68話:魔王、己を歌うサーガを調査する(後編)
2019/4/1更新内容
67話に68(後)話、69(裏)話を追加。既に投稿していた68話を70話に移動。
あとがき部分にその話登場した人物紹介を記載する事に。
71話として現時点までの人物紹介を記載。
「―――などと社員達が噂しているようだな。だが、いつまでも魔王が一方的にやられるとは思わないで頂こうか。勇者が戦いで成長していくならば、魔王だって勇者に立ちふさがるのにふさわしい障害として力を増してもおかしくないだろう?」
非常灯だけが灯るワイバーンのブリッジで、艦長席に腰を落とし優雅に足を組み、片手には深紅のアルコール飲料が入ったグラスを片手に格好をつける。
誰かが見ているという訳ではないが、雰囲気が出るからな。
『寝込んだのが半日で済んだとは驚きです。船医の話じゃ一週間は絶対安静と聞いてましたが』
投影画像の服装を執事服にしたワイバーンが数歩離れた位置で冷静なコメントをくれる。
やや寂しい髪の毛のボリュームにえびす顔の気弱で好色そうな中年顔というワイバーンだが、このシチュエーションで執事の格好をしていると悪役に見えなくもない。
……見た目的な意味で悪の組織の幹部と主張するには辛い。頑張って課長くらいか?
「発想の逆転だ。回復魔法を自分にかけてもいまいち効果が薄いからと、今までは医療技術に頼っていたが、魔法での解決を諦めていたのは良くなかった」
『なら魔法で何とかしたという事でっしゃろか』
「そうだ―――アンデッドだろうとゴーレムだろうと、人や魔物どころか有機体、無機物すら超えて肉体すらない精神体にすら、汎用的に効果のある回復魔法の新規開発と、寿命で大往生しかけている老人すら、ドラゴンと殴り合えるレベルまで補強する肉体強化付与魔法を新しく作ってみた」
『必要は発明の母といいますが、開発の由来を歴史に残したくないですなぁ……それでも半日は寝込んだんですか』
「この新しい回復魔法、回復速度も速いはずなんだけどな……」
減りすぎたHPというか生命力的なものを回復させるのに時間がかかったようだ。というか、俺はどこまで生命力が削れていたんだ。
大破して半分くらい物理的に欠損したドローンゴーストでも5分くらいで新品同様くらいに治ったんだが。
今も肉体強化魔法を使い、魔力で体を操って動かしているような状態で、万全とは言い辛い。
「……ライムは魔王に対して特に有効な勇者の能力的なものを発揮しているのだろう」
ライムは肉食系という訳では無い。無いんだが、すべてを捧げるようにしてくる勇者とかライムの性格も相まって獲物として極上すぎる。
異性に溺れるという表現があるが、それで言うとライムは俺を溺れさせるのが上手すぎる。あれは才能の領域だろう。
「さて、内密な話があると言っていたが、そろそろ話して貰えるか?」
「はい、マスター♪」
艦長席の隣、ワイバーンの反対側には機鋼少女のシーナが立っている。
女子学生っぽい服装をしているが、実際にシーナが通っている魔王軍が運営している学校の制服だ。
表の顔は真面目で優しげな優等生、裏は悪の組織の幹部というのは素晴らしいだろう?
シーナも戦闘艦以外での日常生活を楽しみながら経験を得られる、学校生活を楽しんでいるようだ。
付喪神系に比べると魔物としての年齢が若い機鋼少女達には、交代で学校生活を送って貰っている。折角高度な自意識を持つ魔物として生まれたんだ、人生―――魔物生か?―――を楽しんで貰いたい。
「これを見てください」
シーナが指先を振って投影画像を展開すると、多数の動画ファイルの保存庫が表示されていた。
「この前の調査の直後、監査課にある端末にアルテさんが隠したファイルです。個人的な趣味の情報ならそっとしておくけど、マスターの情報が入っていたから……」
困ったような顔をするシーナ。俺に告げ口してしまうのは気が咎めるが、放置する訳にもいかなかったという所だろうか。
『ま、見てみりゃわかりますわ。ファイルを順次再生します』
―――魔王軍・武装メイド隊
『社長の事をどう思うかって? 難しいねぇ……簡単に手玉に取れそうなんだけど、気がついたら逆に手玉に取られそうじゃない? お金目当てで近づく子とか、大体そのパターンだしね』
『そうでありますね』
話しているのはアルテとメイド隊の副隊長、アルテの友人でもある犬耳のアドラム人女性だな。普段はきびきびした軍人口調で、部下には鬼軍曹のように振る舞う女性だが、プライベートなのかしっとりとした落ち着いた口調が妙に印象的だ。
『ねぇ、あんた達は社長の事どう思う?』
声をかけると他のメイド隊の隊員達も画面に映ってくる。
背景からすると喫茶店か? お茶とデザートが沢山並んでいるし、メイド達の懇親会だろうか。
『船の墓場星系で最強のヒモ。人を働かせるのは上手いのに本人はいつも割と暇そう』
眠そうな顔をした武装メイドが鋭く毒を吐いてくれた。反論できないが、魔王とはそういうものだと言いたい。
魔王軍の従業員は圧倒的に女性の割合が多いので、女性を働かせて自分が利益を得ているという意味で、ヒモと言われると否定し辛いじゃないか。
『悪い男の生きた見本。ああいう男には引っかかったらいけないって妹に教えてるよ』
短髪の元気そうなメイドが明るく言ってくれた。悪いという評価は嬉しいが、悪い方向性が若干違うな。
それと、教えるのは手遅れだったとコメントしておこう。
『見えてる地雷なんだけど、たまに甘えてみたくなるんだよね。寂しい時に優しく声とかけられたら危ない……かな』
『危ない危ない、あんた地雷半分踏みかけてるわよ!』
『でも気持ちはわかるなぁ。ライムちゃんとかミーゼちゃんとか、普段からすっごい甘やかされてるもんね』
『母さんがこの前も見合い写真送ってきてさ、また頭悪そうなボンボンとか、脂ぎったオヤジばっかりなの。そんなのを見て荒んだ後だと地雷でもいいかなって……』
この子の顔と声はしっかり覚えておこう。寂しそうな雰囲気をしていた時が狙い時か。
「多少耳に痛い意見もあるが……隠す程のものではないな」
忌憚のない意見が多くて参考になる。
「この前調査した魔王軍や俺の評判の資料か? 何でアルテはこれを隠したんだ」
調査にしてもプライベートな話題過ぎたんだろうか。
『おや、連続したファイル構造になってますな、続きを再生してみます』
―――『ヴァルナ』ステーション労働者男性
『魔王軍の社長の事ねぇ? まぁ、ここのステーションじゃ有名人だよなぁ』
今度は港湾作業員の地球系アドラム人、髭面の中年男性だな。背景が居酒屋風の店内だ。
『直接あった事はないけど、色々すげぇよな。社長に限らずあの会社で働く男はよ』
『男性社員がでありますか?』
『だなぁ、俺も20歳若かったら女ばかりでうらやましい! なんて言ってたかもしれねぇが、今となっちゃあんな女所帯の中で働くとかちょっとなぁ』
『確かに女性比率が極端に高いでありますね。別の所では複数の女性を妻にしている社員が多くてうらやましい……という意見もあったであります』
『それ言ったの若造かなんかだろ。俺らみたいなおじさんにしてみりゃ、すげぇというしか無いぜ』
『俺なんてかあちゃん1人で腹一杯だよ……なのに家に帰るの怖ぇ』
うん、大変なんだ。妬ましいとか思っているなら来て欲しい。良い生け贄……もとい、女性従業員達の励みになるだろう。
―――『ヴァルナ』ステーション歓楽街従業員
『イグサ社長? そら知ってますよ、ここらじゃモグリだってあの人の顔と名前を知ってますって』
ホストとチンピラの中間にいるような、気取った服装をした20代のテラ系アドラム人男性だな。下っ端っぽい雰囲気の顔、歓楽街で良く呼び込みをしてる姿を見かけるな。
『どう有名なのでありますか?』
『まっとうな人としては駄目かもしれないけど、うちらみたいな仕事してる連中からみると男気溢れた伝説の多い人だからね。客離れで潰れかけたお店で3日連続豪遊して、閉店の危機から救ったとかね』
『それは初耳でありました』
「……あれは豪遊したのではなく、女性社員(肉食獣)に食われた新入男性社員を慰めていただけなんだ」
『はぁ……綺麗な女性社員が多い分にゃワイは嬉しいですが、男性社員の離職率の高さはいい加減何とかしたいですわ』
「給料が安いとか待遇が悪いなら引き留める方法もあるが、大半は寿退社だからな。引き留める訳にもいかない」
4~8人の女性社員に囲われるケースが多い。民間軍事企業のような危険な仕事をさせずに家で大事にされるんだ。
ハーレムルートの最上級みたいな流れだが、結婚式で市場に売られていく子牛みたいな目をしているのが多くて涙を誘う。彼らは強く生きて欲しい。
『男がいればウチの艦内も淫魔の姉さん方をいくらか増やせて、殺風景な船内にも華が増えるんですが……魔王様、5,6人くらい淫魔の姉さんを維持できませんか?』
「無理だ。俺が死んでしまう。それをやる位なら6人分俺が余分に働いた方がずっと楽だ」
ライムとリゼルに比べると、女淫魔の方が維持が楽そうだけどな……
『それに店で働くネエさん達にも人気がありますね。やっぱり金払いがイイってのが一番の理由なんでしょうけどね? あたしには良くわからないですが、行動も言動もエロいけど、視線が厭らしくないし変な見栄も張らないから気楽だそうで』
『わかるであります。あの人のはスケベ心というより、愛したいと言ってるようなのでありますよ』
『うへぇ、ごちそうさまです……あたしはそこら辺わからない男で良かったです』
「アルテは聞き込みで何を惚気ているんだ……」
恥ずかしいじゃないか。魔王は憎まれるのが仕事のようなものだが、その逆はあまり耐性が無いんだ。
いかん、ちょっと顔が赤くなってきた。
「そうですか?でもアルテさんの気持ち、良くわかります」
えへ、と照れた笑みを浮かべるシーナ。
『魔王様、もしかしてシーナはんにも……?』
神は死んだのか?とばかりの表情を浮かべるワイバーン。
「ワイバーン、どこまで想像しているかはわからないが、まだ手を繋ぐ位しかしていない」
『魔王様、どっか悪くしたんでっしゃろか!?』
さっき以上に驚いている様子だな。そこまで驚く所なのか。
「いいか、仕草や見た目ばかり見ていると忘れそうになるかもしれないが、シーナは機鋼少女だ。元は機械だったものが魔物となり命を得て、そして恋を知った。そんな貴重な存在をちょっとイケそうだからと美味しく頂いてしまうのは勿体ない、実に勿体ないとは思わないか、ワイバーン!」
『そ、そりゃそうですな。子供向けのアニメでヒロインが金に目がくらんで浮気する位、邪道ですわ!』
大きく頷くワイバーン。だが、妙に具体的な表現だな。……実際にそんな作品があったんだろうか。
「そうだろう、そうだろう。そんなシーナの恋心を慈しむように育てて、愛してますと言わせて一番良いところで摘み取る。それがロマンというものだ」
『反論できまへん……流石、流石魔王様でっせ』
感極まったかのように、顔を歪めてぼろぼろと涙を流すワイバーン。
ああ、信じていたぞ。お前は直球的なエロも好きだが、恋というものを知らなかった機械人形が恋をして、やがて人を愛するような感動系のギャルゲーも好きだとな!
「………ますたーの、ばか」
俺とワイバーンのやりとりを聞いて顔を真っ赤にしてうつむき、小さな指先で摘まんだ上着の袖を引っ張るシーナの反応も美味しい。
悪いなと頭を撫でてやると、そっと手に頭をこすりつける反応もあって、二度美味しいな……!
いかん、ロマンに脱線して本題を忘れそうだ。
―――海賊ギルド幹部・ハーミット海難保障専務 初老のテラ系女性
『イグサ社長の事かい? 海賊ギルド関係の海賊の間じゃ伝説になってるよ』
『伝説とは何でありましょうか?』
『近くにいると実感ないかもしれないけどねぇ。偉業をなしたのだから当たり前さね。アルビオンを所持する『隠者の英知』を正面から撃破、そして最終局面でアルビオンに乗り込んで頭領と一騎打ちをしてアルビオンを拿捕。どうだい、馬鹿な海賊達が喜びそうな伝説じゃないかい』
『……そういえば、そうでありますね』
『その後も派手だからねぇ。降伏した『隠者の英知』の幹部や頭領を処刑もせずそのまま吸収して海賊ギルドを設立、ギルド長こそカナがやっているが、ギルド長の黒幕として君臨し、海賊ギルドが販売する製品を一手に扱ってんだ。まさに生きた伝説ってやつさ』
ここまで褒められると照れるな。
『自分が食ってるメシも乗ってる船も裏ボスが手配したものだって知ってるお利口な連中なら、宇宙で白い船みたら全力で逃げ出すさ』
こうして聞くと俺が凄い人物のように聞こえるから不思議だな。
実際全部趣味でやっているんだが。
―――魔王軍第一艦隊所属・機鋼少女(外見年齢17歳)
『魔王様の事をどう思うかですか? そうですね、なかなか居ない素晴らしいマスターだと思うな』
何度かワイバーンの艦内でも見かけた事がある子だな。機鋼少女の中で外見年齢が高めの個体だ。
……あれ以上育つと機鋼『少女』という枠から外れるしな。
『かなりの高評価でありますね。どのような所がでしょうか』
アルテの素で驚いたような声に、可憐な仕草でくすりと笑みを浮かべた機鋼少女が続きを言う。
『個人差は多少あるけど、私達みたいに器物をベースに魔王様に創って貰った魔物には似通った性質があるんです。人が人らしく生きたい、暮らしたい、扱われたいって思うくらい自然に。私達は元は道具なのだから、道具として扱われたい、動かなくなるまで使い続けて欲しい、大切に使って欲しいって』
『忠誠心とは別なのでありますか?』
『うん、別。例えばリビングメイルの人だったら主の為に戦場で戦う事や力尽きる事、朽ちる事が何よりの喜びで、それが出来ない事が死ぬことより恐ろしい―――なんて、人とは違う価値観を持ってるの』
『性質でありますか……それでは貴方たちからみるとイグサ様はどうなのでありましょう』
『人型をしている私達を道具として扱ってくれる、道具として見てくれる、道具と認識した上で私達が意志を持つものだと接してくれる。人と人型の道具を同列に扱ってくれる。そんなご主人様は他に居ないなんて言わないけど、貴重な人だと思うよ』
『なるほど、ただ意志を持ち人の形をしていても、人として扱うというだけでは満足しないのでありますね』
『うんうん、だからマスターみたいなひとでなしをご主人様に持てて私達は幸せだよ』
『それは―――不敬とか思いましたが、イグサ様から笑って流しそうでありますね』
アルテと機鋼少女はくすくすと笑い合っていた。
『―――だって魔王様だものね。人間じゃないもの、立派なひとでなしだよ』
『この意見に関してはワイも同感ですわ。魔王様に意志を創って貰いましたが、道具として生まれたなら道具としての幸せを味わいたいものです』
神妙な顔で頷くワイバーンに、よく遊んでいるギャルゲーは道具としてどうなんだと問い詰めたくなるが我慢する。流石に俺もこの位は空気を読む。
「そうですね。マスター、この身は御身のために。どうか朽ちて動かなくなるまでお側において下さい」
「ああ、言われるまでもないさ」
両手を胸の前で組んでいじらしい事を言ってくれるシーナを撫でようとしたが、我慢できずに抱きしめてしまった。
こんな忠誠を誓ってくれるなんて悪の主身寄りに尽きるじゃ無いか……!
―――所属不明? 位置座標不明 惑星上の歴史的建築物だと思われる
『ではアカネさん、これをお願いするであります』
アルテの声と共に画像の視界がブレる。記録装置を手渡しているようだ。
「はいはーい、まっかせて下さいねー!」
聞こえる声は妙に明るく元気だ。あれはワイバーン艦内でも古株の船員、数少ない女淫魔じゃなかったか。
カメラの画像が手をふるアルテを映した後、ノイズまみれになって周囲の風景がワイバーン艦内から、神殿や教会を彷彿とさせる石造りの荘厳な建築物へと変化した。
贅ではなく技巧の粋を尽くした大広間の中にいるのは、艶のある青白い色をした長い髪をした極上の少女に見える『なにか』だ。
『ほほぅ!こりゃ可愛い子で……』
歓声をあげたワイバーンだったが、その少女がカメラへ視線をやってにこりと微笑むと、また器用に投影画像の喉をぐびりと音を立てて何かを飲み込み、黙ってしまった。
精神的な圧力すら感じる可愛らしさ、可憐さ。守りたい可憐さと欲望のままに蹂躙したいという二律背反した衝動を同時に与え―――いや、押しつけてくる外見と仕草。
「なるほど、アルテが女淫魔に撮影機材を渡した訳だ。………誰だ、色欲の淫魔王にまでインタビューの予定を立てたやつは」
この最上級の少女に見えるものが、当代の色欲の淫魔王。淫魔達を統べる王にして、ありとあらゆる男淫魔の頂点。
具体的に何とはいわないが、ナニがついている男の娘なんだ。
『色欲の……ま、まさか前にイグサ様に聞いた人でっか。え、まさか、いやでもワイの心のアレが………あ、ああ、うぐぐううう!』
気がついたワイバーンが画像から目を離せないまま、血涙を流す勢いで苦悶し始める。
どこまでも本能に忠実な変態紳士なワイバーンだが、嗜好はノーマルなので葛藤が大きいようだ。
特に無垢な少女が好きなワイバーンにとって天敵のようなものだろう。
『イグサ君の事を聞きたいの? うん、今でもずっと愛しているよ。ちょっと扱いが酷いけど惚れた弱みだもの、仕方ないよね』
インタビューに答える淫魔王の仕草は可憐に過ぎる。傾国の美少女どころか、この笑顔の為ならSF世界の星間国家の1つ2つ簡単に滅ぶだろう。
気軽に性転換する、無性別タイプの淫魔じゃないのが惜しい事この上ない。
『淫魔王様、巷で噂の社長が次期『色欲』候補ってのは本当ですかー!』
活発系少女のような女淫魔の言葉が既に癒やしだな。
……まて、色欲候補ってなんだそれ、聞いてないぞ?
『ボクが後継者候補に推薦したから本当だよ。淫蕩さが足りないって長老達が渋っているけど最有力候補じゃないかな。能力は文句なしなのに性格で議論の余地ありなんて初めてらしいよ?』
『お、おおー。淫魔種族以外に色欲の看板背負うなんて凄いニュースですね。でも社長すっごい自由に生きてるけど、あれで淫蕩さ足りないの?』
『そうなんだよ、イグサ君は愛情が強すぎてねぇ……大抵の相手を愛をもって接してしまうからね』
愛情過多なのはむしろ魔王の業だろう。
相手によって幸福そうにしたいとか、悲痛な声を聞きたいとか方向性の違いはあるが。
後者は主に俺の命を狙ってきた刺客とか、捕らえた他社の工作員とかに担当して貰っているが。
『で、でも社長はちょっと相手多すぎないかなー? 私もちょっと狙った事あったけど、ライバルの多さに諦めたよー?』
この娘も脈があったのか、しっかりと覚えておこう。
『相手の数は色欲の評価には入らないんだよ。相手の数を制限したり増やしたりするのを推奨するのは人の社会だしね』
割と深い台詞だな。
『大切なのはいかに弄んだか、快楽の虜にしたか……なんだけどね。イグサ君、その時は相手に全力だし、快楽より愛の虜にしちゃう事多いし、主観的ではあるけど幸せにしちゃう事多いから「色欲にはふさわしく無いのでは」なんて長老達がむずっかしー顔してるんだ』
毒牙にかける事はあるが、女性に弱く、そして大切にするのは悪の嗜みだからな、うん。
ヒロインへの恋心で組織を裏切ってしまうとか、愛故にヒロインが悪に堕ちるとか素晴らしいじゃないか。
暗殺者やスパイを恋や愛に溺れさせて、組織を離反させるとかも実に趣深い。
特に色欲の称号とか欲しくないしな……。
『肉体的な快楽の虜にして侍らせるくらいすれば、うちの長老達も納得するんだけどねぇ。相手が不特定多数でも恋を成就させるのは、姦淫じゃなくて愛情だから長老達もどうしたものか頭抱えているんだよ。
産めよ増やせよってのは神様が推奨してるから、イグサ君が子供作りすぎでも、うちじゃ良い評価にはならないんだよね』
極上の少女にしか見えない顔に憂いの色を浮かべ、足をかわいらしくぷらぷらと動かす淫魔王。
仕草こそ可憐だが、話す内容が剣呑だ。
『うーん。確かにそういう社長はあんまり想像し辛いですねー。あれ、割と乙女チックなのかな?』
『そーなんだよー。たまに乙女か!って言いたくなるんだよね。それをボクに向けてくれればいいのに、本当にそうしてくれればいいのに……!』
「……えっと、映像カットしましょうか」
可憐に両手を組んで祈るような仕草をする淫魔王の画像をシーナが止めようとした所で、急に素に戻った淫魔王がカメラ目線で語り出した。
『あ、そうそう、イグサ君。そろそろライムちゃんを何とかした方がいいと思うよ? 今の所イグサ君しか被害にあってないから大丈夫みたいだけど、魅了系への抑制呪符とか無いと「その気」になってるライムちゃんに触ったら、そこらの男なら背中にぶつかったとか、握手した程度でも文字通り死ぬまで吐精し続けて死ぬからね?』
「……………」
『……………』
思わずワイバーンと視線を交わす。
ワイバーンは生ぬるい視線で俺を見つめ、俺は今なら悟りを開けそうな気持ちになっていた。
うん、まあ、うっすら気がついていたけど、実際言葉にされると辛い。
わかりやすい目安が知力と魅力に偏っているとはいえ、それ以外も軒並み人外の範囲まで出ている俺が、毎回瀕死になっているあたり、何かあるんだろうなと思っていた。
今でも『天寿を全うしかけている老人がドラゴンと戦える』レベルの身体強化魔法がついているのに、激しい運動をした翌日のように体がだるいんだ。
普通の人間が同じ体験をしたら、うん、まあ、死ぬよな。うん。
わかっていたけど、目を逸らしていた現実を直視させられるのは辛い。
『ボクはかなり本気で、イグサ君が快楽に負けてピースをキメてる写真を淫魔の子が持ち帰るとか、腹上死しましたとか連絡くるのを心配してるからね?』
人差し指を立てて、眉をひそめていかにも心配です。という可愛い仕草をする淫魔王。
無駄な………一部嗜好を持つものには無駄ではないが、無駄なくらい可愛い仕草を淫魔王がしたまま、そこで映像が途切れた。
「………一般社員に犠牲者が出る前に手を打たないといけないな」
勇者の成長の方向性に若干の疑問を感じる。
魔王を一番討伐しやすそうな方向に成長しているが、勇者という職種が行う業務内容と若干違うような気がしてならない。
『そうですな。色々本懐を遂げての腹上死ならまだしも、ちょっとした接触事故でその手の死に様とかは、あまりにもムゴいもんです』
「まて、この画像は隠されていたんだよな? という事はライムは野放しのままか?」
『この前ミーゼはんがライムはんに魅了封じのアクセサリー渡していたの、魔王様の指示で無かったんですか?」
「……情報は握りつぶされていても、対処はしっかりされていたのか。安心していいのか情報が握りつぶされていた事に嘆けばいいのか、複雑だ」
淫魔王が言っていた心配の前半分については考えない事にした。
深く考えたら、多分俺の心が折れる。
―――[ ]
「おや、ここで終わりか?」
「待って下さいマスター。何か情報を書き込まれて消去された痕跡があります」
シーナが投影コンソールを開いて高速で操作を始める。
「マトリクスパターン解析、情報消去ツール推定―――特定完了。復元開始―――復元完了。今までと同じ動画データでした。再生します」
―――魔王軍、経理統括兼副代表
「待とうか、実名出してないけど1人しかいないよな? ライム以外にいないだろ!?」
復元しきれなかったのか、投影画像には所々ノイズが走っていたし、目の部分にはモザイクがかけてあったが、どこからどう見てもライム本人だ。
『まぁ、形だけでも匿名にしとくのがインタビューちゅうもんの基本ですわなぁ』
『イグサの評判? というか評価?』
一番長い付き合いのライムからの評価とか見たさと怖さが半々だ。
『そうだね、会社の社長としては凄く良い、魔王としては……ん、まだ実績が少ないからこれからに期待、やっと自由に動かせる組織も増えてきたから』
『パートナーとしてはどうでありますか』
待ってアルテさん、何でそこで一番デリケートな所を直球で聞くかな! いや気になるけど!
『多分、逃したらもう次が無いくらい最高の相手』
『そこ、詳しくお願いするであります。自分はわからないでもないですが、このインタビューを見た人がわかるように。世間の評価は遊び人や浮気性なんて不名誉な事が多いので特に』
俺も具体的に知りたい。
『ん。独占するのは難しい相手だからわかり辛い。半分は私の推測だけど、イグサの中には男女の差無く、すごい厳格な優先順位があるの』
『優先順位でありますか?』
『そう。『谷底に落ちる2人のうちどちらを救う?』なんて質問があるけど、イグサなら迷わない。自分の能力の届く範囲で、自分が優先する相手から救っていくよ』
『イグサ様らしいであります』
『だからライバルが増えても、自分がイグサの一番になる努力をして、結果を出し続けていれば一番大事にしてくれる』
『わかりやすいでありますね。一番狙いだそうですが、ライバルはミーゼ様でありますか?』
『ううん、ミーゼは良いお友達。ミーゼは3位を狙い撃ちだから―――えっと、私達の地方の言葉で例えると側室筆頭とか最愛の愛人とかそんなの狙いかな』
『意外でありますね。ではライバルは―――』
『リゼル。リゼルは私と同じ一番狙い、だから一番の親友で最大のライバル。リゼルが一番狙いだからミーゼは競合しない3位狙いなのかも』
何だろう、俺の評価というよりも薄ら寒い話題になっている気がする。
陰湿さは無いようで何よりだが……
『社内アンケートで、ライムさんがイグサ様を刺さないのが魔王軍7不思議の1つになっているでありますが、そのところは?」
七不思議になったのか。
わかってないな、ライムならいくら俺が相手を増やそうと大丈夫だろう。
もし刺されるとしたらそれは―――
『もし私がイグサを刺すとしたら―――きっと別れ話を言われた時。その時はイグサを殺して私も死ぬよ』
愛でも語ってるような甘い口調で語るライムは、天使かと思うほど無垢で可憐な笑みを浮かべていた。
―――だよな。うん、知ってた。ライムは純愛路線であるんだが、取り扱い要注意な物件だからな。過ぎた純愛とヤンデレは紙一重の存在だ。
「―――まずいな。ライムは気がついているか」
そしてライムの表情から、ある事を読み取った俺は冷や汗を一筋流した。
『魔王様、気がついてるとはどういう事でっしゃろ?』
「俺との契約内容だ。ライムは使い魔契約をしているリゼルやミーゼよりも一段上、魂だけじゃなくて運命や因果律まで含めた契約になっている。
だから、例えライムが事故死したとしてもすぐに生まれ変わって―――あるいは転生して時間的に『ライム』が死んだ直後に記憶や能力を取り戻して俺に深く関わる事になる」
『そりゃまた、随分と念の入った契約ですなぁ……それが何か問題なんでっか?』
何が問題なのか? と不思議そうにするワイバーンに、ちょっと心臓が早い鼓動を立てているのを押さえつつ「いいか?」と前置きをして語りかける。
「魂も運命も俺の近くにくるのが決まっているのだから、俺を殺した直後に自殺―――無理心中すれば、家族や幼なじみかどんな関係になるかはわからないが、俺の転生体のすぐ近くで記憶も力も取り戻せる。来世の俺が幼い頃からずっと一緒なんだ。ライバルも少なく独占もし放題だろう」
仮にも魂やら運命まで司った契約魔法が使える魔王だ。その辺りの法則は感覚でわかる。
もし来世ライムのポジションが年上のお姉さんだったら、少年の頃に比喩的な意味で喰われる事間違いない。
『ら、来世にワンチャンって訳ですか。えぐい手でんな』
「普通ならワンチャン程度かもしれないが、記憶や能力を持って行けるライムなら確実にそれができる。しかもだ、失敗したら何度でもやり直せるリセットボタン付きだ」
リセットボタンが押されるごとに来世以降の俺の命が儚く消えるが。
「……………」
『……………』
お互いに青い顔になり、ワイバーンと顔を見合わせる。
まてワイバーン、手を合わせて冥福祈るのはまだ早いからな?
「……魔王の魂に記憶と能力継承の転生魔法でも刻んでおいた方がいいな。記憶と能力があったとしても、ライムから逃げられる気がしないが、何かしら力が無いと抵抗すらできない」
すぐに魔方陣を多重発動させる。平面ではなく立体図形の魔方陣を展開させ、これから使う魔法の補助に回す。
『祈祷魔法発動:輪廻転生-能力継承付与X』
『祈祷魔法発動:輪廻転生-記憶継承継承付与X』
『魔王魔法発動:不滅なる魔王の魂X』
多重発動させ、魔方陣から幾つもの光が伸び、俺の胸を貫通して行く。
凄いお手軽にやっているが、少し間違えれば命を落とし魂が砕ける魔法だ。制御に神経を使う。
「………ぐぐぐ、魂に記憶や能力を刻み込んでいるせいか辛いな。とはいえ、ライムと熱愛状態にならないと命が消えるよりはマシか」
魂的なものに魔王の力や記憶が刻み込まれている、違和感と苦痛を混ぜたような感覚がするが我慢だ。
我慢したいが痛いし苦しい。前にライムの剣の訓練中、うっかり聖剣が腹を貫通した事故の時より痛くないかコレ!
だが、思い通りにならなかったらリセットボタンを押し続けられる未来を回避するためと思えば、この程度……!
『魔王様の記憶や能力の継承をこんな事が原因でやるとは思いませんでしたわ……』
いや、本当にな。来世の事を考えるのは数千年は先だと思っていた。
「……うん、まあ。アルテも不穏な空気に気がついたんだろうな。俺に配慮して画像ファイルを隠してくれたのを感謝しよう。
シーナ、すまないが何もなかったように元に戻しておいてくれ」
ライムの取り扱いには今後も慎重に行こうと決意できた。
うん、ちょっと体が武者震いしているが、これは難敵に挑む高揚感みたいなものだろう。
「マスター、大丈夫。私がいるよ」
慰めるように頭を撫でてくれるシーナの手が妙に心地よかった。
・イグサ 主人公。現在弱体化中の魔王様。前話の後に死後の世界を何度も垣間見た。
・ワイバーン えびす顔の中年男性。強襲揚陸艦ワイバーンの付喪神。関西弁的な訛り言葉を使う。漢の浪漫とかそちら方向での魔王様の理解者。
・ライム メインヒロイン。人間の勇者だが、淫魔の血族とか隠れてない?と魔王様はいぶかしんでいる。
・シーナ サブヒロイン。強襲揚陸艦ワイバーンのクルーにして、情報処理が得意な機鋼少女。休日は外見の若さを生かして学校に通うなど私生活が充実してきた。多分メインヒロイン達の誰よりも純愛系物語のメインヒロインができそうな恋をしている。
・アルテ メインヒロインその4。犬耳犬尻尾なアドラム人少女。護衛や監査、家事や破壊工作まで万能な戦闘メイド(元アドラム帝国情報局特殊戦闘部隊)でもある。
・メイド隊副隊長 アルテの部下。仕事中は規律に厳しい鬼軍曹だが、プライベートでは腐った薄い本を作るのが趣味のサークル主。布教にも熱心で、アルテを腐女子にした元凶。
・女性淫魔 魔王軍で働く社員。彼女達のおかげで魔王軍は末端の輸送艦まで魔法の恩恵を受けている。彼女達を維持するために魔王軍は男性従業員を頑張って募集しているが、人手不足が続いている。
・ハーミット海難保障 魔王様が黒幕をしている海賊ギルドの表の顔。料金を貰い海賊被害にあった荷物や人を探し出す業務や、海賊多発地帯での海賊からの護衛などをしている。
・海賊ギルド 魔王様が好む「誇りと仁義をわきまえた誇り高い古典的な宇宙海賊」達を支援するための組織。
・色欲の淫魔王 男性淫魔達を統べる男淫魔の王。外見は美しく可憐な乙女な男の娘。以前イグサが契約しようとしたが、求愛されたので魔王様は逃げた。たまに通信画面越しだが、お茶をしつつ会話する程度の友人関係に落ち着いている。数少ない魔王様の男友達?の一人。