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73話:魔王、大魔王への道を志す

タイトル名が最終話っぽい空気ですが、っぽいだけです

実質4話連続投稿ですね(yyyyスタンプから目を逸らしつつ震え声

>記録映像 S8-5538-43-0001


 日が地平の彼方に落ち、夜の闇に包まれた世界。

 しかし、石造りの砦のあちこちにかがり火が掲げられ、人々が手に掲げた松明で夜の闇を追い払い、月明かりよりも明るく広場を照らし出していた。


「槍隊構え!長槍を死んでも落とすな!」

「投擲隊、投げ槍をしっかり当てろ、間違えても味方に当てるなよ!」

「鍵縄隊、縄が切れるまで手を離すな!」


 松明の明かりを反射する鎧を着込んだ人間達が動き、相対しているのは。


「ヴゴォオオオオオオオ!」


 圧力すら伴う咆吼を上げるのは、身長4メートルはある牛頭の怪物。

 その目には動物的な獰猛さよりも知性の光があり、筋肉に包まれた体を金属鎧で多い、人間の背丈よりも大きな両手斧を振り回し、かぎ爪がついた縄がいくつも絡んだ腕を振り回すたび、縄を手にした人間が空を飛び地面を転がる。


「負け……るかぁ!」


 しかし鎧ごと空を飛び、地面を転がり頭から出血した人間達なより強く縄を握りしめ、牛頭の怪物の動きを止め、多くの長槍が突き立てられるまで耐えていた。



>記録映像 S8-5538-43-0002


 石造りの建物が建ち並ぶ広大な都。

 都の中央にある広大な広場には鈍い銀色に光る鎧を着込んだ兵士が集合していた。


 広場の中央にあるやぐらの上にはひときわ煌びやかな飾り鎧に身を包んだ壮年の女性が、集まる視線の圧力に負けない迫力で声を上げている。


「我が帝国の勇士達よ―――そうだ、この場には騎士も兵士も、招集に応じた農民すらもいる。だからこそこう言おう。女帝たる我が元に駆けつけし勇士達よ!」


 女性が発するよく通る声が広場の端から端まで聞こえると、胸当てに槍程度しか持たない見窄らしい装備をした者から、全身鎧に両手剣を持った騎士装束の兵までが熱狂し名前を連呼する。


「これより魔軍との決戦へ向かう勇気ある者達よ、そなた達は一人一人が勇ましい心を持つ勇士達である。

 多くの者が魔軍との戦いで命を落とすだろう。傷を負うだろう。しかし、我らの使命は魔王の元に一人でも多くの勇士達を届ける事。

 この犠牲と共に得れる栄誉を他国に渡すな。女帝たる我に続け、帝国の力と栄光を各国に見せつけるのだ!」


 演説に集まった兵士達だけではなく、遠巻きに見ていた市民達も熱狂し帝国万歳と声を上げ、市民達が建物の上から振らせる花の吹雪の中、兵士達が広場から戦地へと脚を進めていく。

 兵士達の顔と心に恐怖の影は無く、戦意と使命感が火のついた石炭のように熱く静かに燃え盛っているようであった。



>記録映像 S8-5538-43-0003


 無骨な砦のテラスにテラ系ヒューマノイドに見える女性が立ち、深紅のマントと角を模した飾りを被り、歓声を浴びている。


「「「―――魔王様!、魔王様万歳!魔王様万歳!」」」


 砦の周囲に集まったのは牛や馬、虎の特徴を持った亜人、灰色の頑丈な皮膚を持った巨人、翼を持った有翼人、そして人間までも集まり様々な人種が集まり喝采を上げていた。


「私達は長い時間をかけてここまで後退してきた。この橋砦の先、対岸には私達の国がある。農地があって多くの民の故郷と平和な暮らしがある。

 侵略者達は強大だ。何より数が多い。

 でも、これ以上は下がれない。民の故郷と平和な暮らしを護るために戦おう、文化や生活の差も一度忘れよう。

 この砦が落ちるまで、私は最期まで指揮を執り続けよう。

 だから、一緒に戦ってくれ!」


 ヒューマノイドの女性の演説に、多くの種族達が歓声と喝采をあげる


「「「「魔王国万歳、魔王様万歳、我ら魔族に栄光あれ!」」」」




>民間軍事企業 第一艦隊旗艦 ワイバーンブリッジ



「「なにあれずるい」」



 投影スクリーンに写された映像を見て、俺とライムの声がハモった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 きっかけは些細な事だった。

 賢者のリョウの故郷、『芳醇なる醸造所』星系―――海賊ギルドの本拠地―――にある、魔王軍所有の居住可能惑星のうち、原始文明が発生した所は定期的な調査が必要だと帝国の省庁から通達があり。


 海賊時代にロクに調査されていなかったのもあって、大気圏内用、調査用ドローンゴーストと母艦をセットで送り込んだ所。


 惑星の1つが剣と魔法とファンタジーをしていた上、魔王と呼ばれる存在が発見されて急遽報告が上がってきたんだ。



 その報告と偵察用ドローンゴーストが撮影した映像を見て、俺とライムは思わずずるいと言ってしまった。


 剣と魔法のファンタジー世界で勇者と魔王とか、最近忘れていた要素だったしな!



「ルーニア、悪いがさっきの魔王と呼ばれていた女性の画像、もう一度出して貰っていいか?」


「はいはーい」


 出て来た画像を更に操作すると、投影ウィンドウの表示が喝采を浴びてる魔王と呼ばれる女性をフォーカスして拡大する。


『法理魔法発動:鑑定X』


『カオル・トウジョウ 性別:女 年齢:78 種族:地球人(日本人、199x年生まれ) 職業:魔王』


 記録画像越しでも鑑定できる魔法は相変わらずファジーだな。

 そして外見は20才程度にしか見えないが、70越えの元日本人の魔王か。


 そうかー…地球から剣と魔法の惑星(世界)に召喚されて、魔物達に王として熱狂的なほど慕われているのか。


 なんだこの格差社会!


 滅びた無人の惑星に呼ばれて汚染物質で死にかけた俺に比べて、充実した魔王ライフすぎやしないか!?


 「ど、どうしたのイグサ…?」


 床に手をついて落ち込んだ俺を心配そうに眺めるライムに、鑑定魔法の情報が出ているウィンドウ的なものを見せてやる。


 「……ずるい」


 ライムも膝から床に崩れ落ちた。

 ライムもライムで、俺が助けてなかったら召喚された先で汚染物質にやられて死んでいたからな……こうなるのは当然だろう。



「すまないが、ミーゼ、リョウ、アルテ。この惑星の事を詳細に調べてくれないか。場合によっては介入も考える」


「……おうよ」


 若干引いた声で返事したリョウを背中に、ライムと共にブリッジから外に出た。

 まずは2,3日ふて寝したい。



 追記:2日目の夕方に一緒にふて寝していたライムに襲われて、強制的にふて寝を中断される事になった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



>約一週間後・ワイバーンブリッジ



「惑星についての調査報告を頼む」


 船長席に腰掛けながら、資料を手にしたミーゼに声をかける。


「はいです。まずはこの惑星、居住可能な上に海と陸の割合、大陸の配置がかなり地球に似ています。いつやったかは記録に残ってないけど、かなり手間をかけてテラフォーミングしたんでしょう。高級リゾート惑星みたいな作りになってます」


 ミーゼが投影ウィンドウに画像を表示しつつ説明してくれる


「文明を持つ種族は確認できただけで50種類。お互いに交配もできるようだから、亜種まで入れるともっと多くの種族に別れると思います」


「都合が良い事だな。やはり人口的に作られた種族か?」


「はい、多分。これだけ多くの種族がいるにも関わらず、一番人口が多いのがテラン系ヒューマノイドですから、入植した惑星でヒューマノイドをベースに労働用や愛玩用に作られた種族が独立したのだと思います」


 愛玩用に作られた種族と混血していったアドラム人と同じだな。

 宇宙には地球出身じゃないヒューマノイドもそこそこいるが、同じ惑星に住んでいる上に交配可能だと、人口的に作られた種族の可能性が高いんだ。


「文明の分布は大ざっぱに―――」


 惑星図の上に複数の色や記号で説明していってくれる。

 だいたい西ヨーロッパから北欧までがテラン系ヒューマノイド単独の文明が広がり、東欧にある多種属連合、先ほど画像にあった「魔王軍」と争っている。

 中東近辺は別の多種属連合があり、インドとアジア地方まで多種属連合が違う文化圏を作っていると。


「テラン系ヒューマノイド単独の文明か。民族か宗教でも拗らせているのか?」


「両方です。人間至上主義で、人間以外は家畜か駆逐対象という価値観です。そこと戦闘をしてる多種属連合は融和主義で人間も排斥してませんが、多種族すぎてまとまりにかけてます」


「典型的な、総合的な戦力は多いけど負けるパターンだな」


「はい。それに多種属連合は国土が広い分、非文明圏―――蛮族の襲撃と、現地の人間が魔物と呼んでいる惑星固有の大型肉食獣などの対処で、軍事力をまとめるのが困難みたいです」



「魔王軍が劣勢になる―――というか人間勢力が強くて推されるパターンか」


「ん。転移っぽいけど、魔王軍に日本人がいるから、この状況なら主役になるなら魔王軍」


 これで転移者で残忍な性格の勇者でもいれば完璧なんだが。



「前の画像で戦争前夜のようなシーンが多かったが、何か変化は起きているか?」


「自称魔王がいる多種属連合の国、その西端で激しい戦闘が続いているのです。多種属連合籠城して、人間勢力が攻めているみたいです。偵察用ドローンゴーストも半分はその地域に集めてあります」


「流石ミーゼだな」


 俺が気になる所が良くわかっている。


「メイン投影ウィンドウに画像を持ってきます」


 投影ウィンドウに出て来た画像には、城壁があちこち崩され、火攻めでもされたのか、ところどころ黒く焦げた巨大な砦―――この前魔王が演説していたのと同じもの―――だった。


 城壁に投石器が撃ち込まれたり、中庭や城壁の上で戦闘が散発的に発生しているが、城門が破砕され、人間勢力の軍隊が中に入っていっている辺り、落城寸前に見える。



「イグサ、どうする?」


 膝の上に座っていたライムが首を上に向け、俺の目を覗き込みつつ聞いてくる。

 質問というよりは確認だ。ライムもこんな状況の時に俺がどんな行動を取るかわかっている。

 にやりと不敵な笑顔を浮かべて、高らからに告げる。


「もちろん、介入する。ワイバーン総員に告げる、戦闘準備だ!」


 ライムを片手で抱き上げ、魔法で伸ばしたマントをばさりとひるがえしながら告げた。


 この手の未開の文明は惑星所有者の利益のために、独自の文化が育つまで介入を避けるのが原則だが、遠い将来のちょっとした儲けよりも浪漫が優先だ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「戦闘配置完了であります」


「メインリアクターもアイドルから戦闘出力まで上昇。いつでも行けるぜ」


 うんうん、この戦闘準備の時間と高揚感はいつ感じてもいいものだ。


「ワイバーン主砲設定、反射角計算、ターゲット1司令部、ターゲット2物資集積所、ターゲット3はファジーにある程度兵士が集まった所ですよぅ」


「待て。待とうかリゼル」


 不穏な事を言うリゼルを思わず止める。


「ほぇ?」


 リゼルは止めた理由がわからないとばかりの表情を浮かべていた。


「いや……そのだな。合理的なのは良くわかるんだ。

 だが、一応俺も魔王だからして、推定勇者的なものが混じっている可能性が高いとはいえ、人間の勢力に衛星軌道より上から砲撃は止めよう」


 そのだな。勇者が生まれた村を遠距離から広範囲殲滅魔法で滅ぼすような真似は、魔王的に品が無いだろう?


「はーいですよぅ」


 心情的にわかってなさそうだが、今度ミーゼとかに悪の矜持的なものをリゼルに叩き込ませるか? リゼルは宇宙船系の浪漫はわかるが、魔王や悪役的な浪漫は疎いのだよな。


「ドローンゴースト複数に光学迷彩をつけて現地魔王の所在を確認。可能ならリアルタイム画像を出せるようにしてくれ。 それと船倉のファントムアーマー達を全員起動、ヴァネッサ達白兵要員も完全武装で船倉に頼む」


 やはり魔王たるもの乗り込まなければな。


「ライム、俺も船倉に行ってくる。何かあった時にフォローを頼むぞ」


 腕に抱いていたライムを船長席に下ろし、頭を軽く撫でながらお願いをする。


「ん」


 ライムは撫でられるとくすぐったそうな笑顔を浮かべた。了承してくれたようだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


>魔王


「魔王様、ここはお逃げを……っ!」


 5メートル近い身長とそれに見合った身体能力を持ち、黒色の全身鎧に大盾と大剣と完全武装をしたオーガの将軍が膝をつく。

 彼の体の前面には数え切れないほどの矢傷と刀傷が鎧の表面を走り、そのうちいくつかが鎧を食い破り足下に血で出来た小さな池を作り出していた。


 元よりこの砦に逃げ場は無い。

 敗戦を続けてきた我が国が、後方の土地を侵略されないように作った、文字通りの最終防衛ラインなんだ。

 これ以上下がる事ができないのだから、逃げる場所はあえて作らなかった。


 ―――作っておけば良かったかな。私が逃げていれば、彼だって逃げられなくなるまで戦う事なんて無かったのに。



「魔王よ、降伏せよ。我が神もその程度の寛容さは持ち合わせていらっしゃる」


 前線の後ろから出て来た、西の宗教国の指揮官が出て来て降伏勧告をする。

 どうせ降伏しても、戦利品として国に持ち帰った挙げ句、人類の裏切り者として処刑でしょ。


「降伏などはしない。私と共に戦って、そして散っていった部下のため、今も最期の抵抗を続けている同胞のため―――」


 玉座から立ち上がって剣を抜く。

 ただの平和ボケした日本人だった私に剣の使い方を教えてくれたミノタウロスの女騎士、近衛騎士として私についてきてくれて、私の命を守って死んだ、クッキーとお茶好きの彼女の顔が浮かぶ。


「―――例えここで命を失うとしても、一人でも多くの敵兵を屠ってみせよう。私の次に魔王となるものに背で語るために!」


 剣に魔力を込めて横に一閃させる。剣に集めた魔力が刃の直線上に飛ぶが、十数人がかりで作った障壁魔法を破る事もできずに消えていく。


「そうか、それが答えか、ならばここで―――」


 神経質そうな宗教国の指揮官が何かを言いかけた時、パチ、パチ、パチと場違いな拍手と、ギギィ……と巨大な木の扉が軋みながら開くような音がした。



>魔王


 素晴らしい、本当に素晴らしい。これこそが魔王。この気高さと気概を持つならば、魔王を名乗るのに相応しい。


 ドローンゴースト経由で画像を眺めていたが、もう我慢できそうに無い。


「ヴァネッサはこの場所の保安を頼む。万一逆流してきたら処理してくれ」


「応よ、ボス」


 ファントムアーマー達に手で合図をして、白兵戦用武器を構えさせる。


『空間魔法 転移門Ⅷ 面積拡大Ⅹ』


 ワイバーンの船倉の壁一面に、あの場所へと繋がる魔法の転移門を形成する。


 空間が歪んで捻れて接続された時に、魔王の言葉が聞こえ、さらにテンションが上がってしまう。


 転移門がゆっくりと開く中、聞こえて来た魔王の啖呵に拍手していた。


 転移門が接続されると、ドローンゴーストの画像越しに見ていた玉座の間。

 ファントムアーマー達が並んで転移門から出て、黒色クリスタル風の刺々しいデザインの玉座っぽい椅子を置いて、俺がそこに座る。

 ―――ちなみにだが、いかにもなデザインの椅子だが、海賊からの押収品の一つで、俺の趣味ではない。


 俺が座った玉座の前にファントムアーマー達が2列に向かい合って整列し、手に持ったハルバード掲げて片膝をついて王への忠誠的な演出をする。

 ファントムアーマー達が好きなのはもっと近代ミリタリー的な演出だが、ここは俺に合わせて貰った。


「あ、あなたは一体―――」

「貴様は一体―――」


 魔王とプライドだけ高そうな指揮官風の人間の視線が俺に集まる。



 そうだな―――魔王と名乗るのは少々美味しくない。彼女と同格であるし。

 魔王を追い詰めたら新しい魔王が出てくるのは、何より悪役として格好良くない。


 つまりだ(・・・・)。



「俺の名はイグサ。大魔王イグサだ」


 魔王が追い詰められたなら、大魔王が手を差し伸べるのは美しい流れだよな!



「魔王カオルよ、我が配下になるといい。なるならば窮地を脱する力を与えよう」

 魔王の方に片手を伸ばし、誘惑するような甘く優しい声を出す。



<<職業が魔王から大魔王へ進化しました>>


 懐かしいな、システムメッセージさん。今凄く良いところだからちょっと黙っていてくれるかな!


「何を言っている、この狂人が…ッ! 神の鉄槌よ!」


 指揮官風の人間が神聖属性と火炎属性混じりの魔法を投げてきたので、蚊か蠅を追い払うように片手で跳ね避ける。


 人間達が動揺しているが、今はそっちに構っている暇はないんだ。


「―――代償は何? 国民の命や生け贄ならお断りだよ」


「とりあえず魔王カオル、お前が配下になり忠誠を示せば良い。何、後から契約の変更など下らない事は言わない。お前の身一つで良いのだ。安いものだろう?」



 ああ楽しい。俺は今最高に魔王をしているぞ。いや大魔王か! 楽しすぎてどっちでもいいが!


「させるかぁっ! 聖騎士隊前に!」


 また邪魔が入ったか。


『法理魔法:火炎弾Ⅰ 威力増加Ⅹ×Ⅹ×Ⅹ』


 指先に炎を灯して、邪魔な人間達をなぞるように横に指を振る。


 赤い閃光が走り、五月蠅く声を上げていた指揮官とその周囲のものや兵士を消し去り、壁の向こうまで貫通していった。

 壁の向こう、遠くにあった山が若干削れたけど……被害とか気にしたら負けだ。


 整列しつつあった聖騎士?が、灰一つ残さず消えた同僚達と壁に空いた穴を見て、がくがくと震えている。

 低級魔法を大人げない超火力で使うのは魔王のたしなみだ。

 魔王になってやりたかった事が、今日だけで何個できているんだろうか。



「わかった。それで助かるなら……まだ生きてる部下を助けられるなら、私はあなたの配下になる……なります」


 魔王カオルが片膝をついて頭を下げる。


 ……もう少し淡泊に契約で良かったんだが、まあよし!


「では早速力を与えよう」


『死霊魔法:死霊招集Ⅸ 対象拡大Ⅹ×Ⅹ 対象指定Ⅰ』

『祈祷魔法:英霊再起Ⅷ 対象拡大Ⅹ×Ⅹ 範囲拡大Ⅹ』

『創生魔法:不死種族作成Ⅹ 対象拡大Ⅹ×Ⅹ 範囲拡大Ⅹ』


 魔王カオルと強い絆や縁のある死んだ霊魂を集め、英霊という死者の戦士としてこの世界に固定し、不死種族という器を作って、新しい種族として肉体を与える。


 玉座の間でも先ほど命尽きたオーガの将軍や、ミノタウロスの近衛騎士、コボルトの斥候などいかにも熟練の戦士が姿を現していく。

 死体が残ってるものは死体の傷が塞がり立ち上がり、死体すらないものは青い光が集まって体を形成していく。


 下手に俺が新しい種族を作るよりも、割と長く魔王をやっていただろうカオルの元部下を呼び出した方が確実だろうと見てのチョイスだ。

 ここからは見えないが、砦の周囲。今回や今までの戦いで散っていった兵士達も蘇っている……んだが。随分手応えが多い。多くない?



 この土地は随分長い間激戦地だったのだろうか。

 予想の10倍くらい不死種族の戦士達が蘇っているな。

 推定3万から4万人くらいか…?



「魔王様、ご立派になられて。一時の夢だとしても、また貴女のために戦う事ができるようです」


 妙に優しい声のミノタウロスの近衛騎士が魔王カオルに微笑み、次いで勇ましい声を張り上げる。


「大魔王イグサ様より二度目の命を頂いた同胞達よ、魔王カオル様のためにもう一度働きをご所望だ。

 今を生きる後輩達に我らの背中を存分に見せようぞ! 戦働きに嫉妬させるほどにだ!」


 配下にした魔王もさっきのミノタウロスの近衛騎士と一緒に戦って、王座の間に残っていた兵士を切り伏せると、そのまま外へ進軍していく。



 …あれ、俺この後どうしよう?



 いやうん、ファントムアーマー達から俺達の仕事これで終わりですか? 的なじっとりとした視線が来てるが、予想より大量に再生した魔王カオルの部下達のおかげで、砦の内部や周辺で発生してる戦闘は割とすぐ終わりそうだぞ。




「コマンダー、このまま固まってるのも芸が無いので何かご命令を……」


 ファントムアーマーの一人が気まずそうに尋ねてくる。


「……掃除でもしておくか。楽勝なくらい味方が増えたみたいだが、そうそうすぐには終わらないだろう」



 大魔王名乗ったのだし、配下が頑張っている所に顔を出すのもな……と若干寂しくなりつつ、戦闘であちこち壊れた王座の間の片付けをファントムアーマー達と一緒に始めるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「大魔王イグサ様。ご助力のおかげでこの命は繋ぐことができ、また二度と会えないと思っていた戦友達に再会できました。心からお礼申し上げます」



 数時間後、夕日に染まる王座の間で魔王カオルとその部下達が綺麗に整列し、一様に頭を下げていた。


 俺が座る黒いクリスタル風の王座の左右にはライムとヴァネッサが立ち、ファントムアーマー達が周囲を固めて格好をつけているが、さっきまでやる事無いので片付けをしてましたとか、言えるような空気ではないな!



「そして2つお聞きしたい事があります」


 さっきまで窓ふきをしていたので、偉ぶる気分じゃないから話を振ってくれるのは大歓迎だ。


「一つは、死者の国から立ち上がってきた彼ら彼女ら……あの者達は、後どれほどこの世界に滞在できるのでしょうか」


 ああ、なるほど。アンデット召喚とか時間制限がだいたいあるものな。


「制限などは特にない。死霊として肉体を与えるものではなく、不死の種族として二度目の生を与えたからな。そこらのアンデットと違って食事も必要で多少面倒ではあるが、同じ種族同士なら子供を作る事も可能だ」


 アンデット種族だから身だしなみやボディケア気をつけないと皮が剥がれたりとか、絵的にグロくなる。

 だが、元が同じ種族だったり、アンデット種族同士なら子供だって作れる。生まれるのはアンデット種族に固定されるけどな。



 魔王カオルの後ろにいる不死種族達は唖然とした顔でお互いの顔とか見ている。

 種族として確立された「生きた」アンデットとか俺の時代ではたまに見かける題材だったのだが、文化が違いすぎただろうか。



「で、では配下となった私は何をすれば……」


 さらに頭を下げて震える声で尋ねてくる魔王カオル。

 ああうん、予想以上のものを与えられたから、どんな代償になるか不安になったのか。



「そうだな。近くへ来てくれ。人払いする程ではないが、大声で言う内容ではないからな」


「はい」


 覚悟を決めた表情で体を起こして近くにやってくる魔王カオル。

 そんな魔王に俺は小声で伝える。


「……いや、そのな。元日本人って同郷の魔王がピンチだったから思わず助けただけで、実は特に何も考えてないんだ」


 そもそも俺の行動範囲は宇宙空間だから、惑星外に進出してないような勢力を配下にしても使い道があまりない。


 人材として使えなくはないが、文明レベル的に人口がそこまで多い訳ではないので、大規模に宇宙にスカウトすると、社会が機能不全を起こすんだ。


 教育にかかるコストやデメリットを考えると、そこらの適当なステーションで求人広告出した方が安くてお手軽だ。



「えっ………その、フルネームで名前を聞いても?」


「イグサ・サナダ。日本風ならサナダ・イグサだな。魔王になってからそろそろ8年くらいになる。経歴的にはあなたの後輩だな」


「もっ……」


「も?」


「もぉぉぉぉ! 命とか魂とか今後の過酷な生活とか覚悟していたんですよぉぉぉぉ!?」


「悪い、悪かった、いや本当にそこまで深い考えはなかったんだ」


 涙目というか完全に泣いてる魔王カオルに首筋を掴まれてがくがくと前後に揺すられる。いや大魔王ムーヴをやりすぎたか? 楽しかったから仕方ないじゃないか…!



「残念でもなく当然」


 溜息交じりのライムの言葉が零れたのが玉座の間によく響く。


 結局、大魔王として魔王に命じる最初の命令は、泣き止んでくれというお願いになった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 この先は蛇足のようなその後の話だ。


 俺達は魔王と勇者として召喚されたが、やる事も無かったので宇宙で民間軍事企業を立ち上げて、宇宙海賊や賞金首相手にしている事を教え。


 魔王カオルがいる惑星は、宇宙的には俺が所有権を持っていて、恐らく大昔に地球系のヒューマノイドが入植した後、事故か何かで技術や文明が一度失われただろう事まで伝え、宇宙に上がるか?と誘った。

 だが、カオルは生き返った親友や戦友達とこの星で暮らしていく事を選んだ。


 それもまた一つの選択だろう。


 俺は大魔王として君臨するが、魔族―――多種属連合の種族名の通称―――が危険にならない以外は基本的に干渉しないので、好きにやってくれと伝え、通信機だけ渡しておいた。



 さらに蛇足だが、後日に惑星改造キットの迷宮パックを持って再び惑星を訪れた。

 辺境の惑星を所持してるような好事家が、剣と魔法とファンタジー世界を再現する時に使う惑星改造キットをまとめて購入し、人類の勢力圏に流星を装って10ダースほど落としておいた。


 魔物(という触れ込みの現地動物のDNAを利用した生体兵器)が発生するが、文明レベルに合わせた資源を生成して排出するという迷宮が大量に発生したんだ。

 カオル達が落ち着くくらいの時間は稼げるだろう。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



魔王様:大魔王ムーヴが出来て大満足。なお計画性は皆無だった。

    職業としての大魔王は割と謎。やれる事は今までと変化ないので名誉称号だろうか?と考えている。



ライム:魔王カオルが魔王様に興味を抱かないか、実は警戒しっぱなしだった。ついでに牽制して甘えまくったので、現地では大魔王様ロリコン疑惑が発生している。

    今回は人類が優勢すぎて勇者ムーヴが出来ないのが不満だった。


リゼル:ファンタジー的な浪漫はあまり理解していない。




ファンタジー惑星:固有名称は特に無し。海賊達は番号で呼んでいたが、植物以外存在しないリゾート惑星が他にあるので全く干渉されなかった。

         割と魔法技術が発達しているが、文明の発達初期段階で魔法系の技術が発生するのはそこまで珍しくない。だいたい文明の発達で廃れるのである。



魔王カオル:女子大生の頃に召喚されて50年以上魔王を続けている。経験や知識は豊富だが、戦闘能力は特筆するほど高く無い。


ミノタウロスの近衛騎士:ミノタウロスっぽい種族の女性騎士。魔王カオルの戦闘技術の師匠であり親友であったが随分前に亡くなっていた。魔王様の魔法によって蘇生(?)した。



不死種族:生きて生殖もするゾンビ的なふわっとしたファンタジー種族。熱い地方は腐敗から身を守るのにエネルギーの消費が激しく、寒い地方が得意。

     食事をサボったり肌のお手入れを怠ると皮膚とか肌が取れたりしてグロイ外見になるが、生存には問題が無い。

     骨や心臓や頭を破壊すると死ぬあたり、ゾンビと共通点が割と多い。


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