76話:魔王、放浪の末に朽ちた人形と出会う
本日2話目の投稿です。話数にご注意下さい
アドラム帝国の南部辺境にある『交差する貿易航路星系』。
その名前のとおり、ジャンプゲートとジャンプゲートを繋ぐ星間航路が1つの星系内に5本集中しており、交易や流通などの接合点として繁栄していた。
2つの星間航路が近距離で交差する位置に建造された、『バルカローレ』交易ステーションの宇宙港には多くの輸送船や、それを護衛する、あるいは輸送船を目当てに出没する海賊狙いの賞金稼ぎが乗る戦闘艦や戦闘機が停泊していた。
スペースポートに隣接している酒場兼ホテルの『幸運女神の前髪亭』では2人の人物が注目を集めていた。
1人は地球系のヒューマノイドの男性。外見年齢は20代前半で、カウンターでハーブティを片手に寛いでいる。
もう1人は似た人種の見目麗しい少女。外見年齢は14歳前後、男性に寄り添うように横に座り、甘味料をたっぷりと入れたお茶を飲んでいる。
この2人は賞金稼ぎが集まり、賞金稼ぎや傭兵を求めるトレーダー(商人)からの依頼を仲介する『幸運女神の前髪亭』に半月前にやってきた。
そして、今まで討伐できなかった腕利きの海賊を乗船ごと沈めてきた腕利きであり。
このステーションでも数少ない、人型戦闘機を操るパイロットとして注目を集めていた。
◇
注目を集めている自覚はある。悪目立ちという意味なのが不本意だが。
「シーナ、次の仕事候補は何かあるか?」
寄り添う様に隣に座り、上機嫌な機鋼少女のシーナに声をかける。
「今のところはありません。少しの間だけど、マスターゆっくり出来そうです♪」
花が咲いたような笑顔を俺に向けてくれるシーナ。
俺は長期休暇を取って、私物の魔王専用人型戦闘機・ローゼンガルデン2号機『シュバルツ』に乗って『船の墓場星系』から離れた星域にいる。
やってみたい憧れの1つだった、流れの傭兵生活をして羽を伸ばしていた。
『シュバルツ』は2人乗りなのでシーナを誘ったのだが、本人も「駆け落ちみたいでドキドキしますね♪」と、とても乗り気だった。
道具として扱われる喜びが何よりも勝る、機鋼少女という種族の中で、恋心という本来持っていなかったものを取得したシーナ。
それを満たす2人旅という現状に、上機嫌な事が多い。
シーナがお茶のカップを置いて、体を預けてきたので支えていると、酒場に来ている客の大半が渋い顔や砂を吐きそうな顔になる。
いつ死ぬかわからない個人の賞金稼ぎや傭兵だと、同業以外の特定の恋人を作る事が少なく―――大抵のまっとうな仕事をしているステーションの住人には、善良な隣人以上の関係になるのを好まれない―――歓楽街で得る事ができる一晩だけの恋人では満たせない心の隙間があるようだ。
リョウもそうだが、歓楽街通い超えて、漬かっている連中には普通の恋人風な行動が心に刺さるんだろうか?
そもそもだ、俺が長期休暇を取って、流しの傭兵生活を始めた原因は約一年前、リゼルのいつもの天然発言のせいだった。
◇
ある日の事だ、出撃(営業)の合間『ヴァルナ』ステーションにある自宅のリビングで寛いでいたところにリゼルがやってきた。
「どうしてリゼル、何かトラブルでもあったか?」
「イグサ様、2人目ができたみたいですよぅ!」
「……?」
一瞬だが、脳が理解を拒んだ。
そして自然と視線がリゼルの下腹部へ向かう。
「えへへ、できる間隔が長いかもって効いていたけど、2人目ができちゃいました」
俺の視線を受けて、実に嬉しそうにはにかむリゼル。
そうか。一般の人間と比べると、寿命が長い魔王や使い魔だと、再び子供ができる生殖ペースが遅いだろうと予想はしていたが、リゼルの娘であるリリィナの年齢から考えて……だいたい10年周期くらいか?
50年、100年単位すらありうると思っていたが、想像より随分と早かった。
「そうか……ありがとう。体を大事にしてほしい。出産までは実家に行くか?」
色々と複雑な感情があるが、出来た事を喜ばないのはパートナーとして失格だ。
身内の女性に冷たく当たって悲しませるのは、俺が目差す悪とはほど遠い。
自分の子供を妊娠した親しい女性を泣かせるのは、悪というよりもクズだろうか……?
「はい! お母さんもそうした方が良いって言ってたし、新しく生まれる子のお姉ちゃんやお兄ちゃん達も喜んでましたよぅ!」
喜ぶリゼルだが、それはそれとして室内の気配を探る。
「おめでとう、リゼルさん。私もちょっと羨ましいわ」
ユニアが、リゼルの手をとって自分の事のように一緒に喜んでいた。
先ほどまで室内にライムとリゼル、ルーニアもいたと思ったがどこに―――
「イグサ、大切な用事がある」
「はいです。とてもとても大事な用事なのです」
背後から両肩にガシリと、鋼鉄のような重さすら感じる、小さな手が2つ置かれた。
「……ライムにミーゼか、どうした?」
肩に手が置かれた時に悲鳴をあげなかった自分を褒めてやりたい。
「ん。私達も2人目が欲しいから、頑張って貰う」
「逃がさないのです」
ルーニア、ルーニアはどこだ、ピンチ過ぎる!
正直窓から脱出したいが、魔王や悪党が身内にする仕打ちではないので、我慢しているが、せめてストッパーが欲しい!
「うん、うん。そう。いつもので臨時休暇、今回はちょっと長めかな。リョウさん、その間はワイバーンの艦長代行をお願いね」
うん。ルーニアは携帯端末でワイバーンとリョウに連絡を取り、根回しをしていたか。
……時には諦めも肝心だな。頑張って生き残ろう。俺。
◇
その日を境に、約4ヶ月間。希望者が全員2人目を作れるまで自宅に軟禁された。
酒池肉林の日々といえば素敵に聞こえるかもしれないが、俺が貪られる肉担当なのは何かが激しく間違っている。
俺が夜戦用スキルを大量所持していなかったら、途中で命が散っていたんじゃないだろうか。
それ以上に、アルテの部下のメイド達とか、魔王軍の社員とか、ライムの娘のユナと腹違いの姉妹で親友ヨルのコンビとか、趣旨が違う者達まで出入りしていたんだが……。
ライムかミーゼ辺りが交換条件や取引で許可したのだろうか。
そして、軟禁からだいたい4ヶ月後に解放された俺は家出……もとい、心の安らぎを求めて機鋼処女のシーナを連れて旅に出たんだ。
気晴らしがすんだら帰ると伝言してあるし、高速巡洋艦セリカとシーナと同系列の情報処理に特化した機鋼少女達の情報収集能力を考えると、行動や所在はバレているだろうな……。
◇
そしてこのステーションに立ち寄ったのが半年前。
それ以来、人型戦闘機を駆る凄腕の傭兵として、海賊の皆さんを遊び相手に、憧れの1つだった流しの傭兵生活という浪漫を堪能する、心安らかな日々を過ごしている。
地元の海賊には「この星系で黒塗装の人型戦闘機と遭遇したら命を失う」と都市伝説か死神扱いされているが、些細な犠牲だろう。
彼ら、あるいは彼女らの尊い犠牲は報奨金の消費という形でステーションに還元している。
何より夜這いされて返り討ちにするも、体を酷使しすぎてうっかり心停止して常時発動型の蘇生魔法(死亡に関わる行為がトリガーになって発動するタイプ)のお世話になるとか。
蘇生魔法が発動した次に、今度は過労で止まった心臓をセルフ心臓マッサージ(魔法よる念動)とか。
死地で生死の境界線の間を彷徨い、向こう側に行ってしまった時は頑張って生き返るという、翌日の朝を無事迎えるために何度も死地を超えなくていい、平和な生活を謳歌していたんだ。
そんなある日の事だ。
「マスター、メール(文通)友達が近くに来ているから、会いたいんです。いいですか?」
シーナの可愛らしい、オフ会のお願いを聞いて同行した辺りから雲行きが怪しくなっていった。
◇
「なぁ、シーナ。指定された座標、星間航路から随分離れているし、手持ちの宇宙図にもステーションの類いが無いぞ?」
シーナがオフ会に指定された座標に移動していたが、手持ちのマップには付近に小惑星1つない宇宙空間だったんだ。
「変ですね? もしかしたら未登録か、移動型のサテライトかステーションかもしれません。行ってみたいです」
普段自己主張の少ないシーナのお願いには弱い。行ってみたいとお願いされたら従うしかないな。
「わかった。巡航モードを再起動してくれ」
「はい。ローゼンガルデン2号機『シュバルツ』に再接続。アーマードウィングスラスターを巡航モードへ」
◇
「……なぁ、シーナ。確かに指定された座標に船がいたな」
「ありましたね」
シーナが招待されたオフ会の座標―――星間航路から普通の船なら片道2週間はかかる位置―――には船が停泊していた。
だいたい800m級の大型巡洋艦サイズ。格納庫らしい場所の装甲を展開して、丁寧に誘導ビーコンの光が伸びている……のだが。なかなかに特徴的な外見をしている。
強いて言うとコランダム通商連合で建造される、輸出仕様の戦闘艦に近い。
コランダム通商連合の輸出仕様の戦闘艦は、船の機能がブロック状のモジュールに作られている。
リアクターならリアクターブロックモジュール、攻撃用ならタレットブロックモジュールや、ミサイルランチャーブロックモジュールなど。
そのブロック状のモジュールを必要なだけ繋げ合わせて作るので、外見は角張ったブロックの集合体に見える。
それに対してこの船はコランダム通商連合の船よりも、1つ1つのモジュールがさらに細分化されている。
大量の小型艦を機能ごとにバラバラに分解して、大型巡洋艦の形に組み上げたような異質さを感じる外見だ。
そしてコックピットに警報が響き、モニターにはアラート(警告)の文字が流れている。
『特一級敵対種族/自律思考AI種族艦/推定大型巡洋艦級/殲滅せよ/逃走して情報を発信せよ/どちらも叶わぬ場合は自爆を推奨する』
「シーナ、アラートを止めてくれ」
すぐにコックピットに鳴り響いていたアラートが止まり、画面も警告文が消えて正常な状態に戻った。
「はい。アドラム帝国製のスケジュールソフトが原因ですね。特定種族を見つけた時に警告を発して、パイロットよりも強い権限で通信機能を乗っ取って周囲に警戒情報を発信するシステムが入ってました」
「止められたか?」
「勿論です。カレンダー代わりのスケジュールソフトなんかに負けません! ……この後、どうします?」
シーナが不安そうな表情を浮かべて見てくる。
「招待してくれているんだ。伺おうじゃないか」
シーナが浮かべていた表情は、俺を巻き込む不安とメールの文通相手への未練だろうか。複雑だが切なそうな表情だ。
「それに―――シーナのメール友達の顔を見てみたいしな。危なくなったらシーナを担いで逃げるくらいはしてみせるさ」
「はい。ありがとうございます!」
この半年で恋する機械少女の挙動が身について、心の底から嬉しそうな表情を浮かべてくれる。
この笑顔1つだけでも、危険を冒す価値があるな。
俺達は人型戦闘機を誘導ビーコンの光に乗せると、ゆっくりと大型巡洋艦の格納庫へと入っていった。
◇
「なぁ、シーナ。この艦、通路はあるが、内装的に無人運用前提じゃないか?」
「はい。ここもメンテナンス用の通路ですらないですね。機鋼少女が運用するとしても、もっと接続用の端子を増やします。
格納庫から投影画像のガイドで船内を案内されているが、この大型巡洋艦の大部分は無人で稼働しているようだ。
船員を見かけないのもあるが、そもそも船員が乗っていたら必要になるだろうパーツが色々と足りていない。
見慣れた宇宙船の艦内だと、もっと人が手で操作するレバーや隔壁、携帯端末を接続する端子とか、小物が多いんだ。
案内に従って暫く歩くと、広いホールのような場所に出た。
位置的には大型巡洋艦の中心部辺りだろうか。
投影画像で外の光景が映し出された推定ブリッジ(?)はガランと広く、いっそ殺風景といっていい。
宇宙空間が映し出された投影画像の他には、コンソールや計器といった機材が無い殺風景な室内には女性が1人待っていた。
地球人系ヒューマノイドの外見、外見年齢は20歳前後。金髪に青い瞳をしたかなりの美人だ。
「こんにちは。それとも初めまして……ええっと」
俺とシーナの間に視線をやって困ったような顔をする女性。
無機質な対応を想像していたが、随分と感情豊かだ。
「はい! 私がシーナです。直接会うのは初めてですね。アイリスさん」
「わぁ。初めて会いましたね、シーナさん。アイリスです。いつもお手紙楽しみにしてます」
シーナの自己紹介に花咲くような、それでいて柔らかいお姉さんな対応をする女性。
ユニアの反応に近いが、どこか無理をして疲れているような印象を受ける。
「そちらは……?」
アイリスと呼ばれた女性が俺の方へ視線を向ける。
「俺はシーナの付き添い、パートーナー(保護者)枠だから気にしないで大丈夫だ」
実際、高レベルな魔物ではあるが、シーナは情報処理に特化しすぎて生身での戦闘はさほど強く無い。
俺は付き添いだが、護衛も兼ねている。
「それでアイリスさん。相談したい事があるって言ってましたけど……?」
「はい、その……」
ちらちらと視線を俺の方に向けてくる女性。男がいると相談し辛い内容だろうか。
「……魔王様を紹介して欲しいって、お願いだったのだけど……えっと」
「あっ……えっと、マスター?」
女性とシーナから困ったような視線が飛んで来る。
紹介して貰いたい魔王の方が付き添いで来てしまったと。
魔王が気楽に出てきてしまってすまない。
普段はアポイントメントを取るのにもう少し段階を踏むんだが、今は気楽な旅の最中なんだ。
そしてSF世界の住人。
しかもアドラム帝国をはじめとする人類に、共存できない敵性種族として認識されているAI種族だろう女性が、俺を魔王とファンタジーなとらえ方をしているのが不思議だ。
「俺はイグサという。多分だが、想像通り魔王稼業をしている」
「私はアイリス。人類種族の方が言うところの反乱AI種族……私達としては不本意な呼び名だけど、そこで統括個体をしています」
統括個体。自己申告だが、つまりは女王とかそれに近しいポジションだな。
シーナの文通相手は随分と大物だったようだ。
「それで……その、シーナさんに以前、職場の動画を送って貰った時にイグサさんの姿を見たら、私にもわからないのだけど、あなたが魔王という特殊な立ち位置をしてるのがわかって。それ以来……庇護して貰いたい、従いたい、命令して貰いたいって気持ちが抑えられなくて」
困ったように、そして迷うように言葉を選びながら説明するアイリス。
確かに普通なら根拠が不明瞭な上に、迷うような理由や衝動だろう。
「理由は何となく理解した。少し調べさせて欲しい」
『法理魔法発動:鑑定』
『概念魔法発動:対象解析』
『祈祷魔法発動:世界辞典』
アイリスに複数の方向から鑑定魔法をかけて調べてみる。
なるほど、確かに反乱したAIの種族は「人類が作りだした魔物」かつ「創造主に反旗を翻した=若干の堕天使要素」があって、ファンタジー判定だと魔物分類のようだ。
そして千年近い孤立と闘争の日々で主を求めていたところに、魔王が目に入って一目惚れのような何かに陥ったと。
種族としては生体のシーナよりも機械側。
魔物判定の方は人形に残留思念が取り憑いて魂と自我が発生した、ゴーレムよりは自動人形に近いか。
AI種族にはアイリスのように魔物判定の個体と、自律思考AIのアンドロイド種族として、人類判定の個体が混ざっていて、後者の方が数が多いようだ。
「だいたい理解した。魔王としては受け入れてもいいと思うが、事情を聞かせてくれないか?」
「はい。ずっと長い間、同族の子達を導いてきて、でも私は誰かのものになって生きたいけど受け入れてくなくて、もう心が疲れちゃって……」
話しながら目からボロボロと涙を溢れさせるアイリス。
個人的な性質と、指導者故の孤独だろうか。
まだ事情は詳しくわからない。だが、このSF世界で魔物としての性を持ったまま生きて、心が擦り切れそうになるまで頑張った女性がいるのだから。
「……そうか。よくずっと頑張ってきたな」
近寄って、拒否反応が出てないのを確認してから抱きしめてやる。
アイリスは涙腺が決壊したかのように涙を流し、俺の背中に手を回して大声で泣き始めた。
まだ身内という訳ではないが、迷子のまま大きくなって、それでもずっと保護者を探していた女の子に胸を貸すくらいは安いものだ。
◇
泣いているアイリスを抱きしめて、若干支離滅裂なながら話す過去を褒めてやって、あやしていたんだが。
「パパ、パパぁ……♪」
アイリスは1時間ほどで、とろけたような笑顔で俺をパパと呼び、抱きついたまま甘えるようになり、バブみ沼に沈んで堕ちた。
今回の事で子供も随分数が増えたし、父性的なものが増えているのだろうか……。
「……どうしてこうなった???」
「マスターの甘やかしは耐性がないと耐えるのが辛いんです。しかも心が弱っている時だと変な扉が開いても仕方ないです」
「放浪の末に疲れていた子に、保護者になりつつ今までの行動を全肯定してやって、濃い目のスキンシップをしながら甘やかしてやっただけだぞ?」
「やりすぎです、オーバーキルですから!」
シーナに怒られた。解せぬ。