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52話:魔王、裏組織の長と会合する

51話afterのお片づけ話+αであります。



 アドラム帝国の中央星系と、帝国軍第一艦隊、近衛艦隊を巻き込んだ喜劇の終幕から一週間。

 世間を騒がせたニュースは、未だアドラム帝国内外のニュースサイトで盛り上がりを見せているが、あくまでもその程度。

 大事件だったからと、お祭り騒ぎを続ける必要もなければ儲かる訳でもない。


 一時は戒厳令まで敷かれた中央星系も人々は日常の生活を取り戻したという。

 SF世界の住人達はたまに合理的過ぎて情緒がないと思う時がある。



 「魔王軍」も普段通りの仕事風景にちじょうに戻っていた。


 PFカルテルの参加企業は中央星系での暴挙を咎められ、アドラム帝国から莫大な罰金を要求されて、ほぼ全ての企業が倒産に追い込まれた。

 これによりPFカルテルは事実上は分解したものの、今まで資金や物資援助をされた海賊が急に数を減らす訳でもない。

 魔王軍第1艦隊はリョウを指揮官に高速巡洋艦アリアを旗艦として、ベルタ、セリカを伴い「船の墓場星系」の隣の星系に出現した大物の海賊討伐へ向った。

 魔王軍第2艦隊はいつも通り、ジャンプドライブを活用して「魔王軍・兵站課」の輸送艦隊を海賊の襲撃から守っている。

 アルビオンも「芳醇なる醸造所星系」の警備任務に戻り、アルビオン乗組員達は危険手当を片手に凱旋して行った。

 


 中央星系で無茶させたワイバーンは「ヴァルナ」ステーションのドックに入り、ライムとミーゼの回復魔法で修復していたんだが、おやっさんの「風通し良くなったついでに、あちこち弄りたい」という要望を受け入れた所、修復ついでに魔改造をされている。


 「今度こそワイバーンを準戦艦と正面から喧嘩できる位にするのですよぅ!」


 「「「「応ともよ!」」」」

 おやっさんと趣味仲間達、そしてリゼルが大量の怪しげなジャンク部品と、俺が錬金魔法の練習がてら作ったものの、用途不明どころか性質すら不明な為にお蔵入りしていたファンタジー素材を搬入してドックに篭っている。

 先日の戦闘で戦艦クラスに対して有効な反撃もできず、逃げの一手しかできなかったのが悔しかったらしい。


 俺としても素のワイバーンの火力に若干物足りなさを感じていたので丁度良い。

 魔法で補助すれば強化できるとはいえ、高性能艦なら手間が少なくて助かるし、見た目が旧型で中身が非常識なレベルで高性能な戦闘艦という浪漫が加速するしな。


 手間を減らす為に技術を使い、IC(カネを消費するのはSF世界や現代もそうだが、科学技術が発達した世界では正しい姿だとは思わないか?

 いや、俺が言っても説得力が無いけどさ。



―――



 俺はと言えば―――

 『ヴァルナ』ステーションの裏通りから商店街に面した建物へと移った、民間軍事企業「魔王軍」オフィスで来客を迎えていた。


「やー、やー。このお菓子美味しいね、何て種類?え、ワガシ?シオダイフクモドキ?初耳だね。

 え、イグサ君の手作りなの!?ねぇねぇ、これ毎日作ってくれるなら結婚―――いや、ボクのヒモになっても構わないよ!」

 俺が作った日本茶モドキを片手に、塩大福モドキに大騒ぎしながら食べている少女。

 狐耳に2本の狐尻尾をした獣系アドラム人だ。

 獣系アドラム人は一定の外見で成長が停止するので、少女と表現していいかどうかは微妙な所なんだよな。


 コロコロと変わる表情豊かな可愛い顔に、驚くことに天然ものらしいピンク色のカールがかかった髪に、思わず手で掴んで引っ張りたくなる触覚のような大きなアホ毛をした少女をもてなしていた。

 テンション高いだけの可愛らしい少女だと油断したくない相手だ。

 何せアドラム帝国情報局所属・リリス局長という肩書きがついているのだから。


「ヒモは遠慮する。事実婚とか太古の風習を持ち出されそうで、落ち着けそうにない」


「ちぇー。お見通しかぁ」

 リゼル母と言い、情報局の連中は純真な男を人生の墓場へ送るデストラップが好きなのだろうか。


「中央の方が落ち着いたから状況を教えてくれると聞いていたんだが、先にリリスを落ち着けないと駄目か?

 古い機械のように叩いて治るか?」


「駄目だよ、ボクの灰色の頭脳を叩くなんてとんでもない、というかこんな可愛い美少女を叩くとかどうかしてるよ!

 叩くよりも愛でて、そして愛して、そのまま逃避行だってバッチコイだよ!」


「逃避行は遠慮するが、隙があれば押し倒して良いと言質が取れたのは収穫だな」


「あれー!?凄い曲解されてる気がする!」

 愉快なヤツだよな。

 これで何も含むものもない一般人だったらお近づきになっている所だ。


「さて、中央の方はどうだ?

 何処からどう見ても正当防衛だと思うが、帝国近衛艦隊の船を何隻か沈めているし、損傷程度は数えるのが億劫な位やらかしたからな」


「突然の放置とか酷い、けどそれがイグサ君の手だって知ってるよ!」

 どんな手だ。魔の手を伸ばす方にも選択の自由はあるんだぞ。


「帝国近衛艦隊は良くも悪くもエリートだからね。

 むしろ積極的にあの騒ぎを無かった事にしたがってるみたいだよ。

 イグサ君の所にある近衛艦隊との戦闘記録ログを消して欲しいって情報局うちに工作依頼が来た位だね!」

 確かアドラム帝国近衛艦隊は最新装備にエリートで固めた、常勝無敗なのが売り文句だったよな。

 艦隊中央に出現した強襲揚陸艦一隻を包囲して取り逃がした上に、手痛い被害を受けた記録を無かった事にしたい気持ちは良く判る。

 無かった事にできるなら楽で良いけどな。


 アドラム帝国式の法律はSF世界では一般的な罰則を採用している。

 罪を犯して有罪判決が出たら―――戦闘艦を沈めた場合で例えると、沈めた戦闘艦の評価額、死傷した乗組員、艦内に施設から個人所有のピンク色な画像データディスクまで含めた与えた損害の現状復帰費用と慰謝料、そして帝国法に底触した分だけ罰金が上乗せして請求される。

 非常時とはいえ近衛艦隊は無辜むこの臣民をテロリストに引き渡そうとしたのだから、正当防衛で逆に慰謝料を請求できそうなものだが、裁判の判決にはお約束のように権力と賄賂がモノを言うので、裁判をやるとなると「正等な判決を買い戻す」のに手間的にも財布的にも面倒な事になる。


 魔王が言うのも何だが、反乱を起こして国家転覆を図ったり、海賊牧場のような国にも民衆にも被害を与えるような企みを行っても、金額は莫大になるが罰金を支払えば赦免というシステムは分かり易いが微妙に思える。

 だが、それで上手くSF世界は秩序が保たれているので、現代日本で生まれ育った魔王おれとSF世界の価値観の相違に過ぎないのかもしれない。



「そうか、メインフレームにある戦闘記録は消しておこう」

 ジャンが録った映像は使われると思うけどな。


「いいのかい?助かるよ、イグサ君の戦闘艦に工作員を突入させるとか、困難すぎてどうしようって思っていた所なんだよね」

 交渉で消せるなら安いものと、この会話の流れはリリスの思惑通りなんだろう。

 俺の方にも損はないし、乗せられるけどさ。


「うちも攻撃を受けて随分と被害を受けたんだ。

 慰謝料を出せとは言わないが、修理費用位は出ると助かるんだけどな?」


「ええっ、裁判に持ち込まれるとやっかいだよ?

 それを水に流す機会なんだから欲張ったらいけない、いけないよ。

 これはイグサ君へ友人としてのアドバイスだよ!」

 リリスが友人という言葉にどんなルビを振るか心中を覗いてみたいな。

 手駒・利用するもの・金づるとかその辺りだろうか。


「どうせ近衛艦隊から工作費用をたっぷり頂いているのだろう。

 友人なら臨時収入しあわせを分け合うのは当然だと思わないか」

 俺は別に口にしてないが、臨時収入しあわせを分け合えないならお互い不幸になるとも取れるな。

 いやいや、そんな腹黒い請求はしてないぞ?


「もー、分かった、わーかーりーまーしーた!

 修理費は情報局名義で領収書を作っておいてね、今度の事で税務局との関係は結構良くなったけど、あの人達仕事に関しては冗談も裏取引も通じなくて怖いの、マジ怖いんだよ!?」


「分かった、領収書の類はしっかり揃えておく。

 情報局との友好関係が続いて何よりだ」

 リョウに任せた特別編成艦隊には大した被害が出なかったから、せいぜい強襲揚陸艦一隻分の修理費だと思っているんだろう。

 この機会に消耗部品を全部、新品とは言わないがまともなものに切り替えて、経費がかかりすぎるからと放置していたアルビオンの艦内も綺麗にしてしまうか。

 ああ、ワイバーンの修理という名の魔改造の費用も持って貰おう。


 情報局が近衛艦隊からどの程度工作費用を受け取ったのかは分からないが、請求額が多すぎたら何か言ってくるだろう。



「他の艦隊や技術局はどうだ?

 派手に遺失技術を使いまくったからな」


「んー。ボクもそれで手間かかるの覚悟してたんだけど、逆に前より大人しくなってるね。

 イグサ君が強襲揚陸艦で無茶やって、近衛艦隊との戦闘で被害出したのが効いたみたいだよ」

 意外だな、もっと貪欲になられるのも覚悟していたんだが。


「詳しく教えて貰えるか?」


「うん、巡洋艦とか主力戦艦まであるのに強襲揚陸艦を使ったって事は、イグサ君達が持ってる遺失技術は高性能でも量産性がほぼ皆無か、複製はできてもオリジナルには叶わない性能まで劣化するんだなーって思われたみたいだし。

 今までは「良くわからないけど凄い技術」だったのが、この前の戦闘で戦力評価できたのが大きいみたいだよ」


「ああ、つまり―――例え反抗したとしても数は少なく、イザとなれば艦隊でボコれば良いと判断されたんだな」


「そうそう、大当たりー!アドラム帝国は量産できて誰でも使えて性能が安定している船が大好きです。

 イグサ君の所の強襲揚陸艦、ワイバーンだっけ?すっごいコストかけて同じ船つくって対抗するより、巡洋艦を50隻作ってぶつければ良いんじゃない?ってアドラム帝国らしい結論みたいだね」

 合理的だな。軍隊なら高性能高コストの戦闘艦一隻より、コストパフォーマンスの良い戦闘艦が50隻あった方が使い勝手も良さそうだ。


「他にも小出しに見せた遺失技術についても、うるさく聞かれると思っていたが大丈夫なのか?」


「全然大丈夫だよー、量産性ないどころか解析すらできない使い捨ての遺失技術を大量放出したって認識だもの」

 消費型の遺失技術なら、ワイバーンの性能やライムの聖剣が起こした事をSF世界的に受け入れる事が出来るんだな。

 魔王と勇者の能力頼みだったからな。

 使い捨てでこそないが、量産性がないのも解析できてないのも当たっている。


「それに、あんなのが使い放題だったら、今頃イグサ君達は新しい国を建国だって出来るでしょ?」


「それもそうか。

 ま、今の所この国には不満もないし、反乱だの建国だのに興味はないけどな」

 魔王として侵略行為に惹かれるものはあるが、SF国家の適度な腐敗具合に食指が伸びない。

 別に征服しなくても魔王的に居心地が良いというか、魔王の支配下になった所で 権力者の名前と顔が代わる程度しか変化がなさそうだしな…

 そのうち趣味でやるかもしれないが、趣味で手を出すには財産や部下などまだ力不足だろう。



「あ、でもあの人型戦闘機は興味惹かれてる所多いみたいだよ。

 生産数制限がちょーっと厳しすぎない?

 外部販売してない、人型戦闘機のハイエンド機体『ローゼンガルデン』クラスだっけ、2、3機情報局に回してくれない?

 お礼はボクの体で良かったら……好きにしていいよ?」


「俺の体液や髪を採取して、遺伝子解析にかけないというなら喜んで頂いてしまうんだけどな」

 実際は既に採取されているだろうな、心当たりが多すぎて困る。

 ファンタジー要素が入らない遺伝子とかは普通の地球人でしかないと思うが。


「ぷー、けちー!

 それになんだいなんだい、折角ボクがこんな際どい発言しているんだよ!?

 こんな女性ばかりのオフィスなんだから、イグサ君の評判が悪くなったり、修羅場になったりするのが礼儀だよね!」

 これだから確信犯は困る。


「「「もう慣れましたので」」」

 ……ですよねー。

 ハモって答える事務員達、既にこちらに顔すら向けない熟練っぷりだ。


「ね、ねぇイグサ君。もーちょっと真面目に、地に足がついた生活した方が良いんじゃないかい?」


「リリスにだけは言われたくないな。地味に傷ついたじゃないか」

 大国の汚れ仕事を一手に引き受ける諜報機関の長に「もっとまともに生きた方がいい」とか素で言われるのは、割と心が痛い。


「情報局なら『ローゼンガルデン』を売っても良いが、値段は高いしパイロット育成は難しいぞ?」


「えっ、いいの?

 どの位なのかな、この場で支払える金額ならお持ち帰りしちゃうよ」

 意外そうな顔をしたものの、目を輝かせて食いついてくるリリス。ダメ元での要求だったのか?


「一般販売はしてないから価格は大雑把な計算になるが、一機辺り300億IC位になると思うぞ」

 1IC=100円位の感覚なので3兆円という所か。

 規格外な性能とはいえ、人型戦闘機の値段じゃないよな。

 量産型人型戦闘機『シュヴェルトイェーガー』の販売価格が約800万ICなので、色々な意味で破格だ。


 コストパフォーマンスに優れたアドラム帝国型なら新型戦艦だけで大艦隊が作れそうだ。

 軍事系は予算かかるのは仕方ないと思うんだが、『ヴァルナ』ステーションなら10ICもあれば豪華な外食ができるので、金銭感覚が壊れそうで怖い。


「高!?高い、高すぎるよ、イグサ君そんなもの本当に作ったのかい!?

 新しい艦隊を一つそろえられるよ!」

 ばんばんと机を叩いて抗議するリリス。


「仕方ないだろう。量産型の人型戦闘機ならともかく、アレは遺失技術の塊なんだ」

 遺失技術って言い訳便利でいいよな。

 あれを量産できると知られても困る。

 量産や再現ができない遺失技術部品いっぴんものを素材にした前提で価格設定すると、この位埒外の値段になるんだ。


「むぐー!」

 余り机を叩かないで欲しい、壊れるじゃないか。

 すねている顔は可愛いんだが、どこまで演技なのか分からない相手は素直に愛でられなくて辛い。


「後、パイロットは育成もそうだが、素質もかなり限られるぞ?

 普通のパイロットを乗せたら、起動させる事も困難―――というより、衰弱死や発狂の危険が高いな」

 『ローゼンガルデン』を構成する2種の魔物、『魔王の鎧』に『魔王の傀儡』はドローンゴーストやリビングアーマー達が雑魚に見える、高レベルな魔物だ。

 魔王軍の関係者なら従順だが、普通の人間が高レベルすぎる魔物を従えるのは難しいだろう。

 ……SF世界じゃ魔物使いなんて職業や技術は限りなく稀少レアだよなぁ。


「人型戦闘機動かすのに何で衰弱したり発狂するのか分からないよ!?」


「そういう遺失技術で出来ているとしか言えないんだよな」

 ただ単に魔物なんだけどさ。


「あーもー、買えないし買ってもうちじゃ運用できそうにないよ!

 イグサ君なんて嫌い!でもお菓子お代わり!」

 自棄食いの様相で汎用オーガニックマテリアルで再現した塩大福モドキをもぐもぐと食べていくリリス。

 怒った仕草をしているが、食い下がらないところを見ると納得しているんだろう。




 塩大福もどきを大皿に山盛り食べたリリスは機嫌を直して、その後はとりとめも無い雑談をして過ごしたのだった。

 『ローゼンガルデン』は諦めたものの、基礎設計が同じ人型戦闘機の『ローゼンリッター』5機の購入契約を持って行った辺り抜け目がないな。




―――数日後


「イグサ君イグサ君イグサ君!修理費が高すぎるよ、るよ!」

 予想通りリリスが請求書片手にオフィスへ走りこんできた。


「やぁ、リリス。やっぱり来たか」

 いや、リゼルから渡されたワイバーンの改修費用が素敵な額になっていたから、請求書回されたリリスがこんな反応するんじゃないかと思ったんだ。

 ワイバーンの修理・改修費用だけで、型落ちの中古戦艦なら2、3隻買えそうな値段だったしな。


「やっぱり!?またイグサ君にもてあそばれた、玩ばれたよ!?」


「所で情報局が受け取った工作費用の支払い明細が何故か手元にあるんだが、渡した請求書と金額にそう大差ないよな。

 流石近衛艦隊だ、金払いが良いな?」

 機鋼少女のシーナに頼んで入手した書類をリリスに渡す。


「あ……あう……うー……イグサ君なんて嫌いだー!」

 どこまで演技なのか分からないが、リリスが泣きながら走り出すが―――


「それは残念だな。俺は愛してるぞ」


「…ふべっ!?」

 よし、コケた。リゼル母と違ってまだまだ隙が多いな。


「イグサ君の馬鹿ぁー!」

 本格的に涙声になって走り去るリリスの捨て台詞が心地よい。




 多少緊張感に満ちているが、たまにはこんな友人関係も悪くないよな?



―――



 どんな祭だって始まりがあれば終わりがある。

 祭に向けての準備が楽しく活気に満ち溢れている程に、祭の翌日、解体されて骨組みになっていく夜店を見た時の寂寥感はひとしお胸を打つのだろう。


 命がかかった戦闘ドンパチだって、戦闘後の事務処理が無くなる事はない。

 むしろ、命がかかるものだからこそ事後処理が一際ひときわ大変だったりする。



「……ディエスもか」

 ワイバーンのブリッジ、いつもの艦長席で投影ウィンドウを並べて事務処理を行っていた。

 手間のかかる事務処理の大半は専用の船員がやってくれるし、ある程度判断が必要な事務処理もミーゼが処理してくれるが、それでも艦長が処理しなければいけない案件も少なくない。

 「魔王軍」代表をしている俺は、本来ならリョウのように艦長は別に立てて、艦隊司令とかになった方が良いのだろう。

 後方でどっしりと構える方が魔王らしくもあると思うが、艦長という最前線で戦うものとしての視野を失いたくないし、何より艦隊司令だけというのは指示を出した後、やる事がなくなって暇になるから嫌なんだ。


「家名はファーレンハイト。該当者は8名か」

 競争率が激しいワイバーンの船員選抜試験を突破して、ガチガチに緊張しながらも元気に挨拶してきた、幼さが残る魔獣の少年の顔が脳裏に浮ぶ。


「―――気をつけろと言ったじゃないか」

 口からは掠れた溜息が漏れる。

 この溜息がどんな感情から由来しているかは分からないが、俺の感慨とは別に投影ウィンドウへの操作は淀みなく、戦闘後につき物の事務処理が淡々と行われていく。


 同じ処理をしていくリストに載っているのは獣系アドラム人3人、地球テラ系アドラム人2人、魔獣2人、女淫魔1人。

 出身も種族さえ違う男女の共通点はただ一つ、ワイバーンの同じ部署に居た事だけだ。


 処理が終わり、艦長による最終確認を求める警告ウィンドウを消して処理を実行すると、戦闘艦向けの船員管理ソフトは無機質にリストを更新していく。

 更新されたリストはディエス少年を入れて9名、同じ家名になるか、少年の家名が複数ある家名に追加されている。


「また一人、捕食さ(くわ)れたか……だから、あれほど戦闘後の打ち上げは気をつけろと言っただろう」

 この頬を伝う冷たい液体は涙ではなく、きっと冷や汗だろう。

 また一人、未来有望な若者が肉食獣達の餌食になった。

 ディエス少年が8名分の婚姻届を持ってきた時の、大切なものを捨ててしまったような喪失感に満ちた涙目が脳裏に焼きついて取れない。

 見た目が可愛い少年だから危ういと思って、リョウや複数の有志と共に保護していたんだが守りきれなかった。

 まさか『ヴァルナ』ステーションに戻ってきた日、打ち上げの飲み会の後に、戦闘の熱が冷めやらない同僚女性達に比喩的な意味で食われてしまうとはな………



 少年は「魔王軍」を休職して待機社員へ―――普段は社員として働かず、額は少ないが月給が出る代わりに、急に深刻な人手不足になった際などの緊急時に召集される、軍隊で例えるなら予備役的な扱いの社員になった上で『ヴァルナ』ステーションに家を買って定住するそうだ。

 8人の嫁のうち半分が一緒に住み、ローテーションで残り4人が「魔王軍」で働いて生活費を稼ぐ生活をすると言っていた。


 リストに載っていた少年の同僚も見目麗しい美女や少女達だった。

 常に近くに4人嫁がいて、生活費も残りの嫁が稼いでくれるというのは人生の勝者に見える。見えるはずなんだが……何故だろうな、妬ましさや羨ましさが湧かずにディエス少年への同情心ばかり湧いてくるというのは。


 「魔王軍」ではディエス少年のように複数の異性と結婚するケースが珍しくない。

 働き盛りの男達が雇用し辛く、女性ばかり雇用する事になった『ヴァルナ』ステーションの出身者。

 男淫魔は色々とアレだったので女淫魔ばかり雇う事になった淫魔達。

 種族の進化的に男の出生率が低い魔獣達。

 魔王軍に雇用されたり参入した所は男女比が女性に極端に偏っている所が多い。

 元『隠者の英知』勢は比較的男女比がまともだったが、それでも魔王軍の男女比の偏りを解消できる程ではなかった。


 魔王軍内部の男女比は1:9とかなり深刻な事になっていた。

 最近ではディエス少年のように男から見ればハーレム状態な―――穿うがった見方をすれば有望な雄が複数の雌に共有される事が多い。


 特に戦闘後には戦闘の興奮を残したままやらかしてしまい、艦長の認印が必要な婚姻届を持ってくるのがお約束のような光景になっている。


 ワイバーンの乗員は約250名、人員の入れ替えで多少上下するが男乗組員は大体20人から30人位だ。

 その中で「ワイバーン所属独身男性の会」に入れる資格を持っているのは俺とリョウを含めて二桁に届かない。


 俺はその資格があるのか?と突っ込まれた気がするが、まだ婚姻まで至ってないのでギリギリ有資格者だ。

 他のメンバー達も、何とか独身を保っている状態だしな…


 配置転換や新規雇用で独身の男性船員が増えたとしても、すぐに捕食さ(くわ)れてしまう。

 ディエス少年のようにいかにも危うい子には「独身男性の会」古参メンバーから「いかに遊んでも責任を取らないようにするか」と、一般的には最低な―――しかし、ワイバーンで勤務して生存す(いきのび)る為に必須技術の教育もするんだが、いまひとつ成果は上がって居ない。

 と、言うかだ。肉食獣達の動きが早すぎて、技術を習得する前に捕食されてしまうんだ……



 民間軍事企業「魔王軍」第1艦隊旗艦、強襲揚陸艦ワイバーン。

 そこは健全な夢(ハーレム願望)を持つ独身男性にとって、魅力的な女性が多い天国であると同時に、お手軽かつ迅速に人生の墓場(結婚生活)へと導かれる地獄でもある。



 ―――独身の男性船員を増やす良い方法はないものだろうか。

 SF世界に生きる魔王にとって、悩みの種は尽きない。



「なぁ、ワイバーン。

 ハーレムエンドというのは自分が複数の異性を欲するものであって、複数の異性に襲われてなるものじゃない―――そうは思わないか?」


『へい。お幸せにと祝福の声をかけるには、少々気が咎めます』




52話で4章終了、次からは日常回な4.5章の予定であります。

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