53話:魔王、幹部の心を垣間見る
人間、ふと冷静になる事ってあるよな?
このSF世界に来て俺自身も予想もしてなかったが、複数の美しい女性達と親しくなって子供達まで生まれてきた。
ライム、リゼル、ミーゼ、アルテ、ユニア、ルーニア。彼女達から受ける信頼と愛情は疑っていない。
疑う事も失礼になりそうな真摯かつ若干ヤンデレ化の心配すらしている恋心から、人間らしい打算が混じった情愛まで様々だけどな。
そんな中でミーゼだけ、俺と親しくなる理由が乏しかったなと―――そう気が付いたんだ。
「……考えてみると不思議だな」
魔王軍の中でも、ミーゼはライムに次いで俺の近くにいる時間が長い。
ワイバーンのブリッジにいる際は大体膝の上に乗っているし、最近では普通に―――大事な事だから二度言うが、普通に枕を持って一緒に寝たいとやってくる添い寝イベントの発生率も高い。
そんな親しい仲からだからこそ、本格的に親しくなる理由が何だったのだろうと今更ながら気になったんだ。
気が付いた切っ掛けはあまり碌でもない事だ。
改修作業が続けられているワイバーンのブリッジで、ユニットごと一新されたブリッジの艦長席で、新規に追加されたソフトウェアの設定や、操作周りの調整をしていた時の事だ。
改修作業中はやる事も少なく暇を持て余していたワイバーンが、情報処理用の席を1つ占拠して新作のギャルゲーをやっていたんだ。
「結婚適齢期がやや過ぎかけている大企業の御曹司の主人公となり、財産目当てで迫ってくる女達をあしらったり玩びながら、真の愛情を育めるパートナーを探す」という内容らしい。
SF世界にしては大人しい内容だが、ギャルゲーにしては少々生臭い展開だよな?
『カタリーナちゃんも財産目当てのビッチだったですと…っ!
……うっ、うううっ。この子こそは裏切らないと思ってましたのに』
ワイバーンは実名プレイ派のようで、ワイバーンという名の青年がエンディングで結婚2週間目に事故を装って殺害され、一見清楚そうな印象の女性が財産を受け継いだ翌月に、チャラそうな男と結婚して、満面の笑みでブーケを投げているシーンがエンディングテーマと共に流れていた。
未成年にも販売可能―――現代地球風に言うなら全年齢対応らしいんだが、この作品は青少年の心に深刻なトラウマ(きずあと)を残すんじゃないだろうか。
投影ウィンドウに手をかけてマジ泣きしているワイバーンはの姿は色々な意味で見るに耐えない。
俺以外にもブリッジで作業している船員や作業員がいるんだが、誰も気にかけてない辺りワイバーンの普段の素行を察して欲しい。
成年対応版はこのエンディングの更に後、閨を共にするヒロインとチャラ男の行為を見せられた上で、寝物語に主人公がいかに馬鹿な男だったかヒロインの口から語られるという、全力でプレイヤーの心を折りに来る仕様だという。
2日位前に夜中のブリッジで虚ろな瞳で泣き笑いをしていたワイバーンが全年齢対応版を買いなおしていたしな。
正直あれは怖かった。
『カタリーナちゃん、わいはあきらめません。
今は目が曇っているかもしれないけど、わいが真実の愛を教えます…!』
出てくる選択を選んでその先にあるエンディングを見るのではなく、プレイヤーのヒロインへの接し方で結末が様々に変化する柔軟性があるという辺り、SF世界のギャルゲーらしい。
「なぁワイバーン、あの子は初対面で好意を持った風に接してきたから更正させるには難易度が高いぞ」
『いいんです、カタリーナちゃんに真実の愛を教えられるなら、何度心が折れそうになっ………ぐっ、うぐっ』
ヒロインを思い出して心の傷が開いたのか、目元を手で押さえて再び涙を流し始めるワイバーン。
だが俺は知っているぞ。
各ヒロイン限定2500人までの早期クリアユーザーにはクリアしたヒロインの擬似AIと投影画像書式の身体再現データーが詰まった通称『俺の嫁パック』を貰えるから頑張っているのだと。
そんな馬鹿話をしていた時の事だ。
家族だと思ってる女性達の事が脳裏に浮んだ。
ついでに刹那的に出会っては別れた女性達も思い出したが、そちらはさておいて。
ふと、ミーゼの事が気になったんだよな。
太陽光プラントでの戦闘の帰りに添い寝イベントから不思議な方向へ進んだが、そもそも添い寝イベント起きる程度に好感度が上がったのはいつだろう?と疑問に思ったんだよ。
初めてミーゼに出会ったのは忘れもしない、ワイバーンの乗員を集めるのに『ヴァルナ』ステーションに初めて行った時だ。
一目惚れとかロマンティックな理由じゃなくて、黒服のお兄さん達に狙撃手まで手配したミーゼに抹殺されそうになったのが出会いだったな。
ガチで命を獲りに来ていただけに、忘れようとしても忘れられない強烈な思い出だ。
あっさりと返り討ちにした上で、愛玩動物として欲しかったので使い魔にしたんだよな。
……愛玩動物云々の辺りはミーゼには言わない方がお互いの為だろう。
だが―――と思う。
リゼルやミーゼに施した使い魔契約は、魔法的な面から見れば非常に高度なものの、精神や思考に大きな影響を与えたり、制限を加えるような内容を原型となった契約魔法からかなり削ってある。
何故かといえばリゼルやミーゼに使っている契約魔法を魔王の魔力で使うと少しばかり効果が高すぎる。
ファンタジーの魔王らしくドラゴンや、凶悪な魔獣とかを使い魔に出来る代物になるので、人間または獣人に分類されるアドラム人に使うには過剰すぎるんだ。
そのまま使うと命令に絶対服従するだけの生人形になりかねない。
命令に絶対服従するだけの人形化というのも嫌いじゃないが、制約まみれの無機質な使い魔を作るなら、反抗的な子をあれこれ玩んで、耐え切れなくなった心から情動が失われて、瞳から感情の色が消えてから使い魔化したい。
魔法でお手軽に作ってもありがたみがないよな?
拘りというヤツだな。分かるヤツとは良い友人になれるはずだ。
……まぁ、俺の趣味はこの際おいておくとして。
使い魔契約には「俺に積極的に好意を抱かせる」類の精神操作を除外してあるので、好意を持つ切っ掛けにはならない。
なら、どこで敵意と好意が反転したのだろう?
出合った直後のミーゼとはお世辞にも仲が良くなかった。
仲が良いどころか、うっかり抹殺されそうになる程度に敵意を向けられていた。
一目惚れなどで最初から好感度が高かった訳ではない。
あの当事の『民間軍事企業・魔王軍』は博物館展示クラスの旧型強襲揚陸艦1隻にクラス5戦闘機が2機だけという、吹けば飛んでしまうような弱小企業でしかなかった。
財産目当てという可能性も除外して良いだろう。
共に行動した短い時間の中で恋に落ちたという可能性も無くも無いが、それは楽観的すぎるしな。
色々と類推するには、ミーゼは頭が良い上に計算高い性格をしているので難易度が高い。
だから―――
「なぁ、ミーゼ。ふと疑問に思ったんだが、俺に好意を―――同じベッドで寝ている所の映像を母親に送って既成事実を作る位になったのはどうしてだ?」
理由が分からないとぐじぐじと悩むのは俺のキャラじゃないよな?
という訳で副官席で作業をしていた本人へ直球で聞いてみた。
「おにーさんの能力を見て先行投資で確保しておきたかったのです。
おかーさんがパパに内緒でファイルを送って来る婚約者候補より、おにーさんの方が将来有望そうでした」
クールすぎる回答に惚れてしまいそうだ。
「そのな……ミーゼ。
まだ幼い美少女なんだから、手先が触れただけで赤面するような恋心とか持って良いんじゃないかと思うんだが」
既成事実を捏造されそうになったので、事実にしてみた俺が言うのもなんだが、もっとこう少女時代ってのは恋に生きても良いんじゃないだろうか。
「パパと同じような事を言うのです。
そしておにーさんが言っても説得力ありません」
「…………っ……そ、そうか」
口から漏れそうになる悲鳴を押し殺したが、思わず胸元を押さえてしまう。
リゼル父(特上の親バカ)と同類扱いに心へ鋭い痛みが走る。
「それに将来有望そうな優良物件は数少ないから、早いうちに確保しておかないと先行きが不安なのです。
………リゼルねーさんみたいに」
ここまで夢も希望もない魔法少女も珍しいよな。
その手の事をサボっていたリゼルが就職失敗して汚染惑星に戦闘機で墜落とか、普通だったら人生にエンディングが訪れそうな目に遭っているだけに説得力がある。
いけない、このままの会話の流れだと俺の心の夢見たい部分が傷ついてしまいそうだ。
「しかし最初は敵意を持たれていただろう?
使い魔化の影響もあると思うが、敵意が薄くなったのはいつなんだ?」
「正直に言うと、使い魔にされて同じ船に乗った後も隙があったら始末してしまうつもりでした。
リゼルねーさんが心配だったから、おにーさんが居なくなれば危険が無くなるのです」
大体分かっていたが、改めて言われると怖いものだな。
「始末してしまうつもりだったと、過去形になったのはいつだ?」
「おにーさんの船に乗ってすぐです」
「すぐにか?少々意外だな」
ミーゼならもっと慎重に物事を計りそうなものだが。
「おにーさんが悪さをしないように監視していたのです」
ワイバーンめ、モノにつられて艦内保安用監視網の制御権を渡したな。
致命的な所は自重するが、それ以外は驚く位ピンク色な賄賂に弱いのをいい加減何とかしないといけないか…?
「リゼルが心配で船に乗ったんだ、その位はしても当然だろうな」
だが、家族の為に汚れ仕事をする姿勢は嫌いじゃない。
むしろ好感が持てるな。
「そうしたら、リゼルねーさんがおにーさんの部屋に行って甘えまくって幸せそうにしてました」
あー…リゼルは甘え癖がついてしまったからな。
使い魔への命令権を使ってきっかけを作ったら、それが定着したんだよな……
「その後、興奮したリゼルねーさんがおにーさんを押し倒して襲っていたのです」
「…………何というか、すまないな」
流石にどう反応していいか困る。少々泣きたくなってきたぞ。
………魔王でも泣いても良い所だよな、ここ?
「元々おにーさんと敵対したのだって、リゼルねーさんの為だったのです。
けどリゼルねーさんは辛そうな様子がないどころか、幸せそうにしているから敵対する必要が無くなったのです」
ミーゼは本当に家族思いだな。
配慮のしかたが妹というよりも、母親に近い気がするけどな。
「色々教えてくれて助かった。ありがとうな、ミーゼ」
これ以上詳しく聞くのが辛い。既に心がミシリミシリと軋んだ音を立てている。
「おにーさん」
「うん?……むぐっ!」
肩を落としていたらミーゼに唇を奪われた。
あれ、立場おかしくないか?
「色々あったけど、今はおにーさんが大好きです。
そうじゃなかったら、おにーさんの子供を産もうなんて思いませんでした」
触れ合っていた唇を離して微笑むミーゼの笑みはとても可愛らしく、不覚にも魅入ってしまった。
……雰囲気的にコンソールの下から出るに出られなくなって、もぞもぞと動いているアルテが凄い困った空気を出しているが、今は耐えて貰おう。
―――
>ミーゼ
キス一つで驚いて取り乱している人。
他人には冷酷非道な癖に、身内にはどこまでも優しく不器用な魔王様を見て、私は思わず微笑んでしまった。
この人のおかげでどれだけ私が幸せに、面白い人生を送れているのか、きっと知らないのだろう。
そして、その事をどれだけ私が感謝しているかも。
どうせなら言わないでおいて、10年、20年経ってからネタバレしてやろうと、子供じみた悪戯心さえ湧き上がってくる。
以前の私はこんなに余裕も遊びもある人間ではなかった。
むしろ世の中をつまらないと思って、行動は適切だけど希望や夢もなく適当にただ「うまく」生きていただけ。
倦怠の澱で膿んでいた私を引っ張りあげてくれたのは、行方不明だった姉が連れ帰った魔王様だった。
私は地元の『ヴァルナ』ステーションでは神童として扱われていた。
獣耳を持つアドラム人の間に子供が生まれると、基本的に両親のどちらかと同じ耳や尻尾などの特徴を受け継ぐ。
しかし、稀にかけ離れた種類―――混血を重ねてきた先祖の誰かの特徴を持って生まれてくる子供がいる。
そして両親とは違う特徴の耳を持つ子は身体能力や知性に発想力など、何かに優れている事が多い。
昔は色々な呼び方があったらしいけど、今はルーツギフト(血統の祝福)って単純な名前がついている。
私は猫系の両親の間に生まれたのに、狐系の特徴を持ち他の子より知性が高かった。
けど、それが人生の役に立つかどうかは別の話だ。
宇宙を見渡せば私と同じ程度の秀才はそこまで珍しい存在じゃないし、もっと上の天才だって数多くいる。
祝福のおかげで「私の能力だとこの辺までは行けるけど、このラインは超えられないだろう」と自分の限界がうっすらと見えてしまうのが嫌だった。
やや過剰な位に愛情をもって育ててくれた両親には感謝しているし、妹離れさせるのが大変だった位にずっと傍にいてくれた姉は大好きだ。
家族の愛情に囲まれて育った私は恵まれた環境だったのだろうけど、余分な知性が私から夢や希望をゆっくり削り、笑顔を忘れさせていった。
そんな私の近くで作為もなく天然で、能天気に私の心を支えてくれていたのが姉だった。
だから私の人生は姉の為に使おうと決めていた。
天才達と張り合って生きるには足りない能力でも、何かと心配な姉を助けて生きるのには使えるだろうと。
だけどその決意は意外な形で、そして良い意味で裏切られる事になった。
私の監視の隙間を縫って、悪徳な傭兵部隊に就職して一時期行方不明になっていた姉は、私よりもずっと頼りになる、助けてくれる人を引っ掛けて―――引っ掛けられた魔王様はこの表現を嫌がるだろうけど、私や母にとってはこれ以外に表現しようがない―――帰ってきた。
その人は私よりも姉を守るには適任で、力も十分にあり、そして姉はその人を愛してすらいた。
今度こそやる事が無くなってしまった私だったが、非常識な手でその人は私に使い魔という形で居場所をくれた。
あの時は努めて冷静を装っていたけど、慌てふためく内心を押さえるのに必死だった。
だって、能力も財産も家の権力も関係なく、ただのミーゼとして近くに居て欲しいと言われたのは、両親を除けば姉に次いで2人目だったから。
能力があるから確保したかったとか建前を並べたし、そんな打算がなかったとは言わない。
けど、この人の近くに居たい。
姉の近くで、姉と同じ位、場合によってはそれ以上の愛情を与えて欲しい。
そんな口に出すにも恥ずかしい想いの比率がずっと大きかったのは、姉にすら話した事のない私の秘密だ。
不思議な道具を貰って魔法少女になってみたり、魔王様の子供を産んでみたり。
数年前の私からすれば、まさに想像を絶する生活をしている。
そして私は今の生活が楽しくて仕方が無い。
だから、できるだけそっけない風に装って心からの気持ちを込めて言葉を口にする。
「色々あったけど、今はおにーさんが大好きです」
最初は姉の好きな人を繋ぎとめようとしただけだったけど、今では小さな打算なんてどこかに消えてしまったから。
「そうじゃなかったら、おにーさんの子供を産もうなんて思いませんでした」
貴方のおかげでこんなにも幸せなんだと、なんか悔しいから素直に言ってやらないけど。
随分昔に忘れたはずの笑顔が自然と顔に浮ぶ。
色々と素直じゃない私を、魔王様は抱きしめてくれた。
それだけで幸福感に包まれてしまう私はお手軽な女なのかもしれない。
―――
―――数日後
ワイバーンのブリッジで新しく追加された部分のチェックをしていた時、たまたまミーゼとまた2人きりになった時にとある質問をされた。
「そういえば、おにーさん。
この前聞かれた、好意を持った切っ掛けなんて必要だったのです?
だって、私はおにーさんに騙されて下僕にされちゃった使い魔なのです。
私の意志なんて関係なく、おにーさんに無理矢理でも好意を持ってしまう気がするのです」
ミーゼのような幼い美少女にこのような言い方をされると、犯罪臭い事をしたようにしか聞こえないな。
そんな背徳感すら俺にとってはご褒美のようなものだが!
「ミーゼ、使い魔契約は『命令』には逆らえないが、主に好意を持つように仕向けるとか、精神に働きかけるものじゃないぞ?」
「………えっ?」
素で驚いているミーゼ。
「…………………あー」
ああ、使い魔なんだから好意を持つように仕向けられてる、これは仕方のない事なんだとか、そんな言い訳を自分にしていたのか。
ミーゼは頭は良いんだが、たまにうっかり属性を発動させるな。
才媛なのにどこか抜けている、完璧すぎない所が好感が持てるけどさ。
「なぁ、使い魔になった後も油断があれば始末してしまおうなんて考えていたんだよな?
精神的な拘束が強かったら、そんな事も考えられないぞ」
呼称とかどうでも良い部分は制約魔法の基本設定のままで拘束があったけど、あの後手動で色々と解除したしな。
「……あ、えっ!……うう」
混乱までされていらっしゃる。
「ミーゼが向けてくれている好意はちゃんと受け取っているから安心してくれ」
ぽん、と頭に手を置いて撫でてやる。
こんな時につい追い詰めてしまうのは悪い癖だと思うが直せない。
楽しいからな!
「………ふ、ふわー!」
その後、顔を真っ赤にして噛み付いてくるミーゼを落ち着けさせるのに苦労する事になった。