第二十七話 魔剣士の隙
俺はヒルデと正面から睨み合う。
現在、俺のHPは四割以下に調整している。
一度〈ライフシールド〉を使えば、すぐに〈死線の暴竜〉の発動条件を満たすことができる。
「さっさと始めようか、重騎士」
ヒルデが不敵に笑い、剣を構える。
正直、決闘での相性でいえば最悪だ。
このレベル帯で重騎士が魔剣士を相手取れば、順当に進めば、散々魔法攻撃でHPを削られ、自分から仕掛けたところを剣技のスキルで返り討ちにあって完封されることになる。
ただ、魔剣士には思考の癖がある。
そして恐らく、ヒルデはその偏りが大きい。
「決闘の前に、立会人のギルド職員に確認しておきたいことがある」
「ん……? なんですか、エルマさん」
マチルダは不安げな様子であった。
本音をいえば、決闘の立会人など引き受けたくはないのだろう。
「ギルドが決闘の立会人が引き受けるのは、無暗な私闘や揉め事を避けるためだと聞いたことがある。ただ、スキルを使ってやってる以上、万が一の場合はどうしてもある。相手を死傷させた場合はどうなる?」
マチルダが嫌そうに顔を顰める。
「その危険性は両者が理解した上で決闘の場に立っている……という認識で私達は立ち合うことになっています。その点が不安なのでしたら、やはり、今からでも中断なされては……?」
「いや、それが確認できてよかった。とっとと始めよう、ヒルデ」
俺の言葉に、ヒルデは額に青筋を浮かべた。
「安い挑発だな。手心は最低限加えてやるつもりだったが、オレ様が気が長い方ではないぞ。立会人、当然だがオレ様もその認識で構わん」
お互い、距離を置いたところで立つ。
魔法特化クラスに多少配慮した間合いに設定されているようだ。
ルーチェとベルガ、マチルダが不安げに俺達の戦いの行く末を見守っている。
「で、では……始め!」
開始と同時に、俺はすかさず〈ライフシールド〉を展開した。
俺の生命力が実体化し……光の壁となって全身を包んでいく。
そして同時にHPが残り二割を切った。
俺の身体から、〈死線の暴竜〉の赤い光が漏れる。
――――――――――――――――――――
〈死線の暴竜〉【特性スキル】
残りHPが20%以下の場合、攻撃力・素早さを100%上昇させる。
――――――――――――――――――――
これで一気に攻撃力と素早さが補われた。
勝負前から使っていてもよかったのだが、バフ効果を持ったスキルを準備しておくのは、決闘のルールで禁じられていた。
〈ライフシールド〉継続状態で決闘を始めるのは認められそうになかったので、開幕と同時に使うことにしたのだ。
「なんだ? 妙なスキルを……」
一気に距離を詰めに来ていたヒルデが、速度を落とした。
元々は様子見せずに斬り掛かるつもりだったのだろうが、俺の不審な動きを見て、探り探り仕掛ける方針へと切り替えたようだ。
俺は剣を構える。
「〈不惜身命〉!」
俺の身体を、青い光が包み込む。
赤と青、二つの光が俺の身体の周囲を飛び交い、交差した。
――――――――――――――――――――
〈不惜身命〉【通常スキル】
残りHPが50%以下の場合のみ発動できる。
防御力を【0】にし、減少させた値だけ攻撃力を上昇させる。
発動中はMPを継続的に消耗する。
――――――――――――――――――――
ルーチェの顔が一気に蒼褪めた。
「ど、どうして! そのスキル、決闘で使っても危ないばかりで意味がないって……エルマさん、そう言っていましたのに!」
そう、これで攻撃力を強引に六倍まで引き上げても、決闘では過剰なダメージにしかならない。
おまけに防御力が減少するため、互いの死亡リスクを引き上げるだけだ。
何なら距離があるこの状態で使えば、魔剣士であるヒルデから魔法攻撃で攻め立てられ、一瞬でHPがゼロになりかねない。
真っ当に戦うのならば、決闘では百害あって一利なしのスキルである。
「んん!?」
ヒルデは俺との距離を保ったまま、ルーチェを横目でちらりと確認していた。
知らないスキルの二重発動。
命懸けの決闘中に、急に目前にして怖くないわけがない。
ルーチェの声のために、余計に不安になったようであった。
俺は六倍に跳ね上がっている攻撃力を用いて、力いっぱい地面を叩いた。
轟音と共に容易く地面が砕ける。
その勢いで砂嵐が巻き起こった。
「よし、調子は悪くないな」
「は、はぁ!? はああああ!?」
俺の光景を見て、ベルガとマチルダ、そしてヒルデは唖然と大口を開けていた。
驚くのも無理もない。
俺はまだ【Lv:62】だが、一般的なクラスでこれだけの攻撃力をスキルの効果なしで叩き出そうと思えば、【Lv:130】は必要になるだろう。
魔剣士には大きな思考の癖がある。
安全遵守である。
『魔剣士は引き際を弁えている』とは、誰がいったか〈マジックワールド〉で諺のように用いられていた言葉である。
死ねばそれまでのこの世界で成功してきたヒルデである。
この思考の癖からズレているとはまず思えない。
持久力に難があり、デメリット付きスキルでの高火力を売りにしている魔剣士は、〈
どれだけ周囲に吠え付いていようと、小型犬のようなものである。
安全圏から一歩出たところで勝負に出られるような度胸はまずない。
また、ヒルデは同じ魔剣士である〈黒き炎刃〉を師匠にしている、という話であった。
〈黒き炎刃〉も、絶対ヒルデに詳細がわからないものに近づくな、と徹底して教え込んでいるはずだ。
そしてそれを守ってきていたからこそ、彼女はB級冒険者になるまで生き延びることができたのだ。
ヒルデは脅しを掛ければ降りる。
俺にはその確信があった。
「待て待て待て待て! 待て、止まれ! 一度止まれ!」
ヒルデは剣を下ろし、汗だくで俺へと手を向ける。
魔法スキルでも下手に攻撃すれば、何か反撃のスキルが飛んできたときに一撃で殺されかねないと思っているのだろう。
彼女は戦いの意志がないことを必死に俺へと示していた。
「ちゅっ、中止だ中止! 聞こえていないのか、おいっ!」
ヒルデはそう言った後、手にしていた剣へと目を落とし、素早く遠くへとぶん投げた。
壁に彼女の刃が突き刺さる。
「止まれ重騎士! 止まれ! オレ様は武器を捨てたぞ、おい! ちょっと、本当に止まって!」
ヒルデは滑らかな動きで地面の上に座り込み、頭を地面へと付けた。
「こっ、降参する! 降参だ! 負けを認めるっ! 認めるから!」
俺は足を止めた。
ヒルデはガタガタと震えたまま、そうっと顔を上げる。
「勝敗の宣言を頼む」
「え……あ、はい。しょ、勝者はエルマさんです」
呆気に取られていたマチルダが、俺に急かされてようやくそう口にした。
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(2021/7/11)