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95.当たり前の事


 声が聞きたい。姿が見たい。話がしたい。

 それは不安だったり恐怖だったり恋しかったり切なかったり。理由を付けるならいくらでもあるのだけど、結局思うのはただ、彼女に会いたいという事だけ。



× × × ×



 ユランは調べた事をメモしない。形に残す事はイコール証拠を残す事。それがユランにとって益になるなら良いけれど、逆の作用をもたらす事だってあり得る。ユランの様に心象だけで渡って来た者にとって、下手なイメージは死活問題だ。

 幸いにして記憶力には自信があった。忘れたい事は山ほどあるが、どれも嫌になる程正確に覚えている。昔はそうした過去に布団を被って耐えていたけれど、今は素晴らしい長所と言って良い。おかげでユランは、沢山の情報を蓄える事が出来ているのだから。


「最近ずっと教室にいんなぁ」


「移動するのが面倒だから」


「姫さんの所には行かんでいいんか?」


 頬杖をつくユランの机に腰を掛けて、ゆったりと首を傾げたギアの表情は楽しげで。一見するとこちらをからかっている様にも見える。だが実際はギアにその意思はなく、ただこの状況を楽しんでいるだけだ。ユランを怒らせたい訳でも、更に焦らせたい訳でもなく、ありのままを知って面白いと楽しむかつまらないと飽きるか、それだけ。

 どこまでも自分の為だけに生きる男だ。わざと悪意を振り撒いて楽しまないだけの理性はあるらしいが、楽しむ材料にされるこちらとしては、どちらにしても腹立たしい。ギアの言っている事が的確にユランの柔い部分を突いてくるから余計に。


「お前のせいで調べる事が増えた」


「息をする様に人のせいにするなぁお前」


「良い情報ではあった、感謝はしないが」


「そこは普通にありがとうで良いだろ」


 ケラケラと大口を開けて笑うギアに飽きる気配はなく、どうやら完全にこちらの反応を全力で楽しむ事にしたらしい。ユランの不機嫌などお構いなしに楽しんでいる表情は何とも神経を逆撫でされる。最近めっきり減った睡眠時間と、増えて纏まらない情報とで頭が痛くなってきた。

 眉間を押さえて俯くユランに、自由の化身はただただ眺めているだけで。頼めば何かしらの仕事はしてくれるだろうけれど、駒として使われてはくれないだろう。第三者として客観的に物事を見られるギアの視点はとても役に立つのだが、その気まぐれを当てにするのは得策でない。


「まぁ、いいけどさ。何か気になるモンでも出てきたか」


「分かってて聞いてる?」


「さぁ?」


 神経が逆撫でされている様に感じるのは、ギアの表情のせいか、それともユランに余裕がないからか。

 もたらされた情報はとても有益ではあったが、有益だからこそその信憑性と使いどころに頭を使う。手間は増えたし睡眠時間は更に減った、それでも思うように進まないストレスが頭痛になって襲ってくる。これ以上は机に齧り付いても、人の声に耳を峙てても、半歩だって進展はしないだろう。


「……頃合いでは、あるな」


 集められるだけ集めた、考えるだけ考えた、なら次は。


「捕まらんようにしろよー」


「俺をなんだと思ってんだ」


「色んな意味で可笑しい奴」


「お前にだけは言われたくない」


 この学園で誰よりも異端なのはギアの方だろう。学園内だけでなく、世界的に見てもシーナの国民は異分子的な扱いだというのに、そこの皇子に可笑しい扱いされるとは。イレギュラーな立場をしている自覚はあるが、だからといって常識に外れている気は無い。愛情と執着心、優先順位と割り切りの早さ、その全てが一人に注がれているだけ。

 大切な人を、ヴィオレットを、幸せにしたいだけ。


 その為なら何だって出来るだけ──誰だって、傷付けられるだけ。


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