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70話:魔王、財宝の管理に苦慮する

2019/4/1更新内容


67話に68(後)話、69(裏)話を追加。既に投稿していた68話を70話に移動。

あとがき部分にその話登場した人物紹介を記載する事に。

71話として現時点までの人物紹介を記載。




※この話は以前68話として投稿していたものを話の追加により70話に移動したものです



「ここの収入は海賊ギルドへの武器販売、こっちの支出は地元企業への投資か」


 ワイバーンの艦長席に座り、席の周囲へ投影ウィンドウを複数表示し、そこに流れるデーターを眺めていた。


 いつもはオプションの思考制御で終わらしてしまうんだが、リゼルに悪役の必需品といえる多層鍵盤型コンソールを作って貰ったので、それを使っている。

 この無駄にキーが並んでいる感じがたまらない。本当は鍵盤を叩くと音が出るのが理想だったんだが、上手く操作しても曲にならないか、頑張って音楽風にすると操作が覿面に遅くなるという欠点が出たので、残念ながら無音だ。

 実にSF感溢れる操作なんだが、機械操作スキルで「なんとなくこうしたい」と思うと出来てしまうのが、微妙に寂しい。


 投影ウィンドウの向こう側にうっすらと見える、見慣れたワイバーンのブリッジ。『ヴァルナ』ステーションに停泊中という事もあり、ブリッジクルーの数も随分と少なく、艦内は静かなものだ。



 ブリッジの中に会話は少なく、事務仕事をしているクルーが投影ウィンドウを操作した時の携帯端末に設定された効果音や小声での相談、ワイバーンが戦闘用のメインウィンドウを占拠して遊んでいるギャルゲーの無駄にクオリティが高いBGMが聞こえ、航行中に比べてゆっくりとした空気を感じる。


 俺が見ている投影ウィンドウの中身は『民間軍事企業・魔王軍』及び『総合商社・魔王軍兵站課』の表と裏、そして社内の内部監査から上がってきた注釈付きの帳簿だ。

 普段はワイバーンと高速電子巡洋艦セリカのデーターベースに保存され、情報処理系の機鋼少女ががっちりガードしているものだが、魔王しゃちょうなら気軽に閲覧できる。



「なぁライム。社長業って来客や書類仕事に追われて休む暇も無いイメージ無いか?」


 ゆっくりとした動きで帳簿を眺めながら、近くにいるライムへ声をかけた。


 21世紀地球げんだいの映画やドラマ、コミックやアニメに出てくるような社長は来客への挨拶か書類仕事で常に忙殺されてる事が多いよな?

 サブキャラだとどんな業務も簡単に終わらせる超人だったりするが、特に物語の主人公が社長になったりすると、社長業の大変さが描かれる事が多い。


「ん。んー……言われてみてばそうかも。でも、ドラマとかコミックのイメージでしょ?」


 艦長席に座った俺の膝の上、腕の中にすっぽりと収まるように座って携帯端末を操作していたライムが自分の投影ウィンドウから目を外し、俺の方を見て不思議そうに言う。


「そうだな―――だが、ここまで極端なのもおかしくないか?」

 魔王軍の帳簿を見ているが、これは仕事じゃないんだ。

 事務系の社員や会計ソフト、それに兵站課に所属してる携帯端末の付喪神達によって何重にもチェックされ、事務方のまとめ役をしているライムのサインも入っている。

 俺が目を通す必要も無いんだが、他にやる事が無いんだ。

 ワイバーン艦長としての事務仕事は出港までの分が終わっているし、俺が直接管理してる海賊ギルドも手がかからなくなってきたからする事が無いんだ。



 別に無理に職場にいなくても、ステーションにある自宅に戻ったり遊びに行っても良いんだが、ライムが嬉しそうにしているから帰り辛い。



「いいの。イグサが忙しそうに仕事に追われる位なら、暇そうにしていた方が会社としても健全だし、私もこうやっていれる方が良い」


 ライムが体重を預けてきて、小動物のように後頭部を俺の胸に擦りつけながら満足そうに言う。

 献身的とも言えるライムの気持ちは嬉しいし、従業員の数が片手や両手で足りるような零細企業ならともかく、従業員数が多くなった企業の社長が『社長でなくてもできる』仕事で忙殺されているのはおかしいというのもわかる。わかるんだが…



 新しい事業を始める時こそ俺が引っ張るが、既存の業務を維持するだけなら俺がほぼ要らないというのも極端すぎるよな?



 何かあっても大抵現場レベルで片付けてくれるし、現場の手に負えない時もミーゼかリゼル、ライムが対応してくれる。

 金銭で片付くならライム、荒事が必要な時はミーゼ、はかりごとが必要な時はリゼルとミーゼ一緒に処理している。

 楽で良いんだが……趣味あくじ関係は俺が主導しているものの、活動資金は基本的に魔王軍から出ているんだ。

 3人が頑張って稼いだお金で趣味あくじに没頭していると思うと、魔王や悪人としてではなく、ダメ男的なレベルが順調に上がりそうなんだ。




「…うん?」


 それに気がついたのは、帳簿を眺めだしてから随分時間が経った時だった。

 税務局とか外に公開する表の帳簿、権力者への賄賂や海賊ギルドや犯罪組織・魔法少女と敵対する秘密結社への支援金まで詳細に書かれた裏帳簿、監査部から回ってきた内部調査付きの帳簿。


 そのどれもが書かれている支出や収入、月の売り上げの額まで一緒だった。


 『海賊ギルド用駆逐艦・売却』などは、流石に表の帳簿には『駆逐艦サイズ再生艦売却・売却先→国外』とか名目こそ誤魔化しているが、同じ金額が記載されていた。



 あれ、賄賂に使っている裏金とかどうやって作っているんだ?



「……帳簿にしっかり書いてあるな」


 裏帳簿に『アドラム帝国運輸局・辺境東地区部長へ賄賂10万IC』と書かれている所は、表の帳簿に『接待費として国内で10万IC消費』書かれていた。

 そういえば今まで賄賂を渡す指示はしたけど、裏金を作るとか、使えとは言った事は無かったな。


「ライム、詳細を問いつめられると危なそうな所まで表の帳簿に載っているが、大丈夫なのか?」


「ん。そっちの方が良い。むしろ収支計算が違う裏帳簿がある方が大変。税務局の人は税金さえ誠実に払っていれば、色々融通の利くいい人達ばかり」


「そういえば、前に中央星系でゴタゴタがあった時も納税者おれたちの味方をしてくれたな」


「うん。税務局は賄賂を使っても、交際費とか他の名目で経費として認めてくれるから賄賂用の裏金もいらない。海賊に密売しても輸出輸入って言えば大丈夫。密売にかかる税金はちょっと高いけど、脱税してまで裏金を作った方が大変。裏金の隠蔽対策にかかる人件費や経費の方が、支払う税金より高くつくの」


 裏金を作るメリットがないなら、脱税する必要もないか。ちょっと想像のつかない理由だったな。


「適度に腐敗してた方が暮らしやすいというが、本当だな……そうだな、海賊との取引も俺達が儲けていれば『国外との黒字貿易』になるか」


「税務局から有望な黒字貿易路を開拓した会社として表彰状を貰ってる」

 ほら、とライムが表示した投影ウィンドウには仰々しい表彰状が何枚も表示されていた。


「本当に過ごしやすいなこの国……」


 魔王が魔の手を伸ばす余地をもっと残しておいて欲しい。



―――



「イグサ様、ご指示のあった調査が終了したのでご報告にあがったであります」


 数日後、相変わらず静かな……


『アンジェラちゃんの笑顔がまた見られるなら……ワイはもう、これでええんです。くう、また家族と笑顔で暮らす事ができるアンジェラちゃんのためなら……っ、ひぐううう!』


 ワイバーンが遊んでいるギャルゲーが佳境らしく、メインモニターから優しげな音楽が流れ、ワイバーンが投影画像で出来たハンカチを目頭に当ててヒロインの名前を呼びながら号泣している以外は静かなブリッジでアルテの報告を受けていた。



「……ん?」


 相変わらず俺の腕の中に収まるように座ったライムだが、アルテの姿をちらりと見てここは動かないとばかりに、無言で体を更に押し付けてきた。うん、良い依存具合だ。


「………」


 ライムの姿をちらりと見たアルテが一瞬羨ましそうな顔になったが、険悪な空気にはなってないな。仲は悪く無いようで何よりだ。

 これがライムを見るアルテの瞳が笑ってないようだったら、何か対策を取らないといけない。

 適度にぬるく、気安い関係を維持するには気配りが大事なんだ。

 人間関係への気配りや調整も何もせずに『みんな仲良く』なんて期待するのは、悪い意味での『勇者様』の領分だからな。

 自由や平和の為に様々な義務がつきまとうように、居心地の良い場所を維持するには維持コストと手間がかかる。



「アルテ、頼んだ内容はどうだった?」


 アルテが責任者になっている査察部に魔王軍うちの不正発生率の調査を頼んだんだ。

 不正と行っても内容は横領から賄賂の受け取りまで幅広いけどな。


「詳細な調査をした所、不正の発生率は約18%前後。同業・同規模の企業での不正発生の統計が15%である事から、平均に近い数字であります」


 割と高い印象だがそんなものなのか。


「なお、不正による損失の発生は純利益に対してマイナス6%、同業・同規模の他企業における損失が利益に対して10%から15%なので大きく違っているであります」


 ……うん?語感はおかしく無いのだが、内容がおかしい気がするな。


「アルテ、そこを詳しく頼む。損失がマイナス6%って何だ?」


「はい。賄賂を受け取った担当者が受け取った物品または金銭を『業務上の利益』として会社へ納める事が多く、利益が出ているであります」


 訳がわからない。どうして賄賂を素直に計上しているんだ。


「……他の企業でも起きるような一般的な出来事なのか?」


「いいえ、非常に珍しいケースであります」


 だよな?珍しいっていうかおかしいよな?


「原因は何だ?」


「当社は法律的にグレーゾーンに属する仕事をする事も多く、時にはグレーゾーンを大きく逸脱する事も珍しくないであります。特にイグサ様が始められた海賊ギルドの運営と提携などは、アドラム帝国法だけでなく国際条約にも抵触している所が多いものであります」


 うん、まあうちは『魔王軍』だしな。ホワイトな仕事ばかりしていたらおかしい。


「末端の部署の社員などは、そのまま賄賂を受け取る者もありますが、受け取る賄賂の金額が多くなる―――当社の裏事業の存在を知るような社員ほど、積極的に上納するようになるであります」


「イグサ。私やイグサの感覚なら『組』とか『犯罪組織』のお金に手をつけたり、着服するのは無謀な人しかしないのと一緒」


「それもそうか……リスクばかり大きな小銭稼ぎする位なら、その分を上納して臨時手当や昇給を狙った方が賢いな。という事はアルテ、発生している不正の内訳は賄賂ばかりか?」


「はい。当社内で発生している不正は95%が賄賂の受け取りであります。受け取った賄賂がほぼ会社の金庫に納められているので、不正というにはやや疑問が残りますが。横領や業者との癒着はごく少数、査察部で摘発できる件数が少なすぎて、査察部が当社の中では窓際扱いされているでありますよ……」

 切なげなため息をつくアルテ。優秀な人材を集めたはずの査察部が暇していたら、悲しくなるよな……



 やだ、うちの会社の経営、健全すぎ……?



「困ったな。魔王軍と名乗っているだけに、もう少しちゃんと不正が発生してないと恥ずかしいぞ」


「ん。魔王軍といえば幹部達が権力争い、予算の奪い合いをしてしのぎを削り、裏では不正をして私腹を肥やしているイメージ」


 ライムは良くわかっているな。


「しかし、魔王といえども組織の長が不正を推奨するのもなぁ……」


 魔王的には臣下(部下)達が忠実なのを喜ぶ所なんだが、魔王軍という浪漫組織的にはこの状況は悲しい。


「現状からすると、一気に現状を変化させるような改革は難しいと思われるであります」


「そうだな。まずは権力争い……の下地になるような各部署の間の対立意識を煽ってみるか。賄賂で出てしまってる『儲け』の分を全部使って良い。特に働きが良かった部署へ臨時ボーナス―――特別報酬として年に4回に分けて配布するようにしてくれ。そして、どのような比率で予算を分配するかは、各部署から代表者を出して会議で決めるようにしよう」


「会議で決めるといっても決めるのは代表者。なら根回しや接待や賄賂が有効。イグサ、予算配分を通して部署ごとに派閥ができるのとか狙ってる?」


「正解だ、ライム。人が3人いれば派閥ができるという諺もある。部署ごとに予算を奪い合う形になるのだから、敵もできれば味方も作れる。対立構造を通して派閥が出来たり予算を取り合うような、魔王の配下としてふさわしい方向への変化を促すつもりだ」


「…………私は少し違う事になる気がするけど、イグサが思うようにやってみれば良いと思う。“どっちにしろ、悪い事にはならない”から」


 ライムにしてははっきりしない答えだな。何か予想でもあるのだろうか。


「という訳だ。アルテ、早速手配して貰えるか? 詳細はミーゼと詰めてくれ」


「了解であります」






―――約二ヶ月後


「イグサ様、以前制定した特別報酬の経過を報告するであります」


「頼む」


 いや楽しみだな。部下同士が勢力争いをするとか、楽しみで仕方ない。


「特別報酬の告知以来、社員の労働効率が6%アップ、今年度末の利益見込みにプラス方向の修正が必要です」

 特別ボーナスの力は凄いな。6%アップというのは僅かな影響に見えないかもしれないが、社員数が多い魔王軍うちではかなり大きい。


「肝心の特別報酬を巡っての各部署の動きはどうだ?」


 派閥とかできているだろうか? 派閥の長が悪役っぽい人物だったら裏稼業へのスカウトも考えないとな……!


「特別報酬の管理委員会は健全に―――少々潔癖すぎるほどの体制で運営されているであります」


「どうして健全になる? 談合したり根回しするだけで随分と楽になるだろう……?」


 部下たちの気持ちが良くわからない。


「誠実であれば、様々な形の報酬で応えてくれる会社だ―――と、社員達の間で評判になっているであります」



 どうしてそうなる。



「原因は何だ……?」


「原因は多分これのせい」


 ライムが俺の投影ウィンドウに手を伸ばして操作、俺の口座残高を表示させる。口座残高はデジタル表示なんだが、下7桁―――日本円の感覚で言うと一千万単位―――がせわしなく増減して読み取るのが難しい。

 別に俺の口座がバグっている訳じゃない。『魔王軍』は企業の資産=俺の財布なんだ。


 ちなみに『民間軍事企業・魔王軍』も『総合商社・魔王軍』も何かを買う時は現金支払いする方針だから、気がついたら膨大な借金を負っていたという事が無いので安心して欲しい。


「何がいけないんだ?」


「イグサは魔王だし社長なの。魔獣や淫魔の人達にとっては魔王様の財宝、この世界の人にとっては社長の個人資産。どっちも私腹を肥やすのに使うには重い」


「……そうか」


 思わず肩が下がる。

 ああうん……確かに21世紀地球人的な感覚からしても、組織の資金を着服するより個人の財布の中身を奪う方がハードル高いよな。



「アルテ、不正―――ええと、利益にならない方の不正はどうなった?」


 どうしよう、利益になる不正、ならない不正とか流石に俺も混乱しそうだ。


「前回調査に比べ、半減の見込みであります」


「本格的な派閥争いや不正は、今後に期待だな……」


 ワイバーンのブリッジに、俺とアルテのため息が揃ってこだました。



―――




「おにーさん、使い道を決めましょう。これ以上は無理なのです」


「……どうしたものかな」


 ワイバーンの会議室、再現したこたつに入りながらミーゼと顔を寄せ合い頭を悩ませていた。


 話し合っている内容は資金の使い道についてだ。


「使い道に困るって本当にあるものだな」


 『民間軍事企業・魔王軍』と『総合商社・魔王軍兵站課』は順調に規模を拡大していたが、少々問題が出た。

 規模を拡大すれば利益が出る。出た利益の大半を事業拡大にあてていたんだが、社員の教育が間に合わなくなったんだ。


 『ヴァルナ』ステーションの港では、ジャンプドライブを搭載しない艦艇で編成する予定の第4艦隊の建造が始まっている。

 改造費も含めて予算的には第10艦隊くらいまで一気に増やせるんだが、そうもいかない。

 そこら辺から中古艦を引っ張ってくれば船は調達できるし、船に乗せる武装だって中古業者に連絡すればすぐに届く。


 だが艦艇に比べて船員の調達はそうお手軽にいかない。



 好景気過ぎて仕事の斡旋所からお昼前に人の姿が消えるという『ヴァルナ』ステーションだが、魔王軍の名前を使えば人が集まってくる。


 『ヴァルナ』ステーションで雇えるSF世界の住民は仕事にやる気があるが、経験者が少ないので訓練生から育てて正社員になるのに少し時間がかかる。


 女淫魔達はどんな船にも1人は乗せたい魔法使いとして貴重だが、最低限現場に出せるくらい育てるのにやはり時間がかかるし、体質的に育てるのに気を遣う。

 先輩淫魔からしつけが行き届いてない見習いを現場に出すと、気軽に同僚を枯死させかねないので、隔離した環境―――女子校みたいな女淫魔の訓練所で育てている。


 魔獣達は能力が高いし魔法を使える者も多いが、多くが文明生活に慣れてないので、SF世界の一般常識を教える所からのスタートになる。


 元『賢者の英知』の海賊達は海賊をやっていただけに即戦力だが、そろそろ在庫が尽きる。賞金持ちとか手配ありとか有能だけど表に出せない連中も多い。


 軍隊や他の民間軍事企業からヘッドハンティングも考えたんだが、魔法を併用した船の運用など、魔王軍は割と外に出せない情報が多いので、給料の額で動く連中は使い辛い。



 戦闘艦や輸送艦で仕事をしながらできる、新人教育の限界がきている。

 『ハルナ02基礎学校』や併設した訓練校の卒業生達は、各部署での人不足の解消に大変助かったが、まだ全体的に人が足りていない。


 訓練期間を短くするなど、質は落としたく無いんだ。

 『総合商社・魔王軍兵站課』に配属するとしても、輸送艦で宇宙を旅するのだから、命の危険はついてまわるしな。





「納税局の職員が来るまで一ヶ月くらいしかないのです」


 肩を落とすミーゼ。



 金と水は動きを止めると腐るという。


 今まではどこも足りないばかりだから、予算を次々に使う先があったんだが。


「―――海賊ギルドが黒字になったしな」


 今まで魔王軍で予算の使い道に困ったらとりあえず投資する先だった、海賊ギルドが繰り越し赤字をとうとう打ち破り、黒字経営になってしまった。


 人が集まってきた海賊ギルドは好景気に沸いている。


 食料に水、空気。個人兵器から艦載砲、シールドジェネレーターに船管理用のソフト、完成品の船に至るまで、並べた先から全部売れてしまう勢いだ。


 急速に人が増えた分、規約を守らないはみ出しものの粛正に忙しいとギルドマスターのカナがこの前ぼやいていた―――が。


 海賊ギルド直轄で動かすための戦闘艦を次々と注文してくるあたり、懐具合の暖かさが伺える。



「こっちも黒字なのです……」


 ミーゼが投げてきた投影ウィンドウには、ミーゼの敵役として魔法少女にお手頃な悪を提供する悪の秘密結社―――表向きは魔法少女のライバル『黒騎士』とその部下達という事になっている、魔王軍の子会社の業務成績が載っていた。

 1週間から2週間に1回、魔法少女と敵対するために頑張り、9割負けている。

 だが魔法少女が目をつける程度に悪事をできている段階で割と儲かっていた。


「悪事は儲かるなぁ……」


 悪事と一言に言っても、SF世界では活動の大半が経済活動にされてしまう。


 例えば清廉潔白で有名な社長の令嬢を誘拐したとする。

 悪役的に大々的に誘拐を喧伝するんだが、その時点で関係する企業の株価が乱高下するので、誘拐とは関係ない所で経済が動く。

 誘拐の成否にかかわらず、ライバル企業の株の購入や投資で儲かってしまう。


 ライバル企業が本拠地にしているステーションに海賊を派遣してもそうだ。

 海賊ギルドから適度にプレッシャーを与えられる海賊を借りるんだが、目撃されてすぐに船の航行量が減って対象のステーション周辺で物価が上がるし、そのステーションと交流があった所では逆に物流が滞って物価が下がる。

 そんな場所なら兵站課の輸送艦を送るだけで儲かる。海賊達が仕事をすれば分け前が入るから2度美味しい。



「お兄さんも早く使い道を考えて下さい。使い道の無いお金に価値は無いのです」


 そう言うミーゼは携帯端末を操作し、札束で頬を叩くレベルの力技で買収工作をしていた。

 町工場レベルの小さな企業だが、この前戦闘艦の装甲材に使える新素材の発表をして、ニュースになっていた所だな。


 周囲でも社員達が端末を開いているが、会議室の前方に表示された消費目標金額がなかなか減らない。

 むしろ、どこかで悲鳴が上がるたびに微妙に増えている。


 予算が足りないのも辛いが、予算を減らさないといけないというのも大変だ。


「なあミーゼ、そろそろ出ていいだろうか」


 この手の経済活動は俺の領分ではないというか、普段は部下や社員に全部任せている。

 ここにいるのは、歓楽街に新しく出来たお店でリョウとヴァネッサと3人で明け方まで遊んでいた所を、戦闘メイドに拉致られたんだ。

 もうすぐステーション内時間が夕方になるから、さっきから落ち着かなくて仕方ない。


「おにーさん、もう猫の手だって借りているのです」


 ミーゼがちらり見た先には、作業着の上から白衣を着た姿で端末を叩いているリゼルの姿があった。

 作業に戻りたそうに、しょんぼりと猫耳を垂らして、捨て猫のような雰囲気を醸し出している。

 ……ああうん、猫の手だな。


 あれ? 俺が連れてこられた時には既にリゼルの姿があったんだが、猫の手より後の存在なんだろうか。





「おにーさん、元手より30%も増えてるのです!」


 久々に頑張ってみたらミーゼに怒られた。




・リゼル メインヒロインその2。マニアックな入力装置だって作ってみせるマッドメカニック


・ライム メインヒロインその1。普段からこまめなスキンシップが大事と努力を欠かさない系合法幼女。


・イグサ 主人公。実務でやる事が少なく、普段の業務は割と暇。ダメ男レベルのカンストはまだ先(本人談)


・アドラム帝国税務局 納税者の味方(物理)




・ワイバーン 地球製の泣き系ギャルゲーも大好物。


・魔王軍 労働環境はホワイトだが法律的に真っ黒なブラック企業。




・ミーゼ メインヒロインその3。今回は税金対策にとても困っている。


・船員教育 被害を抑えたい魔王軍の船員に求める基準はかなり高い。SF世界ではそこそこの練度の戦闘艦を大量配備して適度に消耗しながら戦うのが一般的。


・悪の秘密結社 ロジカル☆ミーゼのやられ役で魔王軍の子会社。適度に稼いで適度にやられるが、収支はしっかり黒字になっている。


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