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61話:道化師、理想を求める旅に出る

魔王様の過去回です。




 幸福とは何だろうか?たまにはそんな哲学的な事を考えても良いんじゃないだろうか。




 幸福の定義は人によって千差万別。食欲・性欲・睡眠欲といった本能的な欲求を満たす事から、競技で好成績を残す事であったり、あるいはカルチャー、サブカルチャーに時間を費やす事であったりする。


 そして俺は「幸福とは何か?」と聞かれれば「己の思うまま自由に生きる事だ」と答えるだろう。

 人間や魔王のさがも関係なく、善行だろうと悪行だろうと「こうしたい」と思った衝動を現実にするのは実に面白い。


 ただ一つ勘違いしないで欲しい。自由に生きると言っても目的と理想の為なら不自由や規律にだって甘んじる忍耐は大切だ。

 多少のやり辛さが我慢できず、目的をないがしろにして「俺は自由だ」と叫ぶのは本末転倒も良いところだ。

 己の理想に忠実であれ、その為なら手段を選ぶな、そして可能な限り優雅であれというのは、俺が子供の頃に見た特撮モノのテレビ番組に出てきた悪の秘密結社の総帥に学んだ事だ。


 そして今まさに夢を一つ叶えて幸福感に包まれていた。



「所属不明輸送艦『カルビン4』及び『カルビン6』に通達します。

 こちらは海賊ギルド所属・戦闘艦『屠竜ドラゴンスローター』、ただちに主機を止めて停船して下さい。さもなくば攻撃及び撃沈の準備があります」

 ユニアの物騒な内容の割には丁寧かつ流麗な通信が送られると、メインウィンドウに表示されていた2隻の輸送艦が推進器から放出する光を増して加速を開始した。


「輸送艦搭載砲からの攻撃を確認、推定フリゲート搭載副砲クラスレーザー砲4門。

 シールドへの被害極めて軽微であります」

 逃走を開始した輸送船から申し訳程度についているレーザー砲の射撃が飛んでくるが、無駄な位に強力なシールドの表面で乱反射して小さな花火を散らして消えていく。


「増速、接近して近距離用レーザー砲でシールドと武装を剥がせ。機関部は小破以上にするなよ」


「はいマスター、ターゲットマルチロック、近接レーザー砲群制御開始します」


 逃げ出した輸送艦をはるかに凌ぐ速度で追いつき、近距離・迎撃用のレーザー砲塔群から様々な色のレーザー光が瞬き、一瞬で輸送艦のシールドが飽和して消失、輸送艦の砲塔が白熱爆散し、推進器付近で小さな小爆発がおきてがくりと速度を落とす。


「ターゲットα、βのシールド消失、レーザー砲塔の破壊終了、船体へのダメージは極めて軽微なのですよぅ」


「アルテ、船首をターゲットα進路上へ固定、突入ポッド射出準備。ルーニア、突入部隊のヴァネッサに連絡、“仁義を通せ”と伝えてくれ」


「軸線合わせ、突入ポッド射出体勢に移行であります」


「社長、突入部隊へ通達終わりました。非武装非抵抗かたぎには手を出さないとの事です」


「突入ポッドを射出開始」

 艦首から砲弾のような形状をすいた突入ポッドが射出されて輸送艦『カルビン4』へ突き刺さり、通信機越しにヴァネッサと直属の陸戦隊の雄叫びが聞こてくる。


「ターゲットβに接近して速度同調、接舷準備」


「相対速度合わせ。固定用ワイヤーアンカー射出であります」

 接近したもう1隻の輸送艦へワイヤーアンカーが幾本も撃ち込まれ、ワイヤーが巻き取られて行くと小さな衝撃の後、徐々に接近していく。


「着陸脚展開……固定確認。接舷完了しました」


「揚陸ハッチ開放、突入部隊乗り込み開始。ライム、無茶はするなよ」


『ん』

 通信越しに短い返事が入り、すぐに銃弾が飛び交い剣戟の音に消えていく。


「実際には俺が乗り込みたい所だが、こうして全体の指揮をするのも悪くない」

 艦長席に体重を預け、足を組んで突入部隊の様子をカメラ越しに確認する。


 『ヴァルナ』ステーションのある「船の墓場星系」から離れた無法宇宙航路『獣道』で船体の外観やビーコンを偽装したワイバーンで“海賊ギルドに加入したての新人海賊”として海賊デビューを果たしていた。


 いや一度自分でやってみたかったんだ、仁義を守り浪漫を大切にする宇宙海賊って。


 もちろん、まっとうな企業としての「魔王軍」をないがしろにする訳にもいかない。

 獣道を通過する輸送艦えものの中でも襲うのは、勢力が拡大し続けている海賊ギルドに通行料を払ってない上、所属を明らかにするビーコンを停止させて国家や企業所属と主張してないものを選んでいる。


 国が艦隊を護衛につけて運送している密輸品とか危険な兵器とかを奪うのは、誇り高い宇宙海賊的な悪の浪漫があるんだが、国と争うにはまだ「魔王軍」の組織が小さいし、何より正規軍と戦っても旨味が少なく利益が出ないんだ。

 浪漫と利益を共存させるのはSF世界では実に難しい。


 なのでこう、司法機関に追われないギリギリのグレーゾーンで海賊をやってみたんだが。


『こちら突入1班ヴァネッサ。親分、こっちの積み荷は海賊ギルドでもご禁制の麻薬だぜ。ちぃと考えたくない分量が積まれてやがる』


『同じく突入2班ライム。こっちの積み荷も麻薬みたい。船倉いっぱいに積まれてるけど、これどうする?』


 まぁ、ただでさえ無法地帯の『獣道』で船舶ビーコンを消した上で海賊ギルドからも隠れて動くような輸送艦の積み荷がまともな訳がない。

 海賊業をやれたという浪漫は満たしたものの、結果が麻薬の摘発とかもやっとするにも程がある!


「……こちらイグサ、船舶ビーコンを稼働させておいてくれ。工兵は機関部の修理を頼む。

 あー……ユニア、海賊ギルドの支部に連絡、輸送艦ごと積み荷を引き取って貰ってくれ。この位置なら販売先は情報局に仲介を頼んでアドラム帝国にしておこう」


「はい社長、早速手配します」


 SF世界でも麻薬は違法薬物ではあるが、規制をしている国に売ってもICカネになる。

 ただ取り締まるだけでは闇から闇に流れてしまうので、司法関係の所にまっとうなルートで持ち込めば、裏稼業の連中が末端で売る価格より割安になるが引き取って貰えるんだ。

 法律の規制や人の善性に頼らず、違法な品も司法関係の所に持ち込めば安全に換金してくれるというドライだが効率の良い取り締まり方法は好感が持てるな。

 特にアドラム帝国はAIの反乱戦争以来「人の力」に重点を置いた社会システムになっているので、麻薬関係の取り締まりが厳しく、違法薬物の引き取り金額も高値をつけている。


「おにーさん、売上予想出たけどこんなものです」

 海賊ギルドの支部と交渉をしていたミーゼが輸送艦と積み荷の引き渡し金額の見積もり額を出してくれた。そこそこ美味しくはあるんだが……今ひとつぱっとしない。

 密輸船を探すのに使った労力や時間も考えると、拿捕すれば海賊船に加えて賞金まで手に入る海賊退治の方が儲かりそうな位だった。


「……微妙だな」


「微妙なのです」


「……海賊ギルドの本部に顔を出して帰るか」


「賢明な判断なのです」



 初めての海賊仕事は少し寂しい終わりになったが、浪漫を一つ叶えられた事には非常に満足していた。

 そもそも今回の海賊体験は「浪漫溢れる宇宙海賊を一度やってみたい」という俺の希望を叶える為のものだ。

 気恥ずかしいので口には出さないが、俺の我侭を叶える為に奔走してくれた仲間と社員達に心から感謝を捧げたい。


 そして―――この世界に召喚されてから10年も経っていないというのに、思えば遠くまで来たものだと『人間』だった頃を懐かしく思い出していた。



―――



 人間だった頃の自分を一言で例えるなら「道化師」が一番似合うんじゃないかな。


 笑顔の化粧で本物の感情かおを塗りつぶし、ひょうきんに観客を笑わせる偶像アバター


 実際、家族を含めた多くの人に「善良な変人」だと思わせていた。

 とは言え最初から道化師だった訳じゃない。

 子供の頃はそれなりに自分に素直だったし、色々と失敗した事だってある。

 道化師の仮面を捨てて、悪に憧れる自分を偽りなく出せたのは、魔王になってからの話だ。



 この世界は様々な矛盾を抱えながらも自由を歌っている。

 しかし普通からかけ離れた異端には生き辛く、それを排除する機構はうんざりする程に優秀だ。

 病気、障害などのレッテルを貼り付けて素早く正常な世界から外される。

 だが―――異端である自覚があるなら、それを隠して“普通”に生きるのはそう難しい事ではない。

 まだ幼なかった真田維草さなだ いぐさが年齢相不相応に達観し悟った事だった。



 いや、俺の事ながら随分達観してみせた嫌な子供だったな。



 幼い頃は大体兄と一緒に行動していた。

 兄と双子のように外見似ているという事はなかったな。むしろ外見こそ兄弟?と不思議に思われる位に違っていた。

 父に似て背が高く体格も良く凛々しい印象を与える兄だったが、俺は母の優しげな容姿を受け継ぎ、体も細く線も弱かった。

 外見だけ見れば真逆とも言える兄弟だったが、中身―――邪悪な心のありようが非常に似通っていたんだ。家族みうちという事を差し引いても気持ち悪い位に仲が良かった。


 幼い頃は良く兄と一緒に悪いことをしていたな。


「にいさん、これ隣のおばさんの不倫の証拠写真」


「ならおじさんが帰ってくる頃に玄関に落としておこう。きっと面白いものが見れる」


 隣人の夫妻に恨みを抱いていた訳じゃないんだ。

 俺と同い年だった一人娘は同じ幼稚園に通っていて親しくしていたし、その縁もあって俺や兄に対しても非常に良くしてくれた、実に良い隣人だ。


 ああ、今から思えば悪いことをした。まだ自分を抑える事を知らなかった俺の餌食にしてしまったからな。

 問題があったのは俺や兄を隣人として持ってしまった事だろう。


 美しいものをみれば汚したくなる。友情を踏みにじり、愛を与えてくれた相手に絶望を与え返す事こそ喜びとする。邪悪と表現するのがぴったりの歪な精神は俺と兄の最大の共通項だった。


 俺と兄の“悪戯”が成功してから隣の家からは喧嘩の声が毎日のように漏れ、親しくしている女の子の泣き声が良く聞こえるようになった。

 数ヶ月で離婚する事になったらしく、母方の祖母の家に預けられる事になった幼なじみの少女が引っ越しをする別れの日「仲良くなったのにお別れしたくない」と泣いて抱きついてきた少女を抱きとめながら、笑みを浮かべないように苦労していたのを覚えている。



 今思い出しても気恥ずかしいな。あの頃は自分達が特別なんだと無邪気に喜んでいた。

 早すぎた中二病だろうか?幸いな事にそれが冷えるのも早かった。



 俺と兄はその2人だけの秘密を抱える事で満足していたし、他の子供とはあまりに違う精神の有り様から自分達を“特別”だと思っていい気にもなっていた。

 いい気になっていれたのは一歳年下の妹が育ち、自分の意思をはっきりと示すようなるまでだった。


「いぐにーちゃん、抱っこして」


「これでいいの?」


「うん、あったかい。ぎゅーってしてくれると嬉しいの」


 同じ父、同じ母から生まれた妹はあまりにも“普通”だった。

 美しいものを綺麗と憧れ、幼いながらも友人と愛情を育み、家族に無邪気な愛情を振りまいているその姿を見て、兄と俺は気がついた。

 自分達は特別な何かではなく、ただ周囲から絶望的にまで隔絶してしまった突然変異、この世界に生きる人達に受け入れられる事のない孤独な異端なのだと。


「兄さん、自分達の事を隠した方がいいと思う」


「そうだな、お互い上手く隠そう。俺は外に探しに行くがお前はどうする?」


「僕は妹の面倒を見るよ。良い教材になるし」


 自分達の孤独を自覚してから、生活は一変した。


 兄は「自分達は何故異質なのか、どうしてこんな気質に生まれたのか」という答えを求め、本を読みあさり、近所の道場に通って精神修練をするなど、自分達が邪悪な気質を持っている意味を探すようになり。


 俺は異端である事をより上手く隠す為に妹を模倣して、偽りの笑みを浮かべる道化師の仮面を手に入れた。



 運命に出会った日の事は今でも鮮明に思い出せる。

 あれは俺がもうすぐ小学生になるという頃、妹に誘われて休日の朝の子供向け番組を見た時の事だ。



 子供向け番組はありきたりなヒーローものだったが、故郷を失い地球では長く生きられない部下達の為に、悪事を繰り返す悪の天才科学者が様々な悪事を同時に行い、ヒーロー達を手球に取ろうとするという内容だ。


 だが、どんなにヒーロー達にやられても部下達の為と悪事を重ねていく悪の天才科学者の姿に感銘を受け―――そして今までの自分を猛烈に恥じていた。


 俺にとって“悪い事”は呼吸をする位に自然かつ身近なものだった。

 それに引き換えあの科学者はどうだ?確かな理想があり、悪事だと分かっていてもなお自分の意思で悪に手を染め、悪だと糾弾されてもそれが自分なのだと高笑いすらしていた。


「……格好良い」


「どうしたの、いぐにーちゃん?」


「うん、テレビに出てる人が格好良かったから」


「そうだね、ヒーローさん頑張れ!」


 そう、かつて自分達が“特別”だと喜び、次いで異端だと隠していたものは、ただ心の奥底から本能的にこみ上げる衝動、腹を空かせた赤ん坊が泣いているのと同じではないかと愕然として。

 理想や美学で悪を行い、その姿に誇りすら抱いている悪役に憧れた。



 あの日から“美学や理想のある悪”が俺の憧れになったんだよな。

 憧れに追いつこうと色々やったものだ。



 悪の組織を作ろうと表向きは地元の子供会の形をとった組織を作った事もある。

 あの時は裏の目的を上手く隠しすぎて、本当にただの地元の交流会になってしまったな。

 子供達に暴力を教えようと自衛団風の活動をしたら、秩序や正義に目覚めてしまった子供達のおかげで地元の治安が良くなったのは皮肉なものだった。


 優しく丁寧な生徒会長になって、裏では不良達に様々な悪事をさせようとした事もある。

 あの時は俺の“ちょっとした悪事”の提案にドン引きして更生しようとする不良達を引き止めるのに苦労したし、事情を知らないでその様子を見ていた妹が「兄が男同士の行き過ぎた友情をしている!」とボーイズでラブな道に開眼してしまった上に、その後に長く引きずる誤解をしてしまったんだよな。


 失敗したほろ苦い記憶が実に多い。

 うん、まぁ、天性の邪悪だろうと悪事が得意とは限らないという良い見本だろう。


 “美学のある悪”をどこまでも真面目に考えて、実際に試している日々の最中にあの誘いがやってきた。

 大学の帰り道、自宅へと歩いている時空中に半透明なウィンドウが開いたんだ。


『あなたは魔王の適性があります。どうか異世界の魔王として降臨して下さい』


 悪役の象徴とも言える魔王になってくれというのは、俺にとってはどんな甘美な口説き文句よりも魅力的な提案だった。


 魔王の適正というのは俺の邪悪な性根の事だろうか?

 一瞬そんな事も考えたが、どうでも良くなった。


 魔王になれるというなら全てを捨ててなってやろうじゃないか!

 期待に心を高鳴らせて『→はい』というウィンドウの選択肢を押し込んで異世界に召喚されたんだ。



―――



「まぁ、想像していた魔王生活とは随分違う事になったけどな」


 兄は高校を卒業した後「人間の本性を見てくる」と国外の傭兵部隊に就職してしまったが元気にしているだろうか?

 こっちに来る前には西欧系列の民間軍事企業から地元のゲリラに転職したと絵葉書が届いていたな。


 両親は大丈夫だろう、善良な人達だがどこかリゼルを彷彿させる図太さがある。

 多少心配なのはブラコン気味だった妹だな。


「イグサ様どうしました?見たことない顔してますよ」

 懐かしさに浸っているとリゼルが顔を出した。


「ああ、ちょっと昔の事を思い出していてな」


「……他にも被害者がいるんですか?早めに慰謝料払っておいた方が良いですよぅ」


「待とうかリゼル、何故そこで被害者という単語がするっと出てくる」


「だってイグサ様ですよ?」

 違うんですか?と心底不思議そうな顔をしてくれるな。まだまだ躾が足りないらしい。


「まあ被害者は出たが……いやここ納得する所じゃないからな?」

 リゼルよ『やっぱり』と、したり顔で頷かないで貰いたい。


「なら聞かせて下さいよぅ、イグサ様の昔話」


「分かった。言っておくがそんなに面白い話じゃないぞ?

 とある道化師が理想を求める旅に出た、ただそれだけの話だ―――」

 大して面白くもない昔話をリゼルに聞かせる事にした。















 ちなみに昔話を聴き終わったリゼルは開口一番こう感想を述べてくれた。


「やっぱりあちこちで被害者が出てるのですよぅ……」



日常編がもう少し続いた後、人物紹介を挟んで新章へ入る予定であります。

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