55話:魔王、太古の遺産を奪取する
3話同時投降です。話数にご注意下さい。
『衛星軌道到達まで残り121秒、投下位置修正なし、作戦開始まで残り9分』
『隠蔽装置稼働中、センサー類はバッシブのみ作動中であります』
『おにーさん、強度上げた透明魔法を展開したまま維持するの辛いのです…』
『艦首突入ポッド改修・射出装置最終チェック完了』
『全パイロット搭乗確認。戦術情報リンク構築開始』
有線の通信回路から流れてくる強襲揚陸艦ワイバーンのオペレーター達の会話を聞きながら、投影画像越しに青い惑星を見ていた。
ジャンプゲートネットワークがまだ構築されていない、帝国西部辺境地域にある『ストーンヘンジ』が設置されている惑星『アクエリア190-A』は惑星の8割を覆う海面が太陽光を反射して青く輝いて見えている。
辺境惑星にしては人口も多いらしいが、軌道上からは青い海と緑豊かな大陸といったテラフォームされた地球型惑星特有の美しさに思わず目が惹かれてしまう。
惑星を美しく愛おしく感じるのは、世界を征服したがる魔王の性なのだろうか。
「マスター、ユニア様から指示がきました。リアクターを休止状態から通常起動出力へ上昇させます」
「分かった。指示内容を実行、処理はディータに任せる」
「はいマスター、ローゼンガルデン2号機『シュバルツ』リアクター出力上昇、メインシステム起動します」
俺は魔法技術を惜しみなく投入した大型人型戦闘機「ローゼンガルデン」ライム専用の1号機に続いて建造した、2号機のコックピットにいた。
時期的にはライム専用の1号機『グリューン』と同時期に完成していたんだが、ワイバーン格納庫の容量の関係でセリカの格納庫にしまってあったんだ。
元々偵察機程度の搭載しか考えられてなかったワイバーンの格納庫だと、容量を拡張してもライム用の『グリューン』1機積んだら、後はドローンゴーストを乗せる程度で限界なんだよな。
俺が乗る『シュバルツ』は主砲を半分下ろしたスペースに設置された臨時格納庫に入っている。
近距離/白兵戦装備が充実している『グリューン』と違い、『シュバルツ』は近~遠距離用の射撃装備が多く搭載された上、魔王による魔法行使を十分行う為に二人乗りになっている。
機鋼少女のディータがサブパイロット席に収まっているが、人型戦闘機に男女二人乗りという浪漫を満たした上で実用的というのは素晴らしい。
……本音を言えば、サブパイロット席は精神感応制御のみにして素肌面積の広い服を着せたライムや機鋼少女を乗せたかったんだが、流石に実用性が悪くなり過ぎて没になった。
『アクエリア190-A』にある『ストーンヘンジの制圧・奪取』はなかなか危険度が高い作戦になっている。
穏健派とはいえ反乱軍が制圧しているのをアドラム帝国が許しているのは『ストーンヘンジ』を物量にものをいわせる正攻法で制圧するのは、あまりにも被害が大きくなりすぎて損益計算が合わないからだ。
まだジャンプゲートが設置されてないので、交通の便が非常に悪い―――辺境用の高速移動艦やワープドライブ搭載艦隊でないと攻められないのも大きいけどな。
そこで『魔王軍』がとれる作戦は正攻法からかけ離れたものになる。
今の所『魔王軍』で唯一のワープドライブ搭載艦、ワイバーン単艦で移動。
透明化魔法を使ってこっそり衛星軌道上まで接近。
搭載機『グリューン』と『シュバルツ』、それと突入ポッドの代わりに前部のポッド発射管に乗せた6機の量産型人型戦闘機『シュヴェルトイェーガー・マギウス』で降下。
人型戦闘機の軌道降下部隊で『ストーンヘンジ』に併設された制御施設を破壊。
『ストーンヘンジ』の動作停止後、透明化魔法を解いたワイバーンが惑星上へ降下、人型戦闘機で船倉へ解体した『ストーンヘンジ』を乗せて離脱。
うん、ぱっと見ただけなら格好良いかもしれない。
けど手順の一つ一つで失敗したら作戦が破綻する位に余裕がない上に、やっている事は重機を使った強盗と大差無いんだよな。
まぁ、アドラム帝国艦隊が攻めあぐねている所を強襲揚陸艦一隻で何とかしようとするんだから、この位の無茶が必要なんだ。
それに―――人型戦闘機で無茶な作戦というのは浪漫だろう?
―――
『減速中、対地相対速度まもなく0へ』
『座標確認、ストーンヘンジ近海上空約2000km』
『下部格納庫、臨時格納庫防護扉解放します』
ぎぎぃ…と振動と音を伴って格納庫の扉が開いていく。
「ディータ、操縦はこっちに貰う。補助を頼むぞ」
「はいマスター。リアクターを戦闘出力へ上昇、異相周波シールドを95%出力へ、アーマードウィングスラスターを巡航モードで展開」
『作戦開始まで後4,3,2…』
『作戦開始、各機発進して下さい』
『艦首射出機稼動、シュヴェルトイェーガー・マギウス随時射出』
『電磁カタパルト展開完了、ローゼンガルデン1号機『グリューン』発艦お願いします』
『ローゼンガルデン2号機『シュバルツ』発艦して下さい。
社長、無茶はほどほどにね?』
「分かってるさ、ルーニア。”ほどほど”にしておく。
『シュバルツ』出る』
ローゼンガルデン2号機『シュバルツ』は機体の各部についた推進器から青い粒子を振りまいて加速、虚空へと飛び出した。
―――
惑星へ降下していくと、投影画像に映し出された青い惑星がどんどんと大きく見えて来るのはなかなか見ごたえがある。
ワイバーンで何度か惑星降下をしているが、艦長席に座って投影ウィンドウを見ているのと、コックピットで実際に操縦桿を握っているのとでは臨場感が大違いだ。
『各機注意を、迎撃部隊が動き出しました。
探査、射撃用レーダー波多数検知しています』
「高エネルギー体が高速で接近中。マスター回避を!」
「各機回避行動、最初のお客さんを歓迎するぞ!」
宇宙浪漫たっぷりの光景に浸っていたかったが、コックピット内に鳴り響くアラートが無粋な客の訪れを知らせ、即座に回避行動に入る。
近くの空間を幾本もの青白いプラズマの光芒が空間を切り裂くようにして通り過ぎていく。
『軌道上の駆逐艦2隻が迎撃行動を開始、戦闘用サテライトらしき迎撃サテライト群も稼動を始めています。予想されるサテライトの稼働率およそ65%』
運悪く突入ポイントの近くに2隻いた駆逐艦がプラズマ砲系の砲撃をばら撒いてくる。
ワイバーンの主砲に比べれば見劣りするとはいえ、人型戦闘機で受けたいものじゃない。
鋭角に軌道を細かく変えて砲撃回避していくが、危険な状況に際して緊張ではなく楽しさで胸が高鳴っていた。
破壊的なエネルギーの奔流を連続で放ってくるのは、型落ちの駆逐艦といえどもSF世界の技術の結晶だ。
そのエネルギー量は魔法使いが杖を振り回して使うような魔法とは文字通り桁違いの破壊力を持っている。
出力の高いシールドジェネレーターを持ち、魔法防御までしてある『シュバルツ』なら直撃した所でシールドが削れる程度だが、防御魔法がなければ魔王を一瞬で消し去れる代物だ。
ファンタジー世界なら死からもっとも縁遠いはずの魔王が、人の手と技術によって死を身近に感じている事に、俺の中にある魔王の部分が歓喜している。
鏡で見るまでもなく、俺の顔は獰猛な笑みを浮かべているだろう。
胸の中に広がる歓喜を言葉にするのは簡単だ。
『良くここまで来た人間共。さあ、もっと私を楽しませてみせろ!』
ベタだといわないで欲しい。魔王としての生理現象なんだ。
魔王という生き物は人間が好きで好きで仕方がないらしい。
「ミサイルと迎撃サテライトはこちらで何とかする。
ライムとイェーガー・マギウス隊は駆逐艦の処理を頼む」
衛星軌道上に浮んだ攻撃サテライトが大量の対戦闘機用小型高機動ミサイルを次々と装填しては射出し、高機動ミサイルでできた弾幕が広がる。
「ディータ、アーマードウィングスラスターを全力射撃モードに変更」
「はいマスター」
『シュバルツ』の追加装甲が蕾を広げる花のように展開し、機体の背後で翼のような形に折りたたまれていく。
「迎撃―――こういう時に名称も技名もないと寂しいものだな」
『シュバルツ』の追加装甲に仕込まれたレーザー砲から収束レーザーが周囲の空間を薙ぎ払うように幾重にも撃ち出され、対戦闘機用の高機動ミサイル群を迎撃・爆発させて行く。
本来のローゼンガルデンには近距離で撃ち出された高機動ミサイル群を正確に狙撃していくほどの迎撃能力はない。
ハード的な能力は十分だが、ソフト的には大雑把に数えても千発以上撃たれたミサイルの4割を迎撃できるかどうかだ。
自動制御嫌いのアドラム帝国で手に入る自動迎撃ソフトはあまり性能は良くないし、他の国も多少の性能向上はあるが、ここまで劇的なものではない。
この迎撃を可能にしているのは簡単な事。
肩に1門ずつ、8枚ついているアーマードウィングスラスターに各1門ついた計10門のレーザー砲を、ありあまる魔王の知力ステータスと精神感応制御のあわせ技で全て手動で制御しているんだ。
情報処理特化の機鋼少女なら同じ事ができると思うが、これは結構キツいな…!
宇宙空間に迎撃されたミサイルが爆発する、様々なエネルギーでできた大輪の花をさかせて行く中、加速してきた『グリューン』とイェーガー・マギウス隊がそれぞれ別の駆逐艦へと向っていく。
「ディータ、肩部のレーザー砲と多相エネルギーライフルの制御を任せる、迎撃サテライトを潰してくれ」
「はいマスター、攻撃開始」
『シュバルツ』が両手に1本ずつエネルギーライフルを構え、肩部のレーザーライフルと共に連続射撃、迎撃されたミサイルの爆発の中を飛んだエネルギー弾とレーザーが迎撃用サテライトを次々と打ち抜き、巨大な爆炎へ変えていく。
その間にも『グリューン』は駆逐艦に肉薄、手に持ったマテリアルブレードを一閃、巨大な棍棒で殴られたような理不尽な破壊力で駆逐艦がくの字に折れ曲がり沈黙。
もう一隻の駆逐艦も6個のイェーガー・マギウス隊が射撃しながら接近、脚部に増設したミサイルポッドを至近距離で命中させ、危なげなく沈めていた。
ライムの方は非常識だけに深く考えない方がいいとして、イェーガー・マギウス隊も流石に精鋭を集めただけはあるな。
「こちら『シュバルツ』迎撃部隊の撃退撃退は終わった。ワイバーンは予定通り隠蔽状態のまま低軌道へ接近してくれ」
『おにーさん、なんか背中がつったみたいな感じが、感じが!
ぴきって来てるんです』
「ミーゼしか頼れないんだ。頑張ってくれ」
流石の魔王の杖補正か、俺の次に高度な透明化魔法を展開できるのが魔法少女化したミーゼなんだよな。
『うく、くくうー…わ、わかったけど、帰りは毎晩一緒に寝てくれるのを要求するのです!』
「分かった。ミーゼの言う通りにしよう」
『本当ですか、約束したのですよ!頑張るのです!』
気炎を上げて透明化魔法の維持に集中していくミーゼだが、気がついているんだろうか。
ジャンプゲートがない星系だから来るには多少時間がかかったが、帰りはジャンプゲートのある星系が目的地なんだから、ジャンプドライブが使えるんだ。
……いつものうっかりで気がついていないんだろうな。
この微妙なチョロさもミーゼの魅力だな。うん。