第十七話 勧誘
「な、なんだよお前、急に割って入ってきて……」
パーティーリーダーらしき男……クラインは、俺へと得体の知れないものでも見るような目を向けていた。
「あ、あのあのぅ……そのぅ……手、放してもらっていいです?」
ルーチェはやや顔を赤らめ、困惑したようにそう口にした。
「おっと悪い」
がっつりと掴んだままだった。
逃がすものかという執念が出過ぎていた。
わかりやすい強クラスやスキルツリー持ちの冒険者と組むのは難しいだろうと考えていたところに、まさかいきなり大チャンスが訪れるとは思っていなかったのだ。
「俺はエルマだ。彼女がパーティーから抜けると聞こえてきてな、それならばとスカウトに出てきたわけだ」
「おいおい、正気か? そいつは戦闘能力がなさすぎて、レベルもまともに上げられないんだぞ」
クラインが俺の言葉を鼻で笑った。
実際、〈マジックワールド〉では初心者の陥りがちなミスであった。
キャラビルドの幅が広い上に、ステータスポイントの割り振りは取り返しがつかない。
支援型やトリッキーなクラスでは、ステータスポイントの割り振りをミスすると、レベル下の魔物しか狩れなくなってまともにレベル上げができない、といった事態がよく発生する。
もっとも俺は、その辺りの抜け出し方も頭に入っている。
「全く問題はない」
「ハハ、後悔するなよ。ま、その無能を引き取ってくれるなら、こっちも心が痛まずに済むってもんだ。いいぜ、勝手に連れて行けよ」
「いや、元々こっちは、お前の許可なんて別に求めていないんだが……」
俺はルーチェ本人と交渉しているだけである。
ルーチェがどうするかにクラインの意志は全く関係ない。
なぜクラインが自分に決定権があるように話しているのかが全くわからない。
「先に言っておくが、俺は【Lv:23】の重騎士だ。パーティーメンバーはいない、単独で行動している。E級冒険者にはなっているので、〈
ひとまずこちらのレベルとクラスを明かしておかなければ話にもならないだろう。
〈
「へえ、俺と同じくらいか。防御クラスでよくそこまで上げたもんだな、まあまあ頑張ってるじゃん。ただ、そのくらいになったら、経験値稼げない奴がどれだけ使えないか、わかりそうなもんだけどな」
クラインが馬鹿にしたように笑った。
「あのぅ……アタシ、その……【Lv:13】しかないんですけど。やっぱり、止めといた方が……」
ルーチェが言い辛そうに口にする。
「全く問題ない。【Lv:10】くらい誤差のようなものだ」
「……ねぇ、ちょっと、クライン」
俺達の会話を聞いて、これまで黙っていた盗賊クラスの少女、リースが口を挟んできた。
「なんだ? リース」
「E級冒険者の奴が、わざわざルーチェを熱心に勧誘するなんておかしくない? やっぱりアレの恩恵、大きいんじゃない? 元々そういう噂があったから、あの子入れてたわけだし……」
……必死になり過ぎたか。
俺の方がずっと待遇はよくできるという自信はあるが、元々仲間だったというのは大きい。
二人が和解を提案すれば、あっさりと仲直りされてしまいそうな雰囲気だった。
いや、それならばそれで仕方がないのだが。
「何言ってるんだリース、黙って行かせておけばいいんだよ。今穏便に出て行ってくれるなら、丁度いいじゃないか」
クラインはリースに合図するように、自身の手にしている赤い剣へとチラチラと目を向ける。
どうしても二人であの剣を山分けしたいらしい。
レアドロップの度にそんな考えで動いていたら、結局そこの二人もいつか揉めて解散すると思うのだが……。
「そもそも冷静に考えろよ、ソロの防御特化クラスが、【Lv:23】まで上げられるわけないだろ。フカシか、レベルが上がったら役に立たないのが明らかになってパーティーを追い出されたんだよ。もしくは、パーティーは餌でただのナンパ目的かもな。ルーチェの奴、面だけはいいから」
クラインが声量を落として、リースへとぼそぼそと口にする。
ただ、彼女の説得を焦っているのか、声が所々聞こえてくる。
おい、聞こえているぞ。
「まあ、そうだけど……」
リースはクラインの勢いに流されているようだった。
「丁度いいじゃないか。スキル振りに失敗した奴を追い出したなんて噂が立つと都市ロンダルムに居辛くなるが、これで大手振って向こうから出て行ったって言える」
……ただ、まあ、クラインがさして賢くなくてよかった。
彼らが和解するならそれでもいいかと思ったが、クラインの様子を見ていると、とてもじゃないがこのパーティーでルーチェが上手くやっていけるとも思えない。
問題が先延ばしになっても、結局同じような騒動が起きるだけだろう。
「で、でしたら……ご厚意に甘えさせてもらいます。よろしくお願いします、エルマさん!」
ルーチェは覚悟を決めたらしく、ぎゅっと握り拳を作って俺へとそう言った。
「ああ、よろしく頼む、ルーチェ」
俺に初のパーティーメンバーができた瞬間だった。
クラインがパチパチと拍手をした。
顔には、すぐそれと分かる作り笑いを浮かべていた。
「いや、パーティー結成おめでとう。まともな武器もこれまで買っていなかっただろう、ルーチェ。ここの十万ゴルドは、俺達からの餞別だ。上手く使ってくれ」
クラインは、自身の足許に散らばっている金貨へと目を向けた。
言い争いになっていたとき、癇癪を起こしたクラインがばら撒いたものである。
さすがのクラインも、高額アイテムドロップの後に一ゴルドも金銭を譲渡せずに追い出すのは外聞が悪いと考えたのだろう。
仮に後で話が出てきた際にも、十万ゴルドなり渡していれば、周囲の印象は全く異なってくる。
「……ありがとうございます、クラインさん」
ルーチェは思うところはあったようだが、受け取れるものは受け取っておいた方がいいと考えたのだろう。
その場で小さく背を屈める。
「いや、もらわない方がいい」
ただ、俺は彼女を制止した。
「え? で、でも、十万ゴルドは大金で……」
ルーチェが不安げに俺へと言った。
「クラインとやら、自分でばら撒いたものは、自分で拾ってくれ。子供でもできることだ。ましてや、地面にばら撒いたものを餞別とは笑わせる」
クラインは作り笑いを止めて眉間に皺を寄せ、地面に散らばっていた金貨を蹴散らした。
「チッ、馬鹿にするなよ、外れクラスが! 無能同士、仲良しごっこをしていろ! 行くぞ、リース」
クラインは俺達に背を向け、早歩きでその場から去っていった。
リースが彼の後を追いかけていく。
「俺達も行こう。ああいう手合いには、少しでも借りを作らない方がいい」
「え……? は、はい……」
ルーチェは散らばった貨幣へ目を向けていたが、俺へと振り返って頷いた。
別に十万ゴルドを軽視しているわけではない。
あの金額があれば、それだけ〈ヒールポーション〉も買える。
今できることの幅が広がる。
それに、金銭を打ち捨てられたままにしているのは気分がよくない。
だが、ここでは拾うべきではない。
クラインのような人間は、自分がした仕打ちはすぐに忘れるが、施したものについてはいつまでも覚えているものだ。
すぐにルーチェとクラインのレベルや立場はひっくり返る。
そのとき、クラインの中で『ただ悪評回避の手切れ金であった十万ゴルド』が、『哀れみから施してやった恩義』にすり替わりかねない。
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