のことだそうで、ここまで人と見分けがつかないものを造れるのは、クリスさんくらいのものらしい。


 そして、彼女たちは容姿の秀逸さだけでなく、知性も高く、戦闘能力もそこそこに高いそうなのだけれど、疑似魂とやらが不完全なため、短命であるとか定期的なメンテナンスが必要だとかといった問題が存在するそうだ。


 半分以上は何を言っているのか分からないけれど、何かすごいことだけは分かった。



「そこに勇者様から賜った叡智を組み込み、真なる世界へ続く扉を開く鍵とするのだよ!」


 やはり何を言っているのか分からなかったけれど、これは分からない方が良い気がする。

 実害がない限り、適度に流していこうと思う。



 一風変わった自分の影の食事風景を見た後、最も簡単な魔法――実際には魔法でもスキルでもない特殊なものだけれど、便宜上魔法扱いされているものを教えてもらった。


 それは、使用者のステータス――地位などではなく、能力を開示する魔法。


 使用に際して特に条件などはなく、【発動句】を口にするだけで誰にでも使えるものだそうだ。

 何のことかよく分からないけれど、やってみれば分かるだろう――と、期待を込めて口にする。


「《ステータスオープン》」


 ――しばらく待ってみたけれど、特に変化は見られない。


「どんな感じだったのかしら?」

 セイラさんが問いかけてきたけれど、どうもこうもない。


「何もオープンしません」


「そんな莫迦な。使わない者はいても、使えない者がいるなど聞いたことがないのだよ」

 そんな言い方をされると、俺が悪いような、少し微妙な気分になる。


「《スティタスオゥプン》」

 もしかすると発音が悪かったのかと、もう一度、今度は少しそれっぽい発音で試してみる。

 しかし、先ほどと同じく何も起こらない。


「《ステータスオープン》!」

 声が小さかったのかと思って大きな声を出してみても、やはり何もオープンしない。そんな気配すらない。

 変化があったとすれば、精々が客人が取り乱したのかと勘違いしたホムンクルスが、何事かと様子を見に来たくらいだ。


 その後、何度も趣向を変えてオープンオープン言い続けたものの、一向にステータスとやらが開く気配はなく、クリスさんとセイラさんの表情が慈しみに溢れたものに変わっただけだった。


 彼らとて世界の全てを知っているわけではないのだろうし、恐らく向き不向きというものがあるのだ――と諦めて、他人のステータスを見るための《鑑定》なるものを行うために、地下に移動することになった。


◇◇◇


 高度鑑定室。

 そう書かれた扉を開けて、まず目についたのが拘束具の付いた椅子。

 そして、それに付属しているハーフサイズのヘルメットのような物が置いてあって、それからコードが伸びてよく分からない大きな装置に繋がっている。

 その装置にはコンソールのようなものが配置されていて、その中央には「危険」と日本語で表示されたボタンが激しく自己主張していた。

 さらに、壁には巨大なペンチや鋸など、何に使うか分かりたくない道具が所狭しと掛けられている。


「鑑――拷問部屋?」

 映画でしか見たことがないような、それは見事な拷問部屋だった。


 ただ、血痕どころか汚れひとつない清潔な部屋では、自白に至らせるための説得力に欠ける。

 それ以前に、俺にはこんな簡単な施設や器具での拷問は不可能だという余裕がそう見させているのだろうか。


「ははは。半分くらいはただの脅しで、ほとんどが隠匿や偽装対策の小道具なのだよ。無論、本当に拷問することもできるがね」


 やはりただの虚仮威しだったらしい。

 確かに害がないと分かっていても、進んであの椅子に座りたいとかヘルメットを被りたいとは思わない。


「この部屋に入った時点で《鑑定》は始まっているから、特に何かする必要はないのよ? ああ、でもユーリ君が興味あるんだったら使ってもいいのよ」


 セイラさんがにっこり笑いながら指差す方向には、三角形が組み合わさってできた馬のような奇妙なオブジェがあった。

 これも俺に危害を加えられるものではないけれど、当然乗りたいとは思わない。


 そうこうしているうちに結果が出たようで、みんなでモニターを覗き込む。



 個体名 ユーリ (男?)

 種族  66.6%(J)

 年齢  16

 レベル 1

 クラス 企業戦士

 MHP 0

 MMP 0

 STR 0

 VIT 0

 AGI 0

 DEX 0

 PIE 0

 MND 0

 MAG 0

 E 邪神スーツ(一式)(呪)

  社会に出た戦士を守る鎧であり武器。丸洗いOK。

 E 邪パンツ (日替)(呪)

  戦士の最後の一線を守る砦。抗菌・消臭効果。

 E マジックリング 

  物理防御+1 魔法防御+1 翻訳(8)魔力妨害無効(7)迷彩(5)

 スキル

 魔法

 称号



「本当に男の子なのね。疑問符が付いてるのは初めて見たけれど……」


「大変に結構なことなのだよ。だが、パラメータが全てゼロとは――スキルも魔法も持っていないのはともかく、この結果はあり得ないのだよ。念のために訊いておくが、君は【アンデッド】なのかい?」


「『アンデッド』とは何でしょう?」


「ふむ、これも知らないか。ゾンビやゴーストといった、いわゆる『死にぞこない』なのだよ。見たところ、君は呼吸をしていないようだし、それはアンデッドの特性のひとつ。パラメータがゼロの理由も――いや、アンデッドでもゼロはあり得ないのだが……」


 クリスさんとセイラさんが困惑していた。

 それにしても、殺しても死なないとはよく言われるけれど、さすがに「死にぞこない」は失礼では?


「いえ、そういうのではないと思います。呼吸は15の時に卒業しました。今は気合で生きています」


「呼吸を卒業……? 気合? ええと、どういうことかしら? 最近の日本人は進んでる――といっていいのかしら……。勇者様ではないみたいだれけど――それにしても珍しい。こんなに風変りなのは初めてね」


 ふたりは当事者の俺を置いけぼりにして、ああでもないこうでもないと議論を始めた。

 まあ、研究者とはこういうものだと思えば腹が立つこともないし、どのみち説明してもらっても大して理解できないだろうし。


 しかし、ただひとつ、言葉は理解はできるけれど意味を理解したくないものがあった。


「貴方――邪神だったの?」


 彼の一部だというそれに、邪神の名が冠されていた。

 俺、邪神に憑かれていたの?

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