66話:魔王、黒き聖典を託す
日常話・魔王様刃傷(人情の誤字ではありません)編です。
66話より文章書式が変化してしています、ご了承下さい。
なぁ、自分の死に様を想像した事はあるか?
先に言っておくと俺は良くある。
改めて言うと物騒に聞こえるかもしれないが「長生きして老衰で死にたい」とか「病院で延命治療を受け続ける最後は嫌だ」とか「たくさんの子供や孫達に囲まれて最後を迎えたい」なんてのも立派な死に様だ。
うっかり世界を滅ぼしかけて、世界のために、平和のために、なにより愛する人のためにと剣や槍を手に立ち上がった英雄達と激闘の末に倒されるのは素晴らしい。
素晴らしいが、ちょっと高望みしすぎかな?とも思っている。
古典的な魔王の散り際だが、現代―――21世紀初頭の日本で、馬に乗った王子様が迎えに来る夢をみたり、助けを求めてる美しい姫と出会う位の高望みだろう。
悪事に手を染め続けて、それを嫌う家族や子供に「こうしないと止められない」と嘆きながらも裏切られ、あっけない最後を遂げるというのも捨てがたい。
もし本当に起きたとしたら、最後の言葉は「迷惑をかけたな。愛しているよ、ありがとう」あたりが美しい悪役としての綺麗な幕引きだろうか。
魔王的な生命力のせいで、うっかり生き残ってしまいそうで怖いな。
いや率先して死にたくは無いんだが、そんな悪役として本望過ぎる最後を遂げたけど、実は生きてましたとか、文字通り死んでしまいたいほど気まずいよな?
今のうちに体が光の粒子になって散るような、エフェクト付きの転移魔法でも開発しておいた方がいいだろうか。
さて、なんでこんな縁起の悪い事を考えていたか説明しよう。
―――
感触はただ冷たかった。
ぬるりとした粘性の水たまりにつかり、仰向けに倒れていた。
薄暗い路地の間、建物の間から日暮れで薄暗いステーションの空がうっすらと覗いている。
路地に灯りは少なく、夜の闇に染まりかけた周囲はまるで影絵の世界だ。
『ヴァルナ』ステーションの歓楽街地区、その裏通りならこんなものだろう。
「工業用のレーザーナイフとはな―――」
言葉と共にごぽりと水音がし、口から漏れ出した鉄臭い液体が顔を伝って落ちていく。
つい数分前、飲み屋を探して歩いていた時の事だ。
後ろからぶつかってきた女性が手にしていたレーザーナイフで腹を刺されたんだ。
魔王的に一般人の攻撃など効かないと主張したいものの。
白兵戦武器としては鉄だの鋼だのといった剣や槍と比べるのが失礼な殺傷力を持っている上に、レーザーナイフという『強力な光属性の武器』なんて持ち出されたら、属性防御魔法も展開してない状態だと防ぐのは難しい。
仕立ての良いスーツ風にしてある魔王の衣も貫通され、傷口を押さえていた手をかざしてみれば、仄かにまだ暖かい赤い液体に濡れている。
「こんなありふれた最後なんてな―――」
「ちょっと社長。いい加減浸ってないで起きてくださいよ」
恨みを抱いた女性に歓楽街の路地裏で刺されるという、ベタながら王道なエンディングの感触を味わっていると、無粋な声に邪魔された。
「いい加減店の人達が慣れて自衛団よりウチに連絡が来るようになったとはいえ、社長が刺されるとか報告書を作るのが大変になるんですよ」
いかにも面倒そうに言うのは『民間軍事会社・魔王軍』の制服に身を包んだ二十歳前後の外見をした猫耳の女性。
『ヴァルナ』ステーション内に常駐して、社員が起こしたトラブルの処理や、社員がトラブルに巻き込まれた時の対処など、魔王軍関係の治安維持をしている保安課の社員だ。
「もう少し心配しても良いと思うんだが」
「心配しましたよ。たまたま現場を目撃した運の悪い旅行者が寝込んだみたいですから」
「……そうか。それは悪い事をしたな、見舞いの花でも贈ってやってくれ」
「すでに病院と見舞いの品を手配してあります」
「…………そうか」
『祈祷魔法発動:治癒Ⅱ』
いい加減、猫耳女性の視線が冷たくなってきたので、体を起こして治療魔法をかけて傷口と魔王の衣を治しておいた。
シチュエーションに浸っていたものの、生命力には随分余裕があったんだ。
光属性の短剣なら防御は貫かれるが、その程度で倒れる魔王はそういない。魔王を倒すなら、せめて光線系の戦車砲が必要だ。
一撃で消滅させるなら駆逐艦とか、戦闘艦の主砲があれば十分だろう。
……まあ、魔王を戦車砲程度でお手軽に倒せるあたりSF世界は世知辛い。
「犯人の身柄確保は?」
「既に終わってます。血まみれの服装で歓楽街の入り口で放心している所を保護しました」
「それは何よりだ。この手の事をやらかした犯人は自殺が怖いからな」
尋問するにも、報復という名目であれこれするにも、生きて貰わないと困るしな。
「身元は?」
「前歴があったので照会は終わっています。アドラム帝国中央星系出身の民間人ですね。ある程度裕福な家だったようですが、出奔した姉が海賊に身をやつしていたようです。
過去に魔王軍との戦闘で死亡。彼女自身も1年ほど前に敵討ちを社長に挑んで失敗しています」
「前にも会っていたか、顔は見えなかったからな―――」
その手の敵討ちイベントは、ステーションにいると週一ペースで発生するから、全員の顔を覚えるのは難しい。
体に毒物を仕込んで来るとかアプローチが個性的だったり、前の少女……ええと、名前は何だったっけ?
イベント中に、さらに海賊ギルドマスターのカナの乱入があったりすると覚えているんだけどな。
―――まて、その手の「何をしてもいい敵分類」だと俺がやらかしてる可能性が高い。
「……もしかしてここ最近家族が増えていたりするか?」
「仇討ち事件の数ヶ月後にお子様を産んだようですね。調査はこれからですが、今回の襲撃も大方それ絡みのようです」
おおっとー……!数ヶ月という事は妊娠から出産までが早い獣系アドラム人か。
うん、全力でやらかしているな。
「どう対応したものか難しくなるな。子供の身柄は?」
「対処中ですが―――今確保したようですね。ステーション内の託児所にいるのを発見しました。保安課の戦闘メイド2名が保護と護衛についています」
猫耳社員が汎用携帯端末で連絡を取っていたが、早まってないようで何よりだ。
「庶務5課からは連絡があったか」
「調査に漏れがあったようです。調査対象が3桁超えて対応が難しいので追加人員が欲しいとも」
「人員の拡大は考慮しよう」
魔王軍の庶務5課は特殊な才能を持って生まれた子供を調査、保護する……という建前の部署だ。
実際は主に俺とリョウがやらかした―――迂遠な表現をすれば、畑に撒いた種がどこかで発芽した事のフォローをさせている。手の早さ的にヴァネッサもリストに名前が載りそうだが。
積極的に敵対してくるならともかく、事情を知らない子供を放置するのは流石に気が乗らない。
俺の理想とする悪というか悪役は身内に優しいものだ。
全員を引き取ったり親ごと囲ったりはしないが、普通に生活できる程度に金銭的な援助をしているんだ。
今回の場合、親の方は筋の通らない仇討ちの標的にされたから、人権とか倫理とかそこら辺無視仕返すのは良いとして。
子供の方、リリーナとかアイルとかユナの兄弟姉妹がどこかで不幸になっているというのはもやっとする
どこかで縁が繋がるとつい贔屓してしまうな。血縁や子供に夢中になって国を傾ける王侯貴族的な権力者を笑えないじゃないか。
「対処に困るから―――1度会ってみるか」
身内か無関係か敵か、定まらないから対処に悩むんだ。なら会ってみて確定させてしまおう。
―――
「おじさんは、誰ですか?」
『ヴァルナ』ステーションの歓楽街に隣接した工業区、その一角にあった託児所は割と殺風景な内装だった。
託児所というとパステルカラーの内装や家具が置いてあるイメージがあったが、落ち着いた色合いの内装で、事務用っぽい机や椅子が並んでいる、学校に近いものだった。
獣系アドラム人や、それに準じた成長調整を受けていれば1年で5,6歳まで成長するせいだろうか。託児所というのは子供を預けられるごく小規模な学校のようなもののようだ。
のっぺりとしたSF風味の長椅子に座り、タブレット風の端末で本を読んでいたのは『ヴァルナ』ステーションでも良く見かける猫っぽい耳をした獣系アドラム人の女の子。
外見年齢は一桁の中頃か、少女というには無理がある幼さだが、目がぱっちりと大きくてかなり美人さんだ。灰色の髪を短髪にしているが、活発というよりも育ちの良いお嬢様といった印象を受ける。
「イグサという。君のお母さんの知り合い―――だな」
……胸に手を当てて気取った自己紹介をしようと思ったのに、何故か片膝をついて目線の高さを合わせてしまう。
襲われたり刺された被害者だが、知り合いの範囲内だろう。
「君のお母さんは帰りが遅くなるそうだ、それを知らせに来た」
ここに来る最中に保安課から経過報告を受けていたが、まだ放心した状態から復帰してないみたいだ。
自宅の調査も行われているが、どうも計画的な犯行でなさそうなんだ。
「イグサ、さん?おかあさんの知り合い。けど聞いたことない……」
女の子は不思議そうな顔をした後、色々考えているみたいだな。瞳があちこちせわしなく動いている。
現状確認、回想、思考。
獣系アドラム人の成長が速いといっても、生後一年未満でここまでできるのだろうか。
―――いやうん、子育ては任せきりでやった事無いしな。どの程度が普通かわからない。
「名前を教えてくれないか?」
「……ヨル。ヨル・エーベンです」
部屋の隅で保安課のメイド達と話しながらヨルを見守っている教師に視線をやってから、丁寧に挨拶をしてくれるヨル。
教師が止めない所を見て、不審者では無いと判断したようだ。警戒心もしっかりあるようだな。
「ヨル。夜か、良い名前だな」
日本語ベースでついた名前では無いだろうが、語呂合わせから褒めるのは基本だな。
『法理魔法発動:鑑定Ⅸ』
返事をするついでにこっそりと鑑定魔法を発動。……うん、職業に魔王の娘がついているな。
ステータスは未配分の成長余地が多いが、総量的にアイルと同じくらいで知力と魅力特化か。知力は既にそこらの大人より高い。
……いけない、無意識に頭を撫でる所だった。自制が難しい。
「おじさ……イグサさん。おかあさんの身になにかありましたか?」
「良い子だな。いや、お母さんの身には特にない」
おじさんという呼称を訂正してくれた心遣いに、つい頭を撫でてしまった。撫でられ慣れてないのか、びくびくとしながらも嬉しそうな反応が実に良い。
「……じゃあ、おかあさんが何かしましたか?」
「…………少し、な」
この思考形態は聡いというより子供らしくない、か?
21世紀感覚で幼くこんな思考を身につけるとしたら―――子供らしく過ごせる環境でない線が濃厚か?
俺の知っている中だと被庇護者、幼い弟を守らないといけない状況で両親を失った子供が近い。
この手の環境的に強くならざるを得なかった子供は、悪に染めるにも被害者にするにも大好物すぎて困―――ごほん、悪と邪悪は別だよな。
「おかあさんは何をしたのですか?」
ヨルの小さな手が俺の手を握ってくる。白くなるくらい強く握られた手と、歯を強く噛みしめている所から必死さがうかがえる。
こんな健気な所見せられたら敵認定するのが難しい。
すぐに抱きしめたくなるが、我慢、我慢だ俺!
「そうだな―――」
正直に教えるかどうか迷ったが、出来るだけ事務的に真実を伝える事にした。
人を刺した、それが顔見知りだった、死人は出てないが精神的に不安定だから別の所で落ち着かせていると。
「どうしよう。おかあさん……」
瞳孔が大きくなって、すぐに小さくなって視線が迷う。
驚愕してすぐ落ち着いて、それで自分がどうすれば良いか、どう行動すれば状況が良くなるか考えるまでが速い。
ただ、どうすれば良いか具体的な手段が思いつかずに思考が空回りしている様子だ。
「ヨル、落ち着こう。取り返しがつくから、ゆっくり対処できる」
「はい。あ……これ、血のにおい、え……」
鼻がいいな。傷口や服は治したが、洗浄してなかったのはうかつだったか。
血の臭いに気がついてから、その意味するものと自分の置かれた状況から推測するまで速い!
……出会った当初のミーナに負けないレベルの逸材じゃないか?
「ああ、見ての通り無事だ。だから、大丈夫だ」
これは推測して、足りない情報を想像で埋めて、真実にたどり着いた前提で行動しないと駄目だな。
落ち着かせるのに胸に抱いたが、俺の服を握りしめてる手を見ると、母親の状態を把握した上で、俺の話した内容が事実だと判断したのか?
「……ありがとう、ございました」
数分の後、落ち着いたヨルが腕にゆっくり力を入れて体を離した。
甘えてくれない事が少し寂しいが、申し訳なさそうな瞳は被害者に気を遣わせてはいけない……とでも言ってるようだな。
「イグサ、さん。おかあさんを助け……訴えないで貰えませんか。かわりに………えっと」
助けてではなく訴えないでと現実的な所を押すか、何か代償をだそうとする現実感も好ましいな。
ヨルは何度も深呼吸してから、幼い瞳に理性と決意の光を灯しながら俺をじっと見て口を開いた。
「……わたしが何でもします。どんな事でも、子供を産むための玩具だって、そういうものとして売られたっていいです」
よっしゃ喜んで―――!と大声で返事しそうになる、男心を抑えこむのに成功して良かった。
獲物として極上すぎて鼻血が出そうだ。
種族が魔王じゃなく人間のままのせいか、人間らしい衝動が強く出て困るな。
ただの人間だった頃に同じ提案されていたら、本能に抗えず全力で餌食にしていたかもしれない。
変態だが金持ちの玩具という、自分の身を捨てるなら一番価値が高くなりそうな所を含めて差し出してくるか。
このSF世界、成長の調整ができるので、その道40年以上の熟練幼女(※中身以外)とかもいるし、特殊なお店ではそう珍しく無いが、変態金持ちというのは本物により多くのICを出すものだ。
「そんなにいいお母さんなのか?」
「あんまり……普段から疲れているからすぐ怒るし、褒められた事……あったけ」
諦観の色が強い、どこか乾いた笑顔を浮かべるヨル。
「ならどうして助けたいんだ?」
「それでもあの人は、私のおかあさんだから」
迷わず言い切るヨルに、魔王としての部分が見事見事と褒め称えている。本当に魔王は人間が好きすぎるよな。
うん、この子は良いな。
「そうか―――ならヨルに要求を伝えよう。何でもしてくれるというなら、子供らしくなって貰おうか」
「………え?」
ヨルは大きな瞳を見開いて驚いていた。
「辛い時や悲しい時に、必死に考えたり余計な心配をせずに泣けるような子供になって貰おう。……一人で頑張らなくてもいいように、これから俺が守ってやる」
ヨルをもう一度、しっかりと抱きしめる。こんな時だからこそ、己の好きなように、欲求のまま振る舞えるために、その無茶を貫くためのICとコネを集めておいて良かったとしみじみ思う。
俺の腕の中でヨルはおとうさん、と言いながら腕の中で子供らしく泣き出した。
まぁ、ここまで察しの良い子なら気がついているよな。
泣くヨルを抱きしめ、頭を撫で続けた。
「社長、今後の対応方針を教えて欲しいであります」
ヨルが泣き疲れ、眠りに落ちた後に部屋の隅で待機していた武装メイド―――アルテの部下が近くに来た。
「この子の重要度を家族レベルに。顔を出す常駐型の護衛を保安課から1人、その他の護衛の数は任せるが、対応はSSS(周囲を洗脳してでも幸せに-Syuiwo Sennousitedemo Siawaseni)だ」
「はっ。重要度家族レベル、常駐護衛1名、対応スリーエス、ご下命承ったであります」
携帯端末を取り出して連絡を始めるメイドを横目に、窓の外に見える『ヴァルナ』ステーション工業区のいかつい町並みを見て、腕の中にいるヨルの暖かさを感じながら以前から考えていた『黒の聖典』を作ろうと決意した。
ちなみにヨルのその後だが、母親は数日で復調した。事情聴取をしたら苦しい生活をしている中、気楽そうに繁華街を歩いていた俺を見てつい犯行に及んだらしい。
生活が苦しかったのも、法律で認められないどころか、やったら極刑間違いなしの無法者を理由とした仇討ちをしようとしたせいで実家から絶縁されて、世間知らずの上に身元の保証も資金も無くて工場の下働きしか出来なかったのが原因だった。
……ほぼ自爆というか自業自得だよな?
まともな生活をさせて3日ほどかけて色々と説得したら、べったりと依存してくるようになってくれた。
資金援助して『ヴァルナ』ステーションの商業区の端に手芸店を開く事になり、今住んでいるボロアパートから近々そっちに引っ越しする予定だ。
甘すぎる対応かもしれないが、ヨルのためならこの位は良いだろう。
ヨルも魔王軍が運営している学校に転入して、他の生徒達と同じように無邪気な表情をするようになった。
さて、ここまでは良かったんだが―――
魔王軍の運営する『ハルナ02基礎学校』の理事長室という名の俺の個室、放課後という学校独自の独特な時間帯にヨルが訪ねてきていた。
訪ねてきたというか、俺が呼ばれたんだ。
「おとうさん大好きです、愛してます」
椅子に座った俺の上に乗り、向かい合わせに座り、胸に頭を預けてくるヨル。
親子という関係にしても体勢とか距離感がおかしい。
流石に食指が動く事は無いが、親子のスキンシップと表現するには辛い気がする。
学校の理事長が理事長室で幼い生徒と密着とか、画像を撮られたら社会的に死んでしまいそうだ。
……まあ、この学校は下手な軍事施設より部外者対策のガードが硬いから安心か。具体的に言うと生徒の中に機鋼少女が混ざっていたり、職員に魔獣と賢者の一族が普通にいるし、警備員はステーションでの後方任務中の戦闘艦の陸戦隊や特殊部隊だ。
好感度を上げる行動をした記憶はあるが、ステータスに好感度表示があったら、上限超えて文字化けしてそうだ。
そこまで好感度上げるような事しただろうか?
ヨルの母親が復帰するまで、つい家に泊まりこんで食事を作ってやったり、一緒に風呂に入ったり添い寝までしたのがまずかったか……?
「おかあさんにだって負けません。頑張って早く成人資格を取るから、そうしたら一緒に暮らしてください。愛人でいいです」
幼い娘を持った父親なら1度は夢見るだろう「大きくなったらお父さんと結婚する」約束イベントにしては、ちょっと生々しすぎる。
「それは嬉しいな、考えておこう」
ヨル頭を撫でる。甘えられるのは割と幸せなんだが。どうしたものか。
悪の美学的には、身内に裏のない積極的な好意を示されたら受け入れる1択というか、他に選択肢がほぼ無いのだが、流石に抵抗感がある。
うん?背徳感はご馳走だと思っていた俺だが、何が引っかかっているんだろうな。
やっぱり1桁の2進数で表現できそうな年齢か……うん。機鋼少女みたいに成体で生まれる魔物系なら気にならないんだが。
「だが今は友達を増やして、色々な経験を積まないとな。ライバルが多いから希望を叶えるのは大変だぞ?」
「頑張ります!」
年相応かどうかは微妙なラインだが、嬉しそうなこの笑顔を見られたなら苦労した甲斐もあったな。
―――
「おとうさん何のご用事でしょうか」
リゼルの実家の近所にある喫茶店でアイルと会っていた。
「学校帰りなのに悪かったな、これを渡したかったんだ」
チープな木製風のテーブルに上に置いたのは、樹脂や革に似た質感の黒いバインダー型のA4位の大きさのファイル。
素材は飛龍の鱗―――廃棄品になったワイバーンの装甲材を錬成魔法で成形したものなので、謎な位に軽いし装甲服用の大型ビームソード位なら防いでくれる代物だ。
「これですか」
犬耳をぴこぴこと動かしながらファイルを手に取るアイル。
「……えっと、女の人と子供のリスト?凄い詳しいし、随分たくさん―――おとうさんこれもしかして」
「ああ、うちの会社の庶務5課の部外秘資料だ。公になってないお前の弟妹達の資料だな」
「フィールヘイトの司教様とか、アドラム帝国の…………やんごとない方までいるんですが」
思わず店内を見渡しながら、おそるおそる聞いてくるアイル。
「……そのリストが流出したら大変な事になるから、管理には気をつけてくれ」
どこぞのお転婆な皇女様の娘と、色気過剰だが貞淑だと評判のフィールヘイトの司教様の娘が実は畑違いの姉妹ですとか、戦争の引き金になってしまいそうだ。
ついでに俺の身も色々な意味で大変な事になる。
ライムやリゼルはこの手のおいたには割と寛容だが―――大々的にばれてしまうとどんな反応をするか想像がつき辛い。
特にライムとミーゼは、鳥を鳥籠に閉じ込めるのは美しくないという感性を持っているが、鳥が逃げないように羽をもいでしまう決断力と行動力がある。
具体的に言うと俺がおいたしたくてもできないように、毎夜のように襲われて欲望や欲求を根こそぎ処理されかねない。
それが不幸だとは言わないが、ちょっと遠慮したい未来だな。
「僕はどうすればいいのでしょう」
深刻な表情に涙目という、実に味のある表情になったアイルが美味しい。
「俺の方でも対処するが、そのリストに乗ってる母子が助けを求めてきたら応えてやってくれ。緊急対応用の予算を入れた口座もそのリストにつけてある」
「でも僕一人じゃ……」
「アイルが必要だと思ったら協力者を増やしてもかまわない……が、相談相手には気をつけてくれ。そのリストはICにしやすいが、漏らした者の身元がばれたら、事故にあったり突然引っ越しした事になりかねない」
特にアイルの友人ポジションの一般人とかだと、漏らした日のうちに家族親族ごとまるっと事故と原因不明の病死で全滅しかねない。
SF世界の諜報機関はコスト重視で無駄な人死にを出さないが、コストに見合っていると分かれば容赦ないからな。
「ならリョウおじさんやルイかな……おかあさん達には?」
「俺の身が危険になりそうだ。やむを得ない場合なら仕方ないが、そうじゃない時はできるだけ避けてくれると嬉しい」
「はい……」
「いつも苦労をかけてすまないな。他の事だったらいつでも相談してくれ」
「あっ、じゃあ幼なじみのグレイスとカミラと、転校してきたステフに告白されて私たちの誰にするの?って問い詰められているんです。どうすればいいですか」
アイルの周囲の環境が気になるな。ラブコメにしても最終話が近そうなノリだ。
しかしその手の事ならいくらでも相談に乗ろうじゃないか!
「―――なに、簡単だ。アイルは誰か一人だけ飛び抜けて好きなのか?」
「いいえ、みんな同じくらいです」
……おっと、断言とは。修羅場が発生しやすい主人公タイプだな。
「なら簡単だ”みんなの事が同じくらい好きなんだ、このままみんなで居たくないなら、誰か一人だけを盲目的に好きにさせてください“と言えば良い。
選択肢を一方的に渡されるから大変なんだ。選ばせるのは貴方たちだよと渡し返して競わせれば良いし、決着がつかなかったら全員いただけば良いんだ、そうすれば文句も出ないだろう」
複数の中から一番大切に想っている1人を選ぶのは否定しない。純愛もまたいいものだろう。
ただ俺はハーレム的な環境になったら、時と場合により全員を選ぶ勇気も大事だと説きたい。
「……大丈夫なんですか?」
「アイルが後悔しないのが一番だ。それに―――今はまだ守備範囲外(大丈夫)だが、アイルの幼なじみという事はこのステーションに住んでいるのだろう? 答えを出さずに時間をかけていたら、新しいおかあさんだと紹介する事になる可能性があるぞ」
流石にその事態は避けたい……が、自重できるかどうか怪しい。そもそも顔を知らないから回避の仕様がない。
「今から答えてきます!」
黒いファイルを抱えて立ち上がったアイルが外に飛び出して行った。
「いや微笑ましいな。どうなるか」
純愛路線だろうと、全員まるごとゲットだろうと、アイルがこうしたいというなら応援してやらないとな。
パートナー候補が競合した時は流石に応援できず戦うことになるが……。
その日の夜、アルテに呼ばれて家に戻ると、服装や髪型がほつれ、瞳から意志の光が消えたアイルと「アイル君は私たちが養って幸せにするから息子さんをください!」と頭を下げる3人の少女達に会う事になった。
あの手をアイルがやるにはまだ早かったか?
……何があったか聞くのが怖い。
閑話が後2話で終了する予定です。