第十話 マッドヘッド
「ブゥワアアアアアアアアアアアア!」
マッドヘッドが大口を開け、悍ましい声を上げる。
端の腐肉が裂け、更に口が大きくなった。
「きょ、巨大化した……?」
ゴウタンは理解が追い付かず、茫然とマッドヘッドを見ている。
「あの様子……知識なしか!」
それも仕方がない。
存在進化自体、かなりの稀なイベントである。
D級冒険者のゴウタンが知らなかったのも当然だといえる。
だが、マッドヘッドはレベルが【33】から【40】へと跳ね上がっている上に、攻撃スキルも一気に増えているのだ。
ただ大振りの単調な攻撃を繰り出すグールヘッドとは一線を画する、凶悪な魔物である。
前知識がなければ対処するのは困難だ。
〈マジックワールド〉では、低確率でこうした意地悪なイベントがよく発生する。
こういうときのために、余裕のある討伐依頼でも逃げるときの取り決めはしておくべきだったのだ。
特に人数の多い、こうした
「ゴウタン、前に立つな!」
俺が叫んだのと、マッドヘッドが大きく口を開けたのは同時だった。
「ボォオオオオオオオオオオッ!」
「うぐぅっ!」
マッドヘッドの吠える音を正面から受け、ゴウタンは身を縮めた。
遅かった……マッドヘッドのスキル、〈王の咆哮〉だ。
マナの込められた大音響攻撃は、前に立つものをスタンさせ、一時的に動きを止める。
マッドヘッドの爪が、ゴウタンへと向けられた。
「テイル、ポール! デカブツの気を逸らさせろ!」
俺はゴウタンの露払いとして彼に付き添っていた、二人へと叫んだ。
「どど……どうしろと言うんだ……? あんな化け物に魔法攻撃なんてしたら、私がぶっ殺されてしまう……」
テイルが声を震わせながら口にする。
俺は思わず舌打ちをした。
臆病者は邪魔だから出てくるなと言っていたのは誰だったのか。
「ゴウタンがやられたらどの道全滅だぞ! わかってないのか! 勝ち筋を残せ!」
逃げに徹しても、指揮も崩れている今では、半分は殺されることになるだろう。
何せ、マッドヘッドの方が遥かに足が速いのだ。
だが、俺が叫んでも、テイルは動かなかった。
マッドヘッドの凶爪がゴウタンを襲う。
ゴウタンの手から斧が飛び、彼の身体が軽々と吹き飛ばされた。
「うがぁっ……!」
ゴウタンは地面に倒れ、血を流しながら身体を痙攣させていた。
最悪だ……。
あの様子、マッドヘッドの特性〈痺れ毒の腐肉〉の麻痺の状態異常付与が発動したのだ。
無防備な状態で直撃を受ければ、通常以上に状態異常付与が発動しやすい。
「ブゥワアアアッ!」
マッドヘッドはゴウタン目掛けて追撃の爪撃を放つ。
俺はゴウタンの前に滑り込み、マッドヘッドの腕へと剣を宛がい、払った。
「〈パリィ〉ッ!」
だが、受け流し切れなかった。
俺は全身を殴打されたような衝撃に襲われ、後方へと弾き飛ばされた。
辛うじて倒れないように耐え、マッドヘッドの顔面を見上げる。
マッドヘッドは醜悪な笑みを浮かべ、俺へとにじり寄ってきた。
ひとまず、標的がゴウタンから俺へと逸れてくれた。
俺は呼吸を整え、マッドヘッドを見上げる。
「俺が引き付ける! テイル! ゴウタンを回収して、〈ヒール〉と〈パララヒール〉で回復してくれ!」
赤魔術師であれば、どちらも既に獲得している。
それが現状の唯一の救いか。
〈パララヒール〉で麻痺は回復させられる。
ほんの少し足止めすればいいだけなら、このレベル差でもやってみせる……!
「ヒ、〈ヒール〉はあるが、〈パララヒール〉はないぞ……?」
テイルが弱々しくそう口にした。
「何を言っている? 〈赤魔術〉の【15】で、〈ポイゾヒール〉と共に覚えるはずだが……」
「……〈攻撃力上昇〉に振った」
こ、こいつ……!
赤魔術師は、補助や支援が整っていてかつ剣士を熟せるのが強みだ。
先に剣士系統を目指しても、ただ専門クラスの劣化にしかならない。
「とにかく、ゴウタンを安全な位置まで運んで、〈ヒール〉で回復させてくれ!」
俺は言いながら、倒れているゴウタンから距離を取るため、背を翻して走り、その場から離れた。
マッドヘッドが俺の後を追い掛けてくる。
「ブゥワアアアアアアアアアアッ!」
……自身より遥かに大きく、強い魔物に追い掛けられるのはぞっとする思いだった。
ゲームと現実では違い過ぎる。
おまけに今回は、あまり分がよくない。
俺はちらりとマッドヘッドを振り返った。
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魔物:マッドヘッド
Lv :40
HP :94/94
MP :14/31
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……MP残量の確認がてらに改めて見たが、やはりとんでもない強さだ。
攻撃の直撃を受ければ、俺でもただでは済まない。
MPは進化前から回復しないのがまだありがいというべきか。
一つの小さなミスが死に直結する。
「……来いよ、マッドヘッド。ゴウタンが立て直すまで、俺が相手してやる」