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97.踏み台か、それとも害か


「……どこで、その話を」

「あぁやっぱり、ただの噂ではなかったのですね」


 顔色を変えたロゼットに、特別喜んだ様子はない。奇襲が成功した人間の満足感も。

 ただ己の知識を、その答え合わせをして、正解だったと納得した。そんな軽さで頷いて、対人でのコミュニケーションを放棄しているかの様な奔放さで振り回される。それに腹を立てるだけの余裕は残っていなかった。

 ユランが軽率に放り投げたそれは、ロゼットにとって最重要の秘密だ。個人としてではなく、一国の頂点に連なる身としての機密で、あったはずのもの。


「秘密は重いんです。重いものは、誰かに持ってもらいたくなる。厳重であればあるほど、重要であればあるほど、柔軟性は失われていく。頑丈な者を壊すのは想像するよりずっと簡単なんですよ」


 想像よりは容易いが、ユランが言うほど簡単なはずものない。人の口はいつだって言葉を発する機会を待っていて、それが自分一人で抱えきれない程の秘密であれば尚の事。誰かと共有したい

、誰かと分かち合いたい。強く重く口を閉ざしている者ほど、解けやすく出来ている。のらりくらりと流される柔らかな者の方が、実は何も溢してはくれない。

 そしてユランは、そういった者の心を解く術を熟知していた。天性の才能ではなく、ぐちゃぐちゃに踏み荒らされた末に身に着けた生きる知恵。だからこそ、その使い道に迷う事もない。


 体温が下がるのを感じながら、俯く事だけはしない。それこそユランの思うツボだと奮い立たせて、感情の読み取れない男の瞳を見た。


「ただの噂と、そう変わりありません。正式な誓約を交わした訳ではありませんから」


 仮にこの事実が広まったとしても、証明する手立ては無い。ただ二国の頂点が、当事者であるロゼットとクローディアの父達が、互いの国にとってそれが有益であると理解しているだけ。王家の婚姻、その相手に互いが最も利益があり不利益が少ないのだと。

 そう遠くない未来、それこそロゼット以上の相手が現れない限り、二人が夫婦になる事は公的に決定するだろう。

 

 決定する未来は、確かに存在する。しかしそれは決して現在の話ではない。


 他者の介入も、第三者の下衆な好奇心も、それによって生じる不和や不信も。鬱陶しくてたまらない。噂であればまだマシだが、ユランの様に直接訪ねて来る者も増えるだろう。否定するのは容易いが、事実を隠しながら嘘を言わないなると面倒なのだ。ただでさえロゼットは、余計な『理想』まで背負っているのだから。


「そんな不確かな話を吹聴されては困ります。一体誰からお聞きに──」


「あぁ、何か勘違いされている様ですね」


 少しだけ腰を曲げたユランと、目線が同じ高さになった事で、その表情がよりよく見える。さっきまで見下していたその長身をかがめているというのに、さっきよりもずっと挑発されている様に感じた。見下すよりもずっと近くで、その笑顔の歪みを見せ付ける様に。


「別に、どうでも良いんです。彼が誰を選ぼうと、その相手が貴方であろうと」


 計画の邪魔にさえならなければ。ユランの目的の妨げにさえならなければ。 

 彼女の、幸せの邪魔にさえ、ならなければ。


「何一つ、興味はありません。王子様の婚姻も、この国の益も、好きに決めて実行すればいい。俺にとって重要なのはそこではない、そんな事ではない」


 クローディアが王になった時、その背を支える相手は最重要と言ってもいいだろう。きっと未来であの男を支える立場に就くユランにとっても、無関心でいい問題では無いはずだ。口を挟む事は出来ずとも、ある程度の関心は寄せるべき事柄。

 だからこそ、こんなやり方で接触を図ってきたのだと、ロゼットは思っていた。目の前の男の事は欠片も理解していないが、その目を、色を見れば、彼の立場くらい簡単に予想も想像も出来る。


 そんな予想も想像も飛び越えて、ユランが見ている先にいるものは。

 一番に重要なのは、この事を知って、彼女が傷付く可能性の話。


「一度しか問いません。貴方と彼女、ヴィオレット様の出会いは、本当に、ただの偶然ですか?」

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