第三十話 窮地と活路
ブリキナイトの一体を〈城壁返し〉で無事に倒すことができた。
だが、これを二回続けてブリキナイトを三体全て倒したとしても、それでエンブリオを無力化できるわけではない。
何故なら、ブリキナイトはHPが全損しても生存しているためだ。
ブリキナイトが完全に再起不能になるのは、本体であるエンブリオが力尽きたときだけなのだ。
それまでは経験値の取得も行われない。
エンブリオの肉塊が蠢き、単眼の瞼を持ち上げる。
エンブリオを中心に魔法陣が展開され、白い光がブリキナイトへと飛んで行く。
エンブリオの魔法〈リぺア〉である。
動かなくなったブリキナイトを、完全な状態で蘇生することができる。
どれだけ必死にブリキナイトの相手をしていても、消耗戦を強いられ続けることになる。
だが、奴が魔法を使ったとき……弱点である瞳が無防備になる。
「くらいやがれ!」
俺は地面を蹴って横へと大きく飛び、強引に二体のブリキナイトから距離を置く。
同時に、エンブリオ目掛けて、マナを込めた土属性魔石を投擲した。
これはツギハギベアの魔石である。
魔石を使った攻撃は、ダメージはそれほど高くないし、MPの消耗も激しい。
おまけに高価な魔石を使い捨てにするのでコストも嵩む。
魔法スキルの完全劣化だが、誰でも使えるという利点はそれを上回る。
エンブリオの手前で、魔石から無数の土塊の針が伸びた。
奴の瞳から赤い体液が舞った。
「ギィッ!」
エンブリオが悲鳴を上げる。
俺のできる、奴の高度に届く唯一の攻撃方法である。
俺は素早く起き上がり、エンブリオとの間にブリキナイトを挟むように立ち回る。
これを怠ったら最後、発動の速い〈シルフカッター〉が飛んできて瞬殺される。
再び三体のブリキナイトに挟まれる。
〈シールドバッシュ〉で先頭の一体を弾こうとしたが、背後へと跳んで透かされた。
俺は素早く右側に盾を逸らしてそちらの敵を牽制しつつ、左側から斬り掛かってきた敵を体当たりで崩し、素早く〈当て身斬り〉を放つ。
敵にダメージを与えつつ、体当たりと斬撃の反動で後方へ跳ぶことで、距離を稼ぐことに成功した。
そこはよかった。
だが、明らかに予想外のことが起きていた。
〈シールドバッシュ〉が避けられたことである。
〈マジックワールド〉であれば、ただの魔物があんな機敏にこちらのスキルに対応などできなかったはずだ。
明らかにブリキナイトは〈シールドバッシュ〉の動きを覚えている。
これはゲームの世界ではないのだから、そんなことは当たり前だ。
想定していた範疇だ。
だが、こうなると、〈マジックワールド〉のそれよりも遥かにエンブリオの攻略難度が跳ね上がる。
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魔物:エンブリオ
Lv :50
HP :31/42
MP :43/60
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俺はブリキナイト達の攻撃を往なしながら、奴の〈ステータス〉を確認する。
倒すには、あと三つ魔石を投擲しなければならない。
魔石残量はさておき、元々剣士型の俺のMPでは三発が限界だ。
そして〈夢の主〉は、通常の魔物よりも遥かに自動回復が速い。
時間を掛けていればエンブリオを倒しきれなくなる。
そうなったら完全に詰みだ。
俺がブリキナイト達と刃を打ち合っていると、エンブリオが動きながら、その瞼を開いた。
魔法発動の予備動作だ。
「ブリキナイトを間に挟むこの位置関係じゃ、攻撃魔法は撃ってこないはずだったのに……!」
わかってはいた。
ゲーム通りに動いてくれないのは〈シールドバッシュ〉に対応されたことからもわかっていた。
AIの隙を突いたような立ち回りが、どこまで通用するのかは怪しかった。
崩れるな、常に現状できる最善で動け。
不利な状況だとは理解していた上で、俺の意地で、彼らを見殺しにして逃げたくなかったのだ。
この距離で放たれる〈シルフカッター〉は、俺のレベルで見てから反応するのは不可能だ。
経験則と勘で防ぐしかない。
それが現状の最善だ。
俺は盾を構えつつ、背後へ退く。
直後、目前のブリキナイトの首が飛んだ。
続いて盾に重い衝撃が走り、俺の身体が吹き飛ばされた。
俺は全身を駆ける激痛に耐えながら、絶対に離すまいと剣と盾を掴む。
武器を手放せばそこで終わりだ。
意識が眩む。
心臓の鼓動が速い。
格上の最短発動の魔法スキルが、これほど凶悪に感じるとは。
足を動かそうとするが、全く力が入らない。
何故……と考えると同時に理解した。
スタンの状態異常だ。
身体を強く打ったとき、低確率で発生するのだ。
この際のスタンはわずか数秒だが、今の場面でのその意味はあまりに大きい。
容赦なく二体のブリキナイトが距離を詰めながら、俺目掛けて短剣を振るってくる。
「……こりゃ、幸運力の初期値が低いかもな。ルーチェにいてもらうべきだったか」
そんな軽口が、つい出た。
直後、俺の鎧の背が何者かに掴まれ、背後へと引き倒された。
ブリキナイトの刃が俺の鼻先を掠める。
「そりゃどうも! ご指名いただき、ありがとうございますぅっ!」
ルーチェは震えた声音で、それでも自身を鼓舞するかのように大きくそう叫び、前へと出た。
「〈ドッペルイリュージョン〉!」
ルーチェの姿が、四重の影に分かれた。
二体のブリキナイトは一瞬動きを止めた後、幻影目掛けて刃を振るう。
その隙にルーチェ本体は下がり、俺の横へと並んだ。
「な、何をやっているんだ! 二人を連れて、逃げたはずじゃ……」
「ほとんど一本道なのに全然こっちに来る気配がないから、二人には道を教えて、アタシだけ様子を見るために引き返してきたんです! すぐ逃げるって言っていたのに、なんで本格的に抗戦してるんですか!」
ルーチェは泣きそうな声でそう口にした。
「俺は自分の生まれの使命と……俺の意地で残っている。すぐに引き返してくれ、ルーチェ」
時間を掛け過ぎた上に、俺の体力も使い過ぎた。
おまけにエンブリオは、俺が知っているより遥かに凶悪な強敵と化していた。
この先、あっさりとワンパターンな魔石の投擲を受けてくれるとも思えない。
少し時間を稼がれるだけで、奴の自動回復のせいで倒しきることは不可能になる。
勝てる見込みはゼロに等しかった。
巻き込むわけにはいかない。
「だ、だったら、アタシだって、アタシの意地で残りますもん! アタシを助けてくれて……アタシの力が必要だって言ってくれて……命懸けで庇って逃がそうとしてくれて……! そんな人を見殺しにして逃げるくらいの覚悟だったら! とっくに冒険者なんて、辞めてますもん!」
ルーチェがブリキナイト達へと〈鉄石通し〉を向ける。
「ルーチェ……」
「他の能力はなくったって、アタシには速さがあります! それこそ、エルマさんの倍近く! もう、何の役にも立たないダメな奴だなんて自分に言い訳できませんし……したくだってありません!」
俺は彼女を見誤っていた。
この極限の戦いで、安定したボスへの攻撃手段がなく、挙げ句に素早さに欠ける重騎士だ。
仲間は喉から手が出るほど欲しかった。
だが、先の二人組は明らかに心が折れていたし、ルーチェも気が強い方には見えなかったため、エンブリオを前にすれば動けなくなると思っていた。
しかしルーチェは俺のためにわざわざここまで引き返してきて……寸前のところで、ブリキナイトの攻撃から俺を守ってくれた。
ルーチェは俺が思っているよりも、ずっと勇敢な子だった。
「……その言葉は嬉しいんだが、俺の見通しが甘くてな。唯一の有効な攻撃方法だった魔石投擲が、奴にはもう通じそうにない。おまけに俺にもルーチェにも、浮いてる奴を攻撃できる、遠距離攻撃のスキルがないんだ」
「だからって、諦めるって言うんですか! 何かできることが……!」
「チャンスは一度切りだが、あの赤子……エンブリオの弱点を強引に突いて一撃で仕留められる、とっておきの秘策があるんだ。これに失敗したら、もう完全に後がなくなるんだが……手を貸してもらっていいか? 駄目なら、今度こそ逃げてくれ」
今の戦力でエンブリオを討伐するにはどうすればいいか?
エンブリオはテクニカルなボスだからこそ、上手く弱点を突くことさえできれば、呆気なく簡単に沈めることができる。
俺が真っ先に考えて、そのリスクと現実味のなさからすぐに切り捨てていた作戦があった。
他に手はないなら、それに頼るしかない。
「やりましょう、エルマさん!」
ルーチェは迷いを見せずに頷いてくれた。
「ありがとう、ルーチェ。二人でエンブリオを攻略するぞ」