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50話:魔王、子供の夢を利用し敵を討つ

3話同時投稿です。話数にご注意下さい。



 アドラム帝国やフィールヘイト宗教国など、周辺の情報ネットワークがお祭り騒ぎを起こす、スキャンダルの嵐を巻き起こした情報戦が一段落した後、俺たちは暇を持て余していた。


 魔王軍に対して強硬姿勢を越えて過激な行動をする、過激派企業が「PFカルテル」内で大きな発言力を持った事も確認した。

 「PFカルテル」関連企業が持ってる戦闘艦が何隻も任地から離れて行方不明になっているのも調べがついている。

 魔王軍第2艦隊には輸送艦隊護衛任務を与えて『ヴァルナ』ステーションがある「船の墓場星系」から離れさせている。

 第1艦隊の高速巡洋艦アリア、ベルタ、セリカは海賊討伐という名目で送り出し、透明化魔法で「ヴァルナ」ステーション近くの航路から外れた宙域に待機させている。


 証人になって貰うのに、リゼル母と情報局のカインズ課長に「偶然、犯罪行為を目撃したら記録をとってついでに証人になって貰えないか?」と頼んである。

 『ヴァルナ』ステーション近郊にアドラム帝国情報局秘蔵の、建造コストが馬鹿高い電子戦艦を中心とした隠蔽ステルス装置搭載艦隊が停泊しているのは把握済みだ。

 リゼル母はあらあらと笑っていたが、カインズ課長は引きつった顔をしていた。

 移動してきた初日にセリカが見つけて、えものを狩った猫が飼い主に見せるような得意顔で教えてくれたんだが、かなり自信のある隠蔽装置だったのかもしれない。



 準備万端の体制で、襲うなら今!というチャンスを演出してみたのだが、戦力を集めるのに苦労しているのか「PFカルテル」の動きが遅く。

 久々にミーゼと共に魔法少女と敵役かたきやくとして『ヴァルナ』ステーションの人々に娯楽を与えてしまう程度に暇をしていた。


 自分達から仕掛ける事が出来ないのはれるものだが、「PFカルテル」が無法な暴走をしたという形を演出したい以上、受動的に待つ体勢になってしまうのは仕方ない。



 久々に時間も心にも余裕が出来た時の事だ。

 『ヴァルナ』ステーションの外部ドックに停泊中のワイバーンのブリッジで、SF世界のネットゲームに手を出して暇を潰していた時に珍しい来客があった。



―――



「イグサ様、お客さんですよぅ」


「案内してくれてありがとうございます、リゼル母様。

 ……おとうさん。お邪魔します」

 上機嫌なライムに背中を押されてワイバーンのブリッジに入ってきたのは、丁寧かつ控えめな性格と妙に可愛い顔をしている為に「魔王軍」従業員の中にファンクラブ的なものまで出来ている、アルテの子供で灰色の髪をした犬耳少年のアイルだった。


 まだ2歳の誕生日は迎えていないはずだが、外見年齢はほぼ5歳児位まで成長して、受け答えもしっかり出来ている。

 生まれてすぐに急成長して、この位の外見まで一気に成長するのが獣系アドラム人の特徴なのは承知の上だが、俺に見た目大きな子供がいるということに対する違和感は未だに残っているものの―――


「良く来たなアイル。仕事場まで来るとは珍しいな、どうかしたか?」

 小さな体を抱き上げて頭を撫でてやる。

 子供達には甘い俺だが、ついついアイルは特に可愛がってしまう。


 子供の中で少数派な男だから可愛がっている訳じゃない。

 色々危うい方向に可愛がるような特殊な趣味もないので安心してくれ。


 子供達は魔王の血族だけあって潜在能力が妙に高いので、鑑定魔法で調べるようにしている。

 高位の鑑定魔法でアイルの能力を調べた結果―――ファンタジー的な鑑定結果を簡易表示にすると、とこんな感じになる。


『名前:アイル (アルイル・フォン・カルミラス)

 種族:アドラム人 性別:男

 年齢:1      職業:戦闘執事見習い/魔王の息子

 Lv:3

 ステータス合計:32 未使用ステータスポイント:282

 スキルレベル合計:8 未使用スキルポイント:134

 <その他>・魔王の息子 ・女難の運命       』


 ファンタジー的なステータスやスキルの割り振りをしなければ、未使用のステータスやスキルポイントは潜在的な能力、成長する余地や眠っている才能として扱われるようなので、ちょっとばかり高すぎる潜在ステータスは今の所気にしていない

 問題は最後だ。


 アイルの上にはリーゼの娘のリリーナ、ミーゼの娘のミリーという2人の姉がいて、下にはユニアの娘のアイナ、ルーニアの双子の姉の方のルミネ、ルーニアの双子の弟の方のルイ、ライムの娘のユナと、みかた1人に対して姉や妹が沢山いる。


 既に姉や妹の面倒を献身的に見ているらしい。

 その上、アイルの自称ファンクラブの構成員は女性淫魔や可愛い男の子が大好きな肉食系のお姉さん達ばかりだ。


 『女難の運命』というものがは環境的な称号なのか、アイルが生まれ持った性質なのかは、わからないが、何というか……強く生きて欲しい。

 女性不信に陥ったりせずに、好きな子を何人か作って全員自分の嫁にする位に育ってくれないだろうか。


 親子以前に同じ男として、つい応援したくなるのは仕方がないと思わないか?



「おとうさん、これなんですけど…」

 アイルが両手で大事そうに持っているのは、ワイバーンが毎月買っているので見慣れている、樹脂っぽい見た目の保護ケースに入った情報ディスクだな。

 見た目こそシンプルなプラスチック入りケースに入った3インチ直径位の光学ディスク―――俺からすればケース入りDVDディスクにしか見えないものだが、SF世界で一般的に使われてる辺りお手頃価格で大容量なんだろう。

 アイルの手の中にあるディスクの保護ケースには、どこか優しげな表情をした30前後のアドラム人男性が見覚えのある戦闘艦と共に描かれていた。


 ジャンが魔王軍の実際にあった戦闘映像と、俳優アクターが架空のヒーローを演じるフィクション部分を編集して作っている、子供向け作品「キャプテン・ナイトグローリー」の市販ディスクだな。


魔王軍うちでジャンが作ってるヤツじゃないか。

 アイル、これが好きなのか?」


「はっ、はい!僕この作品大好きなんです」

 可愛らしすぎる顔を紅潮させて、嬉しそうな笑顔を振りまくアイル。


 笑顔に当てられたのか「あ、アイルたんの天使の笑顔がこんな近くで…っ」と恍惚顔でふらふらとアイルに近づいていた船員の女淫魔が、保安要員のメイド隊に制圧されて連行されていくのが視界の隅に見えたが、気にしてはいけない所だろう。


「そうか、確かワイバーンが主な舞台だったな。

 見学したいのか?」


「そ、その。一番人気があるのはキャプテン・ナイトグローリーと、キャプテンの愛船「バハムート」ですけど、学校のみんなもそう言ってるけど……

 僕はライバルのキャプテン・ワンソードとその愛船の「アヴァロン」が好きなんです。

 アヴァロンは舞台になった船の画像資料が少ないけど、おとうさんの船だって聞きました。

 見学させて貰えませんか!」

 いつも姉や妹に囲まれて控えめなアイルが、ここまで自己主張をするのに驚かされた。

 しかし、この熱意は嫌いじゃないな。

 しっかり偶像ヒーローに憧れる男の子してるじゃないか


 アイルが好きだと言っていたキャプテン・ワンソードは覚えている。

 ジャンがヒーローに対抗するライバルキャラについて相談してきたので、亡き戦友達との約束を守る為に無法を行うダークヒーローと、そのダークヒーローに仄かな想いを抱えつつも支える巨大船のメインフレームに意思を宿らせる永遠の少女というのを一緒に作ったんだ。

 悪役はやられ役で構わない、滑稽だって良い。

 だが悪役にだって人生があり、信念も行動理念もあるように作り、演出も決して手を抜かないで欲しいとジャンに頼んだ所、作品の出来でしっかり応えてくれた。

 キャプテン・ワンソードは悲哀を背負いつつも気高いダークヒーローとして、主に少年と青年の境にいる男の子達と、妙齢の女性達に人気を博している。



「そうかそうか……この気持ちを何と表現したらいいのだろうな」

 アイルは同年代の子供達のように正義の偶像ヒーローではなく、悪の偶像ダークヒーローが好きか。

 嬉しくなってしまうじゃないか。


「あの……おとうさん、おとうさん?」


「イグサ様。嬉しいのはわかるけど、アイルを離してあげて欲しいのですよぅ。

 抱きしめて撫で過ぎの独り占めはずるいです!」


「おっと、すまないな」

 今だ悪に憧れる少年の心を大切にしている身としては、嬉しさのあまり抱きしめていたらしい。

 離したら今度はリゼルがアイルに抱きついて、スキンシップをしている。

 羨ましかったんだろうか。


「ジャンの作品の「アヴァロン」という事は「芳醇なる醸造所星系」の防衛隊に就いているアルビオンか……」

 ジャンプドライブ搭載のワイバーンなら日帰りで見学してこれるものの、船体が大きいだけに見所も多いアルビオンの中を軽くでも見学するなら、1泊や2泊は覚悟しないといけないだろう。

 「PFカルテル」の行動待ちの状態では、この場所を離れるのもまずいしな。


「そうだな、アルビオンをこっちに呼ぶか。

 ミーゼ、アルビオンの行動スケジュールの調整と、大規模一時展開インスタンスゲート発生用にゲートリアクター搭載の輸送艦と、補助の電源艦の手配を頼む」


「……出来るだけ早い方がいいのですね。2日位後を目処に調整してみるのです」

 ミーゼはこういう時に理解が早くて助かる。

 俺が趣味に走った時は損得勘定を捨て置いて何かしら実行やらかしてしまうので、反対するよりも効率的に実現させた方が良いとすぐに切り替えてくれる。


「アイル、近くで本物を見せてやろう。

 ステーションの近くに持ってくるから、良かったら学校の友人を連れて見に来ると良い」


「ありがとうございます、おとうさん!」

 アルビオンにジャンプドライブで跳んで来て貰うには結構費用がかかるものの、同じ悪の偶像に憧れる男として、そして心底嬉しそうなアイルの笑顔の為なら安いものだろう?




―――


>『ヴァルナ』ステーション近郊・星間航路、巡洋艦『ザゥードer183』



 青く薄暗い非常灯が照らすブリッジの中に、地球テラ系にごく近い外見だが額から一本の三角錐の角を生やした人種の初老の男性が立っていた。

 商用に使われる現代地球のスーツに近い服装だが、胸には老人の見得や気位の高さを示すように、色とりどりの徽章きしょうが飾られている。


「諸君―――時は来た。

 我等が育ち育んだ混沌と破壊を身勝手に掻き回し収束させ、あまつさえ利益を横から攫う不逞の輩に鉄槌を下すこの瞬間が!

 我等は十分に耐え忍んだ、だからもう多くは語るまい。


 故に私は一言だけ告げよう。

 我等が怨敵『魔王軍』に鉄槌を、富と権勢をもって己が位階を教えてやるのだ!」


 大きく手を広げ、通信で繋がった全ての艦艇へ語りかけるのは「PFカルテル」の元副党首。

 対魔王軍過激派の老人の下には多くの歓声が浴びせられていた。



 老人の発言は冷静な者がみれば首をかしげるようなものだったが、熱に浮かされるか欲に目が眩んだ同類達は、僅かな疑問も感じる事はない。


 老人が語った演説は端的に言えば「俺達が好き勝手しているのに邪魔をした、あいつが気に入らないからぶん殴る」という禄でもないもの。

 そして「俺たちは金を持ってるし偉いんだから、あいつらにはでかい顔させるな」と、冷静な人間ならツッコミの一つも入れたい内容であったし、老人が浴びた歓声はとりあえず好き勝手できるなら楽しみだという実に人間らしく―――欲望に染まったものだった。


 狂騒に沸いた人間は恐ろしく、そして時には滑稽に見える見本だと言える。


「全艦戦闘態勢、主砲斉射―――偽りの殻を破り捨てろ!」



 『ヴァルナ』ステーション近郊にいたコランダム通商連合所属の輸送艦28隻が内部からの攻撃で爆散し、残骸となった船体の内部から大小様々な戦闘艦が続々と姿を現す。

 巡洋艦2、軽巡洋艦6、駆逐艦18隻、強襲揚陸艦10隻で構成された艦隊は、地方星系の1ステーションに向けられるには過剰とも言える戦力。

 そして新型の軍艦として登録された巡洋艦2隻を除けば、略奪から人身、麻薬売買とIC(カネになるか、自身の欲望を満足させられるなら何でもやる、ブラックリストに載っているタチの悪い海賊艦ばかり。

 その艦隊が『ヴァルナ』ステーションへ向けて、簡潔な要求を一つした。


「即時降伏し、『魔王軍』の関係者を全て引き渡して貰おう。

 要求が受け入れられない場合は、艦隊各艦に「好きにしろ」と命じるだけだ」


 通信を受けたステーションの運営組織は、突然の侵略行為に慌てて『魔王軍』に連絡を取ったのだが―――



―――



>侵略艦隊来襲約1時間前・強襲揚陸艦ワイバーン船倉



「「「わ、わー…!」」」

 ワイバーンの船倉に子供達の声が響いている。

 アイルを招待したのだが、話が親しい友人達で納まりきらずにアイルが通い始めた学校のクラス全員、約30人程を招待する事になったんだ。


 船倉にはワイバーンや魔王軍所属の戦闘艦達を映した投影画像が並び、歓声と子供達の中心には「キャプテン・ナイトグローリー」という番組に出演する俳優達が居た。


 SF世界にも俳優志望の若者達は沢山生まれ、スポットライトに照らされた大舞台に上がる者もいるが、多くは大した役につけず、やがて夢から覚めるか、歯を食いしばりながら夢を追いかけて老いて行く。

 夢も希望もないよな。

 まぁ、誰もがお手軽かつ簡単に夢を叶えられてしまう世界は、それはそれで夢から価値が失われる非理想郷ディストピアだけどさ。


 もっと夢も希望もない話をしようか。

 SF世界は既に確立されている技術の習得が比較的簡単だ。

 俳優としての訓練や立ち振る舞いも長い年月の間に、訓練方法や勉強方法が洗練されて行っているし、場合によってはSF科学的な機械の補助も受けられるしな。

 そんな中で俳優として大成するかどうか、個人が持つ感性センスも多少は影響するが、天に愛される程の才能を持つ一握りの者以外はそう大差ない。

 育成プログラムのおかげで資質が平均化されている、俳優や俳優志望達を照らすスポットライトの向きは、ほぼ人脈コネで決まるんだ。


 ああ、勿論個人の努力も否定されてはいない。

 熱意のある売り込みからの躍進やくしん抜擢ばってきや、オーディションで一夜にして大スターの仲間入りをするシンデレラストーリーだって数多い。

 その影で、俺の時代でもあった賄賂や枕営業やらがやはり根強い影響を持っている辺り、努力次第で上を目指せると言い切るには、色々と意見の分かれる所だろう。


 映像番組を作るにあたって、そんな夢のない地方芸能業界の話をジャンから聞かされたので、どうせ技量に大差ないなら報酬が安く上がる無名の俳優で揃える事にした。

 主役のナイトグローリー役の俳優など、俳優稼業をしてから芽が出ないまま10年以上過ぎてしまい、倒錯的な服装でお客様に酒を提供する店で生活費を稼ぎながら細々と俳優業を続けていた、リゼルとミーゼの従兄だしな。

 ……契約料や報酬が飛びぬけて安かったのもあるが、ここでも微量の人脈コネが影響してしまう辺り、人間社会は実に罪深い。


 そんな無名の俳優ばかり抜擢したせいか、ほぼ全員が「魔王軍・広報課」専属状態だ。

 今日の為に呼び出したりスケジュール調整するのも楽だった。

 日払いで報酬を出すからと言ったら、ほぼ全員が即座に食いついてきた辺りが涙を誘う。


 まぁ、そんな生臭すぎてゴミ箱にしまって蓋をしたくなる大人の事情は、まだ純粋な子供達には関係がない。

 子供達は憧れの偶像ヒーロー達を身近で見て会話して歓声を上げ、憧れの視線を受ける事に憧れていた俳優達は子供達に丁寧に接している。



「こうして生の歓声を聞くのは製作者冥利に尽きるぜ」

 修羅場をくぐってきた者独特の迫力のある笑みに、悪戯を成功させた少年独特のエッセンスを加えた表情を浮かべるジャン。


「なぁ、こういうヒーローモノは遙か昔からあると思うんだが、何故こうも独占状態なんだ?」

 アイルが親しげにしている友人は……女の子5人に男の子1人か。頑張れ…もしくは逃げろ。

 今日の主役を心中応援しつつ、前から疑問に思っていた事をジャンに聞いた。

 サブカルチャーものの中でこの手のヒーローはお約束だと思うのだけどな。


「あぁ……良くあるっていえばあるんだけどよ。

 そうか、社長はロストコロニー出身だったから知らねぇか。

 映像保存が発達しすぎて500年前の骨董品が平然と再放送されてるし、たまーに新しく作られても製作費用がケチられすぎてショボいしな。

 名作ができても稀少価値つけるのに限られた会員しか見れないとか、視聴費用がクソ高いとかでよ?

 魔王軍うち位だぜ、このクオリティの映像作品を惜しげもなく垂れ流してるのは」

 ああ、現代日本で言う所のオペラや歌舞伎みたいなものか。

 当時としては革新的な―――保守的な老人達には俗悪とさえ言われた文化が年月を経て、古典文化として定着したものの。

 今度は格調だの歴史だのと珍重・高級化されたせいで逆に一般的ではなくなったんだな。


「ジャンが言っただろう?

 子供ガキ向けに作ったものだから、子供ガキが気楽に見れる形で流してくれと」


「まぁな。だとしても、宣伝になるからって無料放送とか俺の予想の斜め上だったんだよ。

 良い方向に裏切られたもんだぜ」

 相変わらず口が悪いが、悪態をつくジャンの口ぶりはどこまでも愉快そうだった。



―――



>侵略艦隊来襲約数分前~・強襲揚陸艦ワイバーンブリッジ



「アルテ。船倉の画像見るのはいいけど、ちょっと怖い位にやけているのです」

 副長席に座り、投影画像を手馴れた手つきで操作し、流れるようにタスクを処理していたミーゼが、操舵席で子供達が集まっている船倉の映像を見ていたアルテを注意しているが、その声が随分と優しい。

 魔王軍で俺と親しい女性陣は、以前から仲は悪くなかったが、子供達を一様に兄弟姉妹として扱う事にしてから一層仲を深めたようだ。


「…………はっ。失礼したであります」

 実子だけにアイルへは厳しい態度を取っているアルテも、何だかんだ言ってアイルが可愛くて仕方ないんだな。

 一児の母へ対する表現としては微妙かもしれないが、夢見る少女のようにうっとりと投影画像に見入っていたアルテが背筋を伸ばして小さく敬礼した。


「アルテが嬉しそうだから良いのだけど、一応お仕事中なのです」

 どこか偉ぶって注意しているものの、ミーゼが副長席に展開している大量の投影画像の中に、船倉の映像が紛れているのを指摘するのは野暮というものだろう。


「えへ……」


「やっぱりアイルも可愛いのですよぅ……」


「後、アルテより向こう側に行っちゃってるライムさんとリゼルねーさんを戻すのを手伝って欲しいのです」


「困難すぎる任務でありますね…」

 人にお見せし辛い緩んだ表情のライムとリゼルを見て、アルテは冷や汗を一筋流していた。

 うん。俺も人の事言えないし、可愛くて仕方ない時期だと思うが、親馬鹿ばかりだな。



「タロス16、エネルギー集積率95%、エネルギーキューブ還元炉準備完了。

 ルーニアちゃん、電源船の方はどう?」

 大した作業ではないが、仕事やることがあるユニアとルーニアは、オペレーター席でいつも通りだ。

 この姉妹、特にユニアは仕事時とそうでない時の切り替えがしっかりしているな。


「リアクター1番から12番まで起動完了、アイドリング中。

 接続ケーブルも各種正常だよ」


「稼動準備整いました。社長?」


「電源船のリアクターを起動開始、ゲートリアクターを作動させろ」


「はい社長。電源船のリアクターを順次出力上昇、ゲートリアクターに接続」


「ゲートリアクター増設端子展開、大規模一時インスタンスゲート作成します」

 投影画像で見えるウラヌスEG型、ゲートリアクター搭載型の大型輸送艦がエネルギー供給艦からのエネルギー供給を受けて、通常よりも巨大なジャンプドライブの出口になる一時ゲートを展開して行く。


「大型一時ゲート構築を確認、ゲート境界安定しています」


「座標をアルビオンに送信、ジャンプ開始の指示もセットで送ってくれ」


「はい社長。一時ゲート座標を暗号圧縮開始、グローバルネットワーク経由でアルビオンに送信します」


「アルビオン、ジャンプドライブ作動シーケンスに入った模様、通信途絶します……あら、社長。『ヴァルナ』ステーションの自治体から緊急コールが入っています」


「自治体から?今日は特に用事もなかったと思うが、繋いでくれ」


「イグサ社長、大変な事が―――!」

 通信用の投影ウィンドウが開くと、随分と狼狽している初老の女性が出てきた。

 確かリゼル父の知り合いで、ヴァルナステーションの自治に関わる資産家の一人だったな。



 事情を聞けば納得だ。

 随分首を長くして待っていが、「PFカルテル」がやっと暴走してくれたらしい。


「俺が交渉に出よう、悪いようにはしないさ」

 そう申し出ると、初老の女性は心底ほっとしてお願いしますと何度も丁寧にお礼を言いながら通信を切った。

 戦力差を考えると俺達を引き渡すしかないが、この手の無法者―――テロリストに譲歩しても良いことがないからな。



「ユニア、侵略艦隊の旗艦に通信を繋いでくれ。代表じゃなく艦長へ直通で頼む。

 代表は「PFカルテル」の人間だろうし、要求内容で頭が良い感じに煮えてるのが分かるからな。

 軍属と思われる艦長ならまだ会話が成り立つだろう」

 ユニアに指示を出しながら、足を組んでミーゼに手招きする。

 ミーゼはどこか嬉しそうに頷くと、副長席からやってきて膝の上に乗ってきた。

 うん、やはりこの体勢が実に落ち着くな。


「侵略艦隊の旗艦と思われる巡洋艦へ、通信接続します」


『コランダム通商連合、国営傭兵第3艦隊所属、巡洋艦『ザゥードer183』艦長、アル・ド・レイスです』

 通信に出たのは青く輝くメタリックな質感の長い髪が特徴的な、軍服風の装束に身を包んだ20代後半の女性。

右手を左手の肩に乗せ、左手を外へ広げた体勢で丁寧なお辞儀―――多分コランダム通商連合風の敬礼か丁重な挨拶に当たるものをしていた

 獣系アドラム人は若い見た目が多いせいか、この年代の女性は新鮮さを感じるな。



「ミーゼ、コランダム通商連合の国営傭兵とは何だ?」

 聞き覚えがないのでこそっと聞く。

 コランダム通商連合はアドラム帝国の隣国だが、関わる機会が少なくて良く知らないんだよな。


「国が直接運営してる傭兵艦隊なのです。

 雇用費が高いけど、お金さえ払えば何でもするし練度も高いって有名なのです」

 なるほど、良く言えば利益に聡い、悪く言えば拝金主義なコランダム通商連合らしい組織だ。



「民間軍事企業『魔王軍』代表イグサだ。

 そちらの艦隊代表の正気を疑いたい所だが、まあ正気じゃないのは判るからそこら辺はどうでも良い。

 一連の行動は把握しているな。

 海賊加担にテロ、侵略に脅迫、人身誘拐まで随分とやらかしているが、アル艦長はどう判断する?」


わたくし共も困惑しております。

 ある程度の軍事行動は傭兵である以上仕方ありませんが、侵略にテロ行為は今回の契約内容に含まれていませんので』

 契約次第ではアリなのか。コランダム通商連合も侮れないな


「そうか、話が通じるなら何よりだ。

 この先どうなるかわからないが、降伏するなら早めに通信を入れてくれ。

 艦隊代表とその関係者の首があれば見逃そう」


『僭越ながら―――この戦力比では難しいのでは?』

 どこまでも冷静な艦長だな。

 魔王軍みうちにはいらないが、味方に欲しいタイプだ。


「強襲揚陸艦一隻では説得力がないか。

 ミーゼ。アリア、ベルタ、セリカに連絡。隠蔽解除」


「はいです」



『巡洋艦反応が3増加―――隠蔽装置!?

 …なるほど、これがあなたの自信の元ですか』

 納得するように頷くアル艦長。


『しかし巡洋艦が3隻とはいえ随分旧型、こちらは2隻でも最新鋭です。

 どの程度の能力があるか分かりませんが、こちらには随伴艦も多いので、まだ降伏する程の戦力比ではないと思われますが?』

 このような時は高速巡洋艦の見た目の古さが仇になるな。

 魔改造と魔法技術で能力を補うと、実際の戦力と見た目が釣り合わないのでハッタリとして弱い。



「社長、一時ゲートに跳躍反応。アルビオンだと思われます」

 おっと、突然のイベントで忘れていたな。


 大型輸送艦が展開していたゲートフィールドから、鈍い銀色に輝くアルビオンの巨体が姿を現す。

 強襲揚陸艦としてはそこそこ大型のワイバーンが小船こぶねに見える、全長4キロを越える巨大戦艦はいつ見ても浪漫があるな。


「アルビオンのジャンプアウト確認。ゲートリアクターの停止シーケンスを開始します」


「すまないなアル艦長、少し待ってくれ。

 ルーニア、アルビオンに外部カメラを3つ向けて船倉に映像送って、アナウンスもしてやってくれ。

 アイル達も喜んでくれるだろう」



『…………』

 突然のアルビオン出現にアル艦長が黙ってしまった。


「……どうした、アル艦長?」

 無表情のまま無言になられると反応に困るな。少々気まずい。


『……………副長、リアクターを停止して停船。

 陸戦隊を編成、PFカルテル関係者を拘束。

 抵抗するようなら処分して構いません』


『なっ、艦長何をする!?』

 画面外から驚いた男の声がするが、アル艦長が懐から骨董品の実弾拳銃を取り出してパン、パンパンと連続して発砲。

 アル艦長の頬に赤い液体で化粧がされる。


『イグサ社長、これでよろしいでしょうか?』

 淡々と冷徹かつ賢明過ぎる判断と行動をするな。痺れそうだ。


「話が早くて助かる。もう一隻の巡洋艦も同じ所属だろう?

 連絡してくれないか、降伏するなら悪いようにはしない」


『承知しました』




「巡洋艦2隻から降伏の通信と共に、マスターコントロール権移譲されました」


「巡洋艦以外の海賊艦艇は指揮系統が無くなったと同時に、個別に行動を開始した模様です」

 ボスが居なくなったら好き勝手に暴れ始めるとか、実に海賊らしい。


「アリア、ベルタ、セリカとアルビオンへ降伏艦以外への攻撃開始命令。

 周辺に被害が出る前に処理をするぞ。

 船倉の子供達はどうするか……」


「おにーさん、連絡船に乗せ変えてステーションへ送るより、ワイバーンの船倉に居た方がずっと安全なのです」


「それもそうか。

 パニックにならないように保安要員を多めに配置しておいてくれ。

 アルテ、ワイバーンも一番近い軽巡洋艦へ移動開始だ」


「あいさー、推進器起動であります」



―――


>主力戦艦アルビオン・メインブリッジ



「リョウ親分しれいかん、イグサ大親分しゃちょうから攻撃命令が来ました。

 堅気に被害出る前に始末しろとの事ですぜ」


「分かった、つーかワイバーンは女船員が多すぎて、このむさ苦しい空気が懐かしいぜ」


「野郎ばかりのブリッジがそんなに居心地良いですかい?」

 現アルビオンの艦長―――元『隠者の英知』でリョウの副官をしていた男がにやけ笑いと共に声をかける。


「馬ぁ鹿。綺麗所が多い所より居心地良い訳無ェだろ、こんな下品なやり取りが出来るのが久しぶりなだけだぜ」


「へっ、そいつは違ぇねぇ」

 品はないものの、陰湿さが欠片も無い明るい笑いがアルビオンのメインブリッジに広がっていく。


『いくら自分の子供みたいな連中とはいえ、再教育したくなるのぅ……』

 その光景を幼い外見の付喪神・アルビオンが笑い半分、呆れ半分で眺めていた。



「野郎共、荒事しごとの時間だ、気合を入れやがれ!

 主砲、副砲全起動、出力落としても良いから収束率を上げろ。

 砲撃をステーションや民間船に引っ掛けンなよ。素人さンに被害出したヤツは通信マストに吊るして干物にしてやるから覚悟しやがれ!」


『『『アイアイサー!』』』



―――



 主力の巡洋艦二隻が降伏し、ワイバーンの他に高速巡洋艦アリア、ベルタ、セリカと主力戦艦アルビオンが参戦した戦闘は、海賊艦が被害を出す暇も、逃げる余地すらなく。

 「魔王軍」に被害なし。侵略艦隊は拿捕2隻、降伏4隻、大破または撃沈28隻という結果に終わった。


 戦力差が違いすぎるから当然の結果なんだが……家に黒くて早いアレな害虫が出たからと、反物質爆弾で家のある星ごと吹き飛ばしたような、やりすぎ感が否めない。



「なぁミーゼ。違和感を感じないか?」

 拿捕や降伏した船や、残骸になった船の回収処理が進む中、ワイバーンのブリッジに主要メンバーを集めて話し合っていた。


「違和感です?降伏したコランダム国営傭兵の人達は船も返すし被害者として罪も賠償金も問わないと言ったら従順なものだし、海賊艦の残骸にも変なものは含まれていないのです」


「また沢山のスクラップが出来たから、『ヴァルナ』ステーションの好景気が続きそう。

 地元還元は良いことだと思う」

 あ、うん。ライムの成長は嬉しいが、そうじゃないんだ。


「侵略艦隊そのものに違和感があるんだ。

 確かに普通の企業ならアレで生贄にされていた可能性が高いが、主力の巡洋艦も傭兵、残りの小型艦も海賊のものだ。

 確かにあの侵略艦隊を編成するには随分とICカネがかかったと思うが、「PFカルテル」参加企業が持っていた戦力は姿がなかっただろう?」


「つー事は、イグサはもう一戦あるって言うか、これから本番が来るって見てンだな?」


「そうだ。最初から全力で来なかったのは予定外だったけどな」


「船倉の可愛らしいお客さん達は如何いかがするでありますか?」


「予定通りアルビオンへ移動、艦内の観光をさせてやれ。

 ワイバーンの艦内よりアルビオンの中の方が安全だろう」


「さてミーゼ、アルテ、情報収集を―――」



「社長、カルミラス邸より緊急通信です」


「繋いでくれ」


『イグサさん、少し困った事になっているわ。

 情報が錯綜しすぎているのだけど、アドラム帝国の中央星系で色々な勢力が参加している戦闘が始まって、その原因がどうにもイグサさんの会社らしいの』


 リゼル母のどこか困惑した声と共に、魔王軍、PFカルテル、そしてアドラム帝国を巻き込んだ喜劇の幕が切って落とされたのだった。




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