62話:魔王、歓待の宴に奔走する(前編)
2話同時投稿です。話数にご注意下さい。
子供の頃には大人の世界は不合理で不思議な事ばかりに見えた。
だが―――大人の世界には、大人になってても不可解に思えるものは割と多い。
例えば元の世界には接待ゴルフという風習があった。
一度は考えた事が無いだろうか?中年や老人にまでなった大人達がボールを棒で叩く遊びをして楽しいのか?と。
娯楽が少ない時代なら十分に楽しめたかもしれないが、娯楽が他にも沢山あるのに何故ゴルフばかりなんだ?と。
一度理解してみれば簡単な事だった。確かにゴルフを嗜むヤツの中には純粋にゴルフが好きなヤツもいるだろう。
だが、好きでもないがやっている大人も多いんだ。
ゴルフだけじゃない。麻雀や釣りなど「大人の趣味」に含まれるものの中には、好きでもないが嗜んでいる連中は結構多い。
何で好きでもない事をやっているかって?
大半は話のきっかけ、同じ趣味を元に話しのネタにする為にやっているんだ。
接待する道具としても使っているな。
サブカルチャーやゲームだって同じジャンル、同じ作品が好きなヤツ同士なら話も進むし盛り上がるだろう?それと同じことをゴルフや麻雀を使ってやっているんだ。
ご苦労な事だよな。
さて、そんな虚しい大人の世界の事を語ったのには理由がある。
いい大人が共同の話題を持つ為に、何かの趣味が奨励されているのはSF世界になっても同じという話をしたいんだ。
―――
一面に広がる 太陽の光を浴びて新緑色に染まる草原。
草原の彼方に見える地平線の果てには、深く鮮やかな色を湛える青空が広がっている。
自然溢れる光景だが、そにには無粋なものが混じっていた。
錆止めの鈍い鉄色の鎧をまとった人が立ち並び、手には油で磨かれた槍や抜身の剣。
銃が生まれる前の、古い時代の戦装束を纏った兵士達は、所属を声高く叫ぶ代わりに色鮮やかな布で染められ、紋章が刺繍された旗の元に集まり俺へ敵意を向けていた。
鉄色の城壁にすら見える幾百もの完全武装の敵兵士達に対して、俺の後ろに控える味方の集団は僅か20人にも満たない。
俺の両手にあるのは魔力の欠片も含まれていない、鍛えられた鋼で出来ただけの2本の剣。同じ剣が腰の後ろに4本、足に4本予備があり、マントの裏地に短剣を8本仕込んであるものの、大軍の前では気休め程度でしかない。
このまま戦うのは無謀や蛮勇の範疇だろう。
ああ、無謀だろうな―――普通なら。
だが、この世界において俺は普通を大きく逸脱している。
敵兵から向けられる、敵意と侮りが混じった数多の視線が心地良いにも程がある。
思わず笑みが漏れてしまうな。
ああ―――何と楽しいのだろうか。
魔王にとって敵意や殺意の視線なんてご馳走のようなものだろう?
海賊連中は欲望と損得で動く連中が多いし、まっすぐな敵意とか貴重なんだよ…!
「総員ー!槍構えぇ!」
敵陣の方から指揮官の号令が響き、兵士が立てて手に持っていた槍が俺達の方へと一斉に向けられる。
「貴公らに尋ねる!所属は何処か、味方ならば早々に立場を明らかにし、敵ならば潔く己の名乗りを上げるがいい!」
槍の穂先で出来た鉄色の林の中から、やや飾り気のある鎧をまとった敵指揮官が出てきて大きな声をかけてくる。
「応じよう、旗を掲げろ!」
片手を上げて、背を任せる味方に声をかける。
「応ともよ!」
俺の号令に快活に答える声、壮年の男性ならではの威厳と落ち着ちを含んだ返事が返ってきた。
その声は自分達の所属を周囲に示せる誇らしさと、これから起きる出来事に対して期待と喜色に満ちたものだ。
特別製の巨大な槍が掲げられ、槍についた旗が風を孕んでばさりと広がった。
同時に敵陣から悲鳴のような警戒に満ちた声が上がる。
「旗を確認、旗の色は黒地。帝国軍です!識別紋章は『金色の炎を纏う紅の交差剣』き、金色の炎!?」
「金色の炎旗?帝国の魔人じゃないか!?」
おや、俺の事を知っているのか?敵陣で声が上がっているな。
昔ならば旗を視認した瞬間に所属を表示するウィンドウが開いていたという。
だが、無粋であるという声に押されて表示は消え、今では紋章からどの所属かを判別する、紋章官という役割が新しく生まれたらしい。
その仕様に多くの顧客達は満足しているという話だ。
「怯むなぁ!敵は少数、この数で押し込めば余裕だ。臆病風にひかれて皇国軍の名を穢すでない!」
いや相手の顔が直接見る事ができる戦場というのも、たまには良いな。
敵兵のうち7割が怯えている中、指揮官が必死に味方を鼓舞する声すら聞こえるんだ。
その指揮官すら、怯えを押し殺しているのが声音から分かるというのは、まさに新鮮としか言いようがない。
実に―――味わい深い。
「帝国軍・特務第二遊撃隊、隊長イグサ。俺に出会った不運を幾らでも嘆いてくれ」
高らかに名乗り、にい…と口元を歪ませ笑みを浮かべる。
そして思い切り一歩前に踏み出した。
ズバァン!と足元で地面が爆発したような音と共に前に向かって加速、周囲の風景が溶けるような勢いで後方に流れる。
反応もできなかった敵指揮官の首を跳ね飛ばし、ついでとばかりに周囲にいた敵兵を適当に、両手に持った剣で切り刻む。
俺がつけている軽装鎧の上に被った黒いマントが、動かなくなった敵兵士達の断面から吹き上がる鮮烈な赤色の液体に濡れていった。
「さて、次は誰が来る?」
血飛沫がまだ周囲に舞っている中、笑みを浮かべたまま俺が一歩踏み出すと、敵の兵士達が陣形ごと後ずさる。
「や、やっぱり帝国の魔人だ。数が多い位じゃどうしようも…」
「隊長は強化調整体だって話だったのに、あんなザマかよ……いやだ死にたくない、俺は逃げ………っぐぁぁぁぁ!」
それはフリか?と尋ねたくなる位にベタなフラグを立てたヤツがいたので、思わず剣を投擲して地面に縫い止めてしまった。
剣で体を地面に縫い止められた男の所に行って、ゆっくりと時間をかけて、傷口をえぐるように剣を引き抜くと、心地よい絶叫が周囲に響き、敵兵の顔色がますます悪くなっていく。
こんな美味しいシチュエーションは久々だと口元を緩ませながら、上に挙げた手を振り下ろし、味方へ合図する。
「蹂躙の時間だ、たっぷりと楽しめ」
その後の展開はあまりに一方的。
怯えたウサギの群れと化して逃げ惑い混乱する敵兵士達を、猟犬となった味方の兵士達が狩り立てるだけだった。
―――
「勇者様、素晴らしい戦いでしたな。圧倒的な戦力差をものともしないとは」
戦闘が終わった頃、声をかけてきたのは壮年のテラ(地球)系アドラム人の男性。
たくましさよりも、温和さを感じさせる容貌。ロマンスグレーの温和な老紳士というイメージに近いだろうか。
先ほど旗をついた槍を掲げていた男性で、他の兵士達よりも優美な外見かつ質の良い鎧に身を包んでいる。
「“帝国最強”の称号は伊達ではありませんな?」
老紳士がお茶目な仕草でウィンクをくれる。その仕草が嫌味にも嫌らしくも感じさせない貫禄の持ち主だ。
「ダイクス、勇者扱いは止めて貰えるかな?」
俺は勇者の正反対な存在だから、勇者と呼ばれると違和感しかない。
「共に戦場に立ったのは今回が初めてだが、一度でも同じ戰場に立ったんだ。戦友としてイグサと呼んで欲しい」
「素晴らしい、素晴らしいぞイグサ君!君は実に良く分かっている、ここまでして貰えるとは!いや失敬、つい地が出た。ごほん……旗持ちの一兵卒にすぎない自分にそこまで言ってくれるとは。戦友として敬意と共にイグサ殿と呼ばせて頂こう」
思わずハイテンションになったダイクスだが、赤面して咳払いをして落ち着いて自分のキャラを取り戻していた。
俺は演技なんてしないで、割と素で振舞っているんだが、友軍からは“自信に満ちたワイルド系勇者”とか不思議な評判がついている。
さて、もう少しファンタジーなロマンに浸っていたかったんだが、もうそろそろ良いよな?
SF世界ではゴルフや釣りといった大人の趣味は衰退していたが、代替品は存在した。
ダイクスという名の壮年の男性は魔王軍が良く取引する、アドラム帝国内の新古・中古船部品を扱う大企業「カーマイン・シップパーツ・トレーディング」の社長なんだ。
俺の前に広がっている草原や青空、浴びている返り血はプログラムが生み出している仮想のもの。
俗に言うVRMMO(仮想現実・大規模多人数参加型オンライン)RPGの仮想世界だ。
俺が生まれ育った地球で、ゴルフや釣りといった歴史の古い遊びが大人の趣味として大衆化していたように、アドラム帝国や周辺国ではVRMMOという歴史の古いゲームが大人の趣味として広まっていた。
俺からすればVRMMOなんて近未来的な感覚の代物だが、近未来を通り過ぎた未来世界からすると懐古趣味になるらしい。
時の流れは残酷かつ面白いよな。
VRMMOが未来世界で大人の趣味と大衆化している理由もあるんだ。
ゴルフという古代のスポーツを楽しむ上流階級の人間も居るには居るんだが、酔狂な趣味とみなされて、同じ趣味の仲間が少ない。
実際に人工のステーションでゴルフをやろうと思ったら割と容積の大きなステーションに土壌を入れて、潤沢に水資源を使い芝生や木を栽培するとか、膨大な金額がかかる上にスポーツとしては地味だからな。
21世紀に当てはめて見ると蹴鞠文化の保存をしているようなものだろうか。
その点ネットゲームなら、広域ネットワークへの接続環境があれば、特定の場所に集まらなくてもできるし、かかる費用も通信費用とサーバーを稼働させるエネルギー代、たまにゲームを動かすハードウェアの更新費用程度と実に経済的だ。
まあ、ネットゲーム用の機材を高性能なものにする、通信環境を速度が早い上に安定している高級回線にするとか、道具に金をかける事が出来る所は変わらないけどな。
という訳で、SF世界にも様々な趣味やゲームがあるが、ファンタジーや中世題材のVRMMORPGというジャンルは「歴史の古い伝統と格式のある遊び」と認識されている。
特に「現実の肉体能力を再現した、プレイヤーの体と精神の両方のスキルを要求する現実感の強いタイトル」が良い趣味と言われ。
ゲーム中でスキルやステータスを上昇させる事ができ、現実の本人とはかけ離れた超人になれるゲームは子供向けである、なんて風潮まであった。
現代で言えばスポーツ選手のような存在、ゲームの中で活躍するために遺伝子や身体能力の調整を受けて、ゲームの中で活躍する事に特化した職種や生き方も受け入れられているんだよな。
プロゲーマーが進歩していくと、社会的に認められていくらしい。
趣味の世界だとゲーム世界に大きな影響のある国家間の戦争や、ギルド間の抗争に参加するのが名誉だと言われているし、あまり腕の良くない現実の権力や財力を持っている人間を、ゲームの内外から注目される舞台に連れて行く行為、俗に言う接待プレイが企業間の交渉でかなり有効なんだ。
ここで忘れがちだが、俺やライムは実際に超人じみた身体能力を持っているというのが生きてくる。
本来の自分以上になれないゲームの中は、本物の魔法が制限されるものの魔王としての身体能力は活用し放題なんだ。
『民間軍事企業・魔王軍』や『総合商社・魔王軍兵站課』は大企業の範囲に片足がかかった規模まで成長しているものの、やっぱり他の企業との付き合いは大切だ。
そこで接待プレイをするのにSF世界のVRMMORPGに手を出したんだが、どうせゲームなのだからと、自重を投げ捨てて魔王的に大人げなく活躍してみたら、ゲームの中で勇者と呼ばれるようになっていた。
魔王らしく振る舞えば振る舞うほど勇者としての名声が上がっていくんだ。
ゲームの世界とはいえ理不尽だよな。
接待する企業の社長や重役達には「高名な勇者と一緒に冒険したり戦場に立つ事ができる」と俺が主催する接待プレイは大人気なのが救いだろうか。
―――
「イグサ様、この前の“劣勢な戦況の中、敵の大将を狙った強襲部隊”は大好評だったのですよぅ。
カーマイン・シップパーツ・トレーディングの社長や、アドラム帝国第二艦隊の参謀長なんて大喜びで、是非また一緒に遊んで欲しいと次のオファーまで来てるのです」
リゼルを助手にした接待プレイは当初想定していた以上に好評で、あちこちに図太いコネを作ることが出来ていた。
接待プレイでコネ作りは順調に行っていた。
……順調だったんだけどな。深刻な問題も生まれてしまったんだ。
最初は身体能力や技術的にライムを助手にしていたんだが、ある事情でライムが助手を続けられなくなってしまった。
「……ライムは今日も自室か?」
「ですよぅ……一応食事を届けてるし、担当のメイドさんの話ではちゃんと食事をしてるから健康面での心配無いみたいだけど、そろそろ一ヶ月近いのですよ」
「そうか。ワイバーン、ライムに通信を繋げて貰えるか?」
『了解ですわ。ちぃと調整が難しいけど何とかしてみます』
ワイバーンの返事の後、僅かなノイズ音がして音声限定通信が繋がったと表示が出る。
『…どうしたの、イグサ?』
「ライム、事務仕事が溜まってきているんだが、そろそろ片付けないか?」
『イグサに任せる。今は大事な時期だからちょっと手が離せない』
音声通信の後ろで「勇者様、お願いします!」と緊迫した声が聞こえてくる。
『呼ばれたから行ってくる。イグサ、後はよろしくね』
プツン、と切断音と共に通信終了の表示が浮かぶ。
「リゼル、あっちの情報は把握できるか?」
「えーっと……あ、今ニュースサイトに最新情報が上がっったのです」
手元に浮かべた空間投影式のウィンドウを手慣れた手つきで操作していくリゼル。
「『皇国は先日のアップデートで境界線と街道が開放された魔国との戦争状態に突入、皇国認定の勇者ライムと魔国代表・魔王との決戦は近いとみられる』……だそうですよぅ」
「………どうしたものか」
とあるイベントで別行動中に、ゲーム内の隣国・皇国で勇者の称号を得たライムなんだが「勇者様」と呼ばれるのが相当ツボだったようで、当初の目的だった接待プレイの範囲を超えてしまった。
この一ヶ月ばかり食事以外の時間は大体ゲーム内に入っているという、廃ゲーマーになってしまったんだ。
勇者の体ならその程度で不健康になる事も無いだろうし、皇国でプレイしている国や企業の要人も多いので、ライムが経理の仕事をするよりも利益にはなっているんだが……いや会社的には、ライムにそのまま廃プレイして貰った方が利益は出るし、コネが増えて良いんだけどな。
二週間前に『ヴァルナ』ステーションに寄港した際「ライムお母さんはどうしたの?」と子供達に聞かれて返答に困った俺がいる。
仕事の都合でゲームさせたら、そのまま廃ゲーマーになってしまいましたと、正直に子供達に伝えるのは、流石に魔王でも躊躇するものがあった。
寄港する間だけでも仮想空間から出てこないか?と説得してみたんだが、逆に「あっちに私の助けを必要としている仲間が待ってるの…!」とライムに泣かれてしまって、引き止められなかったしな……
「なぁ、リゼル、ワイバーン。こういう時どうしたら良いか知らないか?」
と言う訳で現在途方に暮れている。後一週間もすればまた補給のために『ヴァルナ』ステーションに寄港するし、その時にライムが仮想世界の住人のままだったら、今度こそ誤魔化せそうにない。
『ゲームとはいえ、現実の利益に反映される商業活動ですからなぁ……いっそ古典的に仕事と自分どっちが大事なんだと、聞いてみてはどないですか?』
ワイバーンの意見は参考にならないのが良くわかった。
その発言を口にして上手く行った例を俺は知らないぞ。
俺が魔王と呼ばれたり、理想的な悪事をした時に感じる満足感や充実感を思えば、ライムが勇者様扱いされて仲間や戦友に頼りにされるか、助けたい相手に勇者として手を差し伸べられるのがどれ程嬉しいか、簡単に想像できるだけに止め辛いんだよな。
―――そう、悪のロマンさえ満たしていれば割と満足な俺と違って、ライムは人助けこそ出来るものの、勇者としての活動させてやれないからな。
SF世界に勇者が活動できる場は限られているけどな。
「“人生一度はネットゲームにハマるものだ、麻疹みたいなもの”って古いことわざがあるのですよぅ。まだライムさんが済ませてなかったのは意外でした」
ネットワークと密接に生きるSF世界の住人は、人生に一度位ネットゲームにハマってしまう時期があるのは、良くある通過儀礼らしい。
……中二病のようなものだろうか?
『アドラム帝国だと、学校に通ってる子供のうちに済ませる事が多いみたいですわ。大人になってから思い返すと黒歴史になる事も多いみたいです』
やっぱり21世紀の中二病ポジションか。
「私も似たような経験がありますし、時間が解決してくれますよぅ」
リゼルやミーゼは経験があるらしく、随分と楽観的なんだよな。
引きこもりになった勇者を魔王が心配するとか、コメディですらそう無いシチュエーションじゃないか?
「子供達にどう伝えるか、リゼルに任せても良いか?」
「えっ?いや…その、えっと……ママにお願いすれば上手く誤魔化してくれますよぅ!」
露骨に視線を逸らして冷や汗を流すリゼル。
流石に上手い言い訳が思いつかず、リゼル母に丸投げする気らしい。
「まぁ……休暇らしい休暇も今までなかったし、今までの休暇をまとめて取ってると思えば良いか」
ライムの力が必要になる程の、派手な祭り(ドンパチ)も今の所は予定に無いしな。
ため息一つついて、艦長用の人員管理アプリを呼び出す。
「有休でいいか…随分と溜まっているしな」
ワイバーン乗組員のリストが並んでいる仮想ウィンドウを操作して、ライムの欄を就業中から有休へ切り替えた。
―――
>数日後・銀河標準時間 01:00
「………ん?なんだ」
ワイバーン船内の自室で寝ていたら、原始的な電子音にしてある呼び出し音が繰り返し鳴っていた。
夜中だろうと多少徹夜続けた後だろうと、ファンタジー体質になってからは生命力(HP)が十分に残っていれば寝起きが良い。かなり便利だよな。
呼び出していたのは当直についていたワイバーンか。
艦内に緊急警報が出てない所を見ると、緊急事態の類では無さそうだ。
「どうした、ワイバーン?」
呼び出しを続けていた投影ウィンドウを指先で叩いて通話中にする。
すぐに画像が切り替わり、相変わらずの凛々しさが感じられない中年顔のワイバーンが映るが……夜中に好んで見たい顔じゃないよな。
せめて女性オペレーターの誰かだったら心も和むだろうに。
『へい、お休みの所呼び立てて申し訳ありません。
ちぃと気になるニュースを拾ったもんで、連絡させて頂いたんですわ』
ワイバーンの顔と入れ替わるように投影ウィンドウに映ったのは、コランダム通商連合の通信情報系企業が運営している、ゲームのニュースサイトだった。
「なに、見出しは……『エンド・オブ・ヴァルハラ・クロニクル』において、大陸東部における戦争が集結、魔国が勝利し皇国は国土の7割を失った。なお皇国の歴史的な敗北の原因は決戦時に皇国の勇者ライムが突如謀反、魔国の代表者、自称「魔王」の配下になった事件だと思われる、か」
接待プレイに使ってるネットゲームのニュースだな。
「………うん?」
ライム(ゆうしゃ)が戦友や国を裏切り、魔王の配下になって、それが原因で国が傾いた?
「…………ううん?」
ライムが引きこもりになるレベルで夢中になっていた、仮想世界の勇者の立場を捨てて自称魔王についた?
おかしいな、まだ夢を見ているんだろうか。
何度か目を擦って、ついでに目覚まし用のアイスティーを飲んでから見ても同じだった。
一体何があったんだ?