第三十一話 幸運に賭して
俺は迫るブリキナイトを〈シールドバッシュ〉で突撃して弾き飛ばし、横から迫ってきた二体目のブリキナイトの刃を〈パリィ〉で受け流す。
ブリキナイトが隙を晒したところを、ルーチェが素早く突撃して〈鉄石通し〉で斬り掛かった。
「てりゃあっ!」
刃を受けたブリキナイトが、よろめきながら下がった。
「よし、やれる……アタシだって、やれる!」
「オギャアアアアアアアッ!」
奥でエンブリオが眼球を露出させ、大きな泣き声を放つ。
光が宙を走り、倒れていたブリキナイトの首が繋がり、操り人形のような動きで起き上がった。
これでまた敵が三体になった。
「キ、キリがない……こんなの……」
「ああ、ブリキナイトを倒すのは無意味だ。MPは消耗させられるが、持久戦になると勝機がなくなるのはむしろこっちの方だ。エンブリオ本体を叩く必要がある。だが、エンブリオは攻撃の届かない空中にいる上に……肉の鎧に覆われていて、ほとんど弱点の目玉を露出させない」
「策が……あるんですよね?」
俺は頷く。
「ルーチェの〈ダイススラスト〉で、奴を貫いてくれ。失敗すれば、そこで終わりだ。六分の一……お前の幸運に賭けるしかない」
エンブリオには大きな弱点がある。
クリティカルヒットである。
近接武器によるクリティカルヒットは、攻撃力を1.5倍した上に、相手の防御力に対して50%分の貫通効果を発揮する。
エンブリオの肉の鎧は【防御力:+66】なのだ。
エンブリオは眼球部分で【防御力:22】……つまり、合わせても【防御力:88】程度。
無論この数値は重騎士である俺よりも遥かに高く、生半可な攻撃を全く通さない。
充分脅威なのだが、成金ラーナよりもずっと柔らかい。
こちらはHPがそれなりにあることを考慮すれば当たり前なのだが、レベルアップ前に成金ラーナにダメージを通せたルーチェの〈ダイススラスト〉のクリティカルであれば、肉の鎧越しに大ダメージを与えることができる。
俺が魔石で与えたダメージと合わせれば、丁度エンブリオを葬ることができる値になる。
「で、でもアタシ、奴がいる高度まで飛ぶことなんてできませんよ?」
無論、そこは考えている。
ルーチェは〈曲芸歩術〉で壁を走ることができるが、この方法で距離を詰めるのは不可能だ。
エンブリオだって、近接攻撃持ちの接近は嫌う。
壁から離れて逃げられるだけだし、最悪の場合は至近距離から〈シルフカッター〉を叩き込まれることだって考えられる。
「まず足の遅い俺が、強引にエンブリオへの距離を詰める。それに成功したら、ルーチェが素早く後を追いかけてくれ。俺が盾で、ルーチェの身体を宙へと弾き飛ばす」
そう〈シールドバッシュ〉は【防御力+攻撃力/2】の値で競い合い、相手を弾き飛ばすスキルなのだ。
その先は別に空中でも構わない。
おまけに道化師は、防御力と攻撃力が低く、〈シールドバッシュ〉による飛距離を稼ぎやすい。
そしてこのスキルは、壁に相手を打ち付けなければダメージが発生しないのだ。
通常であれば、こんな手段は使えない。
運頼みのクリティカル頼みというのがそもそも効率が悪いというのもあるが、本来エンブリオはもっと高い場所で浮かんでいるため、〈シールドバッシュ〉で届かせることが不可能なのだ。
だが、今は違う。
何故ならこの通路は、本来エンブリオが控えているボス部屋よりも天井が低いのだ。
エンブリオが〈
「〈ダイススラスト〉の、六頼み……ですか。わかりました、やります! アタシ、絶対に六を出してみせます!」
「ああ、頼んだぞルーチェ! 悪いが、お前の幸運力に期待させてもらう!」
俺はそう叫びながら、打ち合っていたブリキナイトを〈当て身斬り〉で横へと弾き、強引にエンブリオへと駆けて距離を詰めた。
素早くルーチェが動き、俺の後を追ってくる。
ルーチェが宙を舞う。
俺は屈んで、彼女の足場で盾を構えた。
「〈シールドバッシュ〉!」
エンブリオ目掛けて、勢いよく弾き出す。
ルーチェの小柄な体躯が宙を舞った。
ここまでの流れは完璧だった。
だが、ルーチェが六を出せるかどうかは完全に運頼みだ。
ここで外せば、俺達の勝機はほぼ潰える。
俺の身体も限界が近いし、ルーチェが無事に床へと着地できるかどうかも怪しい。
後はもう、幸運の女神に祈ることしかできない。
直前の成金ラーナ戦では、幸運力の高いルーチェが、七回連続で〈ダイススラスト〉の六を出し損ねていた。
意味のない偏りだとはわかっているが、確率は収束する。
だったらここで一発で六が出てもいいはずだ。
「〈ダイススラスト〉ッ!」
ルーチェが〈鉄石通し〉でエンブリオへと刺突を放つ。
空中に光の数字が浮かび……現れたのは、四だった。
ルーチェの刃は無慈悲にもエンブリオの肉塊に弾かれ、一のダメージも与えられなかった。
「キキ……ギャハ、キャハ……アアアア……アハハハハハハハハ!」
エンブリオの目のような窪みが広がり、口のようなものが大きく裂けた。
〈マジックワールド〉では見たことのない、勝ち誇ったような……悪意の込められた笑みだった。
俺は歯を食いしばった。
駄目だった……。
他に手がなかったとはいえ、命をチップに博打を打つような戦法を取るべきではなかったのかもしれない。
今から勝算が残っているのかはわからない。
だが、諦めたくはない。ルーチェまで巻き込んでしまったのだ。
せめて、彼女が安全に着地できるように、ブリキナイトを引き付けなければならない。
俺が剣を強く握り締めて顔を上げたとき、予想外の光景が広がっていた。
天井にぴったりと足を付けたルーチェが、エンブリオの背へと〈鉄石通し〉を構えていたのだ。
「〈曲芸歩術〉……!」
道化師のスキル、〈曲芸歩術〉!
瞬間的な速度を引き上げ、かつ壁を走ることを可能とするスキルだ。
ルーチェは〈曲芸歩術〉を用いて天井を歩き、逆さの状態で素早く体勢を立て直したのだ。
「これがっ、本当の最後! 〈ダイススラスト〉ッ!」
空中に六が刻まれる。
その中央を貫くように〈鉄石通し〉の刃が駆ける。
エンブリオの肉の鎧を後頭部から貫通し、赤の体液が飛び散る。
あんぐりと開かれた大口から、真っ赤に充血した大きな単眼が姿を晒した。
三体のブリキナイトが、ぷつりと操り糸が切れたように動きを止め、床の上に崩れ落ちた。