前へ次へ
63/78

63話:魔王、歓待の宴に奔走する(後編)

2話同時投稿です。話数にご注意下さい。



 俺は気になる事を放置せずに行動するタイプだ。

 何があったんだ?と思い悩むよりも本人に聞いた方が良いよな。

 ワイバーン船内にあるライムの部屋は隣だしな。


「良く知らせてくれた、ワイバーン。艦長権限によるマスターキーを使用、ライムの部屋を開けてくれ」


『承知です、魔王様』

 上着を羽織り、隣にあるライムの部屋に入る。

 戦闘艦の艦内という事もあって俺の部屋と間取りは一緒だが、淡い色合いの塗装がされて、ぬいぐるみなど割とファンシーな小物が多い。

 工具類や電子機器が転がっているリゼルの部屋や、ファンシーグッズを巧妙に隠し過ぎて殺風景にすら見えるアルテの部屋と違い、女の子の部屋という感じだ。


 淡い照明が照らす室内で、ライムはベッドの上で膝を抱えて座り込んでいた。

 ベッドの横にあるサイドボードの上には、VRMMO(ネットゲーム接続用の眼鏡に似た機器が置かれていた。


「………」

 急に声をかけるのは良くないな。

 ベッドに腰掛けて、ライムの近くに座って反応を待つ。




「……ねぇ、イグサ」

 数分静かな時間が流れただろうか、ライムがそっと抱きついてきた。


「どうした?」


「私の事を頼りにしていた仲間を裏切っちゃった。

 ………仮想現実ゲームの世界だとしても、信じられないって顔をする仲間達の顔が頭の中から消えないの」

 ぽつり、ぽつりとライムの口から言葉が漏れてくる。

 背中に回されたライムの手が、孤独に怯える少女のように俺の服を掴んでいた。


 しかし裏切ったか。悪の魔王としては勇者の堕落や悪行を喜ぶ所なんだが、身内が悲しんでいるのを素直に喜ぶ訳にもいかない複雑な心境だ。


「後悔はしているか?」


「………ううん。私は間違った事をしていない、私は私の心まで裏切ってない。

 過去に戻れるとしても、私は同じことをすると思う」


「そうか、なら誰がどんな非難をしようとも、俺はライムを“よくやった”って褒めてやろう。

 魔王のお墨付きの悪行だ、恥じることなく自慢できるぞ」


「イグサっ!」

 ライムが抱きついて来るのを受け止め……あれ?ちょっと力が強くないか?

 受け止めきれずにベッドの上に押し倒されてしまった。

 格好がつかないな。


「……ねぇ、イグサ」

 おかしい、さっきと同じ発言なのに何か声の響きが違うし、ライムの瞳が悲しみ以外の感情で潤んでいるぞ。


 落ち着いて考えてみよう。

 ライムはこの一ヶ月、ほぼ引きこもってゲームをしていた。

 うん、スキンシップ(えさ)が不足しているライムの部屋(巣)へ、夜中に入り込んだのか。

 ………ハハハ、うかつだよな、俺。





>銀河標準時間・約2日後


 慎重に……細心の注意を払い、安心しきった寝顔を浮かべて俺の体に絡みついて寝ているライムの手足を引き剥がす。

 何度も回復魔法を自分にかけたのに、生命力(HP)が回復しきれてないのか、力が入らない手足を引きずって部屋の出口へとに向かう。

 部屋のドアに手をついて、ドアを開け……ロックを解除しようとするとエラーが出た。

 おかしい、何度操作してもエラーになるな。

 投影ウィンドウを立ち上げてワイバーンを呼び出すとすぐに繋がった。


『お疲れ様ですわ、魔王様』


「ワイバーン、部屋のロックを開けて貰えないか?エラーが出てな」


『………おや、故障ですかな。ちょっと調べてみます』


「頼む。出来るだけ手早くやってくれ」


『特に異常は起きてないですわなぁ……』


「なぁワイバーン、何故視線を露骨に逸らしている……まさか」


『すいませんなぁ、魔王様。来週に期待作がまとめて発売されるんですわ』

 冴えない中年顔に、下卑た欲望に染まった笑みを浮かべるワイバーン。


「また裏切ったのか、ワイバーン!」

 どうしてこいつはエロ関係が絡んだ賄賂にやたら弱いんだ!

 というか配下の魔物が魔王を簡単に裏切るなよ…!



「…イグサ?」

 小さな囁きと共にポン…と、小さく華奢な手が俺の背中に置かれた。

 思わず息が止まったが、悲鳴を上げなかった俺を誰か褒めてくれないだろうか。



『緊急事態がおきたら連絡しますんで、どうぞごゆっくり』

 ブツンと切断音を立てて、ワイバーンの顔を映していた投影ウィンドウが『NO SIGNALS』とメンテナンス画面に切り替わる。


 ………覚悟を決めた方が良さそうだ。



 開放されたのは更に数日後だった。

 何とか生き延びたとだけ語らせて貰う。



―――



「―――戦争だ」

 日が差し込むステンドグラスを背にし、発した俺の言葉にザワリと室内に集まった人々がざわめく。

 皇国が敗北した情報が広まってから約一週間。

 ネットゲームの中の世界で、勇者としての権利を使い帝国の重鎮達を集め、会議の場で高らかに声を上げたのだった。


「先の戦で帝国は被害を受けていませんが、何故戦を求められるのですかな?」

 貫禄のある老人、帝国の宰相―――リアル(現実)ではアドラム帝国の現役大臣をしている―――が俺の瞳を見つめて尋ねてくる。


「大切な者が涙を流した、それ以上の理由はいるだろうか?」

 ライムが流した涙の数十倍、俺も色々な意味で泣かされたが。



 決してこれは私怨ではない。魔王として当然の報復だ。



「ふむ、勇者様にそう言われると辛いですな。

 しかしそれだけで戦争を起こすわけには―――」

 立派な髭を撫で付けながら、思案顔になる帝国宰相。


 ただの勇者なら感情論だけで主張しただろうが、中の人は魔王だからな―――悪いな、宰相様。


「我らは勇者殿の意志を尊重しよう。騎士たるもの勇者殿から受けた数多の恩、ここで返さねば恥となる」

 次々に立ち上がり、俺に同調する騎士団長達。

 軍部への根回しは済ませてあるんだよ。


「仕方……あるまい、魔国が占領した皇国の地、攻め取れば帝国の益になりますからな」

 宰相様は苦い顔をして認めてくれた。

 軍部を完全に味方につけているんだ、宰相や皇帝が強硬に反対するならクーデターを起こすのも容易いからな。


「しかしお痩せになりましたな。一体勇者様の身に何が……いえ、あえて聞きますまい」

 何か聞きたそうな顔をにしていた宰相様は諦めたように首を振り、会議室から退室していった。

 聞かないで貰えると助かる。

 正直に話したら、きっと皆の戦意が挫けるからな!



 その日のうちに帝国は魔国へ宣戦布告をし、ユーザー達は「また大規模イベントか!?胸が熱くなるな…!」と喜んだという。



―――



 連日に渡る大規模な戦いが続き、参加ユーザー達は寝不足になりつつも充実した日々を過ごしているようだった。

 その最中にあったユニオネス王国とフィールヘイト宗教国の外交交渉の席で、お互いの国の外交担当者が居眠りするという珍事件まで起きる程だ。


 想像以上にユーザーが多いみたいだな、このゲーム。



 そして俺は数多くの戦友(接待先)を引き連れ、炎に包まれる旧皇国・皇城―――現在は魔王城とよばれる場所へと辿り着いていた。

 こんな時まで接待する気は無かったんだが「ゲーム史に残るような大イベントに是非参加させて欲しい」という熱い要望を断りきれなかったんだよな。


 今まで説明してなかったが、魔国は最近実装された異形の外見をした種族の国だ。

 最近と言っても十年位前らしいんだが、長く続いているゲームだけに最近の範囲らしい。

 歴史が浅いだけに年が若いユーザーが多いが、国や地方ごとに分かれている事の多い既存の国に比べて多国籍なユーザーが所属しているという話だ。



「イグサ殿、後方から奇襲です!」

 皇城を構築してる3つの建物のうち、2つ目を攻略した所で、唯一の出入口である巨大な城門が閉じられ、魔国の伏兵が後方から大量に湧きだして来た。


 城の外では熟練の帝国兵ベテランプレイヤー魔国兵ニュービープレイヤーを押しているが、城内は魔国兵の数が多くてやや劣勢になっているな。


「リゼル、ここの指揮を任せる。ここからは単騎駆けで行く」


「はいですよぅ」

 両手持ちの戦斧を構えたリゼルがのんびりと引き受けてくれる。

 リゼルも使い魔補正のおかげで、そこらの強化調整体プロプレイヤーより強いんだ。


「ほら皆さん、回れ右。敵さんの方へ行く前に、あの言葉の出番ですよぅ」

 リゼルの誘導に戦友達せったいさきの顔に驚きと理解が同時に広がっていく。


「「「ここは任せて先に行け!なに、すぐに追いつくさ」」」

 戦友達がすごいいい笑顔でお約束の言葉を言ってくれる。

 SF世界みらいでも、このお約束は健在なのか。

 ハモって言った後にガッツポーズしたり喜んでいるな。まぁ、憧れのシチュエーションだから気持ちはわかる。


 ノリが良くて大変結構なんだが、この馬鹿な連中は近隣諸国の政府・大企業の要人ばかりなんだよな……SF世界大丈夫か?色々な意味で。



―――



「……イグサ、来たんだね」

 魔王城の3つ目の建物のほぼ最後、謁見の間兼王族の住居へ繋がる空中回廊でライムが立ちふさがっていた。

 未成熟な幼い体を包むのは、可愛らしさと威圧感を兼ね備えた漆黒のアーマードレス。

 その手にはライムの背丈よりも長い真紅の大剣、いかにも悪役らしい服装だな。

 裏切りの勇者ライムは、魔国の幹部・暗黒騎士ライムとして、作り上げた屍の数と共に勇者時代よりも名前が売れている。



 ゲームの中とはいえ、俺が勇者でライムが暗黒騎士とか皮肉が効きすぎてるよな。

 いやまぁ、現実のライムも既に魔王おれの手に堕ちてはいるんだが。



「無理なお願いだとわかって言うけど、イグサ。帰ってくれないかな」

 真紅の大剣を構えもせず、無造作に手にしたまま話しかけてくるライム。

 無防備に見えるが、あの状態からでも素早い斬撃を出せるのを、俺は誰よりも良く知っている。


「ああ、無理だな、魔王の手に落ちたお姫様を奪い返さないといけない。

 そのお姫様は少々お転婆で手を焼きそうだけどな」

 実際の所は自称魔王への個人的な私怨が9割なんだが、ちょっとこの状況で正直に言える勇気はない。

 あ、やばい、ライムが感動して涙目になっているぞ。

 本気で真実を伝える事ができなくなった…!

 これは………バレたらまた命が危なくなるな。


「……だめなの。あの人には勝てない。イグサだからこそ、あの人は勝てないの」

 ライムがそこまで言うか、ちょっと興味湧いてきたな。


「魔国の王か、俺も興味が湧いてきたが……ライムは暗黒騎士なのに、魔王と呼ばなくていいのか?」


「うん。私の魔王はイグサだけだから」



 くっ………不意打ちはずるいな、キュンと来たじゃないか。

 殺し文句も良いところだ。



「嬉しい事を言ってくれるな」

 格好つけて返事してみたが、ちょっと赤面しているのを気が付かれてないよな…!


「じゃ、次は口じゃなく剣で説得する」

 発言と共にライムの姿がぶれて消える。

 次の瞬間には轟音と共に、俺が持つ白銀の長剣とライムが振るう真紅の大剣が激突していた。

 その衝撃で空中回廊に風が吹き荒れ、周囲に漂う火の粉が舞い上がる。


 身体能力的には俺が有利、剣の技量はライムが有利。

 俺は本物・・の魔法の類が全部封印されている代わりに、ライムも聖剣と聖剣技が使えない。


 結果、身体能力任せにやや押しているものの押しきれずに拮抗した。

 俺とライムの踊るような殺陣が繰り広げられ、空中回廊に剣戟の音が鳴り響き、刃と刃がせめぎ合い火花が舞い散る。



 炎に包まれる巨城をバックに、空中回廊で文字通りの真剣勝負とかロマン溢れるじゃないか。



 空中回廊から見える地上、城の周囲での帝国軍と魔国軍との戦いも終結が近い。

 魔国軍は若い情熱で良く戦線を支えているが、やはりベテランプレイヤーの数が多い帝国軍が押しているな。


 状況が動いたのは剣同士の激突が50回目を越えたあたりだった。



「暗黒騎士よ、そこまでだ。剣を引いて欲しい」

 空中回廊の向こうから一人の人影が出てきて声をかけると、ライムは素早く下がって距離を取る。

 暗黒騎士ライムに命令できるという事は、ゲーム世界の魔王様の登場か。まさにクライマックスだな。


「いいの?」

 あれだけ打ち合ったというのに、刃こぼれすらしていない真紅の大剣を油断なく構えながらも、魔王様を守るように立つライム。


「うん、悔しいけど僕らの負けだ。

 今はまだ抵抗できているけど、この状況は長く保たないよ」

 優しげな口調で話す魔王様は随分若い……というか子供だな。


 魔王の身を飾るのは、黒色の軍服のような服装に金の飾りがついた黒いマント。

 民間軍事企業魔王軍うちの指揮官服に似ているな。いい趣味だ。

 負け戦の指導者という立場に緊張しながらも、その緊張に負けまいとする少年。

 一応戦闘にも使えそうな指揮杖を構えて俺の方へと向けてくる。


「勇者よ、最後に僕と戦って欲しい。

 多くの人達の代表として、魔王として王座に座ったまま敗北を迎えるなんてしたくない。

 僕は悪役だけど、最後まで見た人が憧れるような悪役をやりとおしたい…!」

 実に俺好みの、悪役としての矜持を語る魔王。

 そのあどけなさが残る容姿は可愛らしく、保護欲をそそられる顔立ちをしている。

 ライムを後ろに控えさせ、指揮杖を構える頭の上には、獣系アドラム人特有の耳、綺麗な毛並みの犬耳がピンと立っていた。


「………アイル?」

「…えっ、おとうさん?」

 緊迫した空気が一気に弛緩していく。

 勇者だったライムに国を裏切らせ、ゲーム世界に名を響かせた魔王はアイル(むすこ)だった。


 悪役に憧れていたのは知っていたが、大人達が真剣に遊ぶようなゲームの中で魔王として凛々しく振る舞う程になっていたのか。

 

「ああ、そうか。確かに俺だからこそ勝てない―――いや、戦えない」

 思わず持っていた白銀の長剣を取り落としてしまい、空中回廊の石畳に落ちた愛剣が耳障りな音を立てて転がる。


「だから言ったのに。イグサだからこそ勝てないって」

 ライムの言葉の意味が良くわかった。

 悪に憧れる魔王を、悪役として俺の背中を追いかけるように頑張るアイルを傷つけるなんて、ゲームの中だとしてもしたくない。


「え……えっと、どうしよう。おとうさんは今勇者だし、僕と戦う……?」

 ああうん、無理だ。もう我慢できない。

 近づいて行ってアイルを強く抱きしめる。


「アイルと戦うなんて出来る訳ないだろう……

 ああ、全てを裏切ろうと戦友達せったいさきと敵対する事になろうとも、俺がお前を守ってやる…!」



 こうして帝国の勇者も暗黒騎士へと堕ちた。



―――



>数日後・某ゲームニュースサイトの解説コーナー


『優勢だった帝国軍ですが、帝国勇者の裏切りによる精鋭部隊の喪失により敗退したようですね』


『そうですね。精鋭部隊と勇者、その両方を一度に失う事が無ければ帝国の勝利は間違いなかった事でしょう』


『帝国と魔国の戦いは勇者の誘導によるものだと言う噂ですが、まさかすべて仕組まれていたのでしょうか?』


『その可能性は高いです。ここで問題になってくるのは、一体どの時点で魔王が勇者を取り込んだかという所です。帝国の勇者の活動は魔王のそれよりも古いですからね』


現実リアルの権力や財力が動いた―――そんな話もあるようですが?』


『可能性は否定できません。ともあれ、2人の元勇者―――暗黒騎士を配下に加えた魔王の今後の動向は目を離せませんね』


『解説ありがとうございました、では次のコーナーですが―――』



―――



>後日・ワイバーンブリッジにて


「イグサ様、びっくりな展開だったけど意外な位に評判が良いのですよぅ。あんなドラマチックかつ激動のイベントに参加できたのは初めてだって」


「評判が良くてももう勇者の戦友コースで接待は出来ないだろう?」


「暗黒騎士の配下に参加したいって、元皇国プレイヤー側からもオファーが来ているのです」


「……酔狂な連中が多いな。適当にスケジュール組んでおいてくれ」


「そういえば、ライムさんはどうして元に戻ったんです?ネットゲーム中毒にしては卒業が早いのですよぅ?」


「アイルにスケジュール管理されてるらしい。ログイン時間が長すぎると怒られると嘆いていた」


「珍しい卒業方法なのですよぅ………」



―――



>さらに後日・ワイバーンブリッジ当直体制中


『おや、アルテはん。通販でっか?』


「はい。いつものサイトに先の祭の新作が上がったのであります」


『この時期はお互い物入りですわなぁ』


「私達は部隊めいどたいの中で回し読みができるから、これでも負担は少ない方でありますよ」


『羨ましい話ですわ……おおぅ、これは』


「春祭りの流行、『エンド・オブ・ヴァルハラ・クロニクル』の魔王×暗黒騎士モノでありますよ。

 部下に「とうとう禁断の果実に手を出したのでありますね」と言われてしまったのであります」


『魔王様には秘密にしとかないといけませんなぁ……』


「流石にこれがバレたら切腹モノでありますよ……」




前へ次へ目次