第十八話 道化師の弱点
クライン達と分かれた後、俺とルーチェは冒険者ギルドに併設された酒場へ向かい、そこで今後についての話し合いを行っていた。
「その……アタシなんかをパーティーに誘ってもらっちゃって、ありがとうごいます、エルマさん。でも、その……アタシ、やっぱり実力不足かなぁと……」
ルーチェは不安げな様子であった。
自分に自信がないのだろう。
無理もない。クラインの下では、かなり酷い扱いを受けていたようであった。
「そう不安がらなくていい。スキルツリーにあった魔物でレベリングを行えば、すぐにレベルなんか……」
「あのあの! そっ、そこで思ったんですけど、も、もしかしてエルマさん、アタシに一目惚れしたから助けてくれたんですか?」
ルーチェは顔を赤らめ、そわそわした調子でそう口にした。
「……何の話だ?」
「どうしてレベル上の人が庇ってくれるんだろうって、アタシずっと考えてたんですけど、それしかないかなって……。えへへ……やっぱりアタシ、可愛いですし。あのあのっ! アタシもエルマさんのことは、格好いいなぁって思ったんですけど、やっぱり最初はお友達からだと……!」
ルーチェは落ち着かない様子で、道化帽子の先端をいじくりながらそう口走る。
俺は頭を抱えた。
……さっき頭を過った、ルーチェは自分に自信がないのだろうということは、撤回した方がいいかもしれない。
「……ただ、やっぱり、そういうお情けで組んでもらっても、上手く行かないかな……と思うんです。本当に、お気持ちは嬉しいんですし、庇っていただいたのもとても嬉しかったんですけれども。ただ、アタシ、冒険者としての道は諦めたくないんで、レベル下の人と組んで、どうにか攻撃スキルを手に入れられるように頑張って見ようと思います」
ルーチェは髪を掻き、苦笑いをしながらそう口にした。
「スキルツリーの〈豪運〉を持っているだろう? その力を貸してほしいんだ」
〈豪運〉は、道化師や商人などの一部のクラスが稀に初期から持っているスキルツリーである。
スキルポイントを伸ばしていけば、『そこにいるだけで幸せを呼び込むようになる』だのといった、曖昧な文言の特性スキルが手に入る。
その特性スキルの実態は、隠しパラメーター幸運力の底上げである。
この幸運力は戦闘時の自分のクリティカル率や、相手のクリティカル率に影響する。
その他にもアイテムのドロップ率や、レアな魔物の出現率、レアイベントの発生率に大きく関わってくる。
パーティーで行動していた場合は、アイテムのドロップ率は、最も幸運力の高い人間のステータスに準拠する。
そして、この隠しパラメーターは初期値の影響が大きく、レベルによる上昇の幅が小さい。
大きく伸ばしたければ幸運力を伸ばす装備アイテムに頼るか、〈豪運〉のスキルツリーを用いるしかない。
〈豪運〉のスキルツリーを上手く使えば、アイテムドロップ率は五倍にも十倍にも膨れ上がる。
この効力を十全に発揮するには、隠しパラメーター幸運力の値や、それが最終的なドロップ率に何%影響を与えるかを完全に把握しておく必要があるのだが、勿論そこは抜かりない。
全ての計算式は俺の頭に入っている。
「ほ、本当ですかぁ……? でもアタシ、ステータス低くて、攻撃スキルもなくて……」
ルーチェはすっと宙に手を翳し、〈ステータス〉を出してから俺へと向けた。
「ほら、こんな有様ですよ、こんな有様。唯一の攻撃スキルも、とてもまともに使えるものじゃありませんでしたし……。本当に命懸けで前に立って盾になるくらいしかできなかったので……クラインさんの言い方はともかく……その、仕方ない面もあったのかなあ、とも思うんです」
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【ルーチェ・ルービス】
クラス:道化師
Lv :13
HP :20/20
MP :19/19
攻撃力:11+2
防御力:9
魔法力:12
素早さ:21
【装備】
〈サーカスナイフ〉
【特性スキル】
〈招きニャロン〉
【通常スキル】
〈ダイススラスト〉
【称号】
〈F級冒険者〉
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堂々とステータスを見せてくれた。
その躊躇いのなさに俺は唖然とさせられた。
「あまりそれは、人に見せるべきものじゃないんだが……」
「大丈夫ですよぉ。エルマさん、わざとばら撒いたり、悪用しようとするような人じゃないってわかりますし。……それにその、期待してもらって後で失望されるより、先に見限ってもらった方が、アタシとしても気持ちが楽なので……」
特性スキル〈招きニャロン〉……。
所有者の幸運力を五百%アップする、ぶっ壊れスキルである。
〈豪運〉持ちはパーティー内に一人いれば効率が上がる……というより上級プレイヤーがレアアイテム狙いで探索する際には必須レベルであったので、〈マジックワールド〉でも引く手数多の人気スキルツリーであった。
〈豪運〉のスキルツリーを伸ばしていけば、この特性スキルも更に幸運力の上昇倍率の高いものへと進化していくのだ。
「そんでもって、スキルツリーがこっちです」
ルーチェは〈ステータス〉を翻して指で操作してから、俺へと向け直す。
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【スキルツリー】
[残りスキルポイント:0]
〈愚者の曲芸[2/100]〉
〈豪運[15/70]〉
〈攻撃力上昇[0/50]〉
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……そっちも躊躇いなく見せてくれるのか。
もうちょっと人を疑うことを覚えた方がいいのではなかろうか。
〈愚者の曲芸〉に【2】振っているのは、彼女がF級冒険者であるため、【15】でスキル割り振り上限に引っ掛かったためだろう。
因みに〈愚者の曲芸〉の【2】は〈ダイススラスト〉が手に入る。
刺突技のスキルであり、一から六の数字のエフェクトがランダムに浮かび上がるのだ。
その数字に応じた付与効果が現れ、六だった場合は、通常の1.3倍のダメージが出る上に、確定でクリティカルヒットとなる。
……ただ、結局期待値的に普通に斬った方が強いため、〈マジックワールド〉でも通常はほとんど使われないスキルであった。
一応幸運力で多少いい目が出る可能性は上昇するのだが、それでも通常攻撃の方が安定性が高い。
ルーチェが『唯一の攻撃スキルも、とてもまともに使えるものじゃない』と言っていた気持ちもわかる。
ようやく攻撃スキルが出てきたと喜んでいてたら、通常攻撃に劣るスキルだったのだから。
そのときのルーチェの落胆は容易に想像できる。
「せめて〈愚者の曲芸〉と〈攻撃力上昇〉に半々に振っていたらまともに戦えたんでしょうけど……アハハハ……いやぁ、盛大に失敗しちゃいました。〈豪運〉は強くて珍しいレアスキルツリーだって聞いて、大喜びしてたんですけれどねぇ……まさか、こんなことになるなんて」
ルーチェは肩を窄め、諦めたような笑みを浮かべた。
「……まあ、〈ステータス〉を見せてくれたお陰でよくわかった」
「わかってもらえましたか。アタシのスキルじゃ、〈
「次の探索で、軽く三千万ゴルド稼いで、ルーチェを【Lv:30】まで持っていくぞ」
「あのっ! アタシの話聞いてましたかぁ!?」
ルーチェが泣きそうな声を上げる。
何事かと、周囲の席の冒険者がこちらを見ていた。
「このレベル帯の道化師だと、ちょうどいいレベル上げ用の魔物がいるんだ」
〈豪運〉持ちの道化師は、探索用冒険者としては最高のキャラビルドである。
〈マジックワールド〉ではよく幸運ピエロの愛称で親しまれていた。
〈豪運〉にスキルポイントが取られる上に道化師の素のステータスが低いのが難点だが、〈愚者の曲芸〉は〈豪運〉で伸ばした幸運力を活かしてトリッキーに戦うことができるため、終盤でも問題なくレベル上げを行うことができる。