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09 楽園の主

誤字脱字等修正。

 言葉が通じた――いや、まだ「言葉が通じる」だけであって、「話が通じる」保証はないのだけれど、会話ができる状況というだけでも素直に嬉しい。


 しかし、なぜに男性の声――しかも、バニーさんの胸元から?


 乳と父でもかけているのか?

 もしかして、揶揄われているのか!?



「そうです」

 少しイラっとしたけれど、表情を崩さず、名刺を差し出したままの姿勢で答える。

 というか、俺を見て日本人と判断できる材料は多くないはずなのだけれど――何にしても、会話を打ち切られるような返事はまずい。


<失礼だが、君は少々我々の聞いていた日本人とは特徴が異なるようだが……>

 だったらなぜ訊いた?


 しかし、確かに銀髪紅眼で日本人といっても説得力はない。

 容姿は国籍を証明する要素にはならないし、最近は染めたり被ったりしてかなりカラフルになっているものの、日本人といえばやはり黒髪黒目のイメージがある。


「ハーフなんです。日本人の血は半分だけ。でも、生まれも育ちも日本です」


<ふむ、少なくとも日本語が話せるのは間違いないようだ。では、まずはこれを受け取りたまえ>


 バニーさんの乳が何をもって信用したのかは分からないけれど、今のところは俺に不都合はないので、会話が続くのなら何でも構わない。


 バニーさんの乳がそう言うと、メイドさんが自身の胸元に手を突っ込んで、そこから指輪らしき物を取り出した。


 乳が喋ったり、収納になっていたり――これが女体の神秘か。


 メイドさんから手渡された指輪は、素材は銀のような輝きだけれど、遥かに硬くて、よく見ると複雑で繊細な模様が刻まれていて、そしてほんのり温かく、とても価値のある物に見えた。


「これは?」


<私も日本語は不得意なのでね。――それは、《翻訳》スキルを付与したマジックアイテムなのだよ。適当な指に嵌めれば、自動で指に合うサイズになるのだよ>


 何を言っているか分からない。

 こんな時に手品?


 疑問に思いつつも、話を進めるために、最もサイズが合いそうな右手の中指に嵌めてみた。


 すると、瞬く間に指の形に合わせて指輪が変形――というか縮小して、そのまま指に溶けるように見えなくなってしまった。少しばかり侵食されたような感覚があったけれど、苦になる――というか、気になるほどでもないし、むしろ先方の気に障ってはいけないので、大人しく受け容れる。


「おおっ!? 何だかすごい――何がどうなっているのかな?」

 ただ、理解の及ばない事態に驚きは隠せない。

 まあ、半分くらいはご機嫌取りだけれど。


 俺の動体視力は飛んでくる銃弾を見切れるくらいには優れているし、さっきは雷だって避けられた。

 当然、小手先の手品なんかは見抜けないはずがないと思っていたのに、種も仕掛けも分からなかった。

 しかも、見えないのに触ってみると確かに感触はある――ものすごく透明度の高い水かガラスのようなとでもいうか、俺の目を欺くとは大したものだ。

 俺には理解できない化学とかの応用なのだろうか。


<最新の盗難や魔力妨害対策なのだよ。心配しなくても効果は保証するのだよ>


 しかし、やはり何を言っているのか、何を保証しているのか分からない。

 この手品が何だというのだろう?


 満足を保証?


 バニーさんやメイドさん、日本人であること、手品、保証――そこから導き出される答えは何だ?


<では、入ってきたまえ。歓迎しよう、日本からのお客人よ>


 俺がいろいろと考えている間に、なぜか歓迎されることになってしまった。


 ――まさか、ぼったくるつもりか!?


 普通なら、まずは話も聞かずに攻撃してきたことへの謝罪があるはずだ。


 つまり、追い剥ぎが失敗したのでぼったくりに作戦を変更したということなのだろうか。

 その手には乗らない。


 まずは料金表を――料金表が出てきた時点で無一文の俺はアウトだ。

 踏み倒すか――いや、そういうことが妹たちにバレると、彼女たちの情操教育に悪いので、働いて返そう。


「では、ご案内いたします」

 メイドさんがそう告げてから先行すると、続いてバニーさんがひとつ頭を下げてから後に続いた。


 結局、最後まで名刺は受け取ってもらえなかった。


◇◇◇


 道中、会話を交わすことなく後についていく。


 結局、向かう先がどこだろうと行くしかないのだ。


 警戒レベルは最大――物理的な脅威は感じないので気合は入れていないけれど、どんな変化も見逃すつもりはない。

 見逃すつもりはないのだけれど、バニーさんが歩く度に揺れる尻尾に、メイドさんが歩く度にひらりひらりと翻るスカートに、どうしても意識を奪われてしまう。


 これが視線誘導効果というものなのだろうか。


 俺の体術にも随所に取り入れているのだけれど、ここまでの誘導効果はないように思う。


 もっとも、俺のは意識――というか、認識を惑わせる類のもので、釘付けにするものではないのだけれど、目の前のそれを上手く利用できれば、もうひとつ高みに行けるような気がする。


 妹たちよ、すまない。

 そういうわけなので、これは社会勉強なのだ。

 家に帰るために、俺はひとつ上の男にならなければならないのだ。



 そんなことを考えて時を忘れていると、いつの間にか館の前に着いていた。


◇◇◇


 とても大きな館だった。


 しかし、そんなことは全くもって意識に入ってこない。


 館の中では、バニーさんやメイドさんに負けず劣らずの美女たちが、様々な衣装に身を包んで出迎えてくれていた。


 制服、ナース、チアガール等の無難なところから、男装やら軍服のようなマニアックなものまで。


 更には口に出して説明するのは憚られるような、露出の高いものなどもあった。


 これが社長の言っていた夢のクラブか!


 どこを見ても眼福な光景に、イケナイお店に迷い込んだような気分になって、無性にドキドキしてくる。

 あはは、俺もまだまだ修行が足りないなあ。


 これが性欲? なのかどうかは分からないけれど、初めての経験というのは理由もなくドキドキするものだ。


 いや、奇妙なトカゲやイヌとの遭遇はドキドキしなかったけれど。


 やはり性欲なのか?

 よく分からないけれど、何事も経験か。



「入りたまえ」


 綺麗なお姉さんたちに見送られながら、テレビでしか見たことのないような無駄に大きな階段を上って、二階のとある部屋の前まで案内された。

 何をしに来たのか忘れそうになっていたけれど、扉の向こうから届いた声でようやく我に返った。


 ――というかこの声、バニーさんの胸から聞こえていた声だ。

 通信機か何かを使っていたのだろうか?



 気を取り直して室内へ入ると、二十代半ばくらいの青年と、同じくらいの年齢の女性が待っていた。

 絵になるレベルの美男美女だ。


「ようこそ、お客人。先ずは掛けて楽にして欲しい」


 促されるまま彼の正面のソファに腰を下ろす。

 その直後に、「挨拶をするのを忘れた」と思い出すも、待ち構えていたようにナース服を着た女性がお茶を運んできたので、タイミングを逸してしまった。



「さて、自己紹介しておこうか。私は【クリス】。この館で錬金術の研究をしている者だ。こちらは【セイラ】。私の協力者だ」


「セイラよ。よろしくね」


 クリスさんとセイラさんね。

 人の名前を覚えるのは苦手だけれど――というか、しばらく会わないとすぐに忘れてしまうのだけれど、ここで忘れたり間違えたりするのはまずいので、真剣に覚える。


「初めまして、ユーリです。ちょっと道に迷ってしまいまして」


 少し迷ったけれど、俺も相手に合わせてファミリーネームは名乗らなかった。

 失礼はもう今更だし、今は子供の姿なので、多少の失礼は大目に見てもらいたい。


 というか、錬金術って何だろう?

 子供だからと莫迦にしているのだろうか――いや、本気ならかなりヤバいし、莫迦にされている方がいくらかマシだ。


 良い歳した大人が錬金術だとか言って、森の奥に引き籠る――本来なら病院を勧めるべきだけれど、彼の落ち着いた雰囲気からは心の病には見えない。


「先ほどはすまなかった。――実は少し前に、この地を護る結界に強い干渉があったのでね」


 それは確認するまでもなく俺のせいだろう――いや、奇跡的な確率だったとしても、偶然という可能性もなくはない。

 そもそも、結界が何なのか分からないので判断できない。


 とにかく、バレているような感じはないので、言い出すにしてもタイミングを計った方がいい。


「ちょうど昨日は、【ロメリア王国】が勇者召喚の儀式を行う予定日だったものだから、かの国が儀式に失敗でもしたのかと思ってね。それで部下に警戒させていたのだよ」


 まるで予想していなかった言葉がいくつか飛び出してきた。

 勇者――妹たちのやっていたゲームの中で度々登場した職業名だ――え、職業なのか?

 よくよく考えると何をする仕事なのだろう?


 さておき、ロメリア王国だったか?

 そんな国は聞いたことがない。

 俺が知らないだけかもしれないけれど、少なくとも怪しい儀式を国を挙げて行うところは知らない。


「ユーリちゃんは日本人――ということは、勇者様なのかしら?」

 男性の隣に腰掛けていた女性――ええと、セイラさんが質問してきた。


 いろいろ気になることはあるけれど、まず最初に言っておかなければならない。


「勇者が何かは分かりません。でも、『ちゃん』付けは止めていただけませんか? これでも俺は男なので」

「「!」」


 ふたりは驚いて顔を見合わせて、現地語らしい言葉で何やら真剣にやり取りをし始めた。

 音としては何を言っているのか分からないけれど、何となく意味は通じている。


 間違われて愉快な気分ではないけれど、そこまで慌てられても困る――というか、ここまで大袈裟に驚く人は初めてだ。


「すみません、いくつか教えて欲しいことが――」


「うむ。答えられることなら何でも答えよう。だが、その前に――」

 クリスと名乗った男性が被せるように語りだした。


 多少の交換条件なら呑んでも構わないのだけれど、欲望でギラギラとした彼の目が不安を煽る。

 彼女の方も、前のめりで期待の目を向けている。

 やはり、マッドサイエンティスト気取りの金持ちの道楽なのか?

 最悪の場合は、彼に奪わせてみるか――。


◇◇◇


「両手を胸の前で組んで――違う! こうだ! そのまま、こう、上目遣いでこちらを見るのだよ!」


 俺の警戒を余所に、彼らの要求は、俺にとあるポーズを取らせることだった。


 というか、やけに気合の入ったイケメンが媚びたお願いポーズを実演するので、あまりのキモさに思わず従ってしまった。


「「イェーーイ!」」


 そして、困惑する俺を置いてけぼりにして、ハイタッチで喜びを分かち合うふたりがいた。


 ――要求これだけ?

 何なの、これ?


 この人たちに頼って大丈夫なのかな?

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