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第四十二話 〈燻り狂う牙〉

「キミ相手に使う必要はないんだけれど……ボクに一撃入れたことに敬意を表してね」


 マリスの身体に、金色のマナの輝きが走る。


「〈金剛連撃〉!」


 マリスの速度が更に上がった。


 〈金剛連撃〉……マナで瞬間的に肉体を活性化させ、神速の連撃を放つスキルだ。

 剣聖が初期に覚える、このクラスの代名詞ともいえる攻撃スキルである。

 マリスが持っていることもわかっていた。


 ひと振り目を剣で弾き、二振り目を背後に身体を逸らして避ける。

 恐ろしい速度ではあるが、剣技が追い付いていない。

 動きが単調になっている。


 〈マジックワールド〉では、相手が対応できないことに期待してプレイヤー戦を〈金剛連撃〉頼りで戦う剣聖も多かった。

 〈金剛連撃〉の対応には自信がある。


 三振り目を盾で受けながら、背後に退いて衝撃を逃がす。


 よし、初見で凌ぎきれた……。

 発動時に大きく距離を取れば、〈金剛連撃〉をやり過ごすこと自体は難しくなさそうだ。


「もう一発!」


 マリスが刀を振り切った不安定な体勢から、強引に追加の一撃をお見舞いしてきた。

 盾越しに重い衝撃が走る。


「ぐっ……」


 〈金剛連撃〉は、マナで肉体を強化した一瞬の内に連撃を放つスキルだ。

 故に何連撃を放つかはスキルの使用者次第である。


 マリスは無理な体勢で最後の攻撃を放つことで四連撃まで持っていくことに成功していたが、そのために体勢は崩れていた。


 その隙を突かれることを恐れてか、マリスは地面を蹴って俺から距離を取った。

 〈影踏み〉警戒のためか、動きは最小限のものになっていた。


「ふむ……これでも守りに徹されると崩しきれない、か。それでも、ジリ貧みたいだね。もう終わらせようか」


「マリス、お前のそのスキルを見ておきたかったんだ。今の段階の間にな。余裕がない状態で、初見の〈金剛連撃〉に対応することになるのは避けたかった」


「……何を言っているんだい? ボクがハッタリなんかで臆すると……」


 俺はこの戦いで三つの課題があった。

 一つ目はマリスの〈金剛連撃〉を確かめておくこと。

 二つ目はマリスの決定的な隙を見つけておくこと。

 三つ目は、他の二つを熟しながら自分のHPを調整することだ。


――――――――――――――――――――

【エルマ・エドヴァン】

クラス:重騎士

Lv :41

HP :38/100

MP :41/41

――――――――――――――――――――


 もっと正確にいえば、自分のHPを四割以下にすることだ。

 そのために戦闘前にマリスの武器である〈魔刀・水鴉(ミズガラス)〉の能力を記憶から思い返し、現在のマリスのレベルに乗せて計算し、自分の受けたダメージから概算して推定と一致するかどうかを確かめながら戦っていた。


 これでようやく、〈燻り狂う牙〉にスキルポイントを割り振ることができる。


――――――――――――――――――――

【スキルツリー】

[残りスキルポイント:6]

〈重鎧の誓い〉[34/100]

〈初級剣術〉[5/50]

〈燻り狂う牙〉[0/70]

――――――――――――――――――――


 ここから【5】ポイント……〈燻り狂う牙〉に割り振る。


――――――――――――――――――――

【スキルツリー】

[残りスキルポイント:1]

〈重鎧の誓い〉[34/100]

〈初級剣術〉[5/50]

〈燻り狂う牙〉[5/70]【+5】

―――――――――――――――――――


 ルーチェが間に合わせてくれ……俺が冷静に戦えるように、ルーチェが鼓舞してくれた。

 伯爵相手に口を挟むのはきっと怖かったことだろう。

 しかし、だからこそ掴めた勝利だ。


【〈燻り狂う牙〉が[5/70]になったため、特性スキル〈死線の暴竜〉を取得しました。】


――――――――――――――――――――

〈死線の暴竜〉【特性スキル】

 残りHPが20%以下の場合、攻撃力・素早さを100%上昇させる。

――――――――――――――――――――


「マリス……この戦い、俺達(・・)の勝ちだ」


 〈死線の暴竜〉……HPが限界に近いときに限り、攻撃力・素早さを倍増させるスキルだ。

 強力なスキルだが、〈マジックワールド〉はデスペナルティのレベルダウンが大きいため、あくまでも一発逆転が好きなエンジョイ勢のみが使うスキルであった。


 発動を狙っても、一つ手違いがあれば〈死線の暴竜〉の効果発動前に殺されてしまう。

 そもそも強敵相手には一撃で半分近いHPが削られてしまうため、発動させることが難しい。

 また、魔法力は上昇しないため、HPがない状態で近接で戦わなければならないのもネックとなる。


 だが、この弱点を綺麗に克服するスキルが重騎士には存在する。


「〈ライフシールド〉!」


 俺は剣を突き上げながら叫んだ。

 俺の生命力が実体化し……光の壁となって全身を包んでいく。


「〈ライフシールド〉……? この状況で、だと? ただ、MPを捨てるようなものだ。自棄になったか!」


 アイザスの声が聞こえてくる。


――――――――――――――――――――

〈ライフシールド〉【通常スキル】

 HPを最大値の20%支払って発動する。

 支払ったHPと同じ耐久値を持つシールドで全身を覆う。

――――――――――――――――――――


 確かに〈ライフシールド〉は、使うなら様子見の序盤に使うべきだと思うのは正しい。

 特にマリスの攻撃は〈ライフシールド〉で受けても〈狂鬼の盾〉で受けても、結果的に失うHPの量にほとんど差がない。

 アイザスからしてみれば、MPをただ無駄にする行為に映ったことだろう。


 だが、当然ながら、そういうわけではない。


 この〈ライフシールド〉があれば、安全に凶悪な効果を有する〈死線の暴竜〉を発動させることができるのだ。

 HPが40%以下になった時点で〈ライフシールド〉を使えば、安定して〈死線の暴竜〉を発動させられるばかりか、強力な盾を持ち越すことができる。


 発動が不安定であり、かつ一撃死のリスクを背負うことと引き換えに膨大なステータスを得る〈死線の暴竜〉の効果を、根底から覆す凶悪なコンボである。


 身体に力を入れると、赤いマナの輝きが漏れ出してきた。

 〈ライフシールド〉によって〈死線の暴竜〉の発動条件が満たされた証だ。


「一気に終わらせるぞ、マリス」

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(2021/5/24)

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