第四十六話 悪夢の怪馬
俺達は打ち合せ通りの配置に付いた。
ケルトのスキルで、〈夢の主〉が突撃してくるタイミングはわかっている。
順当に戦闘が進めば、順当に負ける。
通常でも格上相手は、一撃で殺されかねないため長期戦を挑むという選択肢はない。
〈
何としてでも短期決戦で仕留めきるしかない。
様子見を挟みたかったが、ケルトやメアベルがその間に崩れかねない。
開幕早々に〈燻り狂う牙〉のスキルを駆使し、重騎士の火力で一気に敵を叩くつもりだ。
長い通路で、右側に俺が、左側にルーチェが立ち、背後にメアベルが構えていた。
段々と速い足音が近づいてくる。
通路奥の闇から、巨大な骸骨が現れた。
兜を被り、腕には籠手があった。
左手には剣を、右手には盾を有している。
そして、その下半身は大柄の漆黒の馬となっていた。
ケンタウロスの骸骨版、とでも表現したところか。
明らかにナイトボーンとは異なる……存在進化だ。
胸骨の奥には、青白く輝く球体が浮かんでいた。
ナイトボーンにも同様の特徴があった。
弱点ではあるが、胸骨が邪魔でまず攻撃の通る部位ではない。
「オオ……オオオオオオオ……!」
骸骨の化け物が吠える。
「や、やっぱり聞いてた姿と全然違う! なんて悍ましい姿なんよ!」
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魔物:スカルロード
Lv :85
HP :761/787
MP :307/315
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出たな……【Lv:85】。
この辺りから〈夢の主〉のHPが跳ね上がって来る。
メタ的にいえば、この辺りからパーティーの連携が取れ、スキルのコンボで火力も出せるようになってきているだろう、というゲーム側の事情なのだろうが。
だが、俺もステータスがかなり育ってきている。
〈ミスリルの剣〉による攻撃力上昇値もかなり効いている。
「〈ライフシールド〉!」
俺の生命力が実体化し、光の鎧となって全身を包んでいく。
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〈ライフシールド〉【通常スキル】
HPを最大値の20%支払って発動する。
支払ったHPと同じ耐久値を持つシールドで全身を覆う。
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そしてこれによって、〈死線の暴竜〉を安定して発動させられる。
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〈死線の暴竜〉【特性スキル】
残りHPが20%以下の場合、攻撃力・素早さを100%上昇させる。
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条件を満たし、俺の身体の奥から赤い光が溢れ出す。
同時に全身に力が漲るのがわかる。
「更に、〈不惜身命〉!」
俺は剣を突き上げて吠える。
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〈不惜身命〉【通常スキル】
残りHPが50%以下の場合のみ発動できる。
防御力を【0】にし、減少させた値だけ攻撃力を上昇させる。
発動中はMPを継続的に消耗する。
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〈死線の暴竜〉の赤い光に、〈不惜身命〉の青白い光が交差する。
初期・重騎士のお決まり三点コンボである。
HP残量は残り僅か、俺を守ってくれるのは〈ライフシールド〉のみとなった。
「ナイトボーンより速度重視の型にはなっているだろうが、大まかには変わっていないはずだ! 予定通りの作戦で行く!」
俺は地面を蹴り、通路の右側から駆ける。
ルーチェが反対側へ跳び、俺にやや先行する形で〈曲芸歩術〉で壁を駆ける。
スカルロードの容姿は、俺の想定通りだった。
ケルトは聞いた足音から、四足獣のようだと評価していた。
ナイトボーンの特徴も残しているだろうということから、魔物としての形や戦い方は事前からある程度絞れていた。
ただ、盾を有しているのは予想外だった。
盾の有無は大きく異なる。
俺達が求めているのは短期決戦……それも、重騎士のコンボ火力頼みだ。
敵の防御性能によって致命打を逸らされれば、それだけで勝ち筋が潰える。
速度では相手が遥かに勝っているのだ。
数の利があるとはいえ、盾を持った相手に決定打を取ることは難しい。
正面からルーチェと共に突撃しても、二人共一振りで蹴散らされて終わりだ。
「今だ、ケルト!」
俺は声を張り上げて叫ぶ。
スカルロードの背後から、ケルトがぬっと姿を現す。
ケルトのスキル、〈影沈み〉だ。
〈基礎暗殺術〉のスキルツリーで取得したものらしい。
影に潜伏するが、継続してMPを消耗するため長くは使えない。
スカルロードの現れる直前に潜伏してもらったのだ。
この長い通路であれば、ケルトに手前に〈影沈み〉させておけば、確実に相手を挟み撃ちにできるからだ。
〈影沈み〉中は発動者の気配が薄くなる。
一度も姿を確認されていなければ、万全の形でスカルロードの隙を突ける。
如何に速いスカルロードとて、この狭く薄暗い墓所の通路で、完全な不意打ちを背後から放たれれば避けようがない。
ましてやあの巨体、それも縦に長い四足獣の下半身だ。
「〈ポイントショット〉!」
放たれた矢は、スカルロードの胸骨の隙間を抜け、弱点である青白い球体へと突き刺さった。
ガクンとスカルロードの身体が揺れ、背後を確認しようと強引に身体を捩った。
さすが、ここぞという場面で外さずにしっかり熟してくれる。
「敵を目前に悠長ですね……! 〈曲芸連撃〉!」
ルーチェが壁を蹴り、身体を捻りながらナイフを振り回す。
スカルロードは剣を引き、盾でルーチェの連撃を遮る。
この通路の狭さは、スカルロードの巨体にとっては大きな邪魔になる。
本来、広い空間で戦うことを想定された魔物だ。
〈
〈曲芸歩術〉で壁を走るルーチェは、大きな武器を持つ魔物にとって攻撃しにくいのだ。
下手に動けば、刃が壁につっかえる。
そのためわざわざ剣を引き、不格好な体勢で盾を構える羽目になったのだ。
防ぎ切れずに数発もらっていた。
「そして本命はこっちだ! 〈ディザーム〉!」
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〈ディザーム〉【通常スキル】
斬りつけた相手の攻撃力を短時間の間、一段階減少させる。
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刃が紫の光を帯びる。
〈死線の暴竜〉と〈不惜身命〉で強化された俺の一撃。
重い斬撃がスカルロードの胸骨を穿った。
〈ディザーム〉は強力なスキルだが、一番の弱点は一分しか効果が持続しないことだ。
それも〈夢の主〉共通の状態異常耐性のため、効果持続時間は半減しており、減少率も下げられている。
「〈スロウ〉!」
メアベルがスカルロードに魔法を放ち、畳み掛ける。
紫の光がスカルロードに当たった。
一定時間、対象の速度を減少させる魔法スキルだ。
ここで〈スロウ〉を当てるために、メアベルも後衛としては有り得ない程前に出てもらっている。
「やっ、やりましたよぅっ、エルマさん! 毒、入りました!」
ルーチェが叫ぶ。
〈毒蜈蚣の小刀〉の、低確率毒付与効果だ。
この追加効果は、ルーチェの〈豪運〉と、手数を増やす〈曲芸連撃〉と相性がいい。
攻撃力減少、速度減少、そして毒の状態異常が入った。
〈夢の主〉の耐性は強力なので減少率も抑えられているし、効果持続もすぐに切れる。
だが、それでもないよりは圧倒的にマシだ。
毒のダメージなんて〈夢の主〉の耐性と自動回復の前には打ち消されるレベルであるし、簡単に自然治癒される。
しかし、毒には速度減少効果も付いているのだ。今回は特にこちらがメインとなる。
不意打ちから地の利を活かしきり、重騎士の一撃と各種デバフを入れることができた。
ここまでは完璧に俺の描いた図の通りに進んだ。
だが……問題なのは、むしろここからである。
主要な手札を全て切って、不意打ちでデバフを重ね続けた。
各種の有効時間は三十秒から九十秒。
これが切れれば、俺達四人は成す術もなく瞬殺されて終わりだ。
ここからは力技で強引に攻め続けなければならない。