58話:魔王、遠き蒼い星へ想いを馳せる
SF的な説明回+αです。
時には言葉が無くても思いが通じ合う、そんな場合もあると思わないか?
「……………」
俺は風一つない静かな湖畔の水面のような心境でアルテを見つめていた。
「…………」
表情を変える事が少ないアルテは珍しく取り乱し、怯えたようにも見える瞳には最初に違うと激しい否定を浮かべていた。
「……………」
ゆっくりと首を横に振ってから、ひたとアルテの瞳を見つめ『いいんだ、本当の事を教えてくれと』と仕草で伝える。
「…………」
動揺を顕わにし、迷子の子供のように落ち着きなく瞳を泳がしていたアルテが俺の仕草を見て『本当にいいの?』と救いを求めながらも、差し出された手を取るのを怖がるような瞳を向けた。
「……………」
いいんだ、お前は救われても……と微笑んで頷く。
「…………」
安堵と喜びの涙を一筋零したアルテが感極まって抱きついてきた。
その抱擁に普段の凛々しさの影はなく、小さな女の子が親へ向けるような無防備さと信頼に満ちたものに溢れていた。
さて、無言のやりとりの後に抱擁されて少し役得な俺だが、ワイバーンの通路で俺とアルテが抱き合い、足元には「女性成人向け」的な書籍が散らばっているという、混沌に満ちた状況を何とかしようと思う。
何故こんな状況になったか説明をしないといけないな。
―――
PFカルテルの騒ぎや、その後のワイバーンの改装でどたばたと忙しい日々が続いていたが、大きな騒動も徐々に収まっていき、最近は随分と身の回りが静かになっていた。
『民間軍事企業・魔王軍』第1艦隊のワイバーン以外の艦は交互に補修や休息をしながら地方のステーションを占拠した海賊退治など細かい仕事を別途に受け、高速巡洋艦セリカの艦長を艦隊司令代行として予備人員の熟練度を上げている。
メインクルーは随分とファンタジー的なレベルも上がり仕事にも慣れて来たが、業務拡大の為に新艦隊を作ろうとしている今、実戦経験のある予備人員はいくらいても足りないんだ。
船員の大半が魔獣達で構成されている第2艦隊も、主にSF的な生活になれていない新人の魔獣達へ教育と訓練をしながら仕事しているが、第2艦隊には魔獣王直系の―――確かひ孫辺りだったと思うが、艦隊司令がいるので大雑把な指示を出しておけば勝手に動いてくれるのでこちらも手がかからない。
そんな最中、ワイバーンと船員と俺達は通常業務を休んでアドラム帝国の中央星系に近い観光・商業ステーション、古代ヴェネチアをモチーフにした水の都がテーマの『アクア・ロンド15』にやってきていた。
PFカルテルとの決戦、反乱軍が支配した惑星からの『オベリスク』奪還作戦など、危険が無闇に高い任務が続いたせいで、ワイバーン乗員へ危険手当をしっかり払ったら、他の艦の船員との賃金格差が大きくなりすぎたのが『魔王軍』の総務で問題視されたんだ。
ここ半年の危険手当という名の臨時ボーナスだけで、他の艦の船員の年俸5年分を軽く超えてしまったからな。
ならボーナスの支払い額を下げればいいじゃないかと言われそうだが、働いた分はしっかりと報酬を渡すのが『魔王軍』の方針だ。
そこで急遽、ワイバーンの船員達を船ごと慰安旅行に連れて行く事にしたんだ。
慰安旅行中は有給扱い、物価や宿泊費が高い観光ステーションだがステーションに停泊するワイバーンの船室や設備を使えば滞在費や食事は無料、勿論自腹で好きなホテルに泊まるもよしという好待遇だ。
回数こそ多いものの、1回辺りの危険手当自体は他の民間軍事企業と同じ位、給料に至っては薄給も良い所なのに頑張ってくれるんだ、この位はしてやらないとな。
道に中古部品が積み上げられ細い路地が繋がった下町風の景色が続く『ヴァルナ』ステーションと比べればまさに別世界といえる『アクア・ロンド15』の風景を見て大喜びしている社員達を見るとつれてきたかいがある。
プライドばかり高い上級悪魔やら、戦力にはなるが粗暴で頭が回らない魔獣やらを従えるファンタジーな魔王は部下の慰労とかどうしているんだろうな?
扱いが面倒で考えるだけで気疲れしそうだ。
宇宙空間に浮ぶステーションである事を忘れてしまいそうな、石造りの古風な建物が立ち並び、石の通路と水路が複雑に入り組み、さほど大きくはないが『海洋エリア』まである風光明媚な光景は勿論。
娯楽や趣味・ファッションなど生活に直接関係ない贅沢品を扱うショッピングモールも充実している『アクア・ロンド15』で船員達は溜め込んだ危険手当やボーナスが詰まった財布を握り締め、歓声を上げて遊びに繰り出して行った。
『民間軍事企業・魔王軍』と『総合商社魔王軍・兵站部』が本拠地にした結果、急速な発展し続けている『ヴァルナ』ステーションも、かつての斜陽具合が嘘のような再開発が進んでいるものの、嗜好品や趣味道具など贅沢品を取り扱うような店はそう多く無いんだよな。
俺はといえば、折角の旅行だから早速自由を満喫している―――といえばそうでもない。
まずはライム、リゼル、ミーゼ、アルテ、ユニア、ルーニア達と1人1日ずつ個別にデートをしていた。
愛情は一方的に感受するだけでは成り立たない。
既に子供もいる気の知れた仲でも小まめな行動が大事なんだ。
………なんて格好良い事を言いたいが、正直に言えば到着初日に意気揚々と出かけようとした時に捕まって「お願い」されて断りきれなかったんだよな。
身内に甘い事を身上としている魔王の辛い所だ。
決して両手をリゼルとユニアに抱かれて幸せな感触に思考が鈍くなった所へ、ライムとミーゼの上目遣いで見られて抵抗する心が挫け、とどめとばかりに普段自己主張が少ないアルテとルーニアが「お願い」してくるという、見事な連携に懐柔された訳じゃない。
大事な所だからしっかり覚えておいてくれ。
初日にそんな状況に陥った俺を見捨て、観光ステーションの裏の目玉でもある、巨大歓楽街に鼻歌混じりに繰り出していった裏切り者2人、リョウとヴァネッサが恨めしかった。
ファンタジー世界の住人な俺から見ればリザードマンにしか見えないヴァネッサだが、コランダム通商連合に多くアドラム帝国にも少数派ながらいる水棲種族の価値観を地球人に照らし合わせると「30過ぎの渋くニヒルなイケてるちょい悪オヤジ」らしい。
まあ、その価値観は水棲種族独特のものなので、シャチ風の顔をした女性?やエラがついた魚顔の女性…?らに囲まれているのを羨む気にはならなかったが。
余談だが、スカウトしたヴァネッサはワイバーン所属の予備パイロット兼陸戦隊指揮官になっている。
ヴァネッサとその部下達の能力は白兵戦だけでもリビングアーマーに匹敵する上に、戦闘艦内やステーション内部、居住可能惑星環境限定ながら、戦車から人型装甲服、小型火器の扱いから爆薬を扱った破壊工作まで出来る精鋭だったんだ。
ヴァネッサはワイバーンの陸戦隊指揮官として、部下達はワイバーンの艦内保安要員と『ヴァルナ』ステーションの魔王軍施設で教導隊として働いて貰っている。
元民間人が多い魔王軍では珍しい軍人出身な上に有能、そしてリビングアーマーを束ねる上位種のファントムアーマー達が大好きな軍隊ノリができるヴァネッサは、ファントムアーマー達に「隊長殿」と呼ばれて早速懐かれている。
―――
『アクア・ロンド15』で賑やかな慰安旅行を楽しんでいた、ある日の事だ。
前に聞いた、太陽系ごと鎖国しているという地球の事が気になったんだよな。
俺やライムが生きていた時代から1000年以上経過しているし、魔法やステータス表示がある辺り同じ世界かどうかすら怪しいが、つい気になってしまう。
色々な星やステーションを巡り、様々な文化や習慣を目にすると自分の故郷というものを嫌でも意識させられるのもあるんだが―――
アルテが熟練の潜入工作員のような足取りで―――実際に特殊部隊出身だから本職なんだが―――ワイバーンの通路を歩いていたのを見つけたんだ。
つい悪戯心を出して魔法まで使い気配を消して肩をぽんと叩いて「どうした?」と声をかけてみたら「ひぅあ!」と悲鳴を上げ、ばさばさばさー!と抱えた荷物を取り落としたんだ。
アルテの手の中から滑り落ち、ワイバーンの通路一杯に広がったのは今時珍しい紙や樹脂の媒体を使った書籍だった。
ただし、表紙やタイトルから見ると、特定のジャンル―――男同士の行き過ぎた友情を描いた作品、所謂ボーイズラブ的な代物に偏っていた。
「そ、そのでありますね。小官はたまたま荷物を持ち歩いていただけであり、決してこれらが全て所有物であるという訳ではないのであります!」
アルテは親にえろい本が見つかったお年頃の子供か!と思わずツッコミそうになる、とてもベタな反応をしてくれた。
書籍には値札のラベルがついていたので、このステーションで買い込んだ来たんだろうな。
「………」
反応に困ってつい黙ってしまうのは仕方ないと思わないか?
足音に広がってる書籍の表紙はどこか俺に似た顔や年代のキャラが描かれたものが多数混ざっているからなおさらだ。
俺がこの手の出来事に慣れていたのが幸いした。
………人間だった頃に色々あったからな。
アルテと冒頭にやった無言のやり取りをして、こういう趣味をしていても良いんだとアルテを受け入れ、また一つ絆が深まった事を確かめた後の事だ。
ワイバーンの通路へ散らばった本を拾うのを手伝っていると、ある事に気がついた。
本の裏表紙にある出版社の9割が「地球極東出版」と、アドラム語と英語と日本語の3重表記になっていたんだ。
SF世界なのに何を作ってくれているんだよ、地球。
そしてまだ日本語と英語は現役なのか。
―――初めて目にした地球産の品が、よりにもよって業の深そうな趣味の本だったりするとなおさら地球の事が気になるのは仕方ないだろう?
「……なぁ、アルテ。この手の娯楽物は地球産が多いのか?」
「はっ。この手の文化的なものは帝国でも少量生産されていますが、聖地…中心地は地球であります」
アルテ、決してボーイズでラブな作品に興味を持ったわけじゃないから、期待の瞳で本を広げて見せてくれなくて良いんだ。
そしてアルテ、今なんか聖地とか言わなかったか。
SF的な世界で太陽系が鎖国しているとかだと、大抵超テクノロジーを独占したりとか、宇宙人との混血を嫌ってだとか、その手のお約束な事情が絡んでいると思っていたが何か事情が違うらしい。
「アルテ、地球の事を詳しく教えてくれないか?」
「やはりイグサ様も同好の士でありましたか…!」
アルテの食いつき方が半端じゃない。思わず腰が引けそうになったぞ。
そしてやはりってなんだ。
アルテに俺はどう見られているか問い詰めたいんだが、答えを聞くのが怖い。
「や、決してその手の趣味の事ではなくて、純粋に地球が鎖国した事情とか歴史的なものを教えて欲しいんだ」
「………了解しました。通路ではなんですので小官の部屋でご説明するであります」
真顔に戻り敬礼して答えるアルテ。
若干寂しそうにしているのは悪いと思うが、ちらちらと期待の瞳で俺を見ても新しい趣味には目覚めないからな……!
―――
ワイバーン館内にあるアルテの自室は俺やライムと同じ士官用の部屋を割り当ててある。
船体が大きくないのでそう広くない―――せいぜいシティホテルのシングルルーム程度の部屋だが、無駄なスペースを極力省きたい戦闘艦で個室というのは贅沢なんだよな。
アルテらしいといえばいいのか、ベッドや収納棚など実用的な家具が最低限置いてある質実剛健な内装だ。
アルテにはぬいぐるみの収集癖とかあるのをミーゼから聞いて知っているので、どこに隠れているのか気になる所だ。
「では地球の歴史について、不肖アルテが解説させて頂くであります」
壁一杯に投影画像を出して、アルテの説明が始まった。
アルテの説明は理解のしやすさに重点をおいたもので、久々に学生気分に戻った気持ちで2時間程度の講義を楽しめた。
このSF世界の地球の歴史を簡単に説明するとこうなる。
22世紀後半に現在のワープドライブの原型になる超光速移動手段が発明され、同時に接触してきた複数の異星人と初交流が行われた。
以降は『第2の大航海時代』と呼ばれる開拓時代が始まり、貪欲なまでの開拓欲を発揮した地球人は宇宙の広い範囲に広がっていく事になる。
人間勢力は一つの政府にまとまっていたものの、お約束のように地球集権体制への反発、各開拓惑星の分離独立を経て、現在のように太陽系内を一つの国家とした「地球連邦」へと形を変えて行った。
政府の形が変わる最中も地球人による宇宙開拓と移民は広がって行ったが、人口の拡散による文化の停滞または後退と懐古主義が蔓延していく事になる。
この国も今こそ代議制、いわゆる民主主義に近い政治体制になっているが『アドラム帝国』という名前の通り、建国当初は皇帝の血統継承による専制国家、その上帝国主義を掲げた封建制だったというから、舞台がSFなだけで文化レベルや人々の意識は中世ファンタジーな世界に近かったのだろう。
アドラム帝国が建国される前後の事だ、地球連邦の代表が辺境の地球系宇宙国家群を訪問した際。
巨大な農耕ステーションにわざと野生の兎と狐を放ち、馬に乗ってフォックスハンティングを楽しむという、古い貴族趣味に浸った他国の要人達を見て、文化の後退に心底恐怖したという。
翌年、文化の保護と発展を掲げた鎖国政策が、文化の衰退を憂いていた国民に圧倒的な支持を受けて成立したらしい。
それ以来太陽系にある地球連邦は「文化保護」を国是とし、太陽系外縁部にある交易ステーションを使った交易と、僅かな観光客の受け入れと留学生枠を残して鎖国を続けている。
このSF世界でたびたび目にする、21世紀の感覚でいう「サブカルチャー」的なものの大半は8割が地球産か、地球のライセンス生産製品だというから驚きだ。
鎖国を続けられている理由も聞けば納得だ。
地球の「文化的な品」は大衆的なものもあるが、評価の高いものは基本的に高級品扱い、現代で言う所のアンティークな品物のように珍重されている。
作品のライセンス生産権を入手するだけで、相等な利益を手にする事ができる。
地球は生産権の一部を宇宙国家群に売り、その対価として資金以外にも軍事分野も含めて最先端技術を「輸入」している。
各国の最先端技術を入手し、贅沢に技術を投入して作られる地球の艦船は他の国より1,2世代性能が優れていると言われているという。
地球製の戦闘艦や輸送艦は性能が良いので人気もあるんだが、アドラム帝国や近隣国では見かけない大きな理由があった。
地球の工業製品は宇宙の広域で使われている共通規格を使わず独自規格を採用している為に、精密部品から消耗品に至るまで互換性がない。
応急修理以上の修理や修繕をするには太陽系にある専用のドックへ持って行くしかないなど不便な面もあり、太陽系と近隣の星系位でしか見かける事は無いようだ。
また外交的にも地球は特別視されているという。
長年に渡り様々な文化を宇宙に発信してきた地球は様々な文化の「聖地」として扱われている。
……まあ、ここでいう聖地というのは現代でいう宗教的なものではなく、オタク文化的な意味での聖地だ。多くは語らないが察して欲しい。
もし地球に侵攻する国や団体があったとしたら各国の最先端技術の結晶じみた高性能艦隊が出てくる上に「聖地守護」を掲げた周囲の国から袋叩きに合うので、軍事的・外交的に不干渉地帯になっている。
むしろ地球が鎖国をやめて積極的に外交を始めると影響が大きすぎるので、SF世界の国々も地球には鎖国していてくれた方が都合が良いようだ。
こんな内容の講義をアルテから受けて、地球を懐かしむ気持ちが薄れて行くのは仕方ないよな。
ライムには黙っておいた方が良いだろうか。夢を壊す事はないよな…
ちなみに俺が住んでいた「ニホンのトーキョー」は古き良き文化が根付いた「聖地」を数多く抱えている有名な古都になり、地球を訪れる観光客に人気だそうだ。
―――
「今日は助かった。ありがとうな、アルテ………どうした?」
講義が終わり、望郷の思いが薄れた所でアルテに礼を言い、立ち上がろうとした所でアルテが服の裾を掴んでいるのに気がついた。
アルテがこんな態度を取る時はどういう要件か想像は付くんだが、あえて聞き返す。
これは意地悪ではない、趣味だ!
「その…イグサ様、今日はもう夕方も近いですし……その、ゆっくりされてはどうでありましょうか」
照れて服の裾を掴む手に力が入っているのがポイント高いな。
無意識でやっているなら大したものだ。
「違うだろう、アルティリア?」
アルテの頭からヘルメットより耐久性が高いという頭飾りを外してやりながら、本名で聞き返す。
『アルテ』という愛称と独特の口調で、特殊部隊の戦闘員や、メイド隊の隊長として自己暗示をしているんだよな。
本名で呼ばれたアルテはピクリと小さく肩を震わせ、まとっていた凛々しい空気が柔らかいものへ変わっていく。
「はい。イグサ様、今日はずっと一緒に居たいです………甘えていいでしょうか」
本物のお嬢様よりもお嬢様風のアルテの口調に胸が熱くなる。
軍人としての仮面を外すと歳よりも若干幼い女の子になるとかポイント高いと思わないか。
普段凛々しいだけにギャップが良い…!
「勿論だ。たまには素直に甘えてくれると嬉しいな」
本性を見せたアルテの姿に小躍りしたい内心を隠して答える。
色々声を大きくして主張したいが、そんな事をしたらこの甘い空気が台無しだから我慢だ、俺……!
「ありがとうございます。甘えすぎてしまわないか心配です」
ソファーに一緒に座ると肩に頭を乗せてそっと体を寄せてきた。
夕方にリョウとヴァネッサと歓楽街に行く事になっていたが、後で行けなくなったと連絡を入れておこう。
結局、その日はアルテを甘やかして過ごす事になった。
たまにはゆっくりと甘い時間を楽しむのも良いだろう?