第十四話 デスアームドの逆鱗
「デスアームドのHPを、削り切れるんですね?」
「ああ」
ルーチェの言葉に、俺は頷く。
死ねば終わりのこの世界で、不安定で大味な戦法を取りたくはなかったが、デスアームドを討伐できる方法は一つしかない。
逃走しても、結果は同じだ。
これだけレベルに差があれば、奴から逃げ遂せるのは不可能だ。
できたとしても、デスアームドを〈
デスアームドの桁外れのHPに、頑強な装甲、そして圧倒的な回復力。
これを突破するには、〈マジックワールド〉のゲームブレイカーと呼ばれた、重騎士の一撃を叩き込むしかない。
残りのスキルポイントを〈燻り狂う牙〉に注ぎ込めば、重騎士の規格外の超火力をこの世界で再現できる。
現時点ではリスクが大きすぎるために後回しにするつもりだったが、こうなった以上は仕方がない。
「や、やってみせますよ! エルマさん! アタシは、どうしたらいいんですか?」
ルーチェも不安なはずだが、俺を元気づけるかのように、むしろいつもより大きな声でそう言った。
「……ありがとう、ルーチェ」
俺はここの地形を脳内で思い返し、どうすれば成功するのかをシミュレートする。
俺達のレベルで、デスアームド相手に一方的に攻撃できる機会なんて、そう何度も作れるものではない。
チャンスはたった一度切りだ。
「俺が〈シールドバッシュ〉でルーチェを飛ばす。奴の背から素早く岩塊の上へと移動して……奴の尾へと、一撃攻撃してくれ」
「し、尻尾に、一撃攻撃……わかりました!」
ルーチェは快く返事をしてくれた。
ルーチェも、もっと深く作戦について聞いておきたかったことだろう。
不安でないはずがない。
俺も説明にどうにか時間を掛けるべきかと思ったが、ルーチェが迷いなく答えてくれた様子を見て、彼女を信じて手短に終わらせるべきだと判断したのだ。
「ジジジジジジジジジジジジジジジジジジィッ!」
デスアームドが、進行途中にある岩をその大きな顎で砕きながら、俺達目掛けて駆けてくる。
ルーチェが地面を蹴って跳び上がる。
俺は盾を構え、彼女の身体を押し上げた。
「〈シールドバッシュ〉!」
ルーチェの身体が、高くに弾き飛ばされる。
ルーチェはデスアームドの甲殻を蹴り、〈曲芸歩術〉を用いて岩を登り、デスアームドの尾の方へと駆けていく。
「ジィッ……!」
デスアームドの目が、ルーチェへと向いた。
俺は素早く……スマイルの土属性の魔石を取り出し、マナを込めてデスアームドへと投擲した。
魔石が輝きを帯び、デスアームドの顔の近くで無数の土塊の針を伸ばす。
魔石を用いた攻撃は、所詮魔法スキルの大幅な劣化だ。
ましてやレベル上のデスアームド。
重騎士の魔石攻撃でまともなダメージが出るわけもなく、奴の甲殻に傷一つ付けられなかったが……無事に、奴の関心を引くことには成功した。
減速してルーチェへと気を逸らしていたデスアームドだったが、すぐに俺の方へと向き直った。
後はルーチェが奴の尾を攻撃するまでの間……どうにか死ぬ気で時間を稼ぐ。
「〈ライフシールド〉!」
俺は剣を突き上げながら叫んだ。
俺の生命力が実体化し……光の壁となって全身を包んでいく。
――――――――――――――――――――
〈ライフシールド〉【通常スキル】
HPを最大値の20%支払って発動する。
支払ったHPと同じ耐久値を持つシールドで全身を覆う。
――――――――――――――――――――
現在の最大HPの20%……。
俺は【HP:24】を支払い、〈ライフシールド〉を展開した。
――――――――――――――――――――
【エルマ・エドヴァン】
クラス:重騎士
Lv :54
HP :21/128
MP :12/53
――――――――――――――――――――
そして今、〈死線の暴竜〉の発動条件が満たされる!
――――――――――――――――――――
〈死線の暴竜〉【特性スキル】
残りHPが20%以下の場合、攻撃力・素早さを100%上昇させる。
――――――――――――――――――――
これで素早さが倍になった。
デスアームドの方が圧倒的に大きいが、取り回しは利きにくいこの巨体だ。
多少の時間は稼げるはずだ。
俺はデスアームドの動きにくい、大きな岩塊と壁の狭間へと駆ける。
「ジジジジジジジジジジジジジジジジジジィッ!」
デスアームドが、崖壁を削りながら、逃げる俺を追ってくる。
この状態でも、俺よりもなおデスアームドの方が速い……!
デスアームドの接近を許してはいけない。
デスアームドは、プレイヤーが自身の身体に接近すれば、脚を激しく動かして暴れて吹き飛ばそうとする。
俺達のレベルではそれを捌けないし、掠りでもすればそれだけで致命傷になる。
背後から、魔法陣の光が漏れてきた。
デスアームドの魔法スキル……〈デスニードル〉だ。
毒塗りの、鋭利な投擲物を飛ばしてくる。
素早く、手数もあり、威力も高い。
岩蜈蚣の〈ロックブラスト〉より恐ろしいのは、発動者本体が速すぎて遮蔽物に隠れる余裕がないことだ。
あの連射性能の前には〈ライフシールド〉の守りも無力だ。
だが……発動前に、本体の速度と、顎の動きが鈍くなる。
俺は速攻で踵を返し、デスアームドへと距離を詰めた。
盾を前に突き出し、本体の顔部分へと突撃する。
「〈シールドバッシュ〉!」
盾越しに、デスアームドの突進の衝撃が伝わってきた。
〈ライフシールド〉の耐久値が限界を迎えて崩壊する。
〈シールドバッシュ〉は……防御と攻撃のステータスで負けていれば、俺の方が弾き飛ばされることになる。
無論、この二つは高レベルの〈夢の主〉であるデスアームドの方が圧倒的に高い。
俺は〈シールドバッシュ〉の衝撃を受け……勢いよく後方へ弾き飛ばされることになった。
その動きで、綺麗に〈デスニードル〉を避けることができた。
「よし……!」
そして盾の角度を調整していたため、上手く岩塊の上に立つことができた。
「ジジジジジジジ……!」
デスアームドは、苛立ったように俺を睨み付け……。
「〈ダイススラスト〉!」
そのとき丁度、デスアームドの尾を捉えたルーチェが〈ダイススラスト〉を放った。
デスアームドの尾先から奴の体液が舞う。
ここでは普通の攻撃でもよかったのだが、どうやら六のクリティカルをお見舞いしてくれたらしい。
「ジイイイイイイッ!」
デスアームドが怒声を上げる。
デスアームドの尾は弱点というわけではない。
だが、装甲がなく、柔らかく、ひょろりと長い。
おまけに胴体や脚と違って、まともな反撃に出ることもできない。
デスアームドの尾は、いうなれば奴の逆鱗なのだ。
位置取りは完璧だ。
俺もルーチェも、俺が最初に思い描いた座標にいる。
そしてデスアームドを激昂させることに成功した。
これで、奴を倒すための算段が完璧に整った。