第二十五話 金蝦蟇討伐
無事に成金ラーナの〈影踏み〉に成功した。
いくら足が速くても、こうなってはもう、成金ラーナは俺から逃げることはできない。
「ゲェッ! ゲェッ!」
成金ラーナは必死に俺から離れようとしているが、〈影踏み〉の影を引き延ばせる範囲……二メートル前後のところで動きが止まり、それ以上先へはいけないでいた。
「やりましたね、エルマさん! 成金ラーナを完全に捕らえました! これでもう、奴を狩れたも同然ですよぉっ!」
ルーチェが興奮げにそう言いながら、俺の方へと駆け寄ってくる。
「……あれ、でも、捕まえるところまでは聞いてましたけれど、その成金ラーナ……どうやって仕留めるおつもりなんですかぁ?」
そう、成金ラーナの強みは二つある。
一つ目は桁外れな移動速度……そしてもう一つが、高い防御性能である。
防御力の値がこれまた桁外れであることに加えて、各種状態異常とデバフ、属性攻撃に対して完全耐性がある。
生半可な攻撃では、成金ラーナに傷一つ付けられないのだ。
「クリティカルヒットで仕留めるしかないな」
〈マジックワールド〉では、相手の動きを読み切って芯を捉えた一撃を繰り出した場合、クリティカルヒットという扱いになり、通常よりも遥かに大きなダメージを与えることができる。
もっとも技術さえあれば安定して出せるというのはゲームバランスを崩壊させるため、条件を満たした上で幸運力に応じた確率で発生する、という仕様になっている。
また、タイミングが非常にシビアであり、両者の素早さのステータス差によっては、安定してクリティカルヒットの条件を満たす有効打を入れることが実質的に不可能となっていた。
開発側はこの辺りの調整を人間の反射神経の限界から逆算して行っている、という話を耳にしたことがある。
クリティカルヒット時のダメージは通常時の1.5倍となる。
おまけに相手の防御力の50%分の貫通効果を有する。
「なるほど、相手を拘束しているから、いくらでもクリティカルヒットを狙う猶予があるってことですね! 頑張ってください、エルマさん!」
ルーチェがぐっと握り拳を作って俺を応援する。
「いや、俺の攻撃では仮にクリティカルヒットになってもダメージは通らないぞ」
「ふぇ……?」
「言っていただろう? 追い詰めるのも防御を貫通するのも、ルーチェにやってもらうことになる、と」
何せ重騎士は攻撃力が低い。
今装備している剣も、初期レベルでギリギリ装備できる程度のものであって、今のレベル帯となってはかなり弱めのものである。
現状のステータスでは、仮にクリティカルヒットが出ても一ダメージも通らない。
そもそも重騎士は移動速度も遅い。
〈影踏み〉をした相手も多少は動き回ることができるし、俺は足を上げることができないので、どうしても敵の動きを追いながら十全な一撃を放つことはできない。
クリティカルヒットの前提条件を満たすことができないのだ。
まぐれ当たりもあるので可能性はゼロではない。
ただ、防御特化クラスの冒険者が〈影踏み〉で金蝦蟇を捉えてクリティカルヒット狙いで延々攻撃していたが一向に当たらず、その間に他の魔物が寄ってきて数時間の努力が水の泡と化す……なんて笑い話は、〈マジックワールド〉でもよくあることだったが。
「じゃっ、じゃあ、アタシがどうにか追い掛け回して、クリティカルヒットを取るんですか……? でもアタシ、クリティカルヒットを出したことなんてほとんどありませんよっ!?」
普通にやれば不可能だろう。
ルーチェも成金ラーナには、素早さで大きく劣っているのだ。
第一、道化師も攻撃力が低いクラスであるため、通常のクリティカルヒット程度ではダメージを通すことができない。
「あるだろう? ルーチェが元々持っていたスキル……〈ダイススラスト〉が」
〈愚者の曲芸〉の【2】で入手できる、攻撃スキルである。
ルーチェのステータスを確認した際に、既に入手していたのは確認済みである。
刺突技のスキルであり、一から六の数字のエフェクトがランダムに浮かび上がるのだ。
その数字に応じた付与効果が現れ、六だった場合は、通常の1.3倍のダメージが出る上に、確定でクリティカルヒットとなる。
正確には、まともに相手の身体を捉えた時点でクリティカルヒット判定となる一撃になる、だが。
「〈ダイススラスト〉ですか? でもアレは、ずっと普通の攻撃に期待値で劣る、使い物にならない外れスキルだって……。で、でも確かに、アレなら……!」
元々〈ダイススラスト〉は、ルーチェが前のパーティーを追い出された要因となったスキルでもあった。
スキルが皆無で素の戦闘能力もなかったルーチェが、ようやく覚えたスキルが期待値で通常攻撃に劣る〈ダイススラスト〉であったために、クライン達からの扱いが悪化したと漏らしていた。
だが、〈ダイススラスト〉は防御力に特化した魔物を容易に仕留め得るポテンシャルを秘めている。
普通にやって勝てない魔物に捕まった際に、ダメージの揺れ幅が大きい〈ダイススラスト〉を採用することで勝ち筋を作ることだってできる。
そして何より、金蝦蟇狩りの条件を満たすことが比較的容易なのだ。
〈ダイススラスト〉の六は、攻撃力を1.3倍にした上でクリティカルヒットにする。
合計倍率は1.95倍となる。
おまけに〈鉄石通し〉の15%貫通と、クリティカルヒットの50%の貫通効果は重複する上に、単純に加算して計算される。
つまり攻撃力1.95倍、防御貫通65%の一撃になるのだ。
ルーチェの現在の攻撃力から計算すると、【防御力:200】の成金ラーナ相手にきっかりHPに等しい【2】のダメージを叩き込むことができる。
六が出る確率は16.6%で、幸運力補正の影響力もそこまで極端には表れないため高く見積もっても二割五分といったところだろう。
だが、成金ラーナを拘束している現状、別に六発でも十発でも〈ダイススラスト〉を叩き込める機会はあるのだ。
「役に立たないクラスやスキルはない。活躍できる場面が局所的だったり、少しばかり遅咲きだったりすることはあってもな」
それは人間もまた同じことだろう。
「個人からの評価にあまり囚われていても仕方がない。たまたまクライン達から見て、ぱっとしないように映っていたというだけだ。改めて言うが、俺にはお前の力が必要だから、今後とも力を貸してほしい」
ルーチェは俺の言葉にぽかんと口を開けて聞き入っていたが、ぎゅっと表情を引き締め、〈鉄石通し〉を構えた。
「は、はいっ! アタシ、やります! やってみせますよ! これだけ期待されて応えられなきゃ、冒険者になった甲斐がありませんからねっ!」
ルーチェが成金ラーナへと駆けて跳び上がり、その背を目掛けて〈鉄石通し〉の刺突を放つ。
「〈ダイススラスト〉!」
空間に六の数字が浮かび上がった。
軽快な音と共に、成金ラーナの黄金の体表に亀裂が走った。
「ゲゴォッ!」