第二十四話 魔剣士ヒルデ
ベルガに依頼した鍛冶が終わるまでの数日の間、俺とルーチェはラコリナでの観光を兼ねた情報収集に専念していた。
ルーチェの今後のキャラビルドに必要となる〈死神の凶手〉の〈
もっとも今は〈死神の凶手〉が購入できるような金銭の当てがないので、見つかっても歯痒い想いをしただけなのだろうが……。
割かし使い勝手のいい〈
〈
店主が捕まることはあっても客への処罰は行わないことが多いのだが、転売で荒稼ぎしていた冒険者がいたとわかれば、まず放置しておいてくれるとは思えない。
買って売ってが癖になれば、いつか衛兵に捕まることになるだろう。
ラコリナで捕まって俺が貴族の子息だと分かれば、ハウルロッド侯爵家はこれ幸いと俺の実家を詰って大事にするはずだ。
ギルド長のハレインも、俺が〈
ミスリルの剣ができあがるという約束の日、俺とルーチェはベルガの鍛冶屋へと向かっていた。
「〈気合の拳〉の〈
〈気合の拳〉は格闘の基礎スキルの習得、そして防御力の小アップが手に入るスキルツリーである。
ただ、格闘スキルの基礎はほとんど習得する意味がない。
格闘スキルは徒手が条件となるため武器の恩恵を得られず、リーチと攻撃力に欠けるためだ。
格闘系も極めれば強みがあるのだが、〈気合の拳〉では基礎スキルしか習得できない。
防御力アップも、ステータス上昇の中でも最も人気が低い。
だが、〈気合の拳〉を伸ばせば、終盤で〈スタン耐性〉と〈混乱耐性〉が得られる。
この二つは地味ながらに強力なので、〈マジックワールド〉でも〈気合の拳〉をキャラビルドに組み込む上位プレイヤーは一定数存在した。
特に死ねば終わりのこの世界で、〈スタン耐性〉と〈混乱耐性〉を得られるリターンはそれなりに大きいはずだ。
ほとんど市場価値に等しい、捨て値の一千万ゴルドで売られていたのを見たときは心が躍ったのだが……。
「もう転売の話は諦めましょう、エルマさん」
ルーチェが苦笑する。
「いや、俺もリスクとリターンが釣り合っていないのは冷静になった今はわかるんだがな……」
ただ、元プレイヤーとしての血が騒ぐのだ。
アイテムの価値を見極め、資産運用して所持ゴルドを増やすのは、〈マジックワールド〉プレイヤーの嗜みであった。
「ただ、あれをちょっと売買しただけで、余裕で千、二千万ゴルドは入っただろうと思うとな」
「二千万ゴルド!?」
ルーチェが目を見開いた。
〈気合の拳〉が叩き売りされているのを見つけたときには心が躍った。
都市ロンダルムの〈破れた魔導書堂〉の婆さんが金に汚かったのも少し理解できた。
もはや大金を動かすのが趣味になっているのだろう。
あの人はいったい、いくら貯め込んでいることか。
「エ、エルマさん、売るかどうかは別にして、やっぱり一応買っておきませんか……?」
「さすがにリスクがな」
今度は俺が苦笑しながら答える番だった。
話をしている間に、ベルガの鍛冶屋に辿り着いた。
「さて……黒鋼鎧はもう少し掛かるはずだが、これでミスリル剣とのご対面だな」
足取りが軽い。
新しい武器やスキルツリーを手に入れるときが一番ワクワクする。
「あれ……扉、開いていますね。いつも閉めていますのに」
「わからんジジイだ。何も寄越せと言っているわけじゃない。その剣を売れと言っているだけだ。その〈ミスリルの剣〉を扱えるのは、冒険者の都でもこのオレ様くらいだろうよ」
鍛冶屋の中から声が聞こえる。
「おどれに売る武器などないわ! そもそもこれは依頼品じゃ! さっさと出ていくがいい!」
「材料費分の金でも握らせておけば納得するだろうよ。それくらいの色は付けて買ってやると言ってるんだ。あまりオレ様を怒らせるなよ? オレ様はギルドに顔も利く、上級冒険者様だ。ちょいと下級冒険者に呼び掛けて、取引してる周囲の店に圧掛けりゃ、キサマが大事にしているこのオンボロ鍛冶屋もそれまでだぜ? こっちは別に、手を汚さなくたってキサマなんか潰せるんだよ」
何やら剣呑な様子であった。
どうやら前にベルガが口にしていた、魔剣士とやららしい。
「これはまずそうだな……」
「い、行きましょう、エルマさん!」
俺とルーチェは鍛冶屋の中へと急いだ。
すぐにベルガの姿が見えた。
「無事か、爺さん! おい、魔剣士、いい加減に……! うん?」
魔剣士の姿が見当たらない。
確かに今さっきまで、ベルガと言い争いをしていたはずなのだが。
「ほう、キサマが依頼主か。なんだ、どんなヤツかと思えば……こんな弱っちそうな奴らだとはな。仕事を選ぶだのなんだの偉そうに言っておいて、こんなヤツらに〈ミスリルの剣〉を打ったのか。ぷはは、笑わせてくれるじゃないか。鍛冶師ベルガも、貧困には抗えなかったか」
「声はすれど、姿がない……スキルか?」
「エ、エルマさん、下、下です……」
ルーチェが恐々と口にする。
目線を落とすと、剣を担いだ背の低い女がいた。
紫の髪を後ろで束ねている。
「キサマ……このオレ様を馬鹿にしているのか?」
「子供……いや、〈加護の儀〉を経ているなら十五……」
「十七だ」
きつい印象の三白眼を細め、俺を睨み付ける。
声に苛立ちが込められていた。
まさかの年上だった。
「オレ様を舐めているようだな。キサマ、〈黒き炎刃〉の二つ名を持つ魔剣士の話を聞いたことはあるか?」
ラコリナで情報収集をしていたときに聞いた二つ名だった。
〈黒き炎刀〉……このラコリナでも片手で数えられる程しかいない、A級冒険者の一人である、と。
ラコリナ出身の冒険者ではあるが広範囲で活動しており、最近久々にラコリナに戻ってきたところだと聞いていた。
A級冒険者の目安はレベル九十以上だ。
あまり自制心の利くタイプにも見えない。
今揉め事になれば、物の弾みで殺されかねない……。
「何を隠そうこのヒルデ様は、あの高名な冒険者……〈黒き炎刃〉の一番弟子だ」
女魔剣士……改めヒルデは、俺達を威圧するように、得意げに自身を親指で示してそう口にした。
「そ、そうか……それは凄いな」
……とりあえず、本人ではなかったらしい。