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9話:魔王、聖剣の輝きを見る

 ワイバーンの応急修理が終わってから2日。

 まだ惑星の上にいる俺達は少々困った事になっていた。

 ブリッジに集まり、ウィンドウに表示された情報を確かめながら話し合いをしている。


「困ったな…状況が動かん」


「無茶はできるけど無謀は良くない」


「状況は厳しいですよぅ」


 宇宙での戦闘は終結したようだ。

 今回はフィールヘイト宗教国が勝利して、この惑星付近の宙域を制圧したらしい。


 まあ、知らない国同士の勢力争いは正直どうでもいいのだが。


 フィールヘイト側が惑星近くに、多数の情報収集用サテライトを撒いて。

 その上軽巡洋艦が一隻、軌道上に張り付いているのが大問題だった。


 ワイバーンは傭兵隊とはいえ、アドラム帝国所属の強襲揚陸艦だった。

 そのまま大気圏離脱すればサテライトに発見されるだろうし、駆けつけた軽巡洋艦に敵扱いで沈められると、リゼルもワイバーンも言っていた。


「この世界の軽巡洋艦がどの程度か判らない。戦力差を教えて貰えるか?」


『へぇ、大型の艦船は国によってばらつきはありますが、空母、戦艦、重巡洋艦(準戦艦)、巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦って感じのクラス分けされとります』


「各クラスの戦力比は型によって誤差はあるけど、1隻で下位の艦を3隻同時に相手にして勝てるって言われてるんですよぅ。

 ワイバーンは大きさこそ駆逐艦並だけど、武装もシールドもフリゲートよりちょっと強い位ですよぅ」


「単純計算で戦力比は1:8位?まともに戦うのは無謀」

 戦闘に関してはライムの見立ては外れないだろう。

 シートに座った状態で、何故かしっかりとスカートの裾を押さえているな。

 ………くく、この状況が悪い時に一時の清涼剤だ。


「この艦についているアドラム帝国の識別ビーコンは外せないのか?

 俺達は帝国の人間でもなければ軍人でもないしな」


『識別ビーコンのプロテクトは堅いってよりも、固有のものでしてなぁ。

 どっかのドック入って、行政府に届け出するまで無理ですわ。

 ころころ変えられたら海賊共や特殊部隊がのさばりすぎます』


 この時代、船の所有権は結構大雑把だと言う。

 基本は「船のメインフレーム(主電子頭脳)にマスター登録された人のもの」という大雑把さだ。

 俺達のように撃墜されて破棄された軍艦や、何らかの事故で所有者や乗組員が全滅した船を回収・修理して、転用するのは日常的な事らしい。

 しかし海賊の跳梁や凄惨なテロを防止する為に、所有権の書き換えは各国で共有しているデーターベースへアクセスできる、国や地方の行政府でないと出来ないという。

 普通はサルベージ屋の船が大破している船を曳航していたり、随伴していれば「あれは鹵獲された船だな」と分かってくれるし、軍も見逃すのが常識という。

 随分大らかだよな?


 だが、俺達の船はワイバーン一隻と、艦載機のアクトレイが一機のみ。

 しかも両方とも軍属な上に、ワイバーンも随分と修理されて綺麗になっている。

 この状態で「これ拾って登録切り替えに行く所です」と言った所で説得力が無い。

 敗残兵乙と言われて撃沈されるのが関の山だ。

 酷い話かもしれないが、誤解を恐れるなら軍艦を拾うなと言われるだろう。


 …と、言うのが今の状況。

 大気圏離脱する目処は立ったんだが、軌道上に張り付いた軽巡洋艦と、索敵網が邪魔で動くに動けないのだった。

 無いよりましという事で、ライムの回復魔法でワイバーンの武装やジェネレーターの修理は続けられていた。



―――



 更に数日経過し、ワイバーンの機能が8割方回復した所で悪いニュースが増えた。

 またしても緊急会議だ。


『まずいですわ。通信傍受したんですが、フィールヘイトの連中、ここの軌道上に軍用の中継ステーション作る気らしいですわ。

 後数日もすれば建築機材を満載した超大型輸送艦と、護衛艦隊がやってきます』

 それはまずいな。軽巡洋艦一隻でも手一杯だというのに。


「無理でも突破するしかないか。

 これ以上状況悪くなったら、それこそここに定住する事になる」

 何より以前の仕込みにより、夜間リゼルがしてくるスキンシップが日に日に過激になってきている。


 絶対従属の使い魔に、俺から手を出すのは悪の美学的に避けたい所なんだが。

 しっかり抱きついてきて、俺の服に顔を押し付けて凄い勢いで匂いを嗅ぎながら、ビクビクと小刻みに震えてるリゼルを襲わないように我慢するのは心底辛かった。

 いっそ聖剣で斬られる方が楽だと思う。

 ただでさえ病弱な俺の理性が、もうゴールしていいよね…といい笑顔を浮かべるのを何度引き戻したか判らない。

 だが、魔王として悪に妥協する訳にはいかない。

 手を出させるならあっち(リゼル)からだ。

 更には絶望的な状況で心細かったとか、余計な言い訳が出来ない状況が好ましい。


 実は余裕あるだろうって?

 何を言う。悪の美学を遂行する為の理性はもうギリギリだ。

 ギリギリというか限界を明らかに超えている。いっそ楽になりたい。

 生き死にという意味では余裕も良い所だが。



「軽巡洋艦の武装はわからない?

 ドローンの時みたいにイグサに耐属性付与して貰えば、随分楽になると思う」


「あのクラスになると、積載量にも余裕がでるし砲塔も汎用性重視だから、装備できる武装の幅が広すぎて実際撃たれるまで特定できませんよぅ」


『軽巡自体をどうするかも大事ですわ。あのタイプは機動性もよろしいから、余裕で追いつかれてしまいます』


「この船はあれより小型なんだろう?速度で負けるのか」


『へぇ、あっちは現役ばりばりの軍艦。こちらは民間払い下げの3世代前の老骨です。

 推進器もリアクターも古びてましてなぁ……近代化改修すりゃ、あんなハイエナなんぞ振り切ってやるんですが』


「なら撃退するしかないな」

 SF的にはかなり詰みに近い状況だろう。

 だが、ここにはファンタジー(非常識)の世界に生きる魔王と勇者がいる。


「ライム、ワイバーンの操縦できると思うが、やれるか?」


「ん。騎乗と大型騎乗、飛行騎乗スキルもあるから、多分余裕」

 騎乗スキルの汎用性の高さには驚かされた。

 数日前に周辺探索にアクトレイで出かけたのだが、ライムが操縦するとリゼルの時より俄然動きが良かった。

 馬でもないのにライムが拍車付きのグリーヴ(足甲)で機体を蹴ると、謎の加速をしたのは俺ですら理不尽を感じたものだ。


「操縦と回避は任せた。攻撃と防御は俺がやろう。

 ワイバーン、お前の武装はどうだ?」


『へぇ、船体前方についた6門中、4門の電磁加速砲は何とか。

 残り2門ちゅうか、主砲の高圧縮プラズマ砲は繊細なんで交換部品がないと動きません。

 各部についた近接迎撃用の連装パルスレーザー砲は9割がた復旧しとります』

 電磁加速砲?…ああ、リニアレールガンか。SF的な浪漫武器だな。


「電磁加速砲の詳細を教えてくれるか?」


『はいな。まずはエネルギー蓄積率が良い弾体に、リアクターからちょいとエネルギー回して、高エネルギー砲弾化します。

 で、保持エネルギー量が増大した砲弾を電磁レールで撃ち出すものですわ。

 こいつの一番の特徴はシールド貫通して、相手の装甲や船体に直接ダメージ与えられる事なんですけどなぁ。

 実体弾だから弾速遅いわ、有効射程がえらい短いわ、お世辞にも使い勝手が良い武器じゃないんですわ』

 電磁加速砲は磁気を使っているが、それを発生させるのは電気なら雷属性か。

 弱点は弾速の遅さと有効射程か、何とかなりそうだな。


「電磁加速砲で何とかしてみよう。

 砲弾に細工してくる。リゼル、弾薬庫に案内をしてくれ。

 ワイバーンは電磁加速砲を主砲として使えるように調整しておいてくれ」


 出発は翌日の明け方と決め。

 俺達は惑星脱出の為の準備を始めるのだった。



 ……この日の夜も、俺の理性は頑張った。

 そろそろ誰か褒めてくれないだろうか。

 頑張るな、流されろという声の方が多く聞こえるのは気のせいだよな…?



―――



 明け方、まだこの星系の太陽は地平線から顔を出さず。

 暗かった空が明るくなってきた頃、俺達はブリッジに集まっていた。


 中央後方で情報把握がしやすい艦長席に俺。

 右前方に操縦・航行システムに特化した操縦席にライム。

 左前方で火器管制と艦内制御のコンソールに埋まっているのがリゼル。

 シートもコンソールも必要ないワイバーンは適当な所に立っていた。


「じゃ、行くか。覚悟は良いか?」


「ん。問題ない」

 淡白に答えるライムだが、何か変だな。

 いつもは話す相手を直視する視線が妙に泳いでいる。何かあったか?


『ワイバーン、システム大体グリーン。いつでもいけまっせ』

 機械の癖にだいたいとかファジーな判断が出来るのは凄いな。

 流石付喪神という所か。


「覚悟なんて出来てませんよぅぅ…」

 未だに弱音を吐くリゼルを皆スルーしている。

 チームワークはばっちりだな。


「起動シーケンススタート」

 うむ。こういうのは実にSFの艦長っぽくて良い。

 悪とは方向違うが、これもまた浪漫だ。


「はーい、まいますたー。

 リアクター出力上昇、ステルスからミリタリーへ。

 艦内機能各部動作開始、シールドジェネレーター起動」

 こういう手順は大事にしたい。無言とか味気ないぞ。


『ほいな、シールド発生率84%。シールド強度672s。

 姿勢制御開始、浮遊装置作動、艦体水平へ移行ですわ』

 モニター越しに傾いて停止していた光景が、ビルの残骸を砕きながら地面と水平になっていく。


「じゃ、発進」

 両手にジョイスティック的な操縦桿を握ったライムが動かすと、艦が空を向いて傾き、艦体に乗っていたビルの残骸を落として、加速しながら空中へ浮き上がっていく。


「補助推進器出力65%、大気圏内航行用、補助翼展開。

 ………ううう、どんどん緊張してきたですぅ。

 高度500m到達。推進器点火です」

 艦体後方の推進器に火が入り、加速開始するが………

 こういう時は爆音がないと寂しいな。


『バッシブセンサーに感あり、サテライト3基につかまりましたわ。

 アクティブセンサー開放、情報をウィンドウに転送』


「確認。運が良いのか悪いのかわからないけど、軽巡洋艦は進行方向に来るね」

 後ろから追いかけられるよりは良いか。どの道やる気だしな。


「高度上昇、推進器出力92%。大気圏内用補助推進器も87%で安定。

 大気圏脱出は出来そうですよぅ」

 100%にするには、治癒…修理時間が足りなかったか。


『高エネルギー反応複数!ライムはん、軽巡洋艦からの第一波きまっせ!』


「……ていっ」

 ワイバーンからの警告に、気合の入らない掛け声でライムが船体をロールさせながら、補助バーニアを吹かす。

 ギィン!と甲高い割れたピアノの音を増幅させたような音を立て、赤い光の粒子が船体ぎりぎりをかすり、地上に巨大な火柱を上げる。


「ひぃぃぃぅ!武装確認、高エネルギー粒子砲ですよぉ!」

 高エネルギーで粒子砲なら火、物理属性か。


『概念魔法発動:耐炎属性付与Ⅸ』

『祈祷魔法発動:守護の盾Ⅹ』


 多重魔法発動スキルと二重魔法詠唱スキルで、炎耐性と物理防御付与を同時に展開する。


『軽巡洋艦から二次掃射きます。今度は砲門全部使ってますな、本気ですわ!』

 軽巡洋艦から赤い粒子の槍が次々と落ちてくる。連射できるのか。


「頑張って避ける」

 船体についたバーニアが更に吹かされ。

 回避の為にかかった負荷に、ギギィと船体が悲鳴を上げて軋む。


『ちょ、激しすぎますライムはん。もうちょっと優しくして下さいな』

 喘ぐな。集中力が落ちる。


 ギギギン!とライムでも回避し切れなかった3割程度のエネルギー粒子の槍が、属性防御と盾の魔法に弾かれて、歪な音と共に進路を逸らす。


『シールド78%に減衰。普通ならあちこち風通し良くなってます。流石魔王様ですわ』

 素だとどれだけ脆いんだ。いや、あっちの火力が高すぎるのか。


「高高度到着、推進器効率上昇。

 上面砲塔稼動開始、電磁加速砲1,2番弾薬装填、エネルギー蓄積開始ですよぅ」

 連続で降り注ぐ高エネルギー粒子の間隔が短くなっている。

 相手も焦っているのだろうか。


「ライム、ここまで接近したら回避は難しいだろう。打ち合わせ通りに頼む」


「うん。任せて」

 ライムが操縦をオートパイロットに切り替える。


『術理魔法:環境適応Ⅷ』

『概念魔法:風属性耐性付与Ⅹ』


 環境適応の魔法を受けたライムが通路へ飛び出して行った。


「主砲射程内です、一番二番個々に目標をロック。

 ……う、撃ちますよぅ!」

 リゼルの自棄気味な声と共に、砲塔から紅色の粒子の塊が飛び出し、次の瞬間には軽巡洋艦がオレンジと紅色の爆炎を撒き散らしていた。


「ほえ……何でこんな弾速早いんですか?」

 呆然とした様子のリゼル。ワイバーンも似たような顔をしている。


「電磁加速砲が雷属性と予想がついたからな、砲身に雷属性強化魔法をかけた。

 ついでに弾にも『魔王の憤怒』と『加速』魔法を二重掛けまでした。

 これで威力も弾速も上昇するというものだ」


「またファンタジーですかぁぁぁ……もう便利ならどうでも良くなってきたのですよぅ」

 随分ファンタジーに毒されてきたようだ。その調子で慣れてしまうといい。


 『加速』の魔法は純粋な移動力上昇の魔法。

 『魔王の憤怒』は魔王専用の魔法系統で、魔王が受けた怒りや憎しみを力にする…

 まあ、あれだ。勇者パーティにボコにされて、瀕死なった魔王が「我が奥の手を食らえ」的な展開の時に使う魔法だな。


 憤怒という魔法名だが、別に怒りじゃなくても使えるんだ。これが。

 魔王が抱いた強い感情だったら何でも良いらしい。

 まあ、普通の魔王が抱くなら怒りな憎しみだろうけどな。

 今回はここ最近、たまりに溜まった鬱憤というか、理性が頑張って押さえつけた若いリビドーを込めてみました。いや、凄い威力になった。

 エネルギー源は主にリゼルだな。ライムも2割位入っているが。


「軽巡洋艦にエネルギー反応残ってますよぅぅぅ!?」

 爆炎が収まった軽巡洋艦を見ると、艦体の中央に大穴が開き、艦首に至っては千切れかけていた。これでまた健在とは頑丈なものだな。


「威力上げすぎて貫通したか?」


『そうらしいですなぁ。リアクターに当たらなかったようで、運の良いやつですわ』


「何落ち着いてるんですかぁぁ。あっちはまだ砲門が何個か生きてますよぅ!?」

 落ち着けリゼル。まだ手は残してある。

 これでも知性派の魔王だからな。


「という訳だ。ライム、頼んだ」


『任せて』

 マイク越しに聞こえる頼もしくも綺麗な声。

 ワイバーン艦首上方のエアロックが開いて、ライムが艦首に立つ。


 宇宙と大気圏の狭間という死の世界。

 その宇宙船の艦首で、

 可愛らしいデザインのドレスを存在しない風になびかせる少女が聖剣を構える。



 SF的には不条理というか正気を疑う光景かもしれない。

 だが、俺達は魔王で勇者だ。

 ファンタジー的にはありな光景だろう?



 この光景を実現するため、環境適応の魔法と風属性耐性付与の魔法をつけたんだ。

 そして―――


『聖剣解放』

 ライムが手にした白銀の剣に黄金の光が宿り、その刀身を伸ばしていく。


『断罪の剣』

 黄金の粒子で出来た刀身をライムが振り下ろせば。

 軽巡洋艦はその断面も鮮やかに、中央から二つに切り裂さかれた。


 露出したリアクターが誘爆を起こし、

 小さな太陽と化して軽巡洋艦がその姿を消していく。


 馬鹿らしい光景だ。

 しかし、同じファンタジーの住人としてはこの上もなく愉快な光景でもある。



 ほぼ最大限まで成長した、聖剣が1日3回使える技の一つらしいが。

 あんなのが1日に3回も使えるというのは、魔王としては複雑な気分だな。





 その後。

 あの非常識な光景をレンズに映しただろう付近のサテライトを潰し。

 一路、アドラム帝国領へ向けて旅立ったのだった。

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