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第五話 決着、猿蜘蛛

 アランダエイプが大きく口を開ける。喰らいついてくるつもりだと、すぐにわかった。

 俺は間合いの外側で足を止め、アランダエイプとの距離を保ちながら左側へと移動した。

 伸ばした顎は、俺には届かない。


 アランダエイプは俺より遥かに速い。

 だが、モーションや動きのパターン、リーチはわかっている。

 そう安々とは当たらない。当たるところに入らなければいいのだ。

 ましてや相手は知性のない魔物だ。


 アランダエイプは隙を晒したが、ここでは踏み込まない。

 一撃入れても、その後に〈火炎爪〉の反撃を受ければ、俺なんて一撃で殺される。

 アランダエイプが前脚を伸ばして殴り掛かって来るが、俺はそれも大きく退いて回避する。


「ギィイイイイイ!」


 アランダエイプが叫ぶと、魔法陣が浮かび上がり、仄暗い緑色の光が飛んできた。

 相手を毒状態にする〈ポイゾ〉の魔法スキルだ。

 間合い外をうろちょろする俺が鬱陶しくなり、遠距離で攻撃できる魔法を使ったのだ。


 俺の狙い通りだ。

 俺は真っ直ぐ、アランダエイプへと飛び掛かった。

 格上がこの距離で放った魔法は、まず避けられない。

 だったら、被弾覚悟で突撃する。

 状態異常付与の魔法なので、即死させられることはない。


 俺に〈ポイゾ〉の光が当たり、気分が一気に悪くなった。

 俺は吐き気を堪えながら刃を振るう。


「〈ディザーム〉!」


 刃が紫の光を放ち、アランダエイプの首を斬った。

 だが、剣がまともに通らなかった。

 ほとんど効いていないようだったが、しっかりと【攻撃力減少】は乗ったはずだ。


「ギィイイイイ!」


 アランダエイプは前脚を持ち上げ、その先の爪に炎を灯そうとした。

 〈火炎爪〉のスキルだ。


「それは成功しないぜ。〈ポイゾ〉はMP消費【7】……〈火炎爪〉はMP消費【5】だ」


 そしてこのアランダエイプのMP最大値は【11】である。

 既に〈火炎爪〉は使えない。

 だからあの間合いを保ち、〈ポイゾ〉を使わせたのだ。


 〈火炎爪〉は炎属性のマナを宿し、その際のマナを流用して瞬間的な筋力を引き上げるスキルだ。

 故に魔法系統のスキルでないながらも、MPの消耗量がやや高い。


 アランダエイプの隙を突き、俺は再度剣を振るった。


「〈ディザーム〉!」


 〈ディザーム〉の攻撃力減少効果は、最大で三回まで重複する。

 もっとも一分しか持たないため、しつこく〈ディザーム〉をくらわせていれば、その間に最初に掛けた効果が切れてしまうが。


 これでアランダエイプが受けた〈ディザーム〉は二発、攻撃力が【40%】減少している。


 俺は逃げるようにアランダエイプから距離を取る。

 アランダエイプはちょこまかと動き回る俺に苛立ちが募っているようで、間髪入れずにすぐさま後を追って突進してきた。


 俺はアランダエイプへと向き直り、正面から胸を張って待ち構えた。


 これで条件は整った。

 MP切れで手持ちのスキルが使えず、〈ディザーム〉を二発受けて攻撃力を二段階減少させたアランダエイプ。

 そして俺は称号〈不動の者〉のお陰で、静止状態での防御力が【+10%】される。


 戦闘決心前に脳内でシミュレーションしたが、この条件であれば丁度アランダエイプの攻撃を封殺し、〈城壁返し〉の発動条件を満たすことができる。


「ギィイイイイイッ!」


 アランダエイプが、俺の鎧の胸部に牙を立てる。

 その直後、鎧が輝きを帯びてアランダエイプを弾き返した。


「〈城壁返し〉!」


 アランダエイプの巨体が軽々吹き飛び、その場にひっくり返った。


「ギ、ギ、ギィ……」


 アランダエイプが、八つの目で俺を睨む。


「まだ生きてるのはさすがだが、これで終わりだ!」


 俺は飛び掛かり、アランダエイプの腹部に刃を突き立てた。

 〈城壁返し〉で大ダメージを受けていたアランダエイプは、この一撃でついに息絶えた。


【経験値を28取得しました。】

【レベルが8から12へと上がりました。】

【スキルポイントを4取得しました。】


 アランダエイプの身体が溶けていき、茶色のくすんだ輝きを帯びた魔石が残った。

 地属性の魔石だ。

 ふむ、それなりの大きさがある。


「予想外のトラブルだったが、初日で【Lv:12】まで持っていけたのはありがたいな」


 俺は早速〈ステータス〉を開き、ポイントを割り振った。


――――――――――――――――――――

【スキルツリー】

[残りスキルポイント:1]

〈重鎧の誓い[15/100]〉【+3】

〈防御力上昇[0/50]〉

〈下級剣術[0/50]〉

――――――――――――――――――――


 む……?

 【4】全て振りたかったのだが、【15】までしか入らなかった。


【現在、これ以上〈重鎧の誓い〉を成長させることはできません。】


 覚えのあるメッセージだ。

 〈マジックワールド〉のあの(・・)仕様も生きているのかと、俺は内心溜め息を吐いた。

 少し歯痒いが、まあこれは大した問題ではない。

 すぐに解決できる。


【〈重鎧の誓い〉が[15/100]になったため、通常スキル〈パリィ〉を取得しました。】


 それよりも、こっちの恩恵の方がずっと大きいというものだ。

 これで基本スキルが揃ってきた。


――――――――――――――――――――

〈パリィ〉【通常スキル】

 剣や盾で相手の攻撃を受け流し、隙を作る。

――――――――――――――――――――


 〈パリィ〉は強力なスキルだ。

 使用者の知識と技量次第への依存が大きく扱い難いと言われていた時期もあったのだが、それは即ち実力者同士の戦いであればとんでもない反則技に化けるということだ。


「お、お前……本当に何者なんだ……?」


 アレスは呆然とした顔で、俺の手にしている魔石を見つめていた。


「……確かにこの調子なら、どこまでも一人でやってけそうだな……。余計なお世話だったみてぇだ。俺なんかが心配することじゃなかったな」


 アレスは少し寂しげにそう零す。


「なんだか悪いな」


 俺はそう返すと、〈ステータス〉を閉じて魔石を〈魔法袋〉に入れた。

 〈魔法袋〉は見かけ以上に物を入れられる便利アイテムであり、その利便性から相応に値が張る。

 エドヴァン伯爵家で使っていたものをそのまま持ってきたのだ。


 毒状態では、激しく動けば毒が回って継続的なダメージが入る他、素早さに【10%】のマイナスが付く。

 ただ、街にさえ戻れば、解毒薬を買うなり、教会で白魔法を受けるなり、どうにでもなる。

 俺はアレスに護衛として付き添ってもらい、慎重に街まで戻ることになった。

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