第四十五話 エピローグ
翌日、宿屋で休憩してしっかりと身体を休めた俺とルーチェは、この都市ロンダルムを去ることにした。
都市ロンダルムは駆け出し冒険者として活動するのに手頃な地ではあったのだが、エドヴァン伯爵家と因縁があることを思えば、もっと早くに出ていくべきだったのかもしれない。
もっともそれも、今となってはそう焦る必要もないのかもしれないが。
ただ、どちらにせよ、この周辺に出現する〈
今後冒険者として活動していくためには、どうせ遅かれ早かれここを出ていくことになっていただろう。
「しかし、よかったのか? ルーチェも巻き込んでしまって。ルーチェがロンダルムに残りたかったのなら、もう少しここに滞在していても構わなかったんだが……」
ルーチェには〈燻り狂う牙〉の〈
さすがにあれを返さないまま立ち去るわけにもいかなかったので、彼女が都市ロンダルムから離れられないというのであれば、ここにもうしばらく残るつもりであった。
「もちろん構いませんよぉっ! お義父様から、エルマさんのことも任されましたからっ!」
ルーチェはぐっとガッツポーズを作ってそう宣言した。
「お義父様……?」
「でも……結局あの人、最後まで謝りませんでしたね。あの女の子が負けたと思ったら、エルマさんとまともに話し合いもせずにさっさと逃げてしまいましたし」
「気軽に謝罪ができるような立場でもないからな……。人払いはしていたし、ギルド職員も触れ回るような怖いもの知らずはいないだろうが……それでも、面子を潰しただのと騒がれて、余計話が拗れなかっただけでもありがたい」
「う、う~ん……。エルマさんが納得してるなら、アタシはいいんですけどねぇ……」
そう言いながらも、ルーチェは納得していない様子であった。
俺は彼女の様子に、思わず苦笑した。
「貴族は舐められたら終わりだ。そういう意味では、頭を下げないのが仕事のようなものだからな」
アイザスの性格は知っていたので、別に彼からの謝罪が一言もなかったことについては特に意外でもなんでもなかった。
むしろ、ルーチェに『よろしく頼む』だのと口にしたのが驚きだった。
どの面を下げて……とは思うが、アイザスなりの、せいいっぱいの俺への謝罪のようなものだったのかもしれない。
アイザスは俺を追い出すときも、装備を整えられるだけの金銭は渡してくれたし、俺が不正を行っていたかどうかの話し合いが拗れたときにも、模擬戦については明らかに不服な様子だった。
俺が乗らなければ、アイザスがマリスの提案を握り潰していただろう。
アイザスなりに……貴族としてではなく、父親として、俺の身を案じてくれていたのかもしれない。
「頭を下げないのが仕事……ですか。それはそれで大変なんでしょうけど、アタシは好きにはなれませんね。……エルマさんは、そうならないでくださいね? 何かあったら、アタシが一緒にごめんなさいしてあげますから、ね?」
「……俺はならないというか、なれなくなったんだが」
俺は小さく咳払いした。
何せ次期当主から一転、家名を奪われて放逐された身である。
「わっ、わわわっ! ごめんなさい、ごめんなさい! 別にその、アタシ、嫌味みたいなつもりで口にしたわけじゃなくって! えっと、その……!」
「あ、ああ、いや、別に気にしてるわけじゃないんだ。あの家を出てよかった……なんて安易に断言すれば、それはただの強がりになってしまうかもしれないが……ただ、今の方が俺に合っているのは間違いない」
俺の中には、前世の記憶と価値観が混ざっている。
貴族の風習や考え方の中には、必要性こそ理解できるが、納得のできないものがいくつもある。
俺が重騎士クラスのせいで家の恥として追い出されたこともそうだが、他にもレベル上げのために罪人を用いる〈命移し〉や、貧しい者を兵として雇って危険なスキルツリーを押し付ける〈特攻兵〉のような風習がある。
きっといつか堪えられなくなっていただろう。
そうでなくても、自分が貴族の風習に染まり切っていればと考えれば、それはそれでぞっとする話だ。
何はともあれ、アイザスはあの様子であれば、今後俺に何かを仕掛けてくるようなことはないだろう。
ただ、問題なのはマリスの方だが……。
「……昔は、あんな奴じゃなかったんだがな」
アイザスが俺とマリスが会うのを妙に嫌がっていたため、知っているのは幼少の頃の様子ばかりなのだが、変わった子ではあったが、誰かを貶めるような真似は絶対にしなかったはずだ。
それともただ、俺が気が付けなかっただけだったのか。
「どうしたんです、エルマさん?」
「ああ、いや、何でもない」
俺は首を左右に軽く振って誤魔化した。
何にせよ、これでエドヴァン伯爵家との決着は俺の中ではついた。
今までは気にしていないと言いつつ心のどこかで常に引っ掛かっていたが……アイザスに別れの言葉を告げ、アイザスからもまた遠回しであるが応援の言葉をもらい、ようやくこれで心置きなく前に進めるようになった。
ルーチェが最後にアイザスへ食い下がってくれなければ、きっとこんな晴れやかな気持ちにはなれなかっただろう。
「何にせよ……ようやくレベルが初心者を抜けたところまで来て、まともな活動ができるようになったんだ。今後はもっとしっかりとレベル上げと、高額なアイテムドロップが狙えるようになる」
俺は掌に逆の拳を打ち付け、そう口にした。
「ええ、これでようやくまともなレベル上げと、高額アイテムドロップが……」
ルーチェは笑顔でそこまで口にした後、目を剥いた。
「〈天使の玩具箱〉はまともなレベル上げの範疇に入らないですかぁっ!?」
俺はルーチェの大声に驚き、肩を震わせた。
「ど、どうしたんだ、ルーチェ? 急に声を荒げて……」
「いえ、だ、だって、お、おかしいじゃないですか! 六、七千万ゴルドくらい稼いでいたのに!」
おかしい……と言われても困る。
俺としては、ようやくチュートリアルが終わったくらいの感覚なのだ。
何せ、まだ俺もルーチェも【Lv:40】台に載ったばかりのD級冒険者であるし、装備も初期からほとんど変わっていない。
ようやく基本的なスキルが集まってきたところだ。
俺の〈燻り狂う牙〉もまだまだ本領を発揮できていないものの、ようやくマシな攻撃手段を確保できた。
現状では〈死線の暴竜〉を発動して、ようやく〈シールドバッシュ〉で大ダメージを狙える以外は剣聖の劣化状態なのだが、かなり〈
今後レベルが上がってスキルポイントに余裕ができれば、〈マジックワールド〉のバランスブレイカーと呼ばれた重騎士の本領をようやく発揮していけるようになる。
「ここからがようやく最低限の下準備が終わって、面白くなってきたところだ。まずは装備からだが、今後はこれまでとは比にならないくらい大幅なレベル上げや、高額アイテムのドロップを狙って行動していける」
この段階で〈燻り狂う牙〉が手に入ったのは本当に大きかった。
これがなければ、今後の活動は大きく遅れていただろう。
「だ、大丈夫でしょうか、アタシ。エルマさんについていけますかね……」
ルーチェが不安そうに頭を抱える。
「改めて……これからもよろしく頼む、ルーチェ」
俺は笑いながら彼女へと手を伸ばす。
ルーチェは覚悟を決めたようにぐっと口を引き締め、俺の手を取った。
「はっ、はいっ! エルマさん!」
【第一章・完】
これにて転生重騎士、第一章完結です!
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