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第十三話 デスアームド

 岩蜈蚣の死骸から煙が上がる。

 岩蜈蚣が自身の身体を維持できなくなり、ただのマナの塊へと戻ろうとしているのだ。


「ルーチェ、降りてこないと怪我をす……」


「熱っ! な、なんだかこの煙……凄く熱い……!」


「熱い……?」


 岩蜈蚣程の巨体だと、消滅する際に大量の熱を発することになるのか?

 ゲームでは別に魔物が消滅する際に熱を発する仕様はなかったが、この世界は完全にゲームと同一というわけではない。

 〈マジックワールド〉にはなかった、この世界を成立させるための何かしらの特異な物理法則が働いているのかもしれない……。


「いや……違う」


 それに気づいた瞬間、俺は自身の血の気が引くのを感じた。

 倒したはずの魔物が、ダメージのある蒸気を発生させる。

 この現象は〈マジックワールド〉でも存在していた。


 しかし、それが、今ここで起きるはずがないのだ。


「ルーチェ、すぐにこっちに飛んで来い! その魔物はまだ死んでいない!」


「えっ……? は、はいっ! とにかくそっちへ行きますね!」


 ルーチェが俺の方へと飛び降りて来たとき、岩蜈蚣の身体から、真っ赤な大量の蒸気が湧き出てきた。

 ルーチェはその衝撃に押され、勢いよく俺の方へと落ちてきた。

 俺は咄嗟に前に出て、ルーチェの身体を受け止める。


「ありがとうございます……びっくりしました」


「悪い、ルーチェ……俺の判断ミスだ」


「え……? で、でも、無事に岩蜈蚣は倒せたんじゃ……」


「奴は、死んでなかったんだ!」


 赤い蒸気の中から、紫色の甲殻を持つ大蜈蚣が姿を現した。

 鎧のような刺々しい頑強な鱗に全身を覆われており、頭部には大きな単眼が開いていた。

 そのすぐ下には、長い刃のような、紫に輝く牙が並んでいた。


【〈ロックセンチピード〉が〈デスアームド〉へと存在進化しました。】

【〈デスアームド〉のレベルが60から75へと上がりました。】


 存在進化……特定条件下で発生するレアイベントである。

 魔物が自身の潜在能力を発揮させ、別の種族へと変異する現象だ。


「レッ、【Lv:75】!?」


 ルーチェがそのレベルを聞いて、悲鳴を上げた。


 存在進化は一部の魔物のみに発生する現象であり、種族ごとに固有の条件は決まっているが、〈マジックワールド〉でも正確な全ての魔物の存在進化条件は明らかになっていなかった。

 細かい条件が多い上に、わざわざ引き起こすだけのメリットがないからだ。


 労力が嵩みすぎている上に、魔物相手にそんな悠長な検証を行っているのはリスクが大きい。

 リターンといえばレアドロップと経験値くらいだが、わざわざ存在進化を引き起こすくらいならば、最初から適正レベルの〈夢の穴(ダンジョン)〉に入っていた方がいいに決まっている。


 大まかにではあるが、俺はデスアームドへの存在進化条件を知っている。

 一定数以上の冒険者の死骸を喰らい、一定数以上の魔石を喰らい、その上で冒険者に討伐されることだ。

 数の差異や細かい違いはあれど、〈夢の主〉の存在進化の条件は概ねこれが土台になっていた。


 俺はこの条件が満たされている可能性は、まずあり得ないと考えていた。

 この条件が満たされるのは、〈夢の主〉が〈夢の穴(ダンジョン)〉内を移動する〈王の彷徨(ワンダリング)〉が何度も発生した場合だけだからだ。


 ここ〈百足坑道〉はまだ発生してから日が浅いと聞いていた。

 それに〈王の彷徨(ワンダリング)〉による冒険者の虐殺があれば、冒険者の都ラコリナで情報共有が発生しないはずがない。


 〈マジックワールド〉とこの世界では法則が多少異なってはいるが、理由もなく存在進化の条件が緩くなっているとは考えられない。


 有り得るとすれば……何者かが、悪意的に存在進化の条件を満たした状態で、ロックセンチピードを放置していたくらいだ。

 ただ、そう考えても釈然としないことだらけだ。

 そんなことをする理由がないし、この世界で存在進化の条件を知っていて、それを自在に引き起こせるような人物がいるとも思えない。


 明らかなのは、俺の認識の食い違いによってデスアームドと対峙することになり、それにルーチェを巻き込んでしまった、ということだ。


「本当にすまない、ルーチェ……。こんなこと、起こるわけがないと思っていた。ここ最近上手く行きすぎていて、気が緩んでいたのかもしれない」


「あ、謝らないでくださいよぅっ! そうだ、アタシをまた〈シールドバッシュ〉で飛ばしてください! また連撃で……!」


「いや……奴は、HPと防御力が桁外れに高く、回復力も高い。手数勝負では、まともなダメージが入らないんだ。〈ダイススラスト〉も、現実的とはいえない」


 〈ダイススラスト〉は〈曲芸連撃〉よりは勝算があるが、あちらでも四回は【六】を当てる必要がある。

 期待値で考えれば、十回は〈ダイススラスト〉を当てなければならない。

 ハズレが続いて時間が開けば、どんどん必要回数は増えていく。


 デスアームド相手に、ルーチェが何度も一方的に攻撃できる好機はまず訪れない。


「ジジジジジジジジィッ!」


 デスアームドが突進してくる。

 大きな単眼が、真っ直ぐに俺達を睨んでいる。


 デスアームド相手では、岩塊の合間を抜けて時間を稼ぐような作戦も無意味だ。

 奴の攻撃力の前では岩塊ごと吹き飛ばされる。


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魔物:デスアームド

Lv :75

HP :180/180

MP :88/88

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 一応確認したが、絶望的な〈ステータス〉だ。

 デスアームド自体、恐ろしく速く、攻撃力も高い。

 ただ正面から攻撃しても、こちらの刃が届く前にあの巨体に圧死させられてしまうだろう。


 安全に奴を攻撃できる機会を作り、なおかつあの高いHPと防御力を打ち破らなければならない。


「ルーチェ……一つだけ、勝てるかもしれない方法がある。乗ってくれるか?」

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