7話:魔王、傷ついた飛竜に出会う
クラス5戦闘機、アクトレイの光学装置が捉える周辺の風景は随分変化していた。
ずっと赤錆色の荒野が広がっていた平野部から、都市部になっている。
まだ建築物の密度は低いが、進行方向に行くに連れて建築物の密集区域になっているようだ。
生命の気配がない赤錆色の廃墟都市というのは、なかなかに情緒溢れる光景だが、植物が生えてないので物足りない。
廃墟マニアなら垂涎の光景だろうな。
ただ、そんな光景でも俺としては見ていて溜息しか出てこない。
まぁ、何をいいたいかと言うとだ。
確かに魔王的にはこういう、人々の文明が滅んだ的な光景は嫌いじゃない。
嫌いじゃないが、俺はどちらかと言えば人々を支配するタイプの魔王なので、このように無差別に破滅してたり破壊するのは趣味じゃない。
というか勿体無い。
だってそうだろう?
大きな都市を支配して、乙女を生贄に捧げるように要求してだ。
色々お楽しみしながら、お前たちは都市に見捨てられたんだとか吹き込みつつ優しくしてやってさ。
自分達を見捨てた人間達に復讐する、悪の女幹部とか作るのは浪漫じゃないか!
しかも毎回人間にやられる程度にへっぽこなら尚更良い…!
……だけどな。
何もしないうちに滅んでるってのは虚しさしか来ない。
そうだな、判りやすい例えをしよう。
あんたが正義のヒーローになったとするだろう?
何かの偶然で変身とかしちゃってさ「許せん、悪の組織を倒さなければ…!」とか盛り上がった時によ。
「お昼のニュースです。本日悪の組織×××が崩壊しました。後継者争いを発端とした内部抗争が原因と見られ………」
とかテレビニュースで流れてみろよ。
もう哀しさ通り過ぎて、虚しさと虚脱感しか来ないだろう?
……魔王も人がいないと成り立たないサービス業なんだよ。
早く人が多い所にいきたいもんだ。
科学が進んだ世界のエ……紳士達の社交場がどうなっているかも気になるしな。
「イグサが何か変な事を考えてる顔してる」
俺のポーカーフェイスを見破っただと?
鋭すぎやしないか、この勇者様?
「そう思った理由を聞こうじゃないか」
「イグサは真面目な事はだいたい即断即決。
長々と考え込んでいる時は変な思考をしている時が多い」
反論できないな。真面目な事を長々と考えるほど悩みの多い人生を過ごしていない。
「なるほどな。参考になった」
「イグサ様、ライムさん。母船が見えてきましたよぅ」
リゼルの声で意識を外に向ける。
墜落現場は風化した巨大ビルが密集した廃墟都市の中央部近くだな。
上から見ると判りやすいが、墜落時に結構速度が出ていたようだ。
ビルがなぎ倒され、船体で地面がえぐれ、一際ビルが密集している所に突っ込んで停止している。
形状はいかにもSFな戦闘艦だな。例えるならクナイをもっと流線型にして翼を付けたよう形だ。
近未来的な潜水艦とか、元の地球で想像されていたSF的な宇宙船に近いか?
船体はあちこちに焼け焦げた大きな穴が開いていて、外から見る限りだと半ば残骸に近い状態だな。
「リゼル。大きすぎてスケールが良く判らない。母船はどの位の大きさなの?」
「180mクラスですよぅ。戦闘艦の中じゃ小さい方です」
180mで小型か。平べったいしSFならそんなものか。
「原型は留めているが、破損の仕方が酷いな。修理とかは出来そうか?」
「無理ですよぅ。ここまで壊れたらぜんぜん修理部品が足りないし、外殻も竜骨も破損してるみたいだから、この破損状況じゃ修理しようと動かしただけで自壊しますよお。
この状態から元に戻すのは、修理じゃなくて
「困った。この星で3人で暮らすのは寂しい」
身の危険も感じるし、と小声で呟くライム。
良く判ってるな。
見た目幼なすぎるが、食料的な意味じゃない方で餓えたら手を出さないでいる自信がない。
日本人らしいが、見た目日本人らしくない、妖精みたいなという表現が似合いそうな綺麗さだからな。
……うん、1年以内に家族が増えそうだ。
「リゼル、生存者はいそうか?」
これ以上考えていると、邪な考えに気が付かれそうだ。方向転換。
「生命反応はありません。脱出ポッドで逃げたか、逃げ遅れて墜落の衝撃で事切れたか、汚染大気とかで全滅してるみたいですよぅ」
元仲間の割には結構ドライだな。
「気にならないの?元同僚でしょう」
ライムも同じような感想を抱いたらしい。
「傭兵隊って言っても、海賊もどきな無法者みたいな人ばっかりだったんですよぅ。捕虜の虐待に拷問や、麻薬運搬とかふっつーにやってる人達だから自業自得ですよお」
確かにそれは見捨てて1人で脱出しても心が痛まないな。
「……そんな船にいてよく大丈夫だったね」
「すぐにやばいって判ったから、ずっとフルフェイス型のヘルメット被ってたんですよう……窮屈でした」
そんな無法者なら、リゼルの見た目だと余裕で慰み者だろうな。
いつでもフルフェイスメットつけてるメカニックなら、手を出す前に不気味がられるか。
「イグサ、何とかならない?さっきの修復魔法とか」
「物体時間遡行なら無理だ。流石にこのサイズになると、俺の魔力でも足りない。
そうだな……リゼル、ブリッジと情報機器は生きてるか判るか?」
「破損状況がわからないけど、形は残ってると思います。後は中に入って確かめないと判らないですよぅ」
「じゃ、行ってみよう」
ライムは随分乗り気だな。さっきの下心でも気がつかれて、危機感を持たれたか?
「はーい。着艦ブロックが大破してるから、近くに着地します」
アクトレイは強襲揚陸艦の近くにへゆっくりと降下して行った。
―――
アクトレイから降りた俺達は、墜落した強襲揚陸艦へと歩いていた。
都市部の地面は砂のようなものに見えたが、元々は何かの破片なんだろうか?
妙に粒子が大きい。ビーズで出来た地面を歩いているようだ。
リゼルの胸ポケットに入ってる、スマートフォンのような形の端末がビービーと警告音を鳴らしまくって、リゼルが慌てて止めていた。
「うぅ……周囲数キロで人が即死できる濃度の、汚染物質結晶体の上を歩くとか、ふつーなら正気の沙汰じゃないのですよぅ」
砂かと思ったら何かの結晶体なのか。道理で粒子が大きすぎると思った。
強襲揚陸艦の周囲を調べると、エアロックが壊れて通路がむき出しになった所があったので、そこから中に入り込む。
中に入り込むと、通路のあちこちに灰に埋まった服やスーツのようなものが転がっていた。
新鮮な死体で満載かもしれないから、グロいのを覚悟していたのだが拍子抜けだった。
「なぁ、リゼル。さっきからあちこちに転がっている灰みたいなのが元人だったものか?」
「そうですよう、イグサ様。汚染物質の濃度が濃すぎて、肉や骨まで分解されてます」
「複雑だけど、大量の死体とご対面よりはまし」
まったく同意だ。
「ところでだ、さっきから衣服やスーツから小型の端末みたいなものを拾っては戻しているが、何をしてるんだ、リゼル?」
「……ぎ、ぎくぅ!」
口でぎくぅ。とか言うやつを初めて見たぞ。
相変わらずリアクションの良いやつだ。
「な、何でもないですよ。目新しい情報が無いかチェックしてるだけですよぅ?」
言い訳するならもっと上手くやれ。思い切り視線が泳いでいる。
「命令だ、リゼル。何をやっていたか素直に自白しろ」
「はい、まいますたー。他の人の端末からインタークレジット、共通通貨を貰っていました。
無法者達らしく、たっぷりと溜め込んでいたのが多いから大漁です…………あぁぁぁ、自白させられちゃいましたよぅぅぅぅ」
本当に良い根性と行動力してるな。
「リゼル、後で3人で山分け。独り占めは駄目」
「……はぁい」
しょぼん、と猫耳を垂らすリゼル。そんなに儲かっていたのか。
…うん?ライムも随分したたかだな。
正義感強い勇者様なら死体から剥がすのも反対しそうなものだが。
―――
「やっと到着です。ここがブリッジです。船を管理してるメインフレームもこの真下ですよぅ」
あちこち崩落して迷路状になった通路を迂回しながら、時には瓦礫を吹き飛ばしてようやく到着した。
位置的には強襲揚陸艦の胴体中央部近くか?一番大事な施設だからしっかり守られているんだな。
ブリッジに通じる装甲ドアが半開きの状態で歪んで動かなかったが、20センチは厚みのある未来金属でできた装甲ドアを、ライムが聖剣で豆腐を切るようにお手軽に切り裂いてくれた。
何でも聖剣は物理と魔法の2重属性だから、物理防御だけではなく魔法防御も高くないと防げないそうだ。
……SF的な未来金属に魔法防御はないよなぁ。
肝心のブリッジといえば、流石に一番防御がしっかりした場所にあるせいか、殆ど被害がないようだ。
汚染物質の流入はしているようで、室内には偉そうな服が灰に埋もれていたが。
すぐに「大儲けですよぅ」と喜んでリゼルが共通通貨の吸出しをしていた。
未来人が総じてたくましいのか、リゼルが飛びぬけて図太いのか判断に悩む所だ。
「こんな大型艦のブリッジにしてはそう広くないな。この船何人乗りなんだ?」
ブリッジの広さは15m×15m程度、その中に機器類やシートが詰まっているから、結構狭い印象を受ける。
「うーん。そうですねぇ、基本は400人乗り位だけど、半分以上は上陸部隊です。
動かすだけなら、ブリッジに4人も居れば普通に飛ばせます。
修理とか補給とかの運用も考えると、40人は必要ですよぅ。
おおっと、流石傭兵隊長、300万IC(International Credit=共通通貨)も溜め込んでました。
クラス2戦闘機だってフルオプション付きで買えちゃいますよ、やっほぅ!」
使い魔の躾は苦労しそうだ。この星を脱出できたら、躾に関する書籍を入手しないとな。
トレジャーハントに夢中になってるリゼルを放置して、ブリッジの船長席らしいシートに座り込んだ。
非常電源に切り替わっているが、まだ生きているようだ。
操作は…うん、アストレイと同じだな。何となくで大体できそうだ。
『M-HD4002ドラグーンクラス:艦籍名ワイバーン-Ez138 非常モードで再起動しました』
この強襲揚陸艦はワイバーンという名前か、飛竜とは良い名だ。
その後に数字がついているのは、きっとワイバーンという名前の船が沢山いるんだろう。
『非常モード中につき、当該端末はロックされています。生体認証またはアクセス許可パスを入れて下さい』
当然だな。身持ちが堅い方が落とすのに燃えるものだ。
「リゼル、そこらの適当な携帯端末。出来るだけ型の新しいやつを1つ貰えるか?」
「はーい、まいますたー」
リゼルも持っているスマートフォン的な機器、黒い色をしたシックなデザインのプレート状の携帯汎用端末を受け取る。
ステータスからスキルリストを開いて、ここまでに追加されたスキルの中から『機械操作(共通規格)』Lv10を取って、派生した『機械不正操作(共通規格)』もLV10で取得。
更に『ソフトウェア操作(共通規格)』Lv10と、同じように派生する『ソフトウェア不正操作(共通規格)』Lv10もついでにとっておく。
ついでに『構造知識(宇宙船)』もLv5位にしておこう。
「どうするの?」
ひょこりとライムが手元を覗き込んでくる。
「まずは船を起こすんだよ」
パタタタ、と軽快に動く指先で端末を叩く。
『汎用端末イクスベルA1....操作してるのは不正なユーザーd……………マスター権限によるユーザー登録認証を確認、イグサ=サナダ様を正規ユーザーとして登録します』
まずは汎用端末を入手、と。
『外部接続モード。強襲揚陸艦ワイバーン-Ez138への強制アクセスを開始します....防壁確認。
論理防壁type1358に妨害されています』
目の前にあるワイバーンの船長用コンソールに手を置いて、スキル補助に任せて何となくこれだろうという操作をしていく。
『注意、不正操作を受けています。ワイバーン-Ez138は電子戦経験者を用いて迎撃しt'ad*a......』
『防壁の部分解除を確認、マスター権限による割り込みによりアクセス完了。
権限認証システムへ接続………書き換え完了』
役目を終わった端末を胸ポケットにしまいこむ。
目の前の空中に空間投影式かな?ウィンドウが開く。
『M-HD4002ドラグーンクラス:艦籍名ワイバーン-Ez138予備システム起動しました。
ようこそ、オーナー・イグサ様。最上位権限者の乗艦を歓迎致します。』
「ずるい事をしてる。スキル使った?」
ああ、と頷く。
「私も汎用端末一つ欲しい。後でお願い」
「いいぞ。好きなデザインのやつを確保しておけ」
勇者様まで逞しいのか。いや、他人の家に乗り込んで財産荒せるのも勇者様だからな。
ファンタジー的には普通なのか……微妙なラインだ。
「さてと、これからが肝心だな。ワイバーン、メインフレーム起動、寝てるのを叩き起こせ」
これからやるのを成功させるには、頭脳が生きてないと駄目なんだよな。
「リゼル、この艦は作られてから何年か分かるか?」
色々と確保できたのだろう、ホクホク顔で戻ってきたリゼルに聞いてみる。
「ハイブリッド強襲揚陸艦のドラグーンクラスなら、17年前に製造停止してるから、多分それよりずっと前ですよぅ」
「意外と博識だな。ダメ元で聞いてみたんだが」
「失礼ですよ、これでもメカニックとしては結構なほうなんですよぅ!」
ぷんぷんと怒っている。怒り方も可愛いが…しまったな、口に出していたか。
「悪い、本音を口に出していたようだ。気にするな」
「もっと気になりますよぅぅぅ!」
ぷー。と頬を膨らますリゼル。こういう仕草は時代が変わっても共通なのか。
『各部チェック終了。ワイバーンメインフレーム起動します。
警告、非常電源での作動は残り32分が限界です』
沈黙していた、ブリッジ内の他のコンソールにも灯が入り、空中投影式のウィンドウが開いていく。
船体情報も表示されていたが、全体の89%が真っ赤だ。大破を超えてスクラップだな。
「さて、SFの流儀に沿ってやったが、ここからはファンタジーの時間だ」
「今度は何する気ですかぁ…」
不安そうにくっついてくるリゼル。
うむ、その無意識の接触は悪くない、いや胸までしっかり押し付けてくる辺りポイント高い。
いいぞ、もっとやれ…!
いかん、変な方向に盛り上がりそうだ。
『概念魔法発動:指定魔法陣空中記述Ⅷ/対象数増加Ⅷ』
空中に複雑な魔法陣を多重展開する。
直接やってもいいんだが、しっかり準備した方が楽だし魔力的にも負担が少ないんだ。
『死霊魔法発動:残留思念結合』
8つ展開したうちの4つの魔法陣が発動して、組成を複雑に変化させる。
『死霊魔法発動:付喪神創生Ⅷ』
全ての魔法陣が稼動してブリッジの中に、大気の流れとは違う風が吹く。
圧縮されて赤く発光した小さなボール状になった魔法陣が、空中に投影されていたウィンドウへ、水のような波紋を残して飛び込む。
『……………』
投影されていたウィンドウに、所々ノイズが走り、すぐに新しいウィンドウが1つ開く。
『いやぁ、初めまして。ワイがワイバーン-Ez138でございます。
言い辛かったらワイちゃんでもワイやんでも好きなように呼んで下さい』
ウィンドウには、スーツを着た恵比須顔の中年男性の姿が映っていた。
頭髪が寂しい数になりかけていて、良いスーツなんだろうが、着古した感じによれている。
発音は標準語に近いが微妙に発音が違うな。訛っている。
いかにも疲れた中年サラリーマンという風貌だ。
……どうしようか、想定していたのと随分違うぞ。
「俺がお前の主、魔王イグサだ。覚えておけ」
『ははぁ、このまま風化していく老骨だとばかり思っていましたが、魔王様に魂を作って頂けるとは感無量ですわ』
「あわわわ、あ、あの、この人誰ですか。ワイバーンとか言ってるけど、こんな人間っぽい高度AIは、ここのメインフレームじゃ処理できませんよぅ!」
慌てふためくリゼルに、中年―――ワイバーンは恵比須顔へ更に笑顔を浮かべて愛想一杯になる。
『これはリゼルのお嬢ちゃんじゃないですか。
いや、脱出したのは見とりましたが。生きていられるとは運が良いですな』
そうか、リゼルはこの船に乗っていたんだったな。
なら顔見知りという訳だ。一方的ではあるが。
「リゼル、長く使ったものには意識―――魂が宿るという迷信を知ってるか?」
「ふわ!?……ええと、古代民族学で聞いた事があるような」
「こいつはまさにそれだ。強襲揚陸艦ワイバーンに宿った魂、付喪神という。
古い船で良かったな、新しいやつだったら、ここまでしっかりした自我はないぞ」
『いやぁ、照れますな。ワイなんてただ年季が入っただけの老骨ですわ』
「訳が判らないですよぅぅぅ!」
うむ、リゼルの悲鳴は今日も良い声だ。
最初の頃は拒絶の成分が多かったが、最近は諦めの色が強い。
悲鳴を上げて逃避しているが、じきに馴染むだろう。
「ライム、回復魔法あったら使ってみてくれないか?」
「いいけど。死霊魔法で作ってたから、ダメージ入らない?」
「作成は死霊魔法だが、分類的にはゴーレムと生体に近い。
アンデッドではないから大丈夫だ」
「じゃ…」
『祈祷魔法発動:持続治癒Ⅱ』
ライムがコンソールに手を置いて回復魔法を発動する。
『おお、おぅ。来てます、来てますでぇ。
メインリアクター修復率3%…5%徐々に回復してますわ』
気持ち良さそうにしている所悪いが、中年オヤジの快楽声とか嫌なもんだな…
正直吐き気がこみ上げてきた。どんな罰ゲームだよ、これ。
まあ、回復魔法で直るならいいか。
『リアクターが最低限でも動くようになりましたわ。火を入れて艦内電力安定させます』
頼りない非常電源から切り替わり、艦内に明るい光で満たされる。
「半生物なら回復で修理出来るみたいだな。
ライム、効率重視で繰り返し回復頼んでいいか?」
「いいけど、イグサが回復魔法使わないの?私よりずっと魔力もありそう」
良い質問だ。しかし、問題があるんだよな。
「魔王補正のせいか、俺の回復魔法は今ひとつ安定しないんだよ。
緊急時以外はあまり使いたくない。正直どんな副作用まで一緒に来るか判らないしな」
安定しないのは本当だ。回復量もばらつきが酷い。
何より付喪神とはいえ、中年オヤジに快楽声を上げさせるとか嫌だ……っ!
「納得。任せて」
任せた。主に俺の精神衛生の為にも。
「なぁ、ワイバーン。普通、船って女性として扱われる事多いよな。
なのに、何故お前は男なんだ?」
そうだよな、普通船っていったら女性だろ、付喪神作ったらお色気お姉さんが出てくるって思ったから、あそこまで気合いれて作ったんだよ。
その結果が中年オヤジ(これ)だよ!?
『はぁ、この船の初代船長がえらいゲンを担ぐ人でして。
ワイみたいな見た目の、幸運の神を拝んでおったんですわ。
その習慣が代々ワイバーンの船長さんやブリッジ要員達に受け継がれましてなぁ』
くっ、どんな特殊趣味してやがる、その初代船長。
どうせゲン担ぐなら女神にしてくれ…っ!
「そうか………まあ良い。付喪神も一応魔物扱いらしいからな、忠誠を誓うように」
実際あまり良くないが。内心苦情と未練が渦巻いているが。
支配者として器の小さい事をする訳にはいかない。
『へぇ、そりゃもうご奉公させて頂きます。
ワイは魔王さんの為なら、火の中大気圏の中恒星の中、どこでも行きますわ!』
いや、恒星に突っ込んだら駄目だろ。お前溶けるよな。
「そうか、忠義大義だ。で、今のペースで修復して大気圏離脱できるのにどの位かかる?」
『そうですなぁ、今は機関部と外殻の穴を優先してますが、デブリ壊せる程度の外部火器やシールドジェネレーターも考えると、2,3日って所ですわ。
完全修復は移動しながらでも大丈夫ですが、更に2週間みてくれると助かります』
「判った。機関部の最低限の修理と、外殻の穴塞ぎが終わったら、生命と環境維持を先に頼む。
今は魔法で保護してるが、延々と汚染状態にしておきたくない」
『はいな、わかりました。
ブリッジの近くに無事なクリーンルームがあったんで、そっちも整備しときます。
お嬢さん方には寝台とか必要ですわな』
「整備?無事なんだろう?」
何を整備するんだ。
『あー…いや、そのですなぁ。
元幹部の男連中が自室にしとりまして。
掃除はしてないわ、汚しっぱなしだわ、卑猥なグッズが盛りだくさんあるわ。
お嬢さん方を寝かせるにはキッツい状態なんですわ』
ああ、だらしない男の一人暮らし部屋が凝縮したような状態か…まだ野ざらしの方がマシだな。
「その辺は任せる。
ただな、紳士達が好むようなデーター類は他の場所にしっかり保存しておくように。判るな?」
それを捨てるなんてとんでもない…!
未来のその手のものだろう。期待できるってもんだ。
流石にグッズ類は触る気にもならないが、データーに罪はない。
『へへぇ、そりゃもう。魔王様もお好きな人でっしゃな』
にやけた笑顔を浮かべるワイバーン。そうか、お前も分かる。
ある意味潔癖症なお姉さま人格より当たりだったかもしれない。
「イグサ、下品」
「イグサ様不潔ですよぅ…」
やべ、2人とも近くにいたの忘れてた。
「………二人が近くにいたのを失念していた。
だが、俺は後悔しない。魔王たるもの欲望を否定してどうする。
いや。否定どころか積極的に肯定してやる、それが魔王の器だ……!」
ここは開き直る。キリッ、と擬音が出そうなキメ顔で断言してやった。
「「…………」」
2人分の視線と沈黙が痛かった。だが後悔などしていない。
しかしな、リゼル。使い魔のお前が主を否定してどうする。
お前は近いうちに躾も兼ねてオシオキだ……っ!
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以下はSF色の強いおまけです。
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・作中登場艦船
>戦闘機・クラス5 [C5]
・TLF-90049アクトレイ (15m×30mサイズ)
ある程度量産されたものの、稼動効率最優先で設置されたリアクターが被弾し。
すぐに機関大破する事例が多発して、生産中止された欠陥品。
しかし、無骨な(ダサイとも言う)デザインの船が多いアドラム帝国において。
貴重な優美なデザインの船の為、愛用する好事家は多い。
・MLT-90050アクトレス (15m×30mサイズ)
M(ミリタリー:軍正式採用)シリーズのクラス5軽戦闘機。
アクトレイの欠陥部分を修正され、若干の火力向上の後に正式採用された。
旧式化しているが、アドラム帝国全般で現役で使われている名機。
機動性が売りだが、火力とシールドは貧弱である。
一般市場への販売もされているが、荷物積載量の無さから海賊関係には嫌われている。
>ドローン [NH]
・FD-TypeAFL-50926E (16m×15m)
フィールヘイト宗教国が開発した新型の大気圏限定(Air Field Limited)無人戦闘機。
同型のドローンが入ったポッドを使い、大気圏外から突入した後に行動を始める。
降下に使ったポッドには無人機の指揮をする、高度AIが搭載されている。
連射式のレーザー機銃とその連射を支える新型リアクターが売りである。
また、無人なので無茶な機動すら可能な大気圏内の死神。
可変翼を持つ、旧世代の航空機のような外見をしている。
クラス4戦闘機並みの実力すらあるものの、高価な上に使用環境が限定されている為、
軍以外に運用する所はほぼ無い。
>強襲揚陸艦 [AAS](Amphibious assault ship)
・M-HD4002ドラグーン (180×30m)
アドラム帝国=ユニオネス王国が共同開発した3世代前のハイブリット型強襲揚陸艦。
準駆逐艦レベルの戦闘能力を持ち、艦載機を最大2機搭載し、カチコミ(突入ポッドによる白兵戦)も、惑星上への降下作戦も行える万能艦……を目指していたが、
要望が高すぎる割に作成コストに制限があった為、器用貧乏な船になってしまった。
ある程度量産はされたものの、旧式化してすぐに専門艦へと配備換えされていった。
ユニオネス王国も開発に携わっていたので、アドラム帝国艦として珍しく見た目が良い。
形状としては翼を持つ流線型のクナイ。推進器のある後部がやや膨らんでいる。
・ワイバーンは京都地方独特のイントネーションに、怪しげなやや軽い大阪訛りの口調を混ぜてます。
未来な上に言語も違うので方言に関する指摘はご勘弁を…!
・アクトレスはそのうち登場する予定です。
・おまけの「大気圏限定(Air Field Limited)」は判りやすさを優先しているので誤用ではりません。