第八話 魔銀の巨人
俺が二度地面を蹴ると、大きな足音がこちらへ近づいてきた。
「よし、しっかりと来ているな」
わざと音を立てて、ミスリルゴーレムを誘導していたのだ。
「ほ、本当にここで大丈夫なんですかぁ……?」
ルーチェが不安げに零す。
「場所はこれ以上ないくらいに万全だ。問題は、俺達が地形に足を取られないことくらいだ」
俺達が今立っている場所は、対ミスリルゴーレム用に探し出したところだ。
天井が低く幅も狭く、おまけに足場が悪い。
巨体のミスリルゴーレムにとってはこの上なく動きにくいはずだ。
「ここで出没するミスリルゴーレムは【Lv:55】……そして【攻撃力:78】、【防御力:66】。おまけに特性スキル〈自動再生〉を持っていて、厄介この上ない奴だ」
「聞けば聞くほど恐ろしいですね……」
ミスリルゴーレムは高い防御力と〈自動再生〉を持つため、恐ろしくタフな魔物である。
巨体故にリーチも長く、容易に間合いに入れない。
だが、奴の強みはタフネスよりも、その圧倒的破壊力にある。
ミスリルゴーレムの剛力の前では、俺でも直撃二発は耐えられない。
こんな相手にだらだらと戦っていれば、いずれこちらが殴り殺される。
故に、強引に短期決戦に持ち込む必要がある。
「ちまちまダメージを与えるのは意味がない。防御力が高い相手だから、手数よりも一撃の重さで勝負するしかない。つまり、いつも通りではあるが、ルーチェには〈ダイススラスト〉を狙ってもらう」
防御力が高い相手はクリティカルに弱い。
〈ダイススラスト〉の【六】は特に、通常のクリティカルに加えて1.3倍のダメージになる。
今の〈黒鋼ナイフ〉装備のルーチェの〈ダイススラスト〉の【六】であれば、ミスリルゴーレム相手であっても上手くいけば二発で仕留められる。
もっとも、ミスリルゴーレムの両腕を掻い潜って〈ダイススラスト〉を叩き込み続けるのは、決して容易なことではないが……そのための俺と、ここの地形である。
「お出ましのようだな」
大きな足音共に、ミスリルゴーレムが姿を現す。
青緑色に輝く、ミスリルの巨人。
全長は三メートルと少しといったところか。
ごつごつとした鎧のような姿をしていた。
――――――――――――――――――――
魔物:ミスリルゴーレム
Lv :55
HP :117/117
MP :48/48
――――――――――――――――――――
こうして見ると、本当に圧倒的なパラメーターだ。
欲深い冒険者達を圧殺してきた、ミスリルの巨人は伊達ではない。
「お前のミスリル、剥がさせてもらうぞ!」
俺が前に出ると同時に、ミスリルゴーレムもまた前に出ていた。
「オオオオオオオオオオオオオッ!」
ミスリルの塊が、怒号を上げながら向かってくるのはなかなか圧巻だった。
俺は気圧されまいと歯を食いしばる。
「オアアアアアアアアアッ!」
巨大な腕が、俺を押し潰そうと迫って来る。
〈パリィ〉で弾こうとしたが、咄嗟に俺は剣を引いた。
正面からこの馬鹿力を往なすのは無理だ。
腕が持っていかれかねない。
構えた盾越しに、身体に衝撃が走る。
背後に跳んで衝撃を殺したつもりだったが、完全にダメージを抑えることはできなかった。
俺は二メートルほど背後まで吹き飛ばされた。
わかってはいたが、〈マジックワールド〉のときとは、威圧感も存在感も桁違いだ。
「あわよくばここで〈ディザーム〉を叩き込んでおくつもりだったんだが、ちょっと厳しいか」
だが、最低限の目標は達成していた。
俺が気を引いた隙に、ルーチェが〈曲芸歩術〉で壁を駆け、ミスリルゴーレムの横を抜けて背後へと回り込んだ。
「よしっ! 上手く行きましたよぅっ!」
これで狭い通路で、ミスリルゴーレムを挟み込む形になった。
ここからは俺が気を引き続け、ルーチェが背後から〈ダイススラスト〉を狙うはずだったのだが……。
「オアアアアアアアアッ!」
ミスリルゴーレムは大きく腕を伸ばし、前後の俺達を牽制するように振り乱す。
ルーチェは〈黒鋼ナイフ〉をミスリルゴーレムに突き立てようとしていたが、慌てて身体を引いていた。
彼女の鼻先を、ミスリルゴーレムの巨大な手が掠める。
「きゃあっ! び、びっくりました……」
ミスリルゴーレムの手は洞窟の壁をごっそりと削り、五指の形の溝を彫っていた。
破壊力が本当に桁外れだ。
「だが、この狭い通路で前後を警戒するのは無謀だったな」
ミスリルゴーレムの右腕が俺へと向かってくる。
俺はその右腕を払い飛ばすように刃を振るう。
「〈パリィ〉ッ!」
弾かれて軌道の逸れた右腕は、洞窟の壁へと勢いよく突き刺さった。
ミスリルゴーレムの全力の攻撃を正面から〈パリィ〉で弾くには、今の俺には厳しそうだった。
だが、今のミスリルゴーレムの一撃は牽制目的で振られていたため、腕の狙いが甘くなっている。
おまけに狭い通路で強引に前後の相手へ攻撃を仕掛けようとしていたため、視界も不安定であったはずだ。
俺は素早くミスリルゴーレムへと距離を詰めた。
ミスリルゴーレムは慌ててルーチェに向けていた左腕を俺へと戻し、掴み掛かって来る。
だが、さすがに俺の方が速い!
「〈シールドバッシュ〉!」
盾を構え、全力の体当たりをお見舞いする。
しかし〈シールドバッシュ〉は、【防御力+攻撃力/2】の値で競い合い、こちらが上回っていれば、その数値だけ勢いよく相手を突き飛ばすことができるスキルである。
そして残念ながら、攻撃力は当然、お得意の防御力もミスリルゴーレムには完敗している。
むしろ押した俺の方が、大きく背後へ突き飛ばされる形になった。
だが、それでいい。
攻めると見せかけて退くために〈シールドバッシュ〉を放ったのだ。
ミスリルゴーレムの一撃は、スキルの勢いで大きく背後に飛んだ俺には追い付けなかった。
「両手、使ったな」
ミスリルゴーレムの右手は壁にめり込んでおり、左手は俺へと伸ばしきっている。
完全にルーチェに対して無防備な状態になっていた。
「〈ダイススラスト〉!」
きっちり【六】の数字が宙に浮かんでくれていた。
ミスリルゴーレムの背を〈ダイススラスト〉の一撃が穿つ。
罅が入っていた。
――――――――――――――――――――
魔物:ミスリルゴーレム
Lv :55
HP :56/117
MP :48/48
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「よしっ! よくやったルーチェ! あと一発だ!」
「オオ、オオオオオオオオオオオオッ!」
ミスリルゴーレムが怒号を上げながら腕を振り乱す。
壁にめり込んでいた右手も、洞窟の壁を抉り、強引に脱していた。
ルーチェは素早く〈曲芸歩術〉で壁を蹴り、ミスリルゴーレムの反撃から逃れる。
ここからが正念場だ。
ミスリルゴーレムが〈自動再生〉で回復しきらない内に、もう一撃〈ダイススラスト〉の【六】をルーチェに叩き込んでもらわなければならない。
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(2021/6/7)