第三十四話 報酬額
俺とルーチェは無事に冒険者ギルドで報酬金を受け取った後、酒場にてちょっとした祝賀会を行っていた。
「ここでD級冒険者になれたのも……一千万ゴルド舞い込んできたのも、嬉しい誤算だったな」
D級冒険者になったことで名声点が充分に稼げたため、一つのスキルツリーに投入できるスキルポイントの上限が【30】から【45】へと上がったはずだ。
これでしばらくはほとんどスキルポイント上限値を気にせずに済むだろう。
〈燻り狂う牙〉の入手も見えてきたところだ。
……しかし、ラッキーだったと思う反面、またこの世界の歪さが見えてきた。
実は〈マジックワールド〉では、冒険者ギルドが〈夢の主〉の討伐報酬金を出してくれるようなことはなかったのだ。
人命の価値が上がったこの世界だからこその措置だといえる。
高レベル冒険者がわざわざ低レベルな〈
そのため討伐報酬金を出して埋め合わせる……という建前ではあるが、実際には別の側面もあるはずだ。
金銭に余裕のない冒険者が、危険を承知で〈夢の主〉へ挑むための動機付けの強化である。
露悪的にいえば、命に値段を付けているような行為だともいえる。
この世界では仕方のないことなのかもしれないが、力の及んでいない冒険者がエンブリオに挑んで〈
せめてもう少し世界の仕様が共有されていれば被害も減るのだろうが……そこに関しても、どうにもこの世界はちぐはぐなように思える。
「ど、どうしたんですかぁ、エルマさん? 何か、考え込んでいらしているようでしたが……」
「ああ、すまない。少し課題というか、悩み事というかな。ただ、せっかくの祝賀会だ。今は素直に今を楽しまないとな」
俺は
ルーチェが笑顔でグラスを持つ手を伸ばし、俺のグラスへとぶつけて乾杯した。
「ええ、そうですよぉ! 明るく行きましょうよ、明るく! 今日は好きなもの好きなだけ頼もうって言ってたじゃないですかぁ! アタシ、〈錬金王の竈亭〉で好き放題に頼むの、夢だったんです! 冒険者としてこれだって成果が出せたら、パーティーの仲間とここに来ようって!」
ルーチェは嬉しそうにそう話した後、苦笑しながら人差し指で頬を掻く。
「……もっとも、そのときはクラインさん、リースさんとここに来るつもりだったんですけどねぇ」
俺の脳裏に、冒険者ギルドで声を掛けてきたクラインの姿が浮かんだ。
クラインは俺達がギルドを出てからもしつこく追い掛けてきていた。
最初は腰を低くしていたが、最後にはやや喧嘩腰で『お前が出ていくときに最低限困らないように恵んでやったのに、恩を忘れたのか!』と叫んでいたが、ルーチェが『……受け取ってません』と返すと、がっくりと項垂れ、そのままトボトボと去っていった。
「うわっ! 〈王蟹の黒茸ソース掛けパイ〉、八千ゴルドですって! 危うく頼むところでしたが、まさかここまで高かったなんて……。エルマさん、このページの奴はダメです! 単品千四百ゴルド以下のものから探しましょう!」
ルーチェがメニューを見て騒いでいる。
好き放題頼む、という意気込みは早速打ち砕かれたらしい。
「すまない、〈王蟹の黒茸ソース掛けパイ〉を頼む」
俺が通りすがった店員へとそう声を掛けると、ルーチェがびくりと肩を震わせ、あわあわと不安げに俺と店員の顔を交互に見ていた。
「だ、大丈夫ですかぁ? そんなペースで頼んでたら、足りなくなっちゃいません?」
……〈天使の玩具箱〉であれだけ稼いだというのに、どうにも実感が湧かないらしい。
一千万ゴルドの討伐報酬と聞いてもどっしりと構えていたが、あれはどうやら入ってくる額に対する感覚が麻痺していただけで、自分が使う分には別のようだ。
「今回の報酬品の扱いと取り分について、ざっくりと話し合っておかないとな。まず、例の〈
エンブリオの落とした、〈中級風魔法〉の〈
市場価値二千万ゴルドのアイテムだが、ルーチェが使用する価値も充分にある。
魔物相手に距離を取って安定ダメージを稼ぎやすい上に、わかりやすく強い魔法が手っ取り早く手に入るため、今後パーティーを組んだときに仲間からも舐められにくい。
「エルマさんは使わないんですか?」
「ああ、〈中級風魔法〉は悪くないスキルツリーだが、俺はもっと上を目指したい。スキルポイントの割り振り方は概ね決まっている」
〈重鎧の誓い〉と〈燻り狂う牙〉を伸ばしていく必要がある。
〈中級風魔法〉が入る余地はない。
だが、ルーチェは違う。
無理に上を目指さなくても、〈中級風魔法〉を習得すれば、充分冒険者として今後一生困らずにやっていけるだろう。
〈愚者の曲芸〉と〈豪運〉では戦闘面のわかりやすい強みに欠けるが、〈中級風魔法〉があればその点をクリアできる。
パーティーの仲間にも困らなくなる。
クラインのときのように舐められることもなくなるだろう。
「エルマさんがそういうつもりなら……じゃあ、アタシも使いません! だってそれって、目指す先が変わるってことじゃないですか! せっかくアタシだってもっと頑張れるって、エルマさんがそう教えてくれたんです! できるところまで挑戦してみたいですし……それに、早々にはいお別れなんて、寂しいじゃないですか!」
ルーチェがぐっと握り拳を作ってそう口にした。
俺も本音を言えば、ルーチェには最終的に強くなれるビルドを目指してもらった方が嬉しい。
〈豪運〉持ちの道化師とパーティーを組める機会は今後ないだろうし、それ以上に、ルーチェ程に信頼できて勇敢な仲間が見つかるとも思えなかったからだ。
「だったら……アレは売却だな。正直金策を焦る事情があったため、アレを売りに出せるのはありがたい」
「金策……? お金に困ってたんですか?」
ルーチェが首を傾げる。
「討伐報酬が一千万ゴルド……魔石が総額四百六十万ゴルド……アイテム総額が五千九百万ゴルド。魔石はギルドが冒険者支援のために市場価値で引き取ってくれる、アイテムの方は市場価値の七割で捌けるように頑張ってみよう。そうすると、総額はだいたい五千七百万ゴルドってところか」
「……額を聞いただけで、眩暈がしてきました。やっぱりどうにも信じられません」
「これを八対二の約束だったから、ルーチェが四千六百万ゴルド、俺が千百万ゴルドってところだな」
思ったより額が溜まった。
次はレベルが上がったため、もう少し上の魔物を狙った金策も行えるはずだ。
成金ラーナのいた〈天使の玩具箱〉は使えなくなってしまったが、また別の〈夢の主〉を狙ってみるのも悪くない。
「あの話、まだ生きてたんですかぁ!?」
ルーチェが机を叩いて、立ち上がった。
「どうしたんだルーチェ、周りの客が見てるぞ。八二だと不服だったか?」
「い、いえ、すみませ……じゃなくて! 受け取れるわけないじゃないですかぁ、どう考えたって! だいたいエルマさんが計画して、エルマさんが身体張ってたのに! どっから出てきたんですか、あの八二って!」
「だが、これくらいで取り決めしていることが多くて……」
この世界では知らないが、〈マジックワールド〉では幸運担当は他のメンバーの三倍程度の分配を得ることが多かった。
それも、他のステータスも上がる代わりに幸運力自体の上昇率は低い〈強運〉のスキルツリー持ちや、便利な魔法を覚える代わりに初期幸運力で道化師に劣る奇術師など、いわゆる妥協幸運担当での配分でそれである。
ルーチェは道化師であり、初期幸運力も恐らくかなり高い。
四倍が相場と見て間違いないはずだ。
四倍の報酬は高く感じるかもしれない。
だが、幸運担当は上位勢のパーティーにおいて必須クラスでありながら、戦闘においてどうしても地味な立ち回りを強いられがちなのだ。
かつどうしても参加できないエンドコンテンツがあったり、全体的にイベントでは他クラスより活躍できないことも多い。
そのため強力ではあるが、『幸運力重視のキャラビルドをしない理由』が存在する。
そういう諸々も考慮すれば、妥当なラインになってくる……。
「どの界隈の話なんですか、その取り決め条件!? 逆の立場でエルマさん、受け取れますかこの四千万ゴルド! アタシ、パーティーに誘ってもらって……ここまでレベルを引き上げもらったことだけでも、感謝してもしきれないくらいなのに!」
う、ううむ……。
仮にこの世界でそこまで浸透していないとしても、あのアイテムドロップ率への影響度合いを考えると、この辺りが適正なラインだと思うんだがな。